トリメタ編(8)

エピソード文字数 3,563文字

次空の管理者……

泣いていたナギは、自分が注目されていることに気づいて、ゆるゆると顔を上げた。さらにリンの話のイミを理解しようとして、木っ端みじんになりそうなほど混乱した。

「さすがに次空管理局も、この子には無理だと承知してるわ。だから叔父さんにあたるメルカートさんに託そうとしたのよ。でもメルカートさんもやられちゃったから、仕方なく、本当に仕方なくね、この子に管理者権限が与えられたんだわ」

か、管理者権限? 与えられたって、ナギは誰からも何ももらってない。もらった覚えはない。いやそれ以前に、仰せの通り無理だ、無理以外のなにものでもない。

「アナタが管理者権限を与えられた証拠を見せてあげるわ。ナギ、両手を出して手のひらを広げて、心を手の上に集中してみて」

「え、そ、そんな」

「いいからやるの。早く。早くしないとこの杖で突っつくわよ」

リンが傍に置いたコウモリの杖を取ろうとしたので、ナギは慌てて言われた通り両手を突き出して手のひらを広げ、目をつぶってウーンと念じてみせた。

念じてみせた。

念じてみせた。

「…………」

「…………」

「ジャーナリストさん、ナギの手のひらを触ってみてくれるかしら?」

変化のないのにしびれを切らしたリンが、ノートンに言う。ノートンはおそるおそるナギの手のひらに指を伸ばす。

「あ……あったかい」

ノートンはそう言ってナギの手のひらの上で指を動かした。リンは肩を落として3リットル分のため息をついた。

「水仕事やった後にはいいかもね。指先くらいは温められるわ。でも、それもれっきとした魔法よ。管理者には権限として魔法能力が与えられるの。アナタがそんな魔法でも使えるようになったということは、アナタが正式に管理者として認められたということだわ」

「でも、こんな能力じゃ、せいぜいニワトリの卵を温めてやるくらいしか出来ないじゃないか」

ノートンの言葉を、リンが睨む。

「アナタもアッタマ悪いわね。能力は育てるものでしょ? 育てていけば、こんなナギでも炎くらい扱えるようになるわ。もっとも、本人の努力次第だけれど」

はあ、とノートンは感心した。よほど気持ちがいいのか、まだ指先を温めている。いつの間にかリョータもナギの肩から飛んで来て、手のひらの温かみをノートンの指と分かち合っていた。

「ま、まあ、このお嬢さんのことはわかった……わかった、かな、で、キミもその、管理者なんだろ?」

訊かれてリンはすぐには口を開かなかった。少し置いてから、

「アタシはこの子がイチニンマエの管理者になるよう、そばで見守るお役目を管理局から言いつけられたの。パセムからお願いされた義理もあるし、仕方ないわ」

「キミは、管理者じゃなくても魔法を使えるんだな」

「魔法を使えるニンゲンにもいろいろいるわ。生まれつき魔法が使えるニンゲン、次空管理局から魔法権限を与えられてはじめて使えるニンゲン、
そして、アタシみたいに魔法師となったニンゲン。でも正確に言えば、管理者になれるニンゲンは魔法を使える素質があるのよ。その素質を、管理局は引き出してくれるのだわ」

「つまりキミは、この子の助っ人魔法使いさんっていうわけか」

「管理者同士が次空を超えて助け合うことはよくある話よ。パセムには何かと助けてもらった恩があるの」

「なるほど。ということは、キミもどこかの次空の管理者なんだね?」


なぜか、
ノートンのその一言に、ペラペラと喋っていたリンが再び口を閉じた。

どうしたんだろう? リンが突然不機嫌になったとナギは感じた。気まずい雰囲気が降りてきて、ノートンが指を引っ込めて話題を変えようとした時、


「あのー、そろそろよろしいですか?」

声をかけられて顔を上げると、ナギの服作りを依頼された男が、メアリィと共に立っていた。

「おはようございます。ナギさん、この方が、お洋服が出来たのでお持ちになられたそうよ」

「急いで作りましたが、手抜きは一切しておりません。ボクの最高傑作が出来上がりました。女神様、着てみてください」

男は丁重に膝を折ってナギ女神にそう言った。戸惑うナギの手をメアリィが笑いながら引いて、二人は奥の部屋に消えた。男は待ち遠しさを全身から放出して、ノートンの傍に腰かけた。ノートンがさっそく好奇心を向ける。

「おたくは仕立て屋さん?」

「はい、ボクの家は勇者の衣を作る家系だったのですが、今時、勇者だのモンスターだの現れないじゃないですか。ファンタジーRPGじゃあるまいし。そんなのでは食っていけませんから、ありふれた服を作って暮らしていました。でも、奇跡が起きた。女神様が現れた! 神が、神が私に本来の仕事をしろと命じられたに違いない! おおなんという光栄」

「勇者の服だけじゃなく、女神さまの服も作るのか」

「いーや、ボクは女神様の服しか作りません。女神様一筋です」

変人だ。女性の服しか作らないと言ってるようなものだ。

一体この変人がナギのためにどんな服を作ったんだろう? まさか、スケスケの露出きわどいキケンな服を……


「お待たせしました」

メアリィの声がした。促されて現れたナギを見て、

「あら」

「ほおー」

リンもノートンも驚いた。


真っ白な、輝くように真っ白なシルクのワンピースドレス。髪をサイドテールにとめているリボンとベルト、足首のリボンはラベンダー色。まぶしいくらいのナギがそれでも恥ずかしそうにしているのは、膝小僧こそ隠れているものの、サイドのスリットが彼女の素足を見せてしまうためだ。

「綺麗じゃない、ナギ。もっとシャキッとしなさいよ」

「で、でも、スリットが開いてて足が」

「バカね。スリットがなかったら動きづらいじゃない。それとも、アタシ並みにミニスカートにしてもらえば?」

リンにいじられてナギはブンブンと首を振る。

「どどど、どうですか? すごくお似合いでしょ? 見てくれだけじゃなくて、防御力もハンパないですよ! 聖なる力を宿した神々のシルク、そしてリボン類は邪気を弾く浄めのラベンダーで染め上げたんです。いいでしょうお似合いでしょう!」

自画自賛だ。しかし、それだけの出来であることも確かなのだろう。

「この服のために、神々のシルクを全て使いました。この世にたった一着だけです。でもご安心ください。古今東西あらゆるヒーローヒロインがそうであるように、この服は汚れ知らずですから替えも要りません」

「ゲームや漫画のキャラと一緒にしないでよ。気分の問題だわ」

リンが腕を組んでナギと目を合わせる。男はさらにつけ加える。

「もちろん、し、し、下着は替えた方がいいと思いますが」

「じゃあナギ、下着つけなきゃいいのよ」

ナギはまたブンブンと首を振る。

「すいません、記念にしゃ、写真を」

カメラを持ち出した男を完全に無視して、リンが立ち上がる。

「もういいわよね、ナギ? ジャーナリストさんももう用事は済んだかしら? おしまいならアタシ達は失礼するわ」

「写真、写真を」

「うっるさいわね。ナギ、勝手に撮らせてやれば? その代わり正面から一枚だけね」

仕立て屋の男は、嬉しそうにナギの写真を撮る。ナギは恥ずかしそうにうつむいている。男はさらに、リンにも声をかけた。

「あの、出来れば貴女の写真も」

「いいわよ。上からでも下からでもどうぞ」

「じゃ、じゃあ下から」

リンがガツンと杖を鳴らしたので、仕立て屋は慌てて正面から一枚だけ、写真を撮った。


「お嬢さん達」

リン達の様子を見ていたノートンが口を開いた。意を決した顔をしている。

「実は……頼みがあるんだ。俺はここより北、フロムビャーネっていう国のジャーナリストなんだ。俺の国で密かに大規模なコア・ステーションが建設されようとしてる。そのことを調べようとした俺の仲間がおかしな死に方をしてるんだ。それがどうも……人間の仕業じゃない。
頼む。俺の国に来てくれないか?」

沈黙。ナギはリンの顔を伺う。沈黙。リンはノートンの瞳の奥を探る。


「ハトポッポー」

いきなりナギの肩の上にとまったリョータが沈黙を破った。ふ。リンが笑う。

「いいわ。行ってあげるわ。ここにはもう用はないもの」

リンの答えを聞いたノートンは安堵した。

「それでは皆さん、ご出発の前にお食事をして行ってください。ビュッフェにお席を用意してあります」

タイミングを待っていたのだろう、メアリィがそう言ってみんなを促した。
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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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