2020年6月 誰かが誰かを見張ってた

文字数 2,457文字

ゴールデンウイークが明けてもまだ続いていた「緊急事態宣言」は、5月26日になってようやく解除されたとのことで、私の日記には「みなさまお疲れ様でした」とある。だが別に感染がおさまったわけでもなく、策に窮した小池都知事は「ウィズコロナ」を宣言し、これからは新型コロナウイルスの感染予防を前提とした、新しい生活様式を取り入れていこうと訴えた。それにしてもこの人は「密です」だの「オーバーシュート」だの「おうちにいてください」だのと、コロナ対策の惹句を連発してきたが、中でも謎だったのが「東京アラート」だ。これは用語、というより東京都のコロナ対策施策のひとつで、都庁舎とレインボーブリッジを、感染者が増えている時は赤くライトアップする、というもので、赤く光ったから何をする、というわけでもない。これを目安にみんなで気合い入れて対策しようぜ、ということらしいが、もとは大阪で感染状況を通天閣のライトの色でお知らせしたことに端を発したもののようだ。そうして発令から半月とたたない6月11日に、東京アラートは廃止された。結局のところ来月頭の都知事選を計算に入れた「やってますアピール」のひとつに過ぎなかったのだろう。

私の場合は親類縁者が首都近郊に集まっているので、親兄弟に会うのもそれほど移動が必要ない。長距離移動を余儀なくされる知人たちの苦労を、まるで知らずに済んだのは幸運だった。友人の中には地方の実家へ帰省することもままならない人もいたし、またコロナを理由につれあいの実家へ行かずに済むことを、ラッキーと捉える人もいた。
印象的だったのは某地方出身の知り合いで、実家の両親から「帰ってくるな」と言われたという。聞けば他府県ナンバーをつけた車両が集落に入ってきただけで、ご近所がざわついてしまうらしい。とはいえざわつくだけで、さすがに卵やトマトを投げつけられたりするわけでもないが、その「相互監視体制」の存在自体が空恐ろしい。地方という閉鎖空間の出来事は、都市部と違って簡単に薄まったりしない。ずーっと集落内に滞留し続けて、後々の人間関係に幾ばくかの影響を残すのだ。家族の帰省も厄介の素だろう。

私の祖父母の家は都内にあるが、3世代前まで先祖を辿れば皆どこからか寄り集まった地方出身者だ。東京はブカブカの湿地だったところを徳川家康がデベロップメントし始めた、その頃まで大した頭数もいない土地で、そこへ都市整備のための土木人足と、派生する周辺産業を支えるため、地方から大勢の人が吸い集められてきた。それから数百年の時を経た現代でも、人口流入は止まる気配を見せない。きっと私の先祖もそうしてこの地に集ったのだろう。故郷で食いっぱぐれ東京に出て働き、戻ることも叶わず都市に根を下ろした祖父母の代までしか交流がないのは少し残念でもあるが、デラシネの気楽さは私をコロナがもたらす厄介事から救ってくれたとも言えた。しかし都市部在住だからといって安穏としてはいられない。

世間には「コロナ警察」と呼ばれる人種が出始めた。感染対策の徹底がなされていない人や組織を見るや対象を名指しで批判し、あらゆる手を使って断罪する人たちだ。太平洋戦争中、隣組と称される相互監視体制が敷かれたが、その頃はせいぜいご町内くらいが対象だった。しかし今やSNSという手段を駆使して活動するため、対象者はいきなり国内外に向けて吊し上げられ、寄ってたかってフルボッコにされてしまう。そうした告発活動に余念のないご本人は「正義ゆえの世直し行為」だと思っているから始末に負えないが、その不寛容の正体は感染拡大に対する恐怖心だ。怯えるあまりに行動が激化する、そう考えると憐れさの方が先に立つ。あるいは家族の身に危険が及ぶと判断すれば、黙っていられない気になるのも理解できる。しかし自身の立場を超えた過激な告発は無用のトラブルを生むばかりだ。なんの権限もなく他者の行動を監視し、取り締まる側を自称するのは越権行為以外の何物でもない。

そんな某日、購読している新聞になんとも不気味な記事が掲載されていた。
ナッジ理論を応用したポスター類が話題だ、という紹介記事だったのだが、このナッジ、行動経済学用語らしい。ちょっとした工夫で人の行動を変化させるアイデアを指す言葉で、有名なのは男子用小便器に印をつけることで、無意識にそこを的として狙うために汚れが飛び散らず、結果的に清掃の負担が減った、というものだ。スーパーのレジ待ちスペースに足型を描き、その間隔に合わせて人が並ぶのもナッジを利用した例らしいのだが、行政がそれを利用したポスターで効果を上げている、という記事であった。その例として掲載されていた写真には、某政令指定都市にある庁舎の、洗面所に掲示されたポスターが写っていたのだが、その内容を見て驚いた。「となりの人は石鹸で手を洗っていますか」と書かれているのである。

新型コロナウイルスが蔓延して、とにかく手洗いが励行されている。石鹸できちんと手を洗って感染を防ごうという意図だ。それは理解できるのだが、ポイントは「あなた」ではなく「

」というところだ。「相互監視による行動変容」という、日本人が最も得意とするナッジかもしれない。事実、液体石鹸の補充が2日に1回ペースだったのが、このポスター掲示後は半日に1回になったという。ワイドショーでは清潔になって感染対策もできてめでたい限りだという、アナウンサーのにこやかな表情と口調で報じられたが、私には何とも言えない気味悪さしか感じられないニュースだった。
そんなにスバラしく画期的なことなら、他の行政機関でも同じポスターを掲示したらいかがだろうと思うが、幸いにして私の身辺では見かけたことがない。その後の広がりがないということは、このポスターに違和感を持つ人がそれなりにいる、ということだと思うが(是非そうであって欲しい)その事実に心底ほっとしている。
日本人お得意の、この薄ら寒い条件反射が悪用される時が訪れないことを祈るばかりだ。
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