ジオラモ編(2)

エピソード文字数 2,658文字

「あー、なんだらー、旅人かー?」

入国門の番兵はだらけていた。クリームパンのようなその男は、着せられている制服が気の毒なくらい額から汗を噴き出していた。その汗は制服のせいだけじゃなく、甘い自己管理の結果と思われるぶくぶくした体型が一番の理由だろうとナギもリンも思った。

「わが国は旅人さんは大歓迎サー。でも最近バカみたいに暑くって、来る旅人さんもめっきり減ったサー。んなもんで、わが国は特に入国審査もないでサー、さあさどぞどぞ」

番兵はハアハアと口で呼吸しながら、門を開けた。今にも目眩で倒れそうな顔だった。

それにしても、殺人的な暑さだった。確かに太陽は真っ直ぐ上に君臨しギラギラの熱光を容赦なく降らしているけれど、それが直火のように熱いというわけでもない。

「風よ! 風が熱いのよ!」

イライラした口調でリンが叫ぶように言った。そうだ。風が熱をはらんでいるのだ。本来なら陽射しが暑くても風が吹けば救われる。だが風が熱いのでは元も子もない。

「アナタ達は暑くないの!?」

舌を出してバテそうな顔でリンがナギとルナに訊く。

「私は、大丈夫」

「ボクもだいじょうぶです」

「アタシの服は黒いから熱を吸収するのよね! あーもー駄目! 裸になりたいわ!」

「ちょ、リン、ダメだよ!」

本当にリンが服を脱ぎ捨てそうなので、ナギは慌てる。「ダメだよ、ダメだよ」とリンの上でリョータが飛び回る。

「あ、ね、リン、お店があるからアイスかジュース買って来るね!」

ナギはフラフラするリンを近くの木陰に押し込むと、目に付いた店にルナと一緒に飛び込んだ。

木陰のベンチで三人は小休憩。しかしせっかくのソフトクリームも暑さで急速に溶け、味わう暇もなく焦って食べるしかなかった。

「リン、プリッツ食べる?」

ソフトクリームを大急ぎで食べてしまった三人は手持ち無沙汰になった。ナギがリンにプリッツを勧める。リンは手を伸ばして二本取り、カリリとかじった。

「ポッキー売ってたら食べたかったね」

「このあつさではポッキーはとけちゃいますよね」

ルナがもらったプリッツをカリッとかじりながら言う。そんな二人を見て、リンがぽつんと言う。

「何? ポッキーって」

ナギとルナはリンの顔を見た。その目があまりにまん丸だったから、リンは慌てる。

「な、何? なんなのよポッキーって?」

「リン、ポッキー食べたことないの? もしかして、プリッツも食べたのはじめて?」

「プリッツくらい食べるわよ。ポッキーってお菓子なの?」

「え、と、プリッツにチョコがコーティングしてあるっていうか、でもプリッツとは別物っていうか」

「プリッツにチョコつけて食べればポッキーっていうお菓子になるわけ?」

「それじゃ駄目なの、ポッキーはポッキーっていうか」

「わかんないわ! プリッツはこの塩味が美味しいんじゃない。チョコなんかつけたら台無しだわ」

「うーん、だからプリッツとポッキーは別物なのよ、だからね、えと」

困っているナギに、ルナが助け船を出す。

「ここじゃない、べつの国ならうってるとおもいます」

「そう! そうね、ルナちゃん。リン、別の国に行ったら食べさせてあげる。すっごくおいしいんだから、すぐ好きになるよ」

「ホントウね? じゃ、このバッカみたいに暑い国の用事、さっさと済ませるわよ」

リンはもう一本、プリッツをカリカリと食べてしまうと、杖を立てて立ち上がった。

それから10分弱。三人は電話で聞いた地図を頼りに、陽炎揺れるジオラモの街を歩いた。左に曲がり右に折れ、大小いくつもの店の前を通り過ぎて、ようやく目的の小さな喫茶店にたどり着いた。

カランカラン。小さな鐘の付いた木製の扉を開けると、こじんまりした店内には大小の緑が飾られ、冷房のよく効いたナチュラルな明かりの下に四、五人の客がいた。

流れる音楽は軽快なポップスで、七色のピアノの音がころころと弾けている。目的の人物、フロスはまだ来ていない。「早く入りましょう」とナギはリンに押されて店内に入った。

「その服は暑さも和らげるのね。やっぱりアタシも作ってもらえば良かったわ」

オーダーした、オレンジフロートとパイナップルシャーベットとマンゴーフラッペを代わる代わる食べながらリンが言う。

「……リン、お腹こわさない?」

「アタシは暑いのが一番苦手なの。汗かいてベタベタするでしょ? あーやだ、着替えなきゃだわ」

とはいえ、リンは着替えても黒のゴスロリドレスだ。

冷たいものの一気食べ。ナギが心配そうに見ていると、リンは突然、頭を抱えて悶絶し始めた。

「リン、だ、大丈夫?」

「ル、ルナ、魔法で頭痛消して!」

「あ、あの、すぐおさまるとおもいますけど」


「あ、フロス!」

唐突にナギが窓の外を見て言った。陽炎揺れる道を、一人の少女が駆けて来ていた。
彼女は、南国の花の精のようだった。

鮮やかなピンクのワンピース、きっと他の国の街で見かけたら派手すぎるその色彩も、この国の空の下では似合っていた。ナギにとってはすごくすごく懐かしい顔。髪にも赤い花が飾られていた。その花の名前はハイビスカスだと、ナギは後になって知った。

「ナギ!? ホントウにナギなの!? やだ、ナギじゃない! きゃー、久しぶりねナギー!?」

二人は手を取り合い涙を浮かべて再会に歓喜した。そのまま2メートルは飛び上がりそうだった。

「アビスから聞いてびっくりしたよ? まさか、ナギがねー! ホントなの? でもナギ変わったねー! ナギじゃないみたい? 信じられない嘘みたい! でもどうしてナギ? ねえねえ」

フロスもナギもすっかり舞い上がっている。その間にリンはオレンジフロートとパイナップルシャーベットとマンゴーフラッペをすっかりたいらげてしまった。

それからしばらくは女の子達の歓談が続いた。ナギ達の冒険談を一通り聞いて、フロスはようやく事情を語り始めた。

「私がここに来たのは、アビスやムジカが避難してから少し後でね、お母さんのお兄さんを頼って来たの。優しい人だよ。とっても大らかで。この国の人って、大らかな人が多いみたい。暑いからかなあ? 暑かったら怒ったりしたらよけい暑いもんね?」
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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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