4 草薙鎖天は斯く目撃者に堕す
文字数 3,924文字
その名前に、聞き覚えはなかった。
霧々須心愛?
なんだ、その名前は。その人は霧雨愛菜じゃないのか?
探偵の。
謎を暴く側の。
間違っても罪に加担する側ではない筈なのに。
「あっはははは! 久し振りだね! 会いたかったよ舞沙! この再会を、私は待ちに待ち望んだ! 極小の可能性にも賭けてみるものだね! 私は実に、運がいい!」
舞沙が霧雨さんに向けた、膨大な殺意。莫大な【蟲】の塊。
それはまるで知恵の輪みたいに解かれて、霧雨さんの周りをふよふよと浮いていた。きぃきぃと、獰猛な食欲の声がここからでも聞こえる。だが【蟲】たちは、霧雨さんに触れることすら叶わず、接近を阻まれていた。
舞沙が、苦々しい顔で霧雨さんを睨む。
一方の霧雨さんは、余裕の笑みを浮かべていた。いや、いっそそれは嘲笑に近い。ちろ、と舌を唇に這わせ、艶めかしく霧雨さんは言った。
「殺人嫌いな君が全力で殺しにくるなんて……あぁ、そんなことをされてはゾクゾクしてしまう。でも手段がよくないな。忘れたかい? 私は【蟲】を操れる。その能力は【蟲】使いの人間としては最高点だ。生存から殺傷まで、全て【蟲】に頼らざるを得ない君は、私に傷ひとつ負わせることはできないよ。舞沙」
「……なんで、なんであんたがここにいるのよ⁉ なんでこの事件に絡んでいるの⁉ なんで、なんでまた、私の前に現れたのよ⁉ この人非人!」
「君が欲しいからさ、狂々理舞沙」
唇を舐めながら、霧雨さんは涼しい顔で答えた。
人非人。
舞沙が今、霧雨さんをそう評した。
なら、この人が。
探偵を自称するこの人が。
霧雨愛菜が――――霧々須心愛が。
舞沙の言っていた、警察嫌いで少女が好きで、平気で人を殺す名付け親――――
「昔言ったことがあるだろう? この世の全ての行動原理は愛だ。君が私に向ける殺意も、元を正せば私への愛が起源だ。愛しさ余って憎さ一〇〇倍。そんな歪んだ愛さえ、私は喜んで享受しよう。あらゆる愛を私は肯定する。何故なら愛こそが、醜く弱い人間の唯一愛すべき点だからね」
「っ、気持ち悪いこと言わないで! 誰があんたのことなんか愛しているものですか!」
「悲しいことを言うなぁ。けど、その憎まれ口さえ愛あるが故のものさ。それを証明してくれるのは私じゃない。なぁ、そうだろう? 草薙環ちゃん」
「草薙環……?」
意味の分からない言葉が飛び交い、展開に完全に置いていかれる。
ふたりは一体、なんの話をしているんだ?
どうしてその話に、環の名前が出てくる?
自分の名前が呼ばれた瞬間、環は、俺の腕から逃れるように暴れていたのを、唐突にやめた。だらん、と腕を垂らし、不気味なくらい静かになる。
「た、まき……?」
「……おにいちゃん、放して。痛いよ……」
小さく振り返った環の瞳は、濡れていた。
潤んだ双眸に見つめられ、思わず手から力を抜いてしまう。するり、と環の細腕が戒めから放たれる。一瞬、しまった、と思って慌てて力を入れ直すが、時既に遅く、環は俺の前でゆらりと振り返ってきた。
ぽろぽろと、涙を流しながら。
ついさっきまで見せていた凶暴性は、どこにも見当たらない。傷つきやすく繊細で、吹けば折れてしまいそうなか弱い少女が、そこにはいた。
「た、環……?」
「……ごめんね、おにいちゃん」
涙で頬を盛大に濡らしながら。
環は、謝ってきた。
謝って?
それは、一体なにに対して――
「あの女……霧々須心愛に聞いて、全部知ってるの。おにいちゃんが、もう死んじゃってるって。【蟲】を死体に注入して、無理矢理生かされているんだって。おにいちゃんを殺したのが――――わたし、なんだって」
「……おまえが、俺を……⁉」
「でも聞いて! わざとじゃない、わざとじゃないの!」
大きく髪を振り乱しながら、環は叫ぶように言った。
「おにいちゃんを殺すつもりなんて、全然なかったの。だって、おにいちゃんだよ? わたし、おにいちゃんのこと大好きだもん。殺すだなんて、そんなこと考えたこともなかったよ。でもあの日……【蟲】を操る能力に突然目覚めたわたしは、その力を制御できなかった。その所為で、おにいちゃんを、【蟲】で、階段から――」
「環……それは、本当、なのか……?」
「本当だよ! 信じて! わたしはおにいちゃんを殺すつもりなんてなかったの! ましてや、こんな状態にするつもりなんて、これっぽっちも、なかったのに……」
「環……」
「っ、でも、安心して。おにいちゃん」
つ、と。
環は音もなく、俺の方へ近づいてくる。
どんどんその距離は近くなっていく。吐息が触れ合う距離。互いの産毛すら視認できる距離まで肉薄すると、環は、精一杯に背伸びしてみせた。
その小さな唇を、俺のそれへと重ねようと。
頬に手をあてがい、俺の顔を引くようにして。
「あんなのに頼らなくたって、おにいちゃんは生きられるんだよ。わたしなら、おにいちゃんを生かし続けられる。だから、ほら、いつもみたいに――――ちゅう、して?」
それはどこか蠱惑的な、抗い難い誘惑。
幾度となく重ね合わせてきた、環の唇。柔らかく甘いその感触を、もう四日も味わっていない。
心が、渇いていた。
いつも通りのルーティンを、身体が切望していた。
乞われるまま、促されるままに。
俺は、環の唇に――
「っ、やめなさいっ! 草薙環ぃっ‼」
あと数ミリで触れ合うという、そんな瞬間。
割り込んできたのは、巨大な剣の形に変じた、舞沙の腕だった。
察知するのは、環の方が早かった。俺を突き飛ばすように腕を押し、一瞬で俺から距離を取る。机を、椅子を、死体を蹴り散らしながら、素早く後退する。
「草薙環……あなた、鎖天になにをしようとしたの⁉」
呆気に取られている俺をよそに、舞沙が怒鳴る。
環は、薄く笑っていた。べろぉ、と真っ赤な舌を出す。その中心から湧き出た唾液に、白い粒が混じっていた。
【蟲】だ。
環が喰った【蟲】が、ぽたぽたと血の海に落ちていく。
「あーあ、残念。もう少しで、おにいちゃんをわたしだけのものにできたのに」
「やっぱり、あなた、記憶を喰う【蟲】を――」
「どこまでもわたしの邪魔をするんだね。狂々理舞沙」
凛、と空気が冷たくなった。
環が、今まで見たことのない形相で舞沙を睨みつける。元々の造形が可愛らしい分、それが憤怒に染まった時、例えようのない恐ろしさを纏っていた。
「やっぱり、あなたはここで、殺した方がいいね。おとうさんやおかあさんや、あの女と同じように――――わたしとおにいちゃんの間を阻む奴は、許さない!」
叫ぶと、環は予備動作もなく舞沙に突っ込んできた。
接近されれば舞沙の方が不利だ。舞沙もそれを分かっているのか、即座に身体を小さな粒に変え、俺のそばから移動した。
目で追えない移動。しかし環は、舞沙がどこにいるのか分かっているように、獣みたいに教室中を駆け回る。
教室の後方に現れた舞沙は、逃げてばかりでは埒が明かないと思ったのか、両手を自分の背丈ほどに巨大化させた。そして、向かってくる環めがけて、それを突き出していく。
迎え撃つ気だ。
やめろ、やめろよ、ふたりとも。
環。舞沙の身体を喰えば、おまえの身体に負担がかかる。死期を早めるだけだ。自傷行為だ。
舞沙。環に喰われてしまったら、その分【蟲】を消費してしまう。あまりに消費し過ぎたら、あんたという存在が消えてしまう。戦うなんて自殺行為だ。
だから、やめてくれ。
ふたりとも、お願いだから。
俺は、舞沙にも環にも、死んでほしくない――
「おぉっと、ストップだよ鎖天くん。余計な茶々は入れないように。せっかくのショーが興醒めだ」
いつの間に、ここまで来たのだろう。
霧雨さんが、俺の横に立っていた。
右手をピストルの形に握り、人差し指を俺のこめかみに押し当ててくる。まるで本物の銃を突きつけられているように、緊張感が走る。叫ぼうとした言葉が、胸の奥まで飲み込まれてしまう。
「霧雨さん……!」
「あっははは。悪いね鎖天くん、その名前は嫌いなんだ。私のことは霧々須心愛と呼んでくれ。自分でつけたこの名前の方が、お気に入りなんだよ」
「っ……なんで」
「なんで、なんでか。そうだよねぇ、君の視点じゃ分からないことが多過ぎる。どれ、一度は探偵を名乗った身だ。真相に辿り着けない哀れな子羊を、導いてあげるのも一興か」
真相?
それは、なんだ。なんの真相だ。
そんなことより、ふたりの戦いを止めないと――
「そうだな、分かりやすくキャッチーに、結論から先に言おうか。本人が今し方自供した通りだが――――君の両親、氏村笑夢、君のクラスメート、そして君自身を殺したのは、草薙環ちゃん、君の妹で間違いないよ」
「…………!」
「あはは、興味が出てきたかい? なら教えよう。教え尽くそう。君が受け入れられるかどうかは知らないが、なに、餞別代わりには丁度いいからね」
霧雨さんは――――いや、霧々須心愛は。
この空間のなにもかもをせせら笑うように、唇をひん曲げた。
「さぁ、真相の開示だ。名探偵、皆を集めてさてと言い、という奴だな。柄ではないが精一杯務めさせてもらうさ。さぁ、まずは事件の始まりから語るとしよう」
これから劇でも始まるかのように、霧々須は左手を振るう。
俺はなにもできず、ただ立ち尽くすしかなかった。
霧々須心愛?
なんだ、その名前は。その人は霧雨愛菜じゃないのか?
探偵の。
謎を暴く側の。
間違っても罪に加担する側ではない筈なのに。
「あっはははは! 久し振りだね! 会いたかったよ舞沙! この再会を、私は待ちに待ち望んだ! 極小の可能性にも賭けてみるものだね! 私は実に、運がいい!」
舞沙が霧雨さんに向けた、膨大な殺意。莫大な【蟲】の塊。
それはまるで知恵の輪みたいに解かれて、霧雨さんの周りをふよふよと浮いていた。きぃきぃと、獰猛な食欲の声がここからでも聞こえる。だが【蟲】たちは、霧雨さんに触れることすら叶わず、接近を阻まれていた。
舞沙が、苦々しい顔で霧雨さんを睨む。
一方の霧雨さんは、余裕の笑みを浮かべていた。いや、いっそそれは嘲笑に近い。ちろ、と舌を唇に這わせ、艶めかしく霧雨さんは言った。
「殺人嫌いな君が全力で殺しにくるなんて……あぁ、そんなことをされてはゾクゾクしてしまう。でも手段がよくないな。忘れたかい? 私は【蟲】を操れる。その能力は【蟲】使いの人間としては最高点だ。生存から殺傷まで、全て【蟲】に頼らざるを得ない君は、私に傷ひとつ負わせることはできないよ。舞沙」
「……なんで、なんであんたがここにいるのよ⁉ なんでこの事件に絡んでいるの⁉ なんで、なんでまた、私の前に現れたのよ⁉ この人非人!」
「君が欲しいからさ、狂々理舞沙」
唇を舐めながら、霧雨さんは涼しい顔で答えた。
人非人。
舞沙が今、霧雨さんをそう評した。
なら、この人が。
探偵を自称するこの人が。
霧雨愛菜が――――霧々須心愛が。
舞沙の言っていた、警察嫌いで少女が好きで、平気で人を殺す名付け親――――
「昔言ったことがあるだろう? この世の全ての行動原理は愛だ。君が私に向ける殺意も、元を正せば私への愛が起源だ。愛しさ余って憎さ一〇〇倍。そんな歪んだ愛さえ、私は喜んで享受しよう。あらゆる愛を私は肯定する。何故なら愛こそが、醜く弱い人間の唯一愛すべき点だからね」
「っ、気持ち悪いこと言わないで! 誰があんたのことなんか愛しているものですか!」
「悲しいことを言うなぁ。けど、その憎まれ口さえ愛あるが故のものさ。それを証明してくれるのは私じゃない。なぁ、そうだろう? 草薙環ちゃん」
「草薙環……?」
意味の分からない言葉が飛び交い、展開に完全に置いていかれる。
ふたりは一体、なんの話をしているんだ?
どうしてその話に、環の名前が出てくる?
自分の名前が呼ばれた瞬間、環は、俺の腕から逃れるように暴れていたのを、唐突にやめた。だらん、と腕を垂らし、不気味なくらい静かになる。
「た、まき……?」
「……おにいちゃん、放して。痛いよ……」
小さく振り返った環の瞳は、濡れていた。
潤んだ双眸に見つめられ、思わず手から力を抜いてしまう。するり、と環の細腕が戒めから放たれる。一瞬、しまった、と思って慌てて力を入れ直すが、時既に遅く、環は俺の前でゆらりと振り返ってきた。
ぽろぽろと、涙を流しながら。
ついさっきまで見せていた凶暴性は、どこにも見当たらない。傷つきやすく繊細で、吹けば折れてしまいそうなか弱い少女が、そこにはいた。
「た、環……?」
「……ごめんね、おにいちゃん」
涙で頬を盛大に濡らしながら。
環は、謝ってきた。
謝って?
それは、一体なにに対して――
「あの女……霧々須心愛に聞いて、全部知ってるの。おにいちゃんが、もう死んじゃってるって。【蟲】を死体に注入して、無理矢理生かされているんだって。おにいちゃんを殺したのが――――わたし、なんだって」
「……おまえが、俺を……⁉」
「でも聞いて! わざとじゃない、わざとじゃないの!」
大きく髪を振り乱しながら、環は叫ぶように言った。
「おにいちゃんを殺すつもりなんて、全然なかったの。だって、おにいちゃんだよ? わたし、おにいちゃんのこと大好きだもん。殺すだなんて、そんなこと考えたこともなかったよ。でもあの日……【蟲】を操る能力に突然目覚めたわたしは、その力を制御できなかった。その所為で、おにいちゃんを、【蟲】で、階段から――」
「環……それは、本当、なのか……?」
「本当だよ! 信じて! わたしはおにいちゃんを殺すつもりなんてなかったの! ましてや、こんな状態にするつもりなんて、これっぽっちも、なかったのに……」
「環……」
「っ、でも、安心して。おにいちゃん」
つ、と。
環は音もなく、俺の方へ近づいてくる。
どんどんその距離は近くなっていく。吐息が触れ合う距離。互いの産毛すら視認できる距離まで肉薄すると、環は、精一杯に背伸びしてみせた。
その小さな唇を、俺のそれへと重ねようと。
頬に手をあてがい、俺の顔を引くようにして。
「あんなのに頼らなくたって、おにいちゃんは生きられるんだよ。わたしなら、おにいちゃんを生かし続けられる。だから、ほら、いつもみたいに――――ちゅう、して?」
それはどこか蠱惑的な、抗い難い誘惑。
幾度となく重ね合わせてきた、環の唇。柔らかく甘いその感触を、もう四日も味わっていない。
心が、渇いていた。
いつも通りのルーティンを、身体が切望していた。
乞われるまま、促されるままに。
俺は、環の唇に――
「っ、やめなさいっ! 草薙環ぃっ‼」
あと数ミリで触れ合うという、そんな瞬間。
割り込んできたのは、巨大な剣の形に変じた、舞沙の腕だった。
察知するのは、環の方が早かった。俺を突き飛ばすように腕を押し、一瞬で俺から距離を取る。机を、椅子を、死体を蹴り散らしながら、素早く後退する。
「草薙環……あなた、鎖天になにをしようとしたの⁉」
呆気に取られている俺をよそに、舞沙が怒鳴る。
環は、薄く笑っていた。べろぉ、と真っ赤な舌を出す。その中心から湧き出た唾液に、白い粒が混じっていた。
【蟲】だ。
環が喰った【蟲】が、ぽたぽたと血の海に落ちていく。
「あーあ、残念。もう少しで、おにいちゃんをわたしだけのものにできたのに」
「やっぱり、あなた、記憶を喰う【蟲】を――」
「どこまでもわたしの邪魔をするんだね。狂々理舞沙」
凛、と空気が冷たくなった。
環が、今まで見たことのない形相で舞沙を睨みつける。元々の造形が可愛らしい分、それが憤怒に染まった時、例えようのない恐ろしさを纏っていた。
「やっぱり、あなたはここで、殺した方がいいね。おとうさんやおかあさんや、あの女と同じように――――わたしとおにいちゃんの間を阻む奴は、許さない!」
叫ぶと、環は予備動作もなく舞沙に突っ込んできた。
接近されれば舞沙の方が不利だ。舞沙もそれを分かっているのか、即座に身体を小さな粒に変え、俺のそばから移動した。
目で追えない移動。しかし環は、舞沙がどこにいるのか分かっているように、獣みたいに教室中を駆け回る。
教室の後方に現れた舞沙は、逃げてばかりでは埒が明かないと思ったのか、両手を自分の背丈ほどに巨大化させた。そして、向かってくる環めがけて、それを突き出していく。
迎え撃つ気だ。
やめろ、やめろよ、ふたりとも。
環。舞沙の身体を喰えば、おまえの身体に負担がかかる。死期を早めるだけだ。自傷行為だ。
舞沙。環に喰われてしまったら、その分【蟲】を消費してしまう。あまりに消費し過ぎたら、あんたという存在が消えてしまう。戦うなんて自殺行為だ。
だから、やめてくれ。
ふたりとも、お願いだから。
俺は、舞沙にも環にも、死んでほしくない――
「おぉっと、ストップだよ鎖天くん。余計な茶々は入れないように。せっかくのショーが興醒めだ」
いつの間に、ここまで来たのだろう。
霧雨さんが、俺の横に立っていた。
右手をピストルの形に握り、人差し指を俺のこめかみに押し当ててくる。まるで本物の銃を突きつけられているように、緊張感が走る。叫ぼうとした言葉が、胸の奥まで飲み込まれてしまう。
「霧雨さん……!」
「あっははは。悪いね鎖天くん、その名前は嫌いなんだ。私のことは霧々須心愛と呼んでくれ。自分でつけたこの名前の方が、お気に入りなんだよ」
「っ……なんで」
「なんで、なんでか。そうだよねぇ、君の視点じゃ分からないことが多過ぎる。どれ、一度は探偵を名乗った身だ。真相に辿り着けない哀れな子羊を、導いてあげるのも一興か」
真相?
それは、なんだ。なんの真相だ。
そんなことより、ふたりの戦いを止めないと――
「そうだな、分かりやすくキャッチーに、結論から先に言おうか。本人が今し方自供した通りだが――――君の両親、氏村笑夢、君のクラスメート、そして君自身を殺したのは、草薙環ちゃん、君の妹で間違いないよ」
「…………!」
「あはは、興味が出てきたかい? なら教えよう。教え尽くそう。君が受け入れられるかどうかは知らないが、なに、餞別代わりには丁度いいからね」
霧雨さんは――――いや、霧々須心愛は。
この空間のなにもかもをせせら笑うように、唇をひん曲げた。
「さぁ、真相の開示だ。名探偵、皆を集めてさてと言い、という奴だな。柄ではないが精一杯務めさせてもらうさ。さぁ、まずは事件の始まりから語るとしよう」
これから劇でも始まるかのように、霧々須は左手を振るう。
俺はなにもできず、ただ立ち尽くすしかなかった。