第3話 疑問
文字数 2,003文字
「森主任、これは一体……」山本が尋ねる。
「その場所で止まる、という意図があるとしか考えられない。静止衛星の中に、その画像を捉えられそうなものはないだろうか?」
気象衛星ならば画像を記録し、地球に提供してくれるがカメラの方向を地球とは反対側にしなければならない。通常業務を継続しながらそれを行うことは不可能だ。軍事衛星ならば可能かもしれないが、我が国にはそれを実行する権限がない。各地にある光学望遠鏡からの画像でははっきりとした物体を捉えられない。
「何かがあそこにありそうなんだよな。他国の発表はないか?」
滝山所長が言うと、若杉がこの間に収集し得た情報を口頭で伝え始めた。
「U国とH国は、宇宙からやってきた生命体の可能性があると言っています。I国はそこまで踏み込んでいません。R国からは、特に発表はないようです」
「R国やT国も同じ見解に立つならば、決まりだが……」
「とうとう宇宙人との遭遇でしょうか」山本の声は上ずっている。
「可能性は大きいな」普段はふざけていることが多い滝山所長だが、表情が険しい。
「山本くん、遅くまで付き合わせてすまないが、もう少し一緒に見て考えてくれないか。夜勤者は業務をこなさなければならないし」
所長からの依頼であれば、超過勤務として報酬も発生する。自宅に連絡を入れ、観測を継続した。しかしこの夜、物体が再び動くことはなかった。
「ということは、地球の公転と自転に合わせて彼らも動いている、という意味ですよね」若杉の質問に森と山本が頷く。
「もちろんだ。人工衛星と同じだから難しい話ではないが、他の星から来た連中が数時間でその設定を可能にしてしまうのが驚きというか、悔しいよね」山本が言うと、森も話を受けて続ける。
「どこかからここまで到達できるだけのことがありますね。さすがです」
「では、地球には何をしに?」
森主任は山本の疑問に回答を試みた。
「攻撃を加える訳ではなさそうですよね。攻撃してくるならもっと大勢で……」
「いや、でも、姿が見えないですから数も分からないのでは?」今度は若杉が尋ねた。
「確かに、そうですね。あの波の変動は、多数の物体の集合故に起きている可能性がありますね」
森はそう言ってから緊張した首を左右にゆっくり動かした。ふう、とため息をついて滝山所長を見た。
「所長、それでも肉眼的に、画像が見られないという点からは何が起きているのか実際のところさっぱり分からない訳ですが」
「なんとか可視化できないだろうか。これを我が国が成功させれば面目躍如にはなる」
「そうですよねえ……」
その時だった。彼らが観測を続ける宇宙からの電磁波が一斉に乱れ始めた。乱れの源はやはりあそこだ。地上から約十万キロメートル付近に、波を乱す源がある。そこから同心円状に異常波形が発生しているのだから、ここになんらかのエネルギーを発する物体が存在する。
「所長、こんな風に波が合成されるということは、こいつから出る波は波長が相当短いやつですね。つまり、エックス線やガンマ線……。あっ」
「どうした、山本くん?」
山本は言葉を失い、茫然としている。森主任の表情も曇っていた。そしてゆっくりと森主任が話し出した。
「所長、若杉くん。きっと山本さんと私とは同じ考えなのだと思います。ちょっと、恐ろしいことなのだけれど。山本さん、私が話しますよ?」
山本はじっと森を見つめ、頷いた。
「あそこにあるのはおそらく、人間、いや地球の人間にとっての可視光線ではみえない物体でしょう。つまり可視光線は反射せずに吸収または透過させてしまう。それは紫外線より短い波長の、エックス線などは反射する。なのでエックス線を感じる網膜を持っていれば、その物体を見ることはできる」
「そんなこと……、いや有り得るか。誕生後、我々人類が見て来たものが全てではないはずだ。ましてや宇宙からの訪問者が我々と同じ感覚器を持っているなどと考える方がおこがましい。そんな連中が乗っている宇宙船なら、我々には見えないということがあるのかもしれない」滝山所長はそう言いながら若杉に指示を出す。
「あの高度にエックス線を当てる方法はないだろうか? 考えてみてくれ」
若杉は眉間に皺を寄せながら個人所有のタブレット端末を覗いている。
「エックス線をあの範囲に狙って撃つのは、かなりの技術が必要ですね。ぎりぎりまで近づくことができれば、そんなに難しくないですが」
「そうだよなあ。近付けるためには、あそこまでエックス線装置を運ぶか、地上なり衛星からしっかりエックス線を出す必要があるんだよな。そしてその反射を受ける……」
「できるとしても、向こうを刺激することになりませんか」山本が口を挟んだ。
「そうだな。確かに。それで攻撃されたらたまったもんじゃない。きっと相当なエネルギーがあそこには蓄えられているのだろうし、攻撃能力はきっと高い」
滝山はそう言って、天を仰いだ。
「その場所で止まる、という意図があるとしか考えられない。静止衛星の中に、その画像を捉えられそうなものはないだろうか?」
気象衛星ならば画像を記録し、地球に提供してくれるがカメラの方向を地球とは反対側にしなければならない。通常業務を継続しながらそれを行うことは不可能だ。軍事衛星ならば可能かもしれないが、我が国にはそれを実行する権限がない。各地にある光学望遠鏡からの画像でははっきりとした物体を捉えられない。
「何かがあそこにありそうなんだよな。他国の発表はないか?」
滝山所長が言うと、若杉がこの間に収集し得た情報を口頭で伝え始めた。
「U国とH国は、宇宙からやってきた生命体の可能性があると言っています。I国はそこまで踏み込んでいません。R国からは、特に発表はないようです」
「R国やT国も同じ見解に立つならば、決まりだが……」
「とうとう宇宙人との遭遇でしょうか」山本の声は上ずっている。
「可能性は大きいな」普段はふざけていることが多い滝山所長だが、表情が険しい。
「山本くん、遅くまで付き合わせてすまないが、もう少し一緒に見て考えてくれないか。夜勤者は業務をこなさなければならないし」
所長からの依頼であれば、超過勤務として報酬も発生する。自宅に連絡を入れ、観測を継続した。しかしこの夜、物体が再び動くことはなかった。
「ということは、地球の公転と自転に合わせて彼らも動いている、という意味ですよね」若杉の質問に森と山本が頷く。
「もちろんだ。人工衛星と同じだから難しい話ではないが、他の星から来た連中が数時間でその設定を可能にしてしまうのが驚きというか、悔しいよね」山本が言うと、森も話を受けて続ける。
「どこかからここまで到達できるだけのことがありますね。さすがです」
「では、地球には何をしに?」
森主任は山本の疑問に回答を試みた。
「攻撃を加える訳ではなさそうですよね。攻撃してくるならもっと大勢で……」
「いや、でも、姿が見えないですから数も分からないのでは?」今度は若杉が尋ねた。
「確かに、そうですね。あの波の変動は、多数の物体の集合故に起きている可能性がありますね」
森はそう言ってから緊張した首を左右にゆっくり動かした。ふう、とため息をついて滝山所長を見た。
「所長、それでも肉眼的に、画像が見られないという点からは何が起きているのか実際のところさっぱり分からない訳ですが」
「なんとか可視化できないだろうか。これを我が国が成功させれば面目躍如にはなる」
「そうですよねえ……」
その時だった。彼らが観測を続ける宇宙からの電磁波が一斉に乱れ始めた。乱れの源はやはりあそこだ。地上から約十万キロメートル付近に、波を乱す源がある。そこから同心円状に異常波形が発生しているのだから、ここになんらかのエネルギーを発する物体が存在する。
「所長、こんな風に波が合成されるということは、こいつから出る波は波長が相当短いやつですね。つまり、エックス線やガンマ線……。あっ」
「どうした、山本くん?」
山本は言葉を失い、茫然としている。森主任の表情も曇っていた。そしてゆっくりと森主任が話し出した。
「所長、若杉くん。きっと山本さんと私とは同じ考えなのだと思います。ちょっと、恐ろしいことなのだけれど。山本さん、私が話しますよ?」
山本はじっと森を見つめ、頷いた。
「あそこにあるのはおそらく、人間、いや地球の人間にとっての可視光線ではみえない物体でしょう。つまり可視光線は反射せずに吸収または透過させてしまう。それは紫外線より短い波長の、エックス線などは反射する。なのでエックス線を感じる網膜を持っていれば、その物体を見ることはできる」
「そんなこと……、いや有り得るか。誕生後、我々人類が見て来たものが全てではないはずだ。ましてや宇宙からの訪問者が我々と同じ感覚器を持っているなどと考える方がおこがましい。そんな連中が乗っている宇宙船なら、我々には見えないということがあるのかもしれない」滝山所長はそう言いながら若杉に指示を出す。
「あの高度にエックス線を当てる方法はないだろうか? 考えてみてくれ」
若杉は眉間に皺を寄せながら個人所有のタブレット端末を覗いている。
「エックス線をあの範囲に狙って撃つのは、かなりの技術が必要ですね。ぎりぎりまで近づくことができれば、そんなに難しくないですが」
「そうだよなあ。近付けるためには、あそこまでエックス線装置を運ぶか、地上なり衛星からしっかりエックス線を出す必要があるんだよな。そしてその反射を受ける……」
「できるとしても、向こうを刺激することになりませんか」山本が口を挟んだ。
「そうだな。確かに。それで攻撃されたらたまったもんじゃない。きっと相当なエネルギーがあそこには蓄えられているのだろうし、攻撃能力はきっと高い」
滝山はそう言って、天を仰いだ。