衝動

文字数 636文字

 ジンゴロには目の悪い年老いた母がいた。そのため他の女性たちのように布を作る仕事はできない。朝早く島の近くで貝や小魚を取ってきては、母が作るわずかな畑の作物を使って料理をしながら暮らしていた。

「あのクジラの行く先を見てみたい。」
 ある時、船団がコックの見習いを募集する話を聞いて、友人にふと漏らした。それはめぐりめぐって年老いた彼の母の耳にまで届いた。
「布が売れてまとまったお金が入ったので、いとこが家を建て直すといってきた。ついては一緒に住まないかというんだ。」
 母が突然言いだした。ジンゴロにはすぐに真意はわかった。
「もし、おまえも行きたい所があれば行ってくるといい。」

 ジンゴロは迷った。母のいとこにあたるおじさんは妙に母とは気が合うようだった。ただ、ジンゴロとは何度か喧嘩もしている。昔は親戚一同大所帯で暮らしていたが、外国船がきてからおじたちは仕事のある街へと移ってしまった。ジンゴロの母は目が悪いので住み慣れたところのほうが楽だといってここに残った。おそらくは、おじたちが万一街での暮らしに挫折しても戻ってくることころを残そうと考えたのだろう。しかし、今や街での生活になれてしまい、もはや昔の暮らしはできなかった。学校、病院、買い物すべてがお金で手に入る暮らしは人々から生きる知恵と気力を奪ってしまったのだ。

 いとこの家に行けば、母の目も外国から来た医者に見てもらえる。結局、ジンゴロは母の言葉に甘え、五年という約束で、旅にでることにした。
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