理論部

文字数 9,088文字

 俺の通っている榊原高校にはファンタジー部という珍しい部活動が存在する。普段はファンタジーについてあれこれ考えたり、古典名作の読書会を開いたり、持ち寄った議題を使ってディスカッションに興じたり、実際にファンタジー作品を書いて部誌として発行したりするという活動をしている。俺も部員のひとり。ちなみに同好会じゃなく歴とした「部」である。「SF同好会のファンタジー版みたいなものだよ」と他人に説明したいのだが、その点だけが違うのでちょっとややこしい。たまに「F研」と縮められたりするが、これは部の正式名称である「ファンタジー研究会」の略称である。
 とある放課後、後輩の赤崎粉津が書いたファンタジー掌編を読んで高木國人が洩らした感想がちょっとした物議を醸した。それは以下のようなものだった。
「えっと、赤崎さんの書いた短編には不死鳥――フェニックス族の男っていうキャラが出てくるけど、当然そうなるとこの世界にはフェニックス族の女もいて、フェニックス族の長老というのも居て、フェニックス族の集落というのもあって、其処ではフェニックス族の子どもが楽しそうに遊んでたり、フェニックス族の夫婦が仲睦まじく暮らしてたりするわけだ。もちろんその集落にいろんな年齢のフェニックスが存在するのは、不死鳥は寿命が尽きて死ぬ代わりにその場で燃えて幼鳥に生まれ変わるって説を採用してるから過ぎないとして。ところでフェニックスというのは不老不死であって死なないんだから、もしフェニックスの男女がつがいになって繁殖するなら、彼らの個体数ってどこまでも無限に増えていくんじゃないかな? だって、もしフェニックスが他の種族であるエルフや人間なんかと同じように夫婦をつくって子どもを産むとすると、親は不死なんだから個体の数は着実に1増える。もしフェニックス族が人間と比べてどんなにちっぽけな初期値しかいなくても、この算法ではフェニックスの個体数は決して減ることがないんだから、いつか人間を追い越すくらい大量のフェニックスで大陸じゅうが埋め尽くされるだろう。いや、もしそうなったとしても彼らの増加を止めるブレーキのようなものは何もないから、むしろ地球上の可能なあらゆる物質がすべてフェニックスに変換されるまでこの過程は続くんじゃないだろうか?」
その言葉を受けて部員たちは顔を見合わせた。倉橋先輩は言った。
「なるほど、さしずめ異常プリオンがすべての正常な蛋白質を置き換えるみたいな話か」
現代医学に準拠していてファンタジー性の欠片も無いけど、それはおそらく言い得て妙な例だった。また栗川先輩は言った。
「地球はフェニックスでいっぱい、というわけだ。うーんでもまあ、所詮これはパラドックスのようなものなんだよ。オルバースのパラドックスというのが一番いい例と思うけど、パラドックスというのは大概にして『一見そうなりそうだけれど、実はそうならない』というところがミソなんだ。仮定や前提にさりげなく間違ったものが含まれているんだな。さて、さっきの高木君のいった話のどこがおかしいかひとつ皆んなで考えて見ようじゃないか」
そういうわけで、そのとき集まっていた部員全員がこの問題についてそれぞれ考えることになった。
「赤崎さんはその辺の設定について、どのように想定していたの?」
志川という部員が尋ねた。それを享けて赤崎はこう答える。
「フェニックス族は不死です。死ぬことは有りません。ですからもし定期的に子供を産むなら、彼らの数は無限に増えることなってしまいます。フェニックスに繁殖能力は無いんだと思います」
それをうけて貝原がおかしいと手を挙げた。
「ちょっと待った。フェニックスだって――あの伝説上の鳥だって生物である以上、子供をつくることくらいできるだろう。たとえそれがどんなに彼らの種族にとって珍しいイベントであって、子を成すことが千年に一度あるいは一万年に一度の頻度でしか起きなかったとしても、着実に増えるという以上は無限増殖の懸念は消えない。問題はなぜそのことによって彼らの数が増え続けないかだが、要するに不死鳥だって不慮の原因で死んだりして数が減ることがあるからなんじゃ? だからむしろたまに子供が生まれないと彼らは絶滅してしまうんだ。フェニックスの死亡率と出生率は、極小の値で釣り合っているに違いないと思うよ」
しかしその意見に、発案者の赤崎は異議を唱えた。
「待ってください、フェニックスがどうやって死ぬんですか。不死鳥なんですよ? 彼らは絶対に死にません。不老不死――といっても私の考えるフェニックスは老いと生まれ変わりのサイクルを経ますが、ともかく不死である以上死ぬことはできないというのは当たり前のことです。おそらくフェニックスには繁殖というものが存在しないので、彼らが子供を残す可能性は無いんだと思います」
なおも貝原は反論する。
「でも産むことがないっていうのも同じくらいおかしい。今いる不死鳥たちはどうやって生まれたのかって話になる。繁殖能力が無いなんて言い出すと、不死鳥は不死鳥を生まないことになるから、最初の不死鳥たちはどこからきたんだ?」
赤崎は答える。
「アダムが土から作られたように、最初のフェニックスもまた不死でないものから生まれ出たと考えることは不自然ではないように思います」
こうして議論がにらみ合いを続けていると、そこに養老先輩が割って入った。
「不死鳥に子供を産む能力があるか否かはともかくとして、僕自身の見解としては、『不死鳥である以上いついかなる場合も絶対に死なない』という考え方には賛同できない。そもそも不老不死というものは何なのだろうか? 各地方に伝わる神話や伝説には不老不死だったという怪物や英雄がたびたび登場するけれど、それらはいずれも最盛期には不老不死という高い名声で恐れられたり讃えられたりしただけのことであって、最後には平凡に退治されたり戦死したりする。北欧神話のジークフリートなんてその最たる例だ。僕は不死というのは能力に過ぎないんだと思う。つまるところそれは偶有性であって、簡単に賦活したり取り上げたりすることのできるひとつの存在的契機にすぎない。本質と偶有性という区別は習ったよね? たとえば僕が神から不死の力を授かったとしたら、僕という本質に不死という偶有性が付属しただけということになる。本質じゃないから取り外せるし、後で無くなっても全く問題がない」
いくらかの部員たちはほうほうと頷いたが、赤崎はなおも強く対立意見を唱え続けた。
「不死の力を授けられた英雄についてのお話は大変参考になりますが、しかし本質と偶有性のたとえで言うなら、フェニックスの不死はむしろ本質ではないでしょうか? その能力は絶対に無くてはならないものです」
それに対して物部がぽつりと言った。
「本質だからといって、それで不死を殺す手段が存在し得ないとは必ずしも言えないね。たとえば「フェニックス殺しの弓矢」なんてアイテムが…」
赤崎はそれに対してこう答えた。
「私のイメージでは、もし世界に不死を殺しえる手段・方法が存在するのなら、その前提の下での不死は全然不死と呼べるようなものではありません。不死と不死殺しはいわば最強の盾と最強の矛の関係なので、同時には宇宙に存在できないのです。問題に立ち返ってみると、フェニックスを殺し得る手段があればフェニックスは不老不死ではありませんが、それはフェニックスが不老不死であるという最初の仮定と矛盾します」
それに対して柿木という後輩が言った。
「赤崎さんはホールデンの法則を知っていますか? 「宇宙は我々が想像する以上に奇妙などころか、想像できる以上に奇妙なのだ」という格言です。たとえ不死を殺す手段が想像できなくとも、この広い宇宙にはその方法が確かに眠っていることをこの法則からいわば存在定理的に証明できないでしょうか? フェニックスの不老不死、「絶対に死なない」は我々が簡単に想像できるものですよね。それに対して「絶対に死なないを殺す」なんてことはいまの我々の論理からは想像もつかない理屈なわけです。だから両者を統合してみると矛盾する。しかしホールデンが示唆するように、宇宙には我々が見知っている論理だけが存在しているわけではないかもしれない。我々の論理では「不死」だが、実際には不死でないというギャップが外宇宙的な理屈によって存在してはいけない理由は何でしょうか?」
赤崎が答える。
「それはもちろん、ここで論じられている宇宙というものが実際に私たちの住んでいる現実の宇宙ではなく、ひとりの作者あるいは共同制作によって生み出された創作の宇宙だからです。そこには想像し得るすべてのものがあるとして良いですが、しかし想像し得ないもの――フェニックスが死にうる外因――までも存在するとしなければならない理由はないでしょう。結局これは創作上のキャラクターを造形するために創りだされた人工的な箱庭なのですから、そんなの我々の住んでいる現実の宇宙のありようと違っているではないかと言ってしまえば、そもそもフェニックスが存在する時点であり方は異なっているわけです。だからこの創作の宇宙にはそのように完全な形の不死が存在すると言って構わないと思います」
その次には田端先輩が言った。
「う~ん赤崎ちゃんは、どうにも不死という言葉を重く考え過ぎじゃないかしら?」
「先輩方が逆に死というものを重く考えすぎだと思います。死という概念自体は不死でなく、たとえばミルトンの『失楽園』ではルシフェルが生み出した化物として『罪』と『死』が擬人化されて登場しますが、彼らも最後の審判の日には御子によって滅ぼされることが定められています。死が滅ぼされた後に来るのは当然ながら死のない世界です。キリスト教の最後の審判では審判が終わったあとに心正しき人は『天国で永遠に過ごすことになる』とされていますが、ここで言う『永遠』という予言もまた不死であり、いわばフェニックスはこの状態を先取りしているにすぎないと考えれば良いのではないでしょうか」
その意見に対し、広谷は言った。
「ご想像されている『永遠』なんてものが、たとえ創作世界の中であっても実在できるとは思えません。そもそも永遠であれ、無限であれ、叡智界に存在するものをそのまま現実に持ってくるというのはカテゴリー錯誤的な誤謬です。無限個のリンゴというものを誰も実際に見たこと無いですよね? 当然です。そんなものは限られたこの宇宙上には決してあり得ないんですから。いま完璧な不死が『永遠』という概念のお膳立てを必要とするのであれば、世界に『永遠』が実在できない以上、完璧な不死というものもまたあり得ないんだと観念するしかないのでは」
赤崎は言い返す。
「ファンタジー世界に『永遠』が存在してはいけないのですか? 最後の審判のあとに来る幸福は『永遠』ではないのですか?」
滝瀬がそこに口を挟んだ。
「え~、じゃあフェニックスって何があっても永遠に死ねないの? 長い時間が経つうちに地上から人間やエルフみたいな種族が絶滅して文明が崩壊しても、惑星がもう生き物なんて棲めないくらい荒廃したクレーターだらけの星になっても、太陽が白色矮星に変化してゆっくりと恒星系が崩壊を始めても、永久の時間のうちに宇宙がブラックホールだけになっても、そのブラックホールもホーキング放射ですべて蒸発して虚無だけが宇宙を支配する時代になっても、不老不死のフェニックスだけは暗黒の宇宙空間をずっと漂い続けるの? それって全然幸福じゃないと思うけど」
そういう内容の話をちくま学芸文庫の『宇宙のエンドゲーム』って本で読んだことがあった。たしか長い時間が経つうちに、宇宙に存在できる巨大な物はブラックホールだけになり、いわゆる熱的死を迎えるのだ。さておき赤崎はその質疑に答えた。
「確かにフェニックスは死にませんけれど、宇宙がそのようになったら、もはやそのときはフェニックスに意識が残っているかどうか保証できませんね、いえむしろ彼らも肉体を保存しながら永遠の意識の眠りにつかなければならなくなるかもしれません。しかし私の価値観では、その前に最後の審判による永遠がやって来るので、宇宙が崩壊するというような事態は起こりえませんが」
沈黙のうちにそこで一旦議論は途切れて、松浦が口を切った。
「まあまあ、フェニックスがたとえそんな意味で不死だったとしても、「フェニックスの数が無限に増えてしまう」という超マルサス的な人口問題に関しては、「フェニックスから生まれる子は不死の性質を持たない」という些かアド・ホックな構成によっても解決されるじゃないか? これ以上フェニックスが死ぬかどうかを問題にする必要があるかい?」
これをうけて戸部が言った。
「確かにおおもとの問題はそれだったけど、今ではフェニックスが死ぬかどうかのほうがより重要なテーゼだよ」
確かにそうなってる気がした。フェニックスが死ぬということは果たしてありうるのか、だ。この世の中はたいそう広いので、三千世界の何処かにフェニックスを殺しうる方法がありそうな気もするが、それがたとえどんな手段であっても、不死なのに死ぬという結果はなんだか矛盾しているような気がする。しかし殺す手段を否定してしまえばフェニックスは永遠に生き続け、極端な話、惑星や恒星が寿命を迎えても死ねないことになってしまう。 
副部長の有村先輩が、部員全員に尋ねかけるように言を発した。
「ねえみんな、どう思う? フェニックスは永遠に生き続けると思う? それとも、不死鳥だってどこかで死ぬことがあると思う? これまでの話を聞いて、より納得できる方に手を挙げて頂戴」
こうして途中集計を取ってみた結果、赤崎をはじめとするフェニックスは「死なない」という意見はむしろ少数派だった。他の大多数のメンバーは俺も含めて臆面もなく「不死鳥は死ぬ」という矛盾した意見に与したのだが、陣営は一緒でもその理由はおそらくまちまちだっただろう。養老先輩のように神話における不老不死の登場人物はしばしば呆気なく死ぬからというアプローチもあれば、滝瀬が言ったように永遠に死ねないなんてことは惨酷で可哀想だという同情的な考え方から、いわば不死鳥に死を認めるという人道的立場もあった。俺は別に特にこだわりはないけど……というよりこだわりがないからこその「フェニックスも死ぬだろう」派だった。
次には夏目先輩がよく通るはっきりとした声で発言した。
「なるほど。どうやらフェニックスは死なない派が少数派のようだから、ボクからひとつ元気づけるようなことを言っておこうか。おほん、おそらくこの宇宙に存在する物質は時間が経てばすべて例外なく消滅するだろうと考える諸君が多いようだね。だからフェニックが永遠に生き続けるなんてことは自分にはとても想像できないと言うんだろう。でもちょっと待って欲しい、本当に時間が経ちさえすればすべてのものが例外なく形を変えて消滅してしまうだろうか? そんなことはない。たとえば1や2という数の概念、そこに何もないという無や、あるいは進み続ける時間という概念、あるいはユークリッド幾何学における直角三角形の辺々同士の長さの関係を表すピタゴラスの定理や、ビッグバン以来存続し宇宙のあり方を決めるパラメータのひとつである微細構造”定数”、こういったものが永続しないと誰が想像しえようか? たとえ宇宙がどんな状態になっても、このような数学的構造や科学的観念は摩滅したり損失したりはしないだろう。では、『フェニックス』はこれらの概念を擬人化したものと考えればいいんじゃないだろうか? 1や2というものが消滅しないように、そういった観念の擬人化であるフェニックスもまた永遠に不滅であるという属性を有している。あるいは不死という言葉だって観念だから、それを思う生命体がすべて死んでこの世からいなくなったとしても消滅するということはあり得ない。そしたらどうだろう、観念の擬人化たるフェニックスはこれと同じなんだから、いかなる例外もなく生き続けるってことは明らかじゃないか」
それに対して木曽が言った。
「いわゆる数学的構造体系という観念は、はたしてそれを思弁することのできる人間や生命体がひとりのこらず滅んだとしてもそのまま存続すると言えるものでしょうか?」
それに対して興田は答えた。
「そこは多分、哲学の分野の難しい問題だよ。自分はこの説に準拠して物語を書いたという免罪符さえあればいいんであって、どちらの説が正しいのかをファンタジー研で結論を出す必要はないと思うよ」
またも夏目先輩は言った。
「さて、君たちは1を殺す方法を考えて見れば良い、2を消滅させる方法をうまく編み出してみれば解決だ。もしその方法が見つかったとしたら、それをフェニックスにそっくりそのまま適用してみればいいんだからね。『フェニックスは数学的観念である1や2と同じように不死である』という記述が文章の一節にあるだけで、もしかしたら殺す手段が有るかもしれないなんて事は全然言われなくなるだろう。尤もフェニックスからその属性を奪う手段が全く無いと指定されてさえいればの話だが」
丸田が言った。
「『フェニックスは存在しているように見えて、実は存在していないので、逆説的に不死である』というアイデアも良いんじゃないかしら。実在していないものを殺すことは誰にもできないわ」
それに対して平井先輩は言った。
「でもそれって、最早フェニックスでも何でも無くてただの不死者なんじゃない? もともとあった火属性な感じとか鳥要素とかがどこにも見当たらないんだけど」
一同はそれに対してう~んと頷いた。「でも、もうフェニックスとか関係なくて単なる不死者でもいいのでは?」みたいな回答が副々部長の森谷から出た。
それに続いて「フェニックスも死ぬ」派の一年の福島がこんな内容のことを発言する。
「確かに夏目先輩がおっしゃられたような構成の仕方があるということは卓見ですし、素晴らしいアイデアだと思います。ただどのような完璧な不死を主張する立場であれ、このことは認めていただかなくてはなりません。今から言うことを認めていただかなくてはいけないのです。それはどのような不死者も、存在している宇宙そのものが滅亡すれば、それに伴って消滅するという事実です。これはどういうことかというと、たとえばそこにフェニックスも含まれるような想像上の宇宙を、あなたは頭の中で創り出したとします。この宇宙は失敗だったから破棄したいとあなたが考えて、『この宇宙をまるごとすべて消滅させる』とあなたが念じたときに、いつまでも死なない能力を持ち続けることにしたフェニックスだけが、このイレースした宇宙から独立して不死に振る舞うなどということは決して有り得ないということです。数学の話で言えば、ある計算問題の中で「a=3であると仮定」したとき、その計算問題を破り捨てたにも関わらずa=3であるという仮定だけがいつまでも存続すると考えるようなことは不合理です。つまりは宇宙=議論領域(ユニヴァース)が消えてしまえば、それに従ってちゃんとフェニックスも消滅するのです。そもそも不死者(フェニックス)が存在することの基底が宇宙(ユニヴァース)であり、宇宙が消えればフェニックスも存在できないのですから。そしてこのような考え方は高次のものが低次のものを完全に制御できるという当たり前のことを言っているに過ぎません。」
日下部先輩が質問した。
「それはフェニックスが文字通りの意味で不老不死であるという仮定と矛盾しないと?」
それに福島は答える。
「ええ。問題となっているのはその宇宙の中で矛盾するかどうかですが、そもそもの宇宙が消滅してしまえば矛盾は問題とはならないのですから。」
そこで葎先輩が言った。
「禅的な解決だね――Un方式だ。問題になっている枠組みそのものを消してしまえば問題は存在しないってわけか。
福島は答える。
「はい。そうです。逆にこれを認めなければ、頭の中で生み出したフェニックスを消去する方法が無くなって、想像世界の彼らの数が無限に増えることになってしまうという新たなパラドクスが生まれます」
さて、有馬が訊く。
「これって赤崎さんはどう思う?」
すると発案者の赤崎はすんなりと答えた。
「まあ、いいんじゃないでしょうか。そうでないと困りますしね、創作上……。そこを認めてもフェニックスのその宇宙での不死性には瑕疵がつけられないわけですし
……」
そこでみんなはほっと一息ついたが、これまで黙っていた南先輩がここではじめて悩ましげに口を開いた。
「う~ん、完璧な不死者がもし存在したとして、それってどれほどの意味があるのかしら?」
それに顧問の小倉先生が尋ねた。
「どういうことです?」
南先輩が答える。
「だって、赤崎さんが主張しているような完璧な不死者をAタイプとして、一見不老不死に見えるけれど実は議論領域=宇宙内の何処かには殺しうる手段があるような不死でない不死者をBタイプとするでしょう? Aタイプの不死者が自分をAタイプだって認めてもらえるような手段は何処にもないんじゃないかしら? だって包丁で刺されて死ななかっただけじゃまだBタイプかもしれない、車にはねられて死ななかっただけじゃまだBタイプかもしれない……ってやっていくと、どこまで行っても「まだ死んでないだけの暫定的不死者=Bタイプ」って立場からは抜け出せない。AタイプとBタイプの区別なんて実験上じゃ全然つかないわけじゃない。だからAタイプなんて存在してもしなくても結局どっちでも良いんじゃないの?」
夏目先輩が考えこむような仕草で呟く。
「……確かにそうだ。たとえ自分がAタイプだとしても、それを証明する手立てが全然ない」
その言葉に部員たちは騒然としたが、顧問の小倉先生が言った。
「チューリングマシンで無限に走るプログラムと想像を絶するほど長いけれどいつか停止するプログラムの見分けがつかないって話ですか。「彼はAタイプの不死で
あった。」という小説中の一文がこの場合オラクル代わりとなるのではないでしょうかね。まあ、2つの意味で天下り的なので無理強いするつもりはありませんけど。さて、そろそろ今日の活動も終わりですよ。机を元に戻して下さい、議論のリソースをちゃんと解放しておきましょうね」
それを受けて、部員の一同はいそいそと後片付けを始めたのだった。
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