第6話 約束
文字数 3,733文字
いじめっ子を返り討ちにした日からチャンバラができなくなった。
それからだんたん外で遊ばなくなっていった。
この頃から携帯型ゲーム機や家庭用ゲーム機がいろいろ出始め、俺たちの遊びはほとんどゲームをすることに変わっていった。
でも、家庭用ゲーム機を持っていたのは綾香だけだった。
だから、よく俺たちは3人は綾香の家に遊びに行っていた。
いつも嬉しそうに玄関のドアを開けてくれたっけな。
お母さんはとっても綺麗で優しい人で、いつも丁寧にもてなしてくれた。
綾香の家庭は少し変わっていて、お父さんが家で仕事をしていた。
2階の書斎でパソコンで仕事をしているみたいだったが、しょっちゅう下まで降りてきて、俺たちがゲームをしているとまじってきた。
面白くて、よく笑う人だった。
俺はお父さんが単身赴任で家にいない日がほとんどだったから、綾香が羨ましかったし、綾香のお父さんと遊ぶことが本当に楽しかった。
それから、俺は一人でもよく綾香の家に遊びに行くようになった。
綾香のお父さんはよく休みの日に遊園地や動物園、色々な所へ連れてってくれた。
今まで、お父さんはこんなに色んな所に連れてってくれたことはなかったから、すごく嬉しかった。
そして、綾香のお父さんのことを自分の父親代わりのように思っていた。
月日は流れ、俺たちは小学校を卒業し、中学生になった。
中学校では1学年4クラスだった。
めちゃめちゃ大人数だったから面食らったことを覚えている。
俺、綾香、龍二は小学校で1クラス6人という少人数だったので、一緒のクラスにしてもらえた。
最初のうちは中々なじめなかったが、時間が経つうちに徐々に友達ができるようになってきた。
綾香は相変わらず誰ともしゃべれずいた。
いつも一人で席に座っていてた。
綾香は可愛かったから話しかけられたりするが、ちゃんと応えることができず、すぐに会話が終わりよく半泣きになっていた。
だから、よく綾香のところへしゃべりに行っていた。
「ごめんね。焔。いつも助けてくれて」
しゃべりに行く度に言っていた。
こんな生活が2か月ほど続いた。
そんなある日、綾香が初めて学校を休んだ。
小学生のときは全然風邪とかでは休んだことがなかったから珍しいなとその時は思っていた。
だが、ホームルームのとき先生があることを告げられた時、綾香が休んだ意味を知った。
綾香のお父さんが死んだ
頭が真っ白になった。
意味がわからなかった。
死んだ……綾香のお父さんが。
どうして……
後から知ったが、綾香のお父さんは癌だったみたいだ。
もう手遅れで、治すすべはなかった。
薬で延命することもできたが、家族といることを選んだそうだ。
だから、会社に頼んで家で仕事をすることの許可をもらって、家族といる時間を増やした。
綾香のお母さんには話していたみたいだが、綾香には自分の病気のことを教えてなかったみたいで、葬儀中ずっと泣いていた。
それを見て、すごく心が痛んだ。
俺も悲しかったが、綾香の方が数十倍悲しいんだ。
だったら、堪えろ。
綾香の方が苦しいんだから。
葬儀から数日過ぎた休日、俺はベッドで寝転がって、天井をぼーっと見ていた。
葬儀から綾香は学校に来ていなかった。
俺もまだ切り替えられていないんだ。
綾香も当然、まだまだ時間がかかるだろう。
そんなことを考えながら、時間を浪費していた。
ガチャ
ドアが開いた。
お母さんだった。
「焔、綾香ちゃんが呼んでるわよ」
俺はベッドから飛び上がった。
すぐに玄関まで行った。
玄関には綾香が一人下を向いて、立っていた。
2人の間に少しの間沈黙が走った。
俺が口を開こうとした瞬間、綾香が小さな声でしゃべり始めた。
「ほむら……」
そう言って、俺の方に顔を向けた。
今の今まで泣いていたということがすぐにわかった。
俺は泣きそうになるのをグッと堪えた。
「私……今まで焔にたくさん助けてもらってた。そして、私はその優しさに甘えてた」
「そんなこと別に気にすんなよ。これからも俺のことは頼ってくれてもいいんだぜ」
「でもそれじゃあだめなの」
「え?」
「お父さんが死んで、お母さんが働かなくちゃならないようになったの。お母さん私が泣いているとき、いつも寄り添って優しい言葉をかけてくれた。けど、私が寝ているとき、お母さんいつも泣いてるの。
私には弱いところを見せないように声を押し殺して」
また、込み上げてきたが堪えた。
「これからお母さんは忙しくなって、どんどん弱いところを見せられなくなる。だから、私は強くならなきゃいけないの。お母さんの負担になりたくないの。そして早く元気になって、お母さんに心配かけないようになる。だから……もう焔には頼らない。これからは自分の力で……」
本気……みたいだな。
目には覚悟が宿っていた。
今まで人に話しかけることができなかった綾香が、変わると言っているんだ。
相当な勇気がいるだろう。
でも、今の綾香ならきっと変わることができる。
「わかった。強くなれ、綾香。今のお前ならできる」
「うん。私強くなる。そして、もう泣かない。見ててね。焔」
「ああ、見てる」
俺が言い終わると、綾香はニコッと笑って見せた。
俺も笑い返す。
そして、玄関から外に出ようと後ろに振り返り、取っ手に手をかけようとしたとき、綾香の動きが止まった。
どうしたのかと声をかけようとすると、綾香が後ろをむいたまま話し始めた。
「焔。一つだけ約束してくれる?」
「……いいよ。なんでも約束してやるよ」
俺はすぐに答えた。
綾香は俺の方に向き返り、笑顔で言った。
「約束だよ、焔。もし私が泣いていたらその時だけは助けてね」
「わかった。もしそんな時がきたなら、俺が颯爽と助けてやるよ」
俺は胸を強くたたき、笑顔でそう言った。
―――そうだ。あの時約束した。
綾香を助けると。
約束しただろ。青蓮寺焔!!
だったら早く助けに行けよ!
今すぐ立ち上がって、綾香の所へ!!
だが、俺の意志に反して体はまったく言うことを聞かなかった。
どうした焔? 早く立ち上がれよ!!
頼むから言うこと聞いてくれよ!
早くしないと綾香が……動けよぉおおおおお!!!!
涙が溢れてきた。
助けに行きたい。助けに行かなければならないと分かっていながら、体が恐怖で震えて動こうとしない。
レッドアイに挑んだ奴らの末路を知っているから。
そのことを考えると、助けに行くことがあまりにも怖かった。
分かっていた。
どうせ俺が助けに行ったところで、綾香を救えないことを。
自分に力がないことを。
分かってる。
分かってはいるけど、何もできない自分に……言い訳して何もなそうとしない自分に……本当に腹が立って仕方なかった。
俺はただ綾香が無残にやられる様を見ることしかできないのか……
違うだろ。
今からでも遅くない。
少しでも綾香が逃げれる時間ぐらい俺でも作れるだろ。
だから頼むよ。
行けよ……行けよ……行けよぉおおおおお!!!
歯を強く食いしばり、全身に力を入れ立ち上がろうとする。
その時だった。
レッドアイは綾香に向かって、ゆっくりとナイフを振り上げようとしていた。
綾香は声にならない声を出しながら、恐怖で震えていた。
止めろぉおおおおお!!!
俺は必死に立ち上がろうとするが、全身が震えて、うまく立ち上がれない。
更に涙が流れてきた。
俺は情けない呻き声を上げながら、ただ綾香を見ていることしかできなかった。
なぜか綾香は俺の方に顔を向けた。
俺は綾香の顔を見て更に心が痛んだ。
綾香は涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
だが、次の瞬間綾香は俺に向かって笑って見せた。
全身震えながら、涙を流しながら、頑張って笑顔を作っていた。
なんで綾香はこんな状況で笑ったのか。
最後に笑っている姿を俺に見せたかったのか。
約束のことを思い出して、俺に約束のことを忘れていいよと笑ってみせたのか。
その理由は分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
それは今まで見た笑顔の中で一番きれいで、一番悲しい顔をしていた。
俺の中の何かが弾けた。
さっきまでの震えが嘘のように止まり、体がスッと軽くなった。
更に全身に力がみなぎってくるのがはっきりと分かった。
自然と体は動いていた。
一直線に。綾香の元へ。
レッドアイがナイフを振り下ろした瞬間。
「これ以上綾香に辛い思いさせるなぁあああああ!!!」
俺はレッドアイと自分自身に対して叫びながら、レッドアイの胸元に向かって、両足で飛び蹴りをぶちかましていた。
それからだんたん外で遊ばなくなっていった。
この頃から携帯型ゲーム機や家庭用ゲーム機がいろいろ出始め、俺たちの遊びはほとんどゲームをすることに変わっていった。
でも、家庭用ゲーム機を持っていたのは綾香だけだった。
だから、よく俺たちは3人は綾香の家に遊びに行っていた。
いつも嬉しそうに玄関のドアを開けてくれたっけな。
お母さんはとっても綺麗で優しい人で、いつも丁寧にもてなしてくれた。
綾香の家庭は少し変わっていて、お父さんが家で仕事をしていた。
2階の書斎でパソコンで仕事をしているみたいだったが、しょっちゅう下まで降りてきて、俺たちがゲームをしているとまじってきた。
面白くて、よく笑う人だった。
俺はお父さんが単身赴任で家にいない日がほとんどだったから、綾香が羨ましかったし、綾香のお父さんと遊ぶことが本当に楽しかった。
それから、俺は一人でもよく綾香の家に遊びに行くようになった。
綾香のお父さんはよく休みの日に遊園地や動物園、色々な所へ連れてってくれた。
今まで、お父さんはこんなに色んな所に連れてってくれたことはなかったから、すごく嬉しかった。
そして、綾香のお父さんのことを自分の父親代わりのように思っていた。
月日は流れ、俺たちは小学校を卒業し、中学生になった。
中学校では1学年4クラスだった。
めちゃめちゃ大人数だったから面食らったことを覚えている。
俺、綾香、龍二は小学校で1クラス6人という少人数だったので、一緒のクラスにしてもらえた。
最初のうちは中々なじめなかったが、時間が経つうちに徐々に友達ができるようになってきた。
綾香は相変わらず誰ともしゃべれずいた。
いつも一人で席に座っていてた。
綾香は可愛かったから話しかけられたりするが、ちゃんと応えることができず、すぐに会話が終わりよく半泣きになっていた。
だから、よく綾香のところへしゃべりに行っていた。
「ごめんね。焔。いつも助けてくれて」
しゃべりに行く度に言っていた。
こんな生活が2か月ほど続いた。
そんなある日、綾香が初めて学校を休んだ。
小学生のときは全然風邪とかでは休んだことがなかったから珍しいなとその時は思っていた。
だが、ホームルームのとき先生があることを告げられた時、綾香が休んだ意味を知った。
綾香のお父さんが死んだ
頭が真っ白になった。
意味がわからなかった。
死んだ……綾香のお父さんが。
どうして……
後から知ったが、綾香のお父さんは癌だったみたいだ。
もう手遅れで、治すすべはなかった。
薬で延命することもできたが、家族といることを選んだそうだ。
だから、会社に頼んで家で仕事をすることの許可をもらって、家族といる時間を増やした。
綾香のお母さんには話していたみたいだが、綾香には自分の病気のことを教えてなかったみたいで、葬儀中ずっと泣いていた。
それを見て、すごく心が痛んだ。
俺も悲しかったが、綾香の方が数十倍悲しいんだ。
だったら、堪えろ。
綾香の方が苦しいんだから。
葬儀から数日過ぎた休日、俺はベッドで寝転がって、天井をぼーっと見ていた。
葬儀から綾香は学校に来ていなかった。
俺もまだ切り替えられていないんだ。
綾香も当然、まだまだ時間がかかるだろう。
そんなことを考えながら、時間を浪費していた。
ガチャ
ドアが開いた。
お母さんだった。
「焔、綾香ちゃんが呼んでるわよ」
俺はベッドから飛び上がった。
すぐに玄関まで行った。
玄関には綾香が一人下を向いて、立っていた。
2人の間に少しの間沈黙が走った。
俺が口を開こうとした瞬間、綾香が小さな声でしゃべり始めた。
「ほむら……」
そう言って、俺の方に顔を向けた。
今の今まで泣いていたということがすぐにわかった。
俺は泣きそうになるのをグッと堪えた。
「私……今まで焔にたくさん助けてもらってた。そして、私はその優しさに甘えてた」
「そんなこと別に気にすんなよ。これからも俺のことは頼ってくれてもいいんだぜ」
「でもそれじゃあだめなの」
「え?」
「お父さんが死んで、お母さんが働かなくちゃならないようになったの。お母さん私が泣いているとき、いつも寄り添って優しい言葉をかけてくれた。けど、私が寝ているとき、お母さんいつも泣いてるの。
私には弱いところを見せないように声を押し殺して」
また、込み上げてきたが堪えた。
「これからお母さんは忙しくなって、どんどん弱いところを見せられなくなる。だから、私は強くならなきゃいけないの。お母さんの負担になりたくないの。そして早く元気になって、お母さんに心配かけないようになる。だから……もう焔には頼らない。これからは自分の力で……」
本気……みたいだな。
目には覚悟が宿っていた。
今まで人に話しかけることができなかった綾香が、変わると言っているんだ。
相当な勇気がいるだろう。
でも、今の綾香ならきっと変わることができる。
「わかった。強くなれ、綾香。今のお前ならできる」
「うん。私強くなる。そして、もう泣かない。見ててね。焔」
「ああ、見てる」
俺が言い終わると、綾香はニコッと笑って見せた。
俺も笑い返す。
そして、玄関から外に出ようと後ろに振り返り、取っ手に手をかけようとしたとき、綾香の動きが止まった。
どうしたのかと声をかけようとすると、綾香が後ろをむいたまま話し始めた。
「焔。一つだけ約束してくれる?」
「……いいよ。なんでも約束してやるよ」
俺はすぐに答えた。
綾香は俺の方に向き返り、笑顔で言った。
「約束だよ、焔。もし私が泣いていたらその時だけは助けてね」
「わかった。もしそんな時がきたなら、俺が颯爽と助けてやるよ」
俺は胸を強くたたき、笑顔でそう言った。
―――そうだ。あの時約束した。
綾香を助けると。
約束しただろ。青蓮寺焔!!
だったら早く助けに行けよ!
今すぐ立ち上がって、綾香の所へ!!
だが、俺の意志に反して体はまったく言うことを聞かなかった。
どうした焔? 早く立ち上がれよ!!
頼むから言うこと聞いてくれよ!
早くしないと綾香が……動けよぉおおおおお!!!!
涙が溢れてきた。
助けに行きたい。助けに行かなければならないと分かっていながら、体が恐怖で震えて動こうとしない。
レッドアイに挑んだ奴らの末路を知っているから。
そのことを考えると、助けに行くことがあまりにも怖かった。
分かっていた。
どうせ俺が助けに行ったところで、綾香を救えないことを。
自分に力がないことを。
分かってる。
分かってはいるけど、何もできない自分に……言い訳して何もなそうとしない自分に……本当に腹が立って仕方なかった。
俺はただ綾香が無残にやられる様を見ることしかできないのか……
違うだろ。
今からでも遅くない。
少しでも綾香が逃げれる時間ぐらい俺でも作れるだろ。
だから頼むよ。
行けよ……行けよ……行けよぉおおおおお!!!
歯を強く食いしばり、全身に力を入れ立ち上がろうとする。
その時だった。
レッドアイは綾香に向かって、ゆっくりとナイフを振り上げようとしていた。
綾香は声にならない声を出しながら、恐怖で震えていた。
止めろぉおおおおお!!!
俺は必死に立ち上がろうとするが、全身が震えて、うまく立ち上がれない。
更に涙が流れてきた。
俺は情けない呻き声を上げながら、ただ綾香を見ていることしかできなかった。
なぜか綾香は俺の方に顔を向けた。
俺は綾香の顔を見て更に心が痛んだ。
綾香は涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
だが、次の瞬間綾香は俺に向かって笑って見せた。
全身震えながら、涙を流しながら、頑張って笑顔を作っていた。
なんで綾香はこんな状況で笑ったのか。
最後に笑っている姿を俺に見せたかったのか。
約束のことを思い出して、俺に約束のことを忘れていいよと笑ってみせたのか。
その理由は分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
それは今まで見た笑顔の中で一番きれいで、一番悲しい顔をしていた。
俺の中の何かが弾けた。
さっきまでの震えが嘘のように止まり、体がスッと軽くなった。
更に全身に力がみなぎってくるのがはっきりと分かった。
自然と体は動いていた。
一直線に。綾香の元へ。
レッドアイがナイフを振り下ろした瞬間。
「これ以上綾香に辛い思いさせるなぁあああああ!!!」
俺はレッドアイと自分自身に対して叫びながら、レッドアイの胸元に向かって、両足で飛び蹴りをぶちかましていた。