第11話 五郎、再起をめざす
文字数 1,133文字
「バカめ! おととい来い!」
侍たちが、屋敷の玄関から二人を蹴り出した。五郎は砂まみれになりながら、立ち上がった。
「権三さん! 権三さん!」
まるで飼い主を失った子犬のようだったので、たまらず菅原が、
「五郎さん、もういいでしょう。とにかく仕事をしましょう」
パタパタ、自分についた泥を払っている。
五郎は、狂乱から我に返った。
「そうだ、ああ、そうだな、その通りだ。あんたはうちの長屋がどこにあるか、知ってるのか」
「もちろん。さきほど式神に教えてもらいましたから」
「じゃあよ、シキガミってなんだよ」
「職業上のヒミツです」
「…………ま、いいけどさ。こっち来な。もういちど、目に物見せてやる」
二人は、長屋に向かった。
ちょうど長屋では、宴が終わろうとしているところだった。きれいどころの女人たちが、艶やかな姿で舞い、歌を歌い終えている。
猫又の夫婦が、ゴロゴロ喉を鳴らしている。わたしたちのために宴があるのね、あるのねー? という顔である。大きな瞳がクリクリ輝き、ヒクヒクする鼻には長い髭がはえている。長屋のみんなは、競って猫又の夫婦の背中をなでまわした。
「どれ、俳句の一つもひねろうかの」
ご機嫌のご隠居が、短冊を取り出して、うむむとうなりはじめた。
「化猫や、ああ化猫や、化猫や」
ぽろっと口走るので、八っつあんはひっくり返って笑った。腹を抱えながら、
「松尾芭蕉もまっつあおの、名句でやんすね」
「そうだろう、そうだろう」
ご隠居は、ぐでんぐでんになっている。そこへ五郎が現れたから大変だ。女人たちは、五郎の顔を見るなりさっと青ざめ、素早く席を立って長屋を駆け去ってしまった。五郎は、歯を剥き出した山犬みたいな顔だ。自分も歯を見せていることに、八っつあんは気づいた。食いしばる歯の下で、八っつあんは言った。
「なんの用だい」
「おまえさん。三太に、そんな口をきかないで」
トメが、割って入る。五郎も八っつあんも完全に黙殺した。
「ここは、どうなってる。なぜ、おまえらはノンキに宴なんかひらいてる。カネはどうした。立ち退き料から出したのか」
聞かずともわかっているのだが、なんども同じ事を聞いてしまう。五郎はあまり頭がよくないのである。
「ご隠居さんが、いちばん高価な壺と掛け軸を質に入れてくれたのよ。三太が戻ってきたお祝いですって!」
トメは無邪気なものであるが、八っつあんは敵意丸出しの目で五郎を見つめている。小鳥遊は背中を見せて横になっている。なにも言うべきことはないらしい。五郎は唇を噛みしめた。くやしいが、言葉も出ない。
八っつあんは、は、は、は、と乾いた声で笑って、揺れる指で五郎を指した。