第9話

文字数 390文字

「気を付けてね……」

「もう二度と連絡もしないし、戻らないから」

 この家にはもう、戻らない。戻りたくもない。

 私はカラカラと春風の中、キャリーケースを引いて家を出る。必要な荷物や家電は、後から業者の方が届けてくれることになっている。

 少し道を歩き、一度、家の方向を振り返ると、駅の方向へ歩く私を、お父さんは家の前でずっと眺めていた。そんなに見なくてもいいのに。振り返るのはもうやめよう。

「さようなら過去の私」

 本当は大学へ行きたかったのに、もう働かなくてはいけなくなってしまった。

 それはお父さんが仕事に行かなくなってしまったからだ。お金を稼がなくなったからだ。だらだらと家で過ごすようになったからだ。寝てばかりになったからだ。

 お母さんを追い出したからだ。

 お母さんがいなくなってから、全て変わってしまったんだ。

 お父さんが最低だからだ。



 過去を頭に巡らせながら、私は歩いていく。
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