第35話 日はどっちに沈む②

文字数 2,811文字

 守親(もりちか)の部屋を出ると、高太郎(こうたろう)は腕組みをして縁側に立った。
 この位置からも鷲宮(わしみや)家ご自慢の庭が、『百合(ゆり)()』とは違う角度から見える。

「叔母はかわいそうな人でしたよ」

 と、高太郎は鷲宮久仁子(わしみやくにこ)について語り始めた。

「生まれつき足が不自由でした。奇妙に捻じ曲がった細い足をしていたんです。叔母は死者との会話には()けていたようですが、実生活は何をするにも人の手を借りなければなりませんでした。介助する者が不慣れですと、痛い痛いと叔母は(わめ)きました……壊れちゃうよと、泣くんですよ」

 高太郎は言葉を止めた。一つ、小さくため息をつく。

 高太郎が感情を表すのを見るのは初めてだなと、耳を傾けながら正語(しょうご)は思った。

「弟の智和は幼かったので、叔母のことをよく覚えていないでしょう………父がどんなに酷い男だったのかも……叔母は金の卵を産むガチョウでした。あの人の霊能力のおかげでこの家は栄えましたが、欲に駆られた自分の親兄弟から、叔母は腹わたを裂かれてしまいました」

 高太郎は口を閉じた。
 一体この話はどこに着地するのかと、正語は続きを待った。腹わたを裂くとは比喩にしても穏やかではない。
 だが高太郎は庭を見たまま黙り込んでいる。

 (なんだ、終わりかよ)

 正語は話題を変えることにした。

「先ほど(みやび)さんが言ってましたが、岩田さんに関して何か隠してらっしゃる事があるんですか?」

 高太郎は横目で正語を見る。

「あなた、『西手(にして)』に行くんですよね? そこで聞けばいいでしょ。私から聞いたって、又聞きですよ。それに、私は滅多に人を信じません。(ひで)さんが何を言っても、自分が見てもいないものは信じないんです。人は大した理由もないのに平気で嘘をつきますからね。私自身が疑っているのに、あなたに言ってもしょうがないでしょ」

 人が平気で嘘をつくというのは同意する。
 商売柄というより昔から、正語も人を容易に信じない(たち)だ。
 だがこの高太郎の言種(いいぐさ)は気に入らない。
 同族嫌悪かもしれない。

 (ごたくを並べてないで、とっとと言えよ!)

 と、腹が立つが顔には出さずに高太郎にきいた。

「何を聞いたのかだけ、教えていただけますか」

「岩田さんは部屋の中から鍵をかけていたそうです」

 (おっ、話すのか)

 どうせまたダンマリかと思いきや、高太郎はあっさり話し始めた。

「搬送先の病院では急性心不全と診断されたようですが、公民館の受付事務所で発見された時、岩田さんは中から鍵をかけていたそうです。誰でも出入り自由の部屋です。普段は鍵などかけません。それなのに岩田さんはいったい中で何をしていたのかと、秀さんは不思議がっていました」

 (よく喋るじゃないか)

「岩田さんを発見したのは秀さんの孫娘だそうです。孫娘がショックを受けていると、秀さんは心配していました」

 高太郎がそこまで言った時、背後の襖が勢いよく開いた。

「秀さんの孫娘って誰? 夏穂(かほ)ちゃん? (りん)ちゃん?」

 と出てきた雅が早口できいた。手に紙オムツが入っているビニール袋を持っている。

「夏穂さんです」

 高太郎が言うと雅は顔をしかめた。

「夏穂ちゃんかあ、びっくりしたろうね。あの子、ガンちゃんのこと慕ってたんだよ。高校に入った途端にテニス部で活躍できたのは、ガンちゃんのおかげだって、よく言ってたんだよ——」

 まだまだ続きそうな雅の言葉を高太郎が遮った。

「雅さん、私は部屋にいます。秀さんたちが来たらあなたが相手して下さい」

「またあ! すぐ面倒くさがる!」と雅が文句を言う。

 高太郎は無言で背を向けた。

「ちょっと、高太郎!」と雅は高太郎を呼び止めた。振り返った高太郎に向かい「ほら、これ捨てといて」と汚物の入ったビニール袋を投げる。

 キャッチし損ねた袋を体を屈めて拾い、高太郎は去って行った。

「あいつホント、人と関わるの避けるんだよ。一度も外で働いたことがないんだって。リアル

さ」

 高太郎に聞かれても構わないといった声量で雅が言う。

「まあいいか。秀さんが来たら、ガンちゃんの事、詳しく聞けるしね。犯罪の匂いがしたら、すぐ九我ちゃんに報告するよ」

 よろしくお願いしますと、正語は愛想よく笑っておいた。
この時の正語はまだ、岩田の死に興味がなかった。

「高太郎さんも、鷲宮久仁子さんのことは気にかけてらっしゃるようですね」

「あたしが湯川で働いてる時も、その名前よく聞いたよ。瑞穂村(みずほむら)にはすごい占い師がいて、とんでもない大金取るって、評判だったんだ。政治家とか有名人とかがひっきりなしに押しかけたんだって。でも久仁子さんは力使い果たして、早死にしたらしいよ。この家で生まれて、死ぬまで一度も外に出なかったんだって」

 高太郎が守親を『酷い男』だと言ったのは、その事が原因なのか?
 体の不自由な叔母を短命に追い込んだことを責めているのか?
 
 だとしたら高太郎は、大した人情家だと正語は口を歪めた。
 ああも高齢の父親を、いまだ許せずにいるとは恐れ入る。

「ごめん。これから客が来るから忙しくなっちゃった。玄関まで送るよ」

 と雅が先立ち歩き出した。

「一輝さんのスマホが気になるんだよね? あたしが最後にスマホを見たのは、一輝さんが亡くなった日の午前中だよ」

 雅は前を向いたまま話し続ける。

「あの日、『西手』に一輝さんの弟が来てたんだけどね。みんなが言う天使みたいな美少年くんを見てみたくってさ、『西手』に行ったんだよ」

「……一輝さんの弟が来ていたんですか」

「そうそう。でも玄関まで行ったら、一輝さんが出て『秀一(しゅういち)と込み入った話がある』って追い返されちゃった。その時、一輝さんのスマホが鳴ったんだよ」

 雅は歩きながら振り返った。へへっと笑う。

「あたし、ちょっと立ち聞きしちゃったんだけどさ、それ、奥さんの由美子さんからの電話だったんだよ」

 雅はまた前を向いて歩き出す。

「一輝さんと由美子さんは正式には離婚してないんだけど別居中でさ、慰謝料とか子供の養育費のことで裁判になってたんだよ。だからあたし、思ったんだ。これからまたややこしい話ししなきゃならないんだ、一輝さん、大変だなって。あたしが一輝さんのスマホを見たのは、それが最後だよ」

 雅の話を聞きながら正語は、陰気な怒りが湧き上がるのを抑えられなかった。

 一輝が亡くなったことを秀一に伝えたのは、正語だ。
 それは辛い役目だった。

 だがいまだに死の直前に兄と会えたという話を、秀一から聞いたことはない。

 (あいつは、なんで黙ってるんだ!)

「コータが一輝さんの遺体を見つけて、私と真理ちゃんがすぐ駆けつけたけど、スマホなんかどこにもなかったよ。だからスマホの事が気になるんなら、秀一くんにきいた方がいいんじゃないかな? 今日この町に来てるらしいよ」


 雅の後ろを歩きながら、正語は口だけで笑った。
 もし雅が振り返ったら、その凄みに驚いただろう。


(高太郎さん、あんたの言う通りだよ)

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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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