#4

エピソード文字数 1,630文字

 さすがに青嵐を呼び出して泥蛆を一掃できないために、シャツの胸ポケットから、ひとひらの紙を取り出した。
 その紙に人差し指で紋様を描き、ふっと息を吹きかけ、空に放った。瞬く間に紙はツバメに変化し、素晴らしい速さで低空飛行すると、葉陰や茂みにいる泥蛆を祓っていった。そのツバメを何匹も晶良は作り出した。ツバメは縦横無尽に飛び交い、泥蛆を一匹ずつ消滅させた。
 日が少しずつ傾き始める。山も中腹に至った。泥蛆はあらかた祓い終えて、晶良が一休みしようと足を止めたとき、捜索隊の最後尾のほうでどどどという地鳴りがした。
 晶良は顔を上げ、音がした方向を見透かす。捜索隊の横列が乱れ、わらわらと人々が斜面を下っていく。
「おーい、地崩れだー」
 その声を聞き、晶良は慌ててそちらに向かった。
 轟きはまだ続いており、ゴロゴロと石が転がり落ち、赤茶けた土が斜面を覆って流れていく。
 何人か土砂に埋まったようで、谷間を流れ落ちていく土砂から離れるしかなく、捜索隊は騒然としたまま、なすすべもなくそれを見つめているだけだった。
 晶良は風のようにそこへ駆け寄っていった。晶良に気付いた捜索隊員が警告してくる。
「あんた、危ないからどいて!」
 晶良は制止の声も聞かず、飛ぶように土砂の石を踏みながら斜面を下り、迫り来る土砂の前に立った。
 上の方で捜索隊が騒然としている。
 土砂に向かって晶良は両手の平を向けて突き出し、
「ノウマク サンマンダ ボダナン オンハラバラチニ ヒリチビエイ ソワカ!」
 地天法の呪印を組んだ。
 突如、なだれ落ちる土砂がピタリと止まったかのように見えた。その瞬間、いきなり土砂が持ち上がり、生き物のように晶良を呑み込もうとした。
 それは土砂でできた大きな五本の指だった。その指が晶良を掴もうと伸びてくる。
「朱鸛!」
 叫ぶと同時に晶良の手に炎の太刀が現れ、横薙ぎに払った。
 五本の指が切り落とされ、土塊となってボタボタと崩れ落ちた。
 土砂は食い止められたが、埋まってしまった人たちを助けることはもはやできない。晶良は無念に思いながら、その場を去った。

 山の斜面を下りながら、晶良は先ほどのことを思い返した。
 あの土砂は偶然のことではない。ここ数日、雨も降っていないのに、土砂が崩れることはなかなか起こるものではない。土砂が指に見えたのも尋常ではなかった。
 なにか、大きな意志が働いている。それも悪意ある意志だ。
 船戸山は船戸の神、クナト大神の御座す山だ。この意志はクナト大神のものなのか。
 山を下りきった晶良の横で狂乱し右往左往する村民と、青い顔をして救援を呼んでいる消防団の男たちが集まっている。手助けしたいけれど、これ以上介入できないと判断し、晶良は岐家に向かった。
 その途中、陽向に言われたことを思いだした。戻ってくる前に電話をするようにと強く約束させられたのだ。
 晶良はスマホを取り出して陽向に電話するが、いつまでも出てくれない。とうとう橋の前にさしかかってしまった。直接家に入ることもできず、晶良は電話を鳴らしながら裏手の土蔵のほうへ回った。
 晶良の耳に陽向へのコール音が響く。それと同時に聞き覚えのある音楽も聞こえてくる。
 不思議に思い、スマホを耳から離した。やはり、どこかでクラシック音楽が鳴り響いている。
「エリーゼのために……?」
 音楽に詳しくない晶良でさえ知っているポピュラーな曲だ。
 音をたどっていくと、土砂に埋まった蔵の前に見覚えのあるスマホが落ちていた。
「陽向さんのスマホ……。なんで、こんなところに?」
 晶良は電話を切って、スマホを取り上げた。何気なく、土蔵のほうを見る。土蔵の入り口が少しだけ開いている。
「まさか、この中へ?」
 しかし、スマホを取り落としてしまうほどの事だろうか。
 晶良は胸に込み上げてくる危惧に焦りを覚えながら、土蔵に手を掛けて両手で力一杯に開いた。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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