第3話

文字数 1,338文字

 二日続いたリゾートホテル関係の仕事が終わり、二日間の休日を貰った志村は、事務所のあるロサンゼルスから自動車で一泊二日の旅行に行くことを決めた。太平洋沿いの西海岸の名所は一通り巡ってしまったから、内陸部に行ってアメリカの雄大な大地を体験しようと思い立ち、フリーウェイを東に向かって進む事にした。
 夜が明けない内に出発し、カリフォルニア州を東進し続けると、まだ闇に包まれた西部の広大な土地がどこまでも続いていた。やがて州境を超えてネバダ州に入る。もう少し進んで空が明るくなればば風土や空気が変わったという実感が湧くのだろうが、土地の変化がゆっくりしているのは、国土の大きさが成せる業なのだろうと志村は思った。進行方向先の空がオレンジ色に染まり、太陽の光が乾燥した砂漠地帯を優しく照らす姿は、大自然の芸術、神秘としか志村には形容できなかった。
 途中、朝食の為に小さな町のデニーズに入った。まだ朝の八時少し前だったが、日本とは違ってネバダの日差しは強烈で、日焼け止めをしっかりしなければ皮膚が傷んでしまいそうだった。
 店内に入り、トーストとスクランブルエッグのモーニングセットを注文する。志村はアメリカンサイズの朝食を食べて、ジョッキの様なマグカップで薄いコーヒーを飲みながら、志村は今後の道筋を確認した。目的の場所は今いる場所から北に八〇マイル進んだ場所。そこはアメリカの歴史において、ほとんど人の手が入らず、太古に現在のアメリカ大陸が成形された当時の姿をそのまま残している場所だという。志村が休日にそこに行きたいと思ったのは、ロサンゼルスという大都会のオフィスでお金を稼ぐ事に集中しすぎてしまうと、自分が人間ではなく機会を動かす装置の一部になってしまう気がしたからだった。
 食事を終えて、デニーズを後にする。店の向かいにあるガソリンスタンド兼コンビニでガソリン給油を行い、道中で口にする飲み物とチョコレート菓子を買った。車に乗り込んで出発すると、北上するたびに靄が濃くなってゆく。天候によっては砂漠地帯でも靄が発生し、場合によっては雨が降る事も知っていたが、実際の出来事として体験するのは志村にとっては初めてだった。
 十分も走り続けると、靄は霧になって乾いていた車の表面を濡らし始めた。軽く窓を開けて外の様子を確認すると、冷たく湿った空気が車内に巻き込んできた。日差しが強くて暑くなると想像していた志村は、想定外に気温が低くなってしまう事に驚いて、恐怖感を抱いた。
 霧はさらに濃くなり、視界が一〇〇フィートも効かなくなった。心細くなった志村はヘッドランプを付けたが、進むべき道を示してくれるほどの視界は確保できなかった。
 志村は車を止めて小休止させることが出来るスペースを見つけると、そこに車を停めてスマートフォンで周囲一帯の天候を調べようとしたが、周囲に基地局が無いのか、インターネットはもちろん電話の電波も入らない場所だった。
 何という事だ。と志村は胸の内で毒づいた。自分の下調べが不十分だったのもあるが、途中まで上手く行っていた事が予想外の事で躓くのは、不安と焦り、やり場のない不満が募る。だが不満を漏らしたくても自分以外の人間は居なかったので、どうする事も出来なかった。
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