終章

文字数 8,424文字

終章

恵子さんは、ブッチャーの話を聞いて、初めは信用してくれなかった。あの手紙によると、少しずつ回復しているのではないかと思っていたから、実際はそうではないと聞かされて、あたしは騙されたのかと大きな声で罵って、ブッチャーを責めた。そして、水穂ちゃんがあたしにちゃんと伝えてくれなかったんだと言って泣き始めた。

「とにかく、来てやってください。もう、早く何とかしないと、本当にこのままでは餓死してしまう可能性があります。」

ブッチャーとカールさんがもう一度頭を下げると、恵子さんは首を縦にも横にも振らないで、黙りこくってしまった。

「もう、かわいそうじゃないですか。もとはと言えば、恵子さんも、お役御免にさせてくれって、あんなふうに言わないでくださいよ。だから、水穂さんも、考慮して本当のことは言わなかったのかもしれませんよ。」

「うるさいわね!どうせあたしたちが何かしても、どうしようもないんでしょ!ての施しようがないんなら、いくらあたしたちが何かしても無駄だわ!それに手紙の文明と、実物が、こんなに違うとは思わなかった!あたしのこと信用してなかったのよ!あたしのこと、初めから馬鹿にしていたのよ!」

「きっと、病院に通っていることもあるんだろうから、少しばかり不安定なんだろね。そうなると、ちょっとのことが大きなことに感じてしまうんだろう。かわいそうだが、少し我慢してもらおう。」

カールさんが言う通りだった。ブッチャーも、姉がそういう症状を呈したことを思いだし、そういうことだと納得した。でも、そんなことはどうでもいいから、とにかく来てもらいたかった。

「恵子さん。体調がよくなったらでいいですから、製鉄所に帰ってきてもらえませんかね。きっと、利用者も待ってますし。それにここからは、恵子さんにも協力してほしいんですよ。水穂さんの為に、病院まで来ていただきたいんです。お願いできませんか。」

ブッチャーが再度懇願すると、カールさんも丁重に、病状の説明などを開始した。

「俺たちでは何もできません。とにかく、来てください。」



数日後。

「ねえくまさん。水穂さんはどうしているかな。」

ぱくちゃんが、水穂の病室の前へ走ってきた。いつも走るなと注意しているくまさんだったが、この時ばかりはしなかった。

「寝ているよ。それがどうしたの?」

くまさんはそう答えたが、

「そうか、お別れのご挨拶はできないかな?」

「うーん、もうちょっと具合よかったら、できると思うんだが、今は無理じゃないかな。もう、衰弱しきっていて、まともにはなせるかな。」

ぱくちゃんにそういわれて、答えに悩むくまさん。

「一度だけでいいから、入らしてよ。お別れのご挨拶がしたいの。だって、もう会えないかもしれないじゃないか。」

「うーん、、、。」

また考え込んでしまうくまさんに、ぱくちゃんは一つため息をついた。

「そんなに、、、悪いの?」

もう一回、ぱくちゃんがくまさんに聞いた。答えられないくまさんの顔を見て、なんだかわかったらしく、

「そうか。もう会えないんだ。なんだか悲しいな。最後は、笑ってお別れしたかったよ。こうなると、僕の店に来てくれることも、ないだろうな。」

と、悲しそうに言った。

「でも、仕方ないよね。急に悪くなっちゃうこともあるもんね。僕もわかるよ。そのくらい。そういう人、見たことあるから。そういうことはやっぱり、人間の力ではかなわない。ある程度は、あきらめなきゃいけないよね。」

「ぱくちゃん。動揺しているかもしれないが、人間誰でもそうなるときは来るんだから、その日がやってきたと思って受け入れてくれ。」

「うん、わかった。」

くまさんは、看護師が言いそうにないというか、言いたがらないセリフを言った。なぜか、生死の現場に立ち会うこともある看護師であるが、こういうことを発言するのはタブー視されていることが多い。患者さんの家族はよくそういうことを言うが、看護師がこういう発言をするのは、きわめてまれである。

「じゃあ、くまさんさ、言っておいてよ。ほんとにさ、体を大事にしてねって。それから、必ずというのは無理だろうから、気が向いたらでいいから、うちの店にラーメン食べに来てって。」

「ラーメンか。食べられるかな。」

ぱくちゃんのにこやかなお願いも、やがてむなしいものになってしまうんだろうなとくまさんはがっかりしてしまうのだった。何とかなるでしょ、だけ言っておいて、ぱくちゃんを黙らせることを試みたが、

「あ、ごめんごめん。最後にこれだけ伝えてよ。短い間だったけど、楽しかったって。患者さんたち、だれも相手にしてくれなかったのに、唯一相手にしてくれたのは、君だけだったよってさ。」

と、笑ってぱくちゃんは言った。

「何だ、俺は入らないの。お前の事さんざん世話をしてきたのによ。」

と、言い返すくまさんだが、不思議と悔しい気持ちはわかなかった。たぶんきっと、水穂とぱくちゃんの間には、二人にしか通じ合えない何かがあるんだろうなと思う。それはきっと、言葉で表現するには、非常に難しいものなんだろうなと思った。

「じゃあ、よろしく。僕、退院手続きしてくるよ。ほんとはさ、かみさんにも手伝ってもらいたいけれど、こんな忙しい時に呼び出すもんじゃないって、怒られちゃった。あーあ、やっぱり、男はつらいね。」

笑いながら、ぱくちゃんは部屋に戻っていった。それを見て、くまさんは何か切ないなと思ってしまうのであった。



翌日、ぱくちゃんが亀子さんの運転する車で病院を出て行ったのと同時に、一人の女性が、病院に入ってきた。

「すみません、あの、磯野水穂さんという方はどちらにいらっしゃいますでしょう?」

彼女は受付に聞いた。

「あ、えーと、お母様でしょうか?」

と、勘違いする受付。確かに彼女は水穂のお母さんと思われる年齢であった。

「あ、違うんですけど、水穂ちゃんに会わせていただけないでしょうか。」

「そうですか。申し訳ありませんが、本人の病状がよくなくて、親族以外の方は面会を認められないことになっておりますので、申し訳ありません。」

「そうですか。福島の郡山から、駆け付けてきたのですけど、、、。」

恵子さんは、あきらめて帰ろうかと思ったが、ちょうどそこへ沖田先生がやってきて、そんな遠方から来てくれたのなら、通してやろうと発言した。

「わざわざありがとうございます。福島なんて、ずいぶんと遠いところからいらしてくださいまして、かなり大変だったのではないでしょうか。」

廊下を歩きながら沖田先生がそう尋ねてきた。

「ええ、まあ、でも今は新幹線もありますし、さほど大変というわけではないですよ。」

恵子さんは正直に言ったが、多分高齢の沖田先生にとっては、福島からこちらに来るということは、一日ががりの大旅行というイメージがまだあるんだろうなと思ったので、あえて訂正しなかった。

「こちらにおりますので、どうぞ。」

沖田先生は、病室の前へ恵子さんを立たせ、何かありましたら、呼び出してくださいねといって、元来た方向へ戻っていった。恵子さんは、何も躊躇しないでドアを開けた。

中へ入ると、水穂がせき込みながらベッドに寝ていたが、恵子さんは態度を変えなかった。

「いつものことね。そうやって、咳をしながらお返事するのね。」

恵子さんは、彼女らしい勝ち気な口調で、ベッドのわきに近づいた。

「あ、すみません、わざわざこちらまで来ていただいて。」

「いいの。あたしはもうお役御免というか、そうなっちゃったんだから、いつでも暇人よ。だからいつでも来れるわ。」

恵子さんはちょっとがっかりした感じで言った。

「それより、どうしようもないわね。こんないい病院入らせてもらったのに、よく成るどころか、こんなにげっそりと痩せちゃって。あたし、よくなったとずっと思ってたから、ここへきて、大損したわ。」

「あ、ああ、ごめんなさい。」

「ごめんなさいじゃないわよ。今の姿見せたら、みんながっかりするわよ。こんな無残というか、なんといいか、言いようのない姿。もう、あたしだったら、ほかの人には見せたくないわね。もう、恥ずかしくて仕方ないわ。面会を断られても当然の事ね。」

「あ、すみません、本当にごめんなさい。」

「だから、謝って済む問題じゃないのよ。ねえ、何日も何も食べてないでしょう。その痩せ方で、はっきりわかっちゃうわよ。言わなくたって。いつからよ。いつから食べてないの?」

いつって、具体的に何月何日なのか、全くわからなかった。日付なんて入院してから、全く思い出せなくなっている。

「わかりません。たぶん、看護師に聞けば記録を見せてもらえるから、それでわかるのではないでしょうか。」

「そんなの、もうどうでもいいわ。ねえ、どうしてそこまで食べ物を断るの?食べ物って、狂乱するほど怖いものじゃないでしょ。それくらい、わかるはずなのに。きっと何かあったとしか思えないわ。」

恵子さんは、職務質問するように話し始めた。

「単に、食べ物に対して、過敏だとか、そういうことで体にできものができるとか、そういう人はいくらでもいるわ。でも、怖がって何日も何日も食べないで暮らしているひとは、果たして何人いるかしら?そんなに食べ物に対して絶望的な反応する人って、いるかしら?何か理由があるんでしょ。その理由って何なのよ。もし、今できるんだったら、口にだして言っちゃいなさいよ!」

言えたら苦労するものではない。そんなことを口にするなんて、できるはずもない。

「そういう綺麗な顔してるから、なかなかほかの人にはわからないんでしょうけどね、青柳先生や、沖田先生だったら、なんとなくわかってくれると思うけど、もう、戦争で弾にあたって、一回死にかけた人にそっくりよ。理由があるなら言っちゃいなさい。今の時代なら、戦争の怖い体験を話すのだって、タブーではないわ。」

そうやって親切に言ってくれても、返ってくる答えも予想できるから、言う気にはなれなかった。黙ってしまうが、黙っていることは許されず、代わりに出たものは、これであった。

「ほら、せきじゃなくて、言葉にしてくれないかな。そりゃあ、あたしには、何も解決方法なんてないのはわかるけどさ、このままだと、本当に何もできなくなるわよ。このままで本当に何もつまらない人生を終わるの?」

恵子さんは、再度水穂に詰め寄った。

「言っちゃいなさいよ。」

再度、強く言われて、

「わかりました。」

水穂は、やっと「全容」を語り始めた。

「たぶんあれは、桐朋に入ってすぐのことだったと思います。それまで一度もコンクールに出て演奏したことなかったんです。そうしたら、教授が一度運試しのつもりで出てみろと、しつこく言うものですから、仕方なく出てみることにしたんです。」

ここまで言い出すが、せき込んでしまった。

「わかった。落ち着いたらでいいから、続きを話して。」

「あ、はい。それで、とりあえず出場してみることになって、なぜかよくわからないけど、本選に出ることになったんです。でも、その本番の前日に、優勝候補として期待されていた芸大の学生が、僕の学寮に突然現れて、話がしたいといいますので、一緒に食堂に行ったんですよ。そうしたら、彼女が、お金はいくらでも出すから、本選でわざと敗北してもらえないかと頼み込んできたんです。ですが、それに乗ってしまったら、間違いなく、大学の顔もつぶすことになるから。」

と、言うことはできたものの、またせき込む。

「わかったわかった。もう理由は良いから、もうちょっと頑張って。なぜ、とんかつがそんなに怖くなったか、そこだけ聞かせて頂戴よ。」

「だ、だから、そのお金は受け取らないとはっきり彼女に言ったんです。そうしたら、急に怒りだして、穢多のくせに、文句いう筋合いはないと怒鳴りだしたんですよ。そして、あんたが豚肉も何も食べれないのは、既にほかの大学にも知られていると言い出したんですね。それに、穢多のくせに桐朋によく来られたものだ、きっと暴力団から借金してこっちに来たんでしょと、いうんですよ。どうかそれだけは、黙ってほしいと申し上げたのですが、それならとんかつ一切れ完食してみろと、、、。」

と、言いかけるが、三度せき込み、言葉なんか口にするのは無理だなあとだれが見てもわかるありさまとなった。本当は、そのとんかつを完食しろ、と脅されて、無理矢理食してしまったかどうかを聞いてみたかったが、それ以上話すなんてとてもできそうになかった。

「磯野さん、少し休みましょうか。そのままでは休めないでしょうから、安定剤打ちましょうね。行きますよ、腕を出して。」

沖田先生が入ってきて、水穂の左腕をめくり、小さな注射を打った。これでやっと咳が止まって、静かに眠りだしたのであった。

「かなり、疲労してますね。いくら病院とはいえ、疲れてしまいますよ。信頼できる家族がいるわけでもなく、たった一人で、他人ばかりの環境で生活するわけですから。だからこそ、医学的に必要なければ、できるだけ早く外の世界へ出してやりたいんですよ。病院は刑務所ではないんですから、本来、ここに預けておけば安心だなんていう、変な気持ちにはなってもらいたくないですね。」

沖田先生は、昔の人らしいことを言った。確かに戦前くらいまでなら、病院はそういうところだった。ここのほうが良いなんていう人はほとんどいなかった。今はとにかく、病院にまかせきりで、病院さえあれば、病院のいうことさえ聞いていれば安心という考えが定着しているため、退院するとなると、拒んでしまう家族さえいる。

「かわいそうな、方ですな。単に身寄りがないというだけではありません。社会からも生きていることを全部、否定されて全く頼るところのないまま、生きていくことを強いられるのですからな。海外でも日本でも、こういう民族は存在するのですよ。海外では、何々族とかはっきり名前がついているけど、日本では名前がついていないだけです。やっていることは同じですよ。」

沖田先生の解説に、恵子さんもまさにそうだと思った。海外では、ユダヤ人とかクルド人とか、そういう風に名前はついているが、日本では、同じ大和民族となっていてわかりにくいだけである。

「本当に眠っているんでしょうか。」

思わずそう聞いてしまった。

「ええ、その通りですよ。さほど強い薬剤ではないので、夕方には目が覚めると思いますが。」

「夕方ですか。あたし、夜までには福島に帰らないといけないんですが。」

恵子さんは、またがっかりしてしまった。

「ごめんね。夕方まで待ってられないわ。もう、帰るわね。目が覚めたら、きっと一人になってしまうのだろうけど、今日の事、頭の片隅に入れておいて頂戴ね。」

「伝言しておきましょうか。」

沖田先生が、親切に言ってくれた。

「はい。必ず、製鉄所に帰ってきてね。あたしは、二度ととんかつを食べるという拷問はさせないから、安心してね。」

恵子さんは、水穂の耳元でそっと言ったが、答えを聞いてくれたのかどうかは全く不詳であった。



翌日、恵子さんの言葉が届いたのか、水穂は食事をとるようになった。といっても、初めは、腹が鳴って吐き出してしまい、食べるなんてまるでできなかった。それでも、食べ物を長時間口に入れておくことでなれることから始めて、何も起きないことを確認させてから、飲み込むという工夫をすることにより、何とか吐き出すということは回避できた。それをクリアすると、次は歩く練習が課せられる。くまさんに支えてもらって、何十日ぶりに歩くことを始めると、大変な疲労感を与えられることになる。そこから回復するには、充分に眠ることと、食べ物を食べることが第一条件とわかったので、数日後には、小鉢程度なら、食べられるまでなった。さらに、病院の中から出て、今度は庭を散歩する練習を課せられた。庭を一周できる体力が付いたら、そのあとはたぶん実現できないと思っていたことが、やってくるのであった。

遂に、くまさんに手を引っ張られて、庭を一周することに成功した。本当は、報告したい人物がいたが、その顔を見ることはなかった。

数日後、沖田先生が、「注意点」を述べた。とりあえず、血液の成分の入れ替えというものは成功した。きちんと定着してくれているので、そこは大丈夫だという。成分を全部入れ替えたので、ペスト菌並みの破壊物も存在しない。だから、食べ物を引き金にして、大暴れをすることはないから、食べ物を制限しなくてもいい。しかし、以前壊滅した肺は、二度と戻ってくることはないから、ほこりっぽい場所へはいかないようにすることは、厳重に注意された。すこしでも疲れたら、無理しないで休むことや、やたらに人の言動を気にしすぎて、心労をため込まないようにすること、なども注意点として言い渡されたが、水穂は笑って、その内容を聞いていた。



翌日、病院の前に、黒いセダンが一台とまった。水穂も朝食を食べた後、浴衣から羽二重の着物に久しぶりに着替えさせられた。前日、看護師が、着替えを持って来てくれたのだが、なぜか銘仙ではなく、着物は羽二重であった。

とりあえず、くまさんに連れられて、沖田先生に礼を言い、病院の正面玄関へ歩いて行った。これで、看護師たちが、「フランス映画俳優並みに美形の患者」の顔を初めて見たことになるが、彼女たちは驚いて足を止めてしまい、まるで本当に映画俳優が、病院で見送られるシーンにそっくりだった。看護師たちに注目される中、水穂は、くまさんと受付の女性に丁重に頭を下げ、迎えに来たジョチに支えてもらい、病院を出た。

病院の外へ出ると、黒いセダンが待っていてくれて、ジョチに支えてもらい、セダンに乗り込む。病院の敷地内に長くいたくないので、すぐに小園さんが車を動かしてくれた。

「よ、おかえり。」

中で杉三がポンと肩を叩いた。

「これから、いくところあるからな。」

「体調がよろしければで構わないと、亀子さんは言っていましたけど、どうですか?」

ジョチに確認をされるが、特に気分が悪いということはなかった。

「じゃあ、寄って行ってください。ラーメンいしゅめいる、ですね。」

小園さんは、松本のほうへ車を動かした。

暫く車を走らせると、小さな建物が見えてきた。確かに看板にらーめんいしゅめいると書いてある。

「ジョチがね、ラーメンイスマイールでは、いかにもアラブ人みたいでおかしいから、名前を変えろとアドバイスしたんだって。だから名前を変えただよ。」

杉三がこっそり解説するが、スペルは同じで、ただ言語違いで発音が違うだけのことであった。

小園さんが、店の前で車を止めた。水穂は、ジョチに肩を貸してもらいながら、車を降りる。

杉三が、先に店に入って、店の入り口から中にはいった。水穂は、生まれて初めて、ラーメンのにおいをかいだ。

とりあえず、中に入ると、いたのは亀子さんである。彼女に席に誘導してもらい、注文を聞かれた。何を食べていいのかわからないから、杉三が全員塩ラーメンで統一してしまおう、と言い出した。亀子さんはにこやかに同意してくれた。

数分後。

「ちょっとあんた。うれしいからって泣いちゃだめよ。ラーメンに涙を入れたらこまるでしょ。」

亀子さんに、叱られながら、ぱくちゃんがラーメンを持ってきた。

「すみません。もう、この人涙もろい男で、申し訳ないですね。ほら、泣いてないで、何か言いなさいよ。水穂さんたちが来たと言ったら、もう、泣いて泣いてどうしようもないのよ!」

ぱくちゃんは、ラーメンの解説をしようとしたようだが、それよりもうれし涙のせいで、何もできなくなってしまっている。ただ、

「来てくれてありがとう!」

だけ言って、水穂の前にラーメンを置いた。

「こういうことは、男より女のほうが強いんですね。」

ジョチにからかわれて、ぱくちゃんは顔を拭いた。その顔は、多血症による顔の赤さではなかった。

「じゃあ、いただきますか。」

杉三もジョチもラーメンを食べ出すが、水穂はラーメンを取って、ちょっととまってしまう。

「こうやって食べるだよ。」

杉三が、そういって模範を示した。水穂は恐る恐るラーメンを口にした。

「生まれて初めて食べた。」

勇者は箸をおいて涙を流した。
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