第6話
文字数 1,627文字
9
ギギギィィーーー!!!ガチャーーーーーン!!!!!
巨大な鉄塊の門扉が閉まっていく。中佐と軍曹は敬礼を五秒間続け、
「では、グレコ・ローマン大佐殿。失礼致しました。」と大声で叫ぶように言った。
2人は、壁に掛けられた篝火以外に光りの無い、先程の通路を復路として歩み始めた。重々しい雰囲気は一層重篤になったようだ。気まずい空気の中、エリオスが語り始めたのだ。
「・・・これはお前の為を思って言うのだが・・・極めて遺憾だが・・・、今の、グレコ将軍の状態を・・・治癒できる方法は無いようだ・・・。」
突如、一方の跫音だけが、地面から虚空に消えた。
「・・・今、なんとおっしゃたのか・・・?」宏壮な大胸筋と肩胛骨、三角筋などで構成
されている双肩が小刻みに震えている。
凄絶な聳動が、軍曹の6フィート1インチの長躯を伝播してるようだ。声帯も例外でなく、呂律も怪しくなっている。
もう片方の跫音もすぐさま消えたが、中佐の声は完全な静寂という、無惨な効果音とともに、復路の前方に発現し続けた。
グレコ・ローマンと云う千軍万馬の猛将の幕下で、次席に当たる裨将として、燦然たる勲を立てた英傑でも、今のブライアンと、眼を合わせ乍ら話す程の、胆力は無いようだ。
エリオスはほぼ同じ内容の事を反復して喋った。親が暴れん坊の少年をあやすように。諭すように・・・。
しかし・・・、左斜め後ろから感じる、異様なほどに溢泌したような、殺気と。赤黒く怒張した筋肉の収縮音、伸展音、全身を熾烈な高温高圧の様に、駆けめぐっているであろう血液が運んでいる、武張った心臓音・・・。そして臼歯の軋む音・・・。握力の限界を超え、爪が銘々の起始している指の付け根の皮膚を喰い裂くような音・・・。ブライアンはまさに怒髪天を衝く思いであろう。
「・・・ぅぐぐぐぅ・・・なんという・・・ある程度、覚悟はしていたとはいえ・・・!」
文字通り、ブライアンは怒りを噛み殺そうと、野性に対し理性で抗命していったが・・・。
抵梧(ていご)している双方の心の衝突音ですら、エリオスの左斜め後ろに仁王立ちしている巨体の怪漢から、聴覚に訴えてくる様なのである。
元、上司はまだ正面を凝視している。厳密にいうと凝視し続けるしかないのだ。元部下の悲憤慷慨している姿は、不憫過ぎて見るに堪えないのである。
エリオス自体もやり場の無い怒りが込み上げてきている上に、呻吟している。何なのだこの国に猖獗を極めている、魔薬という代物は。
こいつが、全ての、諸悪の根元ではないのか?
こいつのお陰でこの国は自存自衛出来たと、長上達は口をそろえていたが・・・?
ここまで、極端な副作用ならば、いっそオーヴィルなど、どこかの大国に隷属してれば良かったのではないか?
まさに、獅子身中の虫というジレンマに陥ってしまっているで
はないか?
五年前の大陸大戦の為に、オーヴィル公国の版図は全盛期の三分の二程度まで縮小してしまっている。
フェンダー大王国でも、ゼマティス神国でも、ギブソン帝国でも、モーリス連合共和国でも、併合されてしまえば良いのではないか?
強国に帰服した方が、難しい問題も一挙に解決するのではないか?
この、魔薬という名の怪物が、この国の国防、軍事に桎梏として、噛み付き、流血が止まらず、国家、国体を失血死させ、命運が尽きようとしているのではないか?
一人の武人として明らかな危険な思想なのだが、塗炭の苦しみから、この無辜の蒼生を救恤することはできないだろうか?
誰か・・・誰か・・・誰か・・・このオーヴィルの行く末を・・・。気が付けば、嗚咽が止まらない。
ブライアンもエリオスも肝脳地にまみる思いだった。
野外は相変わらず、天変地異のように荒れ狂っている。その日の降雨量は史上最高とも史上最悪ともいわれ、オーヴィル公国の領土には、平均の1ヵ月分に達したという。 跼蹐とも言える状況で、百僻(ひゃくへき)、百黎の血涙や紅涙が降ったのかもしれない。
ギギギィィーーー!!!ガチャーーーーーン!!!!!
巨大な鉄塊の門扉が閉まっていく。中佐と軍曹は敬礼を五秒間続け、
「では、グレコ・ローマン大佐殿。失礼致しました。」と大声で叫ぶように言った。
2人は、壁に掛けられた篝火以外に光りの無い、先程の通路を復路として歩み始めた。重々しい雰囲気は一層重篤になったようだ。気まずい空気の中、エリオスが語り始めたのだ。
「・・・これはお前の為を思って言うのだが・・・極めて遺憾だが・・・、今の、グレコ将軍の状態を・・・治癒できる方法は無いようだ・・・。」
突如、一方の跫音だけが、地面から虚空に消えた。
「・・・今、なんとおっしゃたのか・・・?」宏壮な大胸筋と肩胛骨、三角筋などで構成
されている双肩が小刻みに震えている。
凄絶な聳動が、軍曹の6フィート1インチの長躯を伝播してるようだ。声帯も例外でなく、呂律も怪しくなっている。
もう片方の跫音もすぐさま消えたが、中佐の声は完全な静寂という、無惨な効果音とともに、復路の前方に発現し続けた。
グレコ・ローマンと云う千軍万馬の猛将の幕下で、次席に当たる裨将として、燦然たる勲を立てた英傑でも、今のブライアンと、眼を合わせ乍ら話す程の、胆力は無いようだ。
エリオスはほぼ同じ内容の事を反復して喋った。親が暴れん坊の少年をあやすように。諭すように・・・。
しかし・・・、左斜め後ろから感じる、異様なほどに溢泌したような、殺気と。赤黒く怒張した筋肉の収縮音、伸展音、全身を熾烈な高温高圧の様に、駆けめぐっているであろう血液が運んでいる、武張った心臓音・・・。そして臼歯の軋む音・・・。握力の限界を超え、爪が銘々の起始している指の付け根の皮膚を喰い裂くような音・・・。ブライアンはまさに怒髪天を衝く思いであろう。
「・・・ぅぐぐぐぅ・・・なんという・・・ある程度、覚悟はしていたとはいえ・・・!」
文字通り、ブライアンは怒りを噛み殺そうと、野性に対し理性で抗命していったが・・・。
抵梧(ていご)している双方の心の衝突音ですら、エリオスの左斜め後ろに仁王立ちしている巨体の怪漢から、聴覚に訴えてくる様なのである。
元、上司はまだ正面を凝視している。厳密にいうと凝視し続けるしかないのだ。元部下の悲憤慷慨している姿は、不憫過ぎて見るに堪えないのである。
エリオス自体もやり場の無い怒りが込み上げてきている上に、呻吟している。何なのだこの国に猖獗を極めている、魔薬という代物は。
こいつが、全ての、諸悪の根元ではないのか?
こいつのお陰でこの国は自存自衛出来たと、長上達は口をそろえていたが・・・?
ここまで、極端な副作用ならば、いっそオーヴィルなど、どこかの大国に隷属してれば良かったのではないか?
まさに、獅子身中の虫というジレンマに陥ってしまっているで
はないか?
五年前の大陸大戦の為に、オーヴィル公国の版図は全盛期の三分の二程度まで縮小してしまっている。
フェンダー大王国でも、ゼマティス神国でも、ギブソン帝国でも、モーリス連合共和国でも、併合されてしまえば良いのではないか?
強国に帰服した方が、難しい問題も一挙に解決するのではないか?
この、魔薬という名の怪物が、この国の国防、軍事に桎梏として、噛み付き、流血が止まらず、国家、国体を失血死させ、命運が尽きようとしているのではないか?
一人の武人として明らかな危険な思想なのだが、塗炭の苦しみから、この無辜の蒼生を救恤することはできないだろうか?
誰か・・・誰か・・・誰か・・・このオーヴィルの行く末を・・・。気が付けば、嗚咽が止まらない。
ブライアンもエリオスも肝脳地にまみる思いだった。
野外は相変わらず、天変地異のように荒れ狂っている。その日の降雨量は史上最高とも史上最悪ともいわれ、オーヴィル公国の領土には、平均の1ヵ月分に達したという。 跼蹐とも言える状況で、百僻(ひゃくへき)、百黎の血涙や紅涙が降ったのかもしれない。