#16 【約束】みんなとここで
文字数 4,820文字
大きくあくびをするジャック。
ゆっくり起きて歯磨きをして支度する、いつも通りの朝。
それから学校へ行って、クラスメイトの女子の会話に耳を傾ける。
知ってる?昨日のテレビ、ジャックくん出てたんだよ!超イケメン!
おいおい、どっちが上かなんていいじゃないか☆
…なんて、直接言えたらいいのだけど。
女の子に慣れていないジャックは、1人寂しくドヤ顔を決め心の中で囁いた。
すると、担任のゴワス先生がやってきた。
…あらいけないわ。そうだったわね。昨日からルールが変わったの忘れてたわぁ
先生という人間はどうしてそうセクシーダイナマイトボディーなのですか?ボクの心は貴女に釘付けだ……
ふう…セクシーダイナマイトと言われて黙ってられないね。あたしの胸の名前知ってるかい?……トロピカルバタフライだよ。
負けんぞ!私の胸筋はゴリゴリの力を持ちながら優しい心を持つ。その名も……ピクシーキャットだ!!
やっぱり勝てないなぁ。僕なんてウロボロスだ…。
あ、僕の胸の先っちょが震えている!オアーッ!僕のウロボロスがデーモン佐藤に進化したー!!
ヘアーッ!胸の先っちょに顔が出てきたー!?喋ってるー!?
そう、私立ごちゃエピ学園はいつも賑やか。
いろんな格好のいろんなジョブのいろんな職業のいろんな性格の人が集まる学び舎。
しかし彼らは、学園にゆっくりと近付く強大な力、スキル"枯渇"を待つカオスな転校生がやってくるのを今はまだ知らない……。
トロピカルにピクシーにデーモンか…頑張ろうぜ、ハムナプ……おっと。
この番組は
繋ぐ繋がる異世界ファンタジーごちゃエピ!
五智谷中学校の提供でお送りします。
…………。
……ジャックは大きく深呼吸をして……
笑った。
ぶっひゃひゃひゃはははははゲフングフンゲホゲホッみ、水ー!
ングングングング……ぷはーっ!いやぁーおもしろいなぁー!
ああこれ?ごちゃエピifアニメだよ!ブッとんだアニメだから頭からっぽで見れるんだー!いやぁー笑った笑った!
まったく…暗い雰囲気が苦手だからってここまでする?冒頭で「あれ?」って思った人は多いはずだよ。
…まぁいいんじゃないか?あいつなりに考えたんだろうよ。
確かに、胃がキリキリするような空気は私も好きではありません。何かおもしろいものを持ってきて場を盛り上げる、さながらムードメーカーといったところでしょう。
バカだね…無理してるんだよ…昨日の今日だから仕方ないのかね…
ううん。ジャック君はいつも通りにしてるだけだと思います。
甘い。我が乳首は
「†紅ノブラッドチューン†」。(中二病患者みたいな声)
ゴワスはため息をつくと目をつぶり、小鳥との会話を思い出す。
それは昨日、ソニア…いやアストリアとの会話が終わった後、店内にやってきた小鳥とゴワスが別室へ行った時。
『はい…私はソニアちゃんに話があると呼ばれていたんですが…実際はソニアちゃんの体を借りていた別の誰かとお話をしてたんです…たぶん女の子だと思います…』
『その人はジャック君を異世界転生させた張本人でした…ジャック君に全てをひっくり返すためにこの世界に呼んだと言っていました…』
『アストリアって誰なんですか…?どうしてジャック君がそんな役目を果たさなきゃいけないんですか…?教えて下さいゴワスさん……』
『アンタ、体が透けてるじゃないか…!"クリア"しちゃったんだね…』
『…いいだろう。1つずつ教えてあげる。そのかわり、この事は誰にも言っちゃいけない。いいね?』
『まず1つ。この世界にやってきたアンタ達、いわゆる異世界人。
彼らは最初、この世界に来る時"ある男"によって力を与えられる。……それがスキル。ゲームみたいに不思議な力が使える。火を起こす、生き返る、バスに乗る…』
『でもジャック…彼は特別。他とは違うんだ。何故かわかるかい?』
『正解。"この世界にやってきた"っていうのは"この世界に迷い込んだ"に近いんだよ。路地裏とか深夜のコンビニのトイレとか封鎖されたトンネルの向こうとかビルとビルの隙間とかそういう所にあちらとこちらを繋ぐゲートがある。そこに偶然近付いたモンだからさぁ大変。本人の意識は無くなって気付いたらこの世界。アンタと一緒ね。』
『でも彼は違う。ゲームショップに行ったが最後、不運にも立てこもり事件に巻き込まれその命は絶たれる。この場合普通はお陀仏だけど…"彼女"は彼を救った。』
『"ある男"は他人にスキルを与えるスキルを持ってる。ただし条件があってね、さっき言ったゲートでこの世界に来た人間にしかスキルを与えられないのさ。
でも、"彼女"も同じ能力を持ってる。違うのは条件。与えられるスキルも1つだけ。ずっと不便だと感じてたけど、彼のピンチはチャンスに変えた。』
『"彼女"は帝国の力を無効化するスキルをジャックに与えたんだ。』
『この無効化、言ってみればチートってやつさ。どんな魔法、どんな武器を使った帝国兵でもその力をリセットする。何をされても痛くも痒くもない。もちろん幹部だろうと有効さ。酷い能力だろう?そりゃひっくり返るよ。全てね。』
『アストリア。そう名乗ったんだろう?……彼女はゲノン帝国の皇女だよ。あっちの世界に憧れた哀れな男、皇帝の娘さ。』
『……!そんなすごい人だったんだ…!でも、どうしてジャック君にそんなスキルを…?条件ってなんなんですか?』
『アストリアはね、死ぬ間際に優しい心を持った人間にしかスキルを与えられないんだ。アタシはその場にいなかったからわからないけど、ジャックったら何か良い事したんじゃない?』
『……!!私知ってます!偶然だけど、あの時私も一緒にいたんです!』
『!? ふぅ…運命ってのはすごいねぇ…何をしたんだい?犯人を捕まえたわけじゃないだろう?』
『お店に犯人が入ってきて一緒に逃げたんです…その時あの子…アストリアちゃんが転んじゃって……』
『危ない!!ってわけかい…!はぁ…おバカさんだね…良いヤツじゃないか……!』
『……………。ゴワスさん。私、あの子にお願いしたんです。大きな使命を背負ったジャック君と一緒に居たいけど、私には時間がないから……』
『お願い?まさかジャックのスキルを自分に渡せなんて言ったんじゃないだろうね?』
『もし死んじゃっても、もう一度だけ生き返るスキルをジャック君に与えてってお願いしたんです!!』
『だって…!負けてほしくないから!!もしジャック君も現実世界に戻れるなら、また会いたいから…!!』
『この世界で死んじゃったら、現実世界の人達に忘れられるんですよね!?友達も家族も、あのお店に居た人達はみんなジャック君のこと忘れちゃうんですよね!?
あの子にどうなるか聞いたんです…!酷すぎますよね…?』
『大丈夫さ!!彼ならきっとやり遂げる…!アンタがこんなに想ってるんだ!当然だよ!!』
……
気がつくと、ゴワスは少し涙ぐんでいた。
そんなゴワスを見て小鳥はクスッと笑う。
「えいっ」で魔物に勝てると思ってんのか!このタコ!
ム…剣の素振りか。みっちり鍛えてやりたいが、……それももう出来ないのか…
にゃにゃ!?なんで!?どっか行っちゃうにゃ!?そんなのイヤにゃ!!
うん。資金もだいぶ集まったからね。ソニア店長、お世話になりました!
そんなに急がなくてもいいのではないですか?寂しいです…
フッ。しょうがないねぇ。いっちょお別れ会やりますか!!
えっ。いいですよ!みんないつも通りでいいのいいの!な、ミノル!
なんだよミノル〜?寂しいってか〜?お前らしくないぞ〜?
そうです。貴殿はこれから、己の知らぬ世界を歩く。随分と軽い装備ですが問題ありませんか?
そうだな、武器屋と防具屋に寄らないといけない。それから――
よほどショックだったようです。好きな男の門出を祝う余裕は、まだ無いようで…
最後だなんて言わないでにゃ!ここにいてほしいにゃ!もっと遊ぶのー!
…ジャック君がここを出るまで待っていてくれるって。
そうだ!
ジャック、出る前に1つだけやっていこう!よし決めた!
さぁみんな!準備よ!!
するとゴワスは、1枚の紙を取り出し、
静かに呟いた。
不安がないとは言ってない どうなるこうなるわからない
アンタが書いた、グラスオーヴィ初ライブのあの曲の2番の歌詞だよ。
****
みんなとここで
作詞作曲:ジャミ子 歌:みんな
♪やりたい事だけやってたい リアルはそんなに甘くない
♪それならここで夢語ろう みんなと一緒に笑い合おう
♪君とここで出会えた奇跡 君にここで伝えたい気持ち
2番!
♪不安がないとは言ってない どうなるこうなるわからない
♪きっとまた会える そうみんなとここで(澄んだ声)
♪見たい景色がいっぱいあるんだ キラキラ光るこの世界を
【全員】
♪背中を押してくれた君が ここでずっと笑えるように
♪少しずつ真実を知って会おう またみんなとここで
…………。
……最後のライブが終わった。
私はもう、現実世界に帰らなくちゃいけない。
みんなと一緒に居たかったけど、もうすぐ終わっちゃう。
ソニアちゃん、ノノちゃん、ナナちゃん、ヒナちゃん。本当に楽しかったよ。今までありがとうございました。
アリシアさん、ジーノさん、…ゆめちゃん。みんなと一緒に、グラスオーヴィをよろしくお願いします。
ゴワスさん、ゴッツァンさん。真実を教えてくれてありがとう。ゴッツァンさんの下着、もらっておけば良かったかな?
……ジャック君。これからも支えてあげられなくてごめんなさい。
先に帰っちゃうこと黙っててごめんなさい。
あなたにまた会えて良かった。君なら大丈夫。君を信じてる。
元の世界で、あなたを待ってます。
また会いましょう。
…………約束だよっ。
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