II. 岩

文字数 1,005文字

 それからしばらくひとびとは凍ったように動くことができませんでした。その間、昼も夜もなく、リヴィヤタンの現れたときの雲に覆われた薄暗い空のままで、ひとによってはそのまま三日経ったというものもあれば、十日以上は経っているというものもあり、リヴィヤタンが時間ごと止めていたのだというものまでいました。つまり誰もこのときの時間の流れを知りませんでした。
 身体が動かず、景色も変わらず、ひとびとには精神活動のみが許されていました。また、あらゆる身体機能の止まっているために眠ることもできず、精神ばかりが醒めて四六時中はたらいていました。そして、このような状態がひたすらに続いたのでした。
 急に訪れたこの事態に、はじめひとびとはただ恐怖し、混乱しました。けれども、また、このときほど精神を顧みたことも彼らにはかつてないことでした。即物的なひとびとや、考えることを面倒だと思っていた者たちさえ、なにかしら思考に値する事柄を見つけました。ひとびとはおのおの、様々なことに思いを巡らせました。リヴィヤタンが力を解いたときでさえ、ひとびとは自分たちが動けるようになったのに気が付かず、しばらく考え続けていました。
 のちに発表されたソフュールの『岩の詩』には、このときの様子が詠まれました。


『岩の詩』
 動かぬ
 感じぬ
 岩の内
 無限の詩の
 在るを知る
 岩は彼の在るを
 岩は彼の無きを
 在るものの無きを
 無きものの在るを
 そのすべての
 彼の内にあるを知る


 リヴィヤタンの力の解かれたあと、インヘルノ全土には神話の時代の平和がもたらされました。宗教の違いのために戦争状態にあったウェストインヘルノとイーストインヘルノも、両市民が戦の無価値に気づき、すみやかに平和条約が締結され、また、ひとときの快楽と引き換えに心身を蝕む薬物と若者たちの犯罪であふれていた無法の地サウスインヘルノは、自由と秩序が気持ちよく同居する芸術の街になりました。キスケの釣りをしていたノースインヘルノは、価値が一元化された過度の競争社会で、一部の勝利者たちが敗北者や準敗北者たちからひたすら搾取するという構造がありましたが、これは競争の価値から搾取の不公平性まで、あらゆる層の市民が議論し、その結果この”層”というもの自体がなくなり、かわりに平等と多様性がもたらされました。
 このような平和が十年とすこし続きました。


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