第1話

文字数 6,072文字

 最近のニュースで、某コンビニエンスストアの一部店舗での時短営業が認められる方向に進んでいると目にした。
元号も変わり、もはや近所に必ずあって、24時間365日休まず営業していることが当たり前、多岐に渡った様々なサービスを一度に利用できるコンビニエンスストア。
日々刻々と時代の変化とニーズに合わせて、進化し続けてきたコンビニ業界において、まだまだ進化や拡大を思い描く各コンビニチェーンの本部側と、それらに常に対応を迫られてきた店舗を経営している各フランチャイズ側とが迎えた現実のずれ。
今回のニュースとなっている問題は、チェーンを問わずコンビニ業界の根幹を揺るがす一つの過渡期に差し掛かっているように思えてならない。
 実際に長い間、コンビニで働いてきた僕にとって、これは当時からいずれ起こりうるだろう問題として感じていた危惧だった。
慢性的な従業員不足が引き起こした今回の騒動。
おそらく日本国内に数あるコンビニの店舗で、すべての曜日すべての時間帯で完全に無理なく従業員が足りているという店舗は、ほとんど存在しないだろう。
だがそんなことは、少なくとも僕の経験を例に挙げても、20年近く前から現場の店舗では日常的に起こっていたことだ。
では何故今頃になって、それが表面化したのだろうか?
それを解くポイントとして、コンビニ本部とフランチャイズ店舗との力関係のバランスが、時代と共に進化し過ぎたきらいのあるコンビニエンスストアという怪物を、上手く制御するには限界が来たことを意味している気がしてならない。
今までは何とかぎりぎりの状態で持ちこたえられてきたパワーバランスが、維持できないほどのアンバランスさで大きく傾いた必然の結果だ。
まずこの章では、大まかなコンビニ業界の全体像を語っていきたいと思う。
なお本文中に語られている内容は、僕が実際のコンビニ勤務を経て得た体験や情報を中心に構成しているため、すべてのコンビニ業界に必ずしも当てはまるものではないことを、ご容赦いただきたく読んでいただければ幸いだ。

 まず各コンビニチェーンの店舗には、直営店とフランチャイズ店が存在する。
直営店とは、各コンビニチェーンの本部が直接経営・運営している店舗のことであり、従業員も基本的に本部の社員で構成されている、いわばモデルハウスならぬモデル店舗といったところだろうか。
毎週発売される新商品はもちろんのこと、季節ごとにバリエーションに富んだ理想の店舗が展開されていく。
品揃えや物量も豊富で、本部のしっかりとした後ろ盾も手伝って、どの時間帯に訪れても決して顧客の期待を裏切らない、理想郷のような店舗だ。
何しろ賞味期限が切れた廃棄商品がいくら出ようとも、本部が常にしっかりとした補填をしてくれるため、コンビニに行った時に遭遇する目当ての商品がなく、売り場がスカスカという事態も回避できるのは大きい。
ただそのような直営店は、チェーンによって多少の差異はあるだろうが、各チェーンの全体の1割にも満たないぐらいだ。
 では残りの9割強の店舗とは、フランチャイズ店である。
フランチャイズ店とは、コンビニ経営を望むオーナーを本部が募集して、一定の審査や条件をクリアした者が、そのチェーンの店名・ブランドや各種サービス、商品を販売することができるようになり、一つのコンビニ店舗を経営する権利が契約によって認められた店のことだ。
コンビニ本部から様々な権利を得る対価として、毎日の売り上げの中から、店舗ごとに決められた割合のロイヤリティーを本部に支払って、お互いのウインウインの関係を目指そうというスタンス。
皆さんが普段利用しているコンビニ店舗も、まず間違いなくフランチャイズ店である。
日本中に展開されているコンビニは、すべてフランチャイズ店だという認識でも間違いではないくらい、コンビニ業界の姿を体現している。
かくいう僕が勤務したことがあるいくつかの店舗も、すべてフランチャイズ店だった。
酒屋を畳んでコンビニを始めたとはよく聞く話で、だいたいが親子や夫婦の家族所帯で経営されていることが多い。
親子の場合、父親がオーナーで子供が店長。
夫婦の場合は、夫がオーナーで妻が店長。
コンビニを経営するにあたっては専従者契約という、コンビニ本部と新たなコンビニ経営者間の契約で、経営者側は2人1組でなければならない。
ゆえに、親子や夫婦といった一家総出で、コンビニ店舗を文字通り人生のすべてをかけて経営していくことになるのだ。
何しろコンビニという職種は、24時間365日営業しているので、何か店舗で問題やトラブルが起こった時には昼夜を問わず、オーナーないし店長が呼び出されて対応に当たらなければならないため、長期の休暇どころか週1日の休みを確保することもままならない。
そのため従業員の確保・育成が重要になってくるのだが、昨今の諸問題においてこの点が最大のネックとなってきている店舗がほとんどなのだ。
 フランチャイズ店が新店舗をオープンするにあたり、まず経営者が本部との契約を完了し、諸々の手続きや講習を経て、並行するように店舗が建設されていく。
まったくの更地から店舗を建設する場合や、以前別の経営者によって経営されていた店舗を改装して利用する場合など、経営者側の予算や運営希望などによって異なってくる。
半年から1年以上の歳月を要して、様々な準備に追われ、もちろん本部からの多種多様な支援やアドバイスもあるのだが、コンビニを経営するには時間と予算と情熱が必要。
店舗建設も順調に進んでいき、オープンする日が決定した辺りから、大々的に宣伝や求人募集の攻勢へと入る。
ところが僕も経験があるのだが、一昔前とは異なりオープニングスタッフを確保することが、年々難しくなってきている。
たくさんの応募者の中から面接を行い入念な人選をしたいところなのだが、そもそも求人に対する応募する者が圧倒的に減ってきているからだ。
面接をしてふるいにかけ、経営者側の希望に沿った形でシフトを埋めてオープンに備えたいのに、すでにオープン当初からシフトが埋まらない。
良し悪しを考慮することさえままならず、応募者全員を採用してもまだ人手が足りず、いきなりオープン初日から従業員不足の見切り発車を強いられることも、近頃では珍しくもなくなった。
そうなれば、埋まらなかったシフトのところは、オーナーや店長に副店長といった経営者側の人間が、有無を言えず埋めなければならない。
同じ日に数時間勤務していったん家に帰り、また数時間後に勤務につかなければならないといった具合に。
それでもオープン初日から数日間は、妙な充実感に高揚感も手伝って、また本部から多数の社員が派遣されてサポートしてくれることもあり、何とか回るのだがそれもつかの間。
一週間も経たないうちに、本部の社員はあっさりと去って行くので、大変なのはそこからだ。
その先が地獄と化すのか乗り越えて軌道に乗せられるのかは、オーナーを中心とした経営者側の努力次第だと言うしかないのが現実。
コンビニを経営するようになると、1つの店舗に1人、本部からその店の担当としてSV(スーパーバイザー)なる社員が派遣されてくるのだが、このSVとオーナーとの関係性の構築も非常に大きなカギとなってくる。
なおSVという呼称は、各チェーンによって異なると思うので、その店付きの担当社員と認識していただければ幸い。
出版業界で例えるなら、作家と担当編集のような間柄をイメージしていただければわかりやすいだろうか。
SVは通常1人につき2・3店舗並行して受け持っていることが多く、店舗運営におけるアドバイスや経営指南、マニュアルの説明や運営の補助などをしてくれるのだが、ざっくり言えば本部からノルマを課されて派遣されてくる社員であり、あまり信用し過ぎるのはお勧めできない。
SVの言葉を鵜呑みにして発注をかけたはいいが、思うように売り上げが伸びず廃棄は大量で大赤字となった日には、目も当てられない。
年に数回の本部支援や赤字補填はあるものの、SVはアドバイスや指示は出しても責任は取らないのだから。
かと言って、如実にSVを邪険にしてアドバイスなどを聞かな過ぎても、その店舗に対する採点や評定が厳しくなっていって、結果損をするだけなので敵に回してもならない。
信用し過ぎず付かず離れずの距離感を保った付き合い方をしていくのが、賢い選択だと言える。
 そして中長期的にコンビニを経営していこうと思っている場合や、店舗数を増やして複数の店舗を経営していこうと思っている場合には、何よりも従業員の確保とスキルアップは必須だ。
中には定年までの数年間限定で、コンビニを経営していこうと思っている方もいるだろう。
だがほとんどの場合は、親子2代に渡ってなどの長期経営を考えるもので、従業員の力がものを言うのだ。
もちろん、それまでの経営実績や経営者の健康状態なども、本部としての判断材料となるので、それらをクリアすることがまず大前提ではあるのだが。
経営側としては、最低でも各時間帯の勤務において1人ずつは安心して任せられる従業員がいて、初めてまともに店は回っていくと思えるもの。
そうでなければ、基本最低2人体制の各時間帯のシフトでも、安心して任せられないと判断すれば、オーナーなり店長なり経営側の人間が結局常駐してサポートをしなければならなくなる。
そうなれば当然人件費の増大などの負担は増えるし、身体的にも十分な休息も取れなくなってしまう。
そんな時、最初はまったくの未経験で入ったアルバイトの従業員であっても、適性をしっかりと見極めた上で指導して、経験を積ませることで自信をつけて、オーナーや店長などの経営者陣営に次ぐアルバイトリーダー的な従業員をいかに多く抱えられるか、会社は優秀な人材がいてこそ成り立つ、これは僕の実体験に基づく経験則でもある。
複数店舗を経営している経営者たちには、さらに発展させて正社員求人や正社員登用で確保した従業員を各店舗の店長や副店長に据えて、経営の基盤を築いていたりする。
そこまでできるのが、1つの理想だ。
できる従業員が増えてくれば、一部の業務を除いては店舗を任せられるようになってくるので、オーナーたちにも余裕が出て来る。
余裕が出れば確実に休める時間帯を確保できるし、その延長で一週間のうちに丸1日の休日を得ることだってできるようになるのだ。
オーナーや店長が1日何十時間、休日はまったくない、常に疲れた顔で店舗にいなければならないという、コンビニ経営でありがちな過労現象は従業員の育成で回避できるはずなのだ。
 ところが近年、育てようにもそもそも従業員が足りない、店頭での募集広告の掲示、求人情報誌やインターネットの求人サイトなど、取りうるすべての手段や方法を用いても、従業員募集の応募が来ない伸びないということもざらである。
学生アルバイトの従業員などは、進学や卒業に就職などで、そもそも働ける期間が決まっているので、当然時が来れば新たな従業員を確保しなければならないが、なかなかかなわない。
一部の店舗では、そういった従業員不足の穴埋めを、外国人留学生などを雇うことでまかなったりもしているが、あまり多いケースとは言えないだろう。
何故コンビニの求人に応募者が集まらないのか?
あまりにも日常生活にコンビニという職種が馴染み深くなり過ぎて、目新しさがない。
20世紀の頃ならいざ知らず、皮肉にも急速に普及し過ぎたコンビニ業界の弊害だろう。
インターネット上などでも、コンビニでの仕事内容などの情報が簡単に知られるようになり、多岐に渡り過ぎたコンビニの仕事に対する賃金が見合っていないと、捉える人も多いことだろう。
大変そうなコンビニで働くくらいなら、別の仕事を探そうと思われたりするのだ。
とにかく覚えなければならないことが多く、マニュアルもすぐに変更になるし、新たなサービス業務も次々に追加されたりする。
その上相手にするべき客は人間であり、常に臨機応変な対応を求められてしまう。
深夜のコンビニで、事務所で漫画を読みながらのんびり過ごす、なんていうイメージはもはや完全なる幻想。
深夜業務は客数こそ少ないが、その分様々な業務をこなさなければならないため、仕事量だけなら1日の中で最も多い。
不景気なご時世のためか、コンビニを狙った強盗事件も珍しくなく、安全性という意味でもマイナスなイメージが少なからずあるのも事実。
またひと頃話題に上がった、節分やクリスマスなどの予約に対する本部からのノルマ。
大手コンビニチェーンの数々が、事実ではないと否定していたが、コンビニ勤務経験者として断言できる。
ノルマ、またはノルマとまで明確には言わないがそれに近い圧力のようなものは、担当SVを通して確実に存在する。
もちろんそのようなノルマが課せられれば、ノルマに到達できなかった場合、店舗のオーナーや店長、果てはアルバイトを含めた全従業員たちが自腹を切る必要があり、せっかく頑張って働いて得た給与の中から、支払わざるを得なくなるのはおかしな話だ。
このように、簡単に挙げただけでも要因は多い。
それに対する、コンビニチェーンの支援体制には物足りない印象が拭えない。
無人で対応するレジシステムを筆頭とした、機械技術に頼った時代へと突入していきそうな流れがあるが、そうなれば現行のフランチャイズ契約のスタイルそのものが、変わってしまうどころかなくなってしまう日が来るかもしれない。
それは微妙に食い違った進歩と調和であり、もっと従業員=人間を大切にする職種であってほしいと切実に思う。
現に24時間営業を維持できなくなり放棄した時短営業店が出てきているのは、コンビニ店舗を経営していく経営者たちのせめてもの抵抗という図式になってしまう。
時短営業を開始した店舗自体は多少なりとも救われるかもしれないが、利用客たちから見たイメージはどうなるのだろうか?
時短営業したことによるマイナスイメージの方が、強くならないだろうか?
「24時間営業していないのなら、24時間営業している別のコンビニを利用しよう。」という風になるような気がしてならない。
そうなれば必然的に客足は減り、売り上げも落ちて閉店する羽目になるので、大きなマイナスだろう。
ゆえに各コンビニチェーンの本部側には、機械頼みのハイテクなテクノロジーの進化にばかりに力を注ぐのではなく、地域密着のコンビニという原点に立ち返って、そこで働く人々がもっと豊かな毎日を送れるような、人間をサポートして育てるということに、もっと力を注いでほしい。
とりわけ急を要する従業員の確保という問題に、もっと企業を挙げて取り組まなければ、コンビニ業界に未来はない。

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