第4話 怪力の片鱗

文字数 3,732文字

 苦しかった。何が苦しいのか理解できない程に、僕は目覚めるまでもなく、意識を覚醒させた。

「うっげえっげほほ……なに……やってる?」

 クバリだった。

「見ての通り、一度呼んでも着いてこねえ。めんどくせえから、首に縄付けて引きづってるところだよ。生きてるだけありがたいと思……ほほお」

 引きずる縄にしがみつきそのまま立ち上がった。驚いたのは自分の怪力に易々と食って掛かる僕の肝っ玉にだろう。この程度の力の持主なら吐いて捨てる程いる。

「へっわかったなら、さっさと着いてこい。役に立たねえならお前も奴隷だ」

 返事の代わりに唾を吐いたがひょいっとかわされる。でかい図体でも反射はいいらしい。

 そうして採掘現場にたどり着く。この鉱山はルシルにおいて墓のない墓場だった。

 これまでに対策も何もない、知識の浅い作業によるガスの突出やガス爆発、火災によって、帰らぬ人となった人間の白骨が無数に放置されている。

 あるいはゴミとしてゴミ山の一角にまとめて投棄される。

 作業に取り掛かる前に多くの者は入り口の小さな池程の空間に置かれた自分の手製の墓に祈る。

 そのうちの一人から、おまえも、と何か石のようなものを渡されたが、無言で断る。

 太陽が今日はやけに機嫌よく光っていたが、中に入ってしまえば関係なくなる。

 昨晩話した奴はどこでどうしているかはしらないが、少しだけ、無事を祈った。

 その日は、クバリだけでなく、もう一人のリーダーらしきウォーケンと結構な数の囚人たちと簡素な会話を交わした。

 ただし、一人だけ、やけに背の低いひょろっとした体躯の子供のようなのが混ざっていた。

 運が悪いとしかいいようがない。仮に無実に近いような馬鹿馬鹿しい罪で流刑されていたとしても、ここには便宜上の監視役もいる。衆人環視もある。リスクに値する人間とも思えなかった。

「ようし、貴様等! 今日はここでお開きだ。あとは自由時間さ。寝る時間なんて決まってねえ。ママじゃねえからな俺は。好きに食って好きに寝て好きに遊べ」

 そうして、日が暮れた。

 因みに、農作系の仕事はない。自給自足だ。あくまで、仕事とは別にやらなければならない。故に多くの者は、小屋や壊れた家の連なる廃村に戻らず、この時間帯で畑仕事や果物を手入れして、なんとかぎりぎりの生活をしていた。

 だからいつものろくさしている僕は一人でゆっくり夜空を肴に夕涼みしながら帰るのである。まだ二日目だし、寒いし、夜の月は口角を吊り上げて笑っているけれど。

 これを習慣にするつもりだった。習慣にしていれば、いつかは、そこにある綻びが見えてくる。

 と、そんな時。ふっと耳を掠めたのは猫の鳴き声のような人の悲鳴のような、少女の悲鳴のような。

 ここに女がいるわけはない。しかし、万一にも、彼女だったなら。

 そんなありえない妄想が膨らんで、足はそちらに向かっていた。力の籠った足音はやがて、裸足のように音がなくなり、消え去るころにはその集団の一人の頭を拾っておいた岩で死なない程度に殴打した。

「ぐがあっ」

 すぐに男たちが振り返る。誰かを囲うように群れている。

「なんなんだああ? おまえ?」

 復唱する声。ちらっとその奥をみると、さっきのひょろっとした体躯の人間が、襲われていた。服を掴まれ、真っ最中ってところだ。

「いや、そいつの声に聞き覚えがあってね」

 そう、昨晩のあの声。あれと声質が近いというか、今日一日中彼らの声を全員聞かせてもらったが消去法で、さっき聞こえた悲鳴がそれだったってだけだ。

「あんたさあ、みてわからんの? こいつは奴隷だよ」

 見ればわかる。奴隷とは弱者だ。奴隷のされることも知っている。

「ここの奴隷。流刑されたっつっても、ご褒美がないとやる気が起きないだろ。おっしゃ。了解。兄ちゃん」

 肩を掴まれた。

「活きがいいね。今日は兄ちゃんが先番だ。おい、お前。そいつも新入りだろ。新入り同士ってのも面白い。筆おろしは強者にやらせるのが決まりだ。さっきの不意打ちに免じて」

 気付かぬ間に動いていた。既にもう僕の姿がない空間を見て、思考する間すら与えず、僕は既にひょろい奴の側に移動していた。何かしようとしていた奴は足払いで地に伏している。

 ひょろい奴が小声で何か言っていたが聞こえない。

 しかし、瞬く間に囲まれていた。

「正気かおまえ? 俺がわざわざ取り計らってやろうってのに、まさか、まさか」

 後退し、魔物にでもあったような目。不能とか偽善とか罵るのだろうかと思っていたら急に、割って入ってきた、異常。

「いいねえ、何やってんのかと思ったら大勢でねえ。よいしょっと」

 突然現れ、囲いの一人を片手で持ち上げて後方に落とし、椅子代わりにしたのは今日初めてみた顔の一人、ウォーケンという男だ。

 放り投げられ座られて、ぐえっと嘔吐いた男は腕が変な方向に曲がっている。

 全員固まっている。それでも不満のオーラが満ちていた。俺たちの自由がどうこうと、呟きが聞こえた。

「ああ、自由さ。この時間帯は何をするのも何を食うのも何で遊ぶのも」

 そして椅子の一人の腕を——捥いだ。

「うぎゃああああああああ」

 つんざくような悲鳴を意にも介さず、腕を高々とあげ、今度は——。

 食った。

「うひえ……旦那……」

 周りが、絶句してみている。

「俺も自由だ。お前らが自由なら全員自由だ。それがここのルールだよ。わすれたわけじゃないだろう。当然……」

 するとそこに獣二号が現れた。

「どうしたウォーケン? おっ今日の飯はそいつか。じゃあ、俺もいくか」

 刹那の動きだった。

 僕も目を凝らさなければわからない。

 鍛えられた獣のように素早く囚人の一人の背後により、そのまま、拳を放った。僕側からは腹から腕が生えたようにしか映らない。

「ぐべ……」

 数秒ももたずに生気がなくなる。

「臭いな、これはだめだ。よし、じゃあ、メインディッシュといくか」

 立ち上がる。

 ウォーケンも腕を食うのをやめて立ち上がる。

 直感だった。すぐにひょろいのが僕の後ろに回る。

 誰を狙っているのか、わからないほど誰しも馬鹿じゃない。

「そう、その顔だ。じっと見てると、食いたくなる。腹が減った」

 ひょろいのが、じっと肩を掴み、何かを呟いている。祈っているのだと、直感でわかった。どこの地方の宗教かはしらないが、死する前の最後の祈りはレングランドの伝統でもある。

 陽炎が揺らめいて見えた。

 死の淵の揺らぎ。

 僕と彼らの境で揺れている。

 忘れたわけじゃない。ここは流刑地。つまり墓場と同じだ。そこのボスに目をつけられている。理由はしらないが気分屋なのだろう。

 僕は、勝てる闘いしか闘わない。そう決めている。

 でも、賭けに出た。

「俺は、実は魔法が使える」

 ぴたりと彼らの足が止まった。

「俺の魔法はこのバグ石のコントロール化にあって、封じられているように見せかけているが、実はこの鎖、継ぎ目があるんだよ、つまり」

 不可能、ではないと。地の底を睨むように相手の顔を凝視する。しくじれば二人そろって腹の中、かもしれない。

「今からこれを外す。余興だと思ってみていろ」

 間髪入れずに喋くる。

 そうしてまず、歯を噛んだ。かみ合わせ、舌を誤らないように。

 次に、全身をバネにして、神経の糸を縦横無尽に行き渡らせる。

 体がパンクするほどの意識を胴体足腕に持ってくる。

 そして筋肉を壊れるまで膨張させる。

 両手を鎖にあてがって——全霊を込めた。

 意識が飛ぶほどの力を無尽蔵に爆発させる。

 一足飛びにはいかない。徐々に徐々に、怨念のように積み重ねる。

 これを破壊すれば、その一心で。

 何かが壊せる気がした。壊したこともない鎖。

 多分、誰も壊した事のない鎖。

 でなければ、特別性の意味がない。

 この石の鎖の強靭性。多分それを誰もが分かっていた。

 だから、クバリもウォーケンも何か一芸をして、言い訳に必死になる姿をみて、その肝の強さに免じて、今日の所は引こうと考えていたのだ、多分。僕の視点だから知るわけないが。

 そう、僕は知らない。彼らは今日突然豹変したのではない。きっと昨日今日のことではなく、ずっと。ここではこの島では人間が主食なのだ。それでも、僕は知らない。

 そんなお遊びは貴様等で勝手にやっていればいい、と。

 そしてずきりと、腕に悲鳴が走るのと、びきりっと石に亀裂が走るのと、ほぼ同時。

 次の瞬間、鎖は大仰な音を奏でて宙を舞った。

 誰もが放心していた。ぼけっと口を半開きにする男。目玉を仰々しく開ける者。表情が凍ったように固まった者。現実逃避に空を見る者。

 僕は言った。

「リーダー交代したいなら来い」

 頭上では今宵も月が笑っていた。人を食ったように下品に愉快に笑っていた。
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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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