フロムビャーネ編(1)

エピソード文字数 3,784文字

見知らぬ森を抜け街を抜け、ピンセルの黒い車は空間の隙間をまっすぐ北へと走っていた。ノートンははじめ「ひえー!」とか「わあお!」とか言って驚いていたが、慣れてしまったら「失礼」と一言言っていびきをかき始めた。

数時間。ピンセルは黙々と車を進める。やがて前方の視界が開けて、海に出たことがわかった。だが、それよりも。

「向こうの空が真っ暗ね」

「フロムビャーネはもうずっと雲に覆われてるんだよ。春も夏もない。年がら年中厳冬さ」

寝ていたはずのノートンが目をつぶったまま言った。

海岸。波打ち際。車は構わず突き進んで行く。波の上を、海鳥とすれ違いながら車は進んで行く。

夕刻にはまだ早い。それなのに空はすっかり暗くなっていた。陸地が見えて来た。同時に白い粒がちりちりとフロントガラスに舞い始めた。

「さて、ようこそフロムビャーネだ」

ノートンが狭い車内で窮屈そうに伸びをした。続けてポケットから付け髭と眼鏡を取り出し、変装を始める。隣で驚いているナギに、

「理由は後で説明しよう。今から俺は輸入業者のトニーだ。間違わないでくれよ」

そう言うとトニーことノートンは、身を乗り出して入国管理局への道案内をし始めた。

入国管理局の門番は見上げるほどの大男で、菱形の目で周囲を睨みつけていた。その風貌だけでナギは足がすくんだが、ノートンはスタスタとへこへことへらへらと近づいて行った。

「やあ門番さん。お疲れ様です。僕はトニーと言います。この二人は遠方の親戚の娘なんですが、どうか入国を許可願います」

門番はギロリとナギ達を一瞥し、機械のように口を動かす。

「二人のパスポートは?」

ナギが慌ててフリーパスポートを見せる。門番はさらにギョロッとパスポートを睨む。

「持ち物検査の後、不審な物が発見されなければ入国を許可する。ただし入国にあたっては当国の法律を遵守し、これに反した場合は当国の法律に基づいて裁かれることを承認いただく。異議はないか」

「アタシにはそんなもの関係」

「もちろんっ! 異議なんかありません。この国の法律に同意します」

リンの毅然とした言葉をノートンがすかさずへらへらと遮って言った。

「よろしい。では、当国のお触れ書きを渡すので、熟読した後サインするように」

そう言って渡されたのは、いかにもといった装丁の冊子だった。

不服そうにリンがため息をつく。おそるおそるナギは受け取る。

「向こうの部屋で一応読むふりをして」

ノートンが二人を小部屋に導きながら、小声で耳打ちした。

「どうしてアタシがくだらないニンゲンの決め事になんて従わなくちゃいけないのかしら? あっきれるわね。ナギ、帰りましょ」

「申し訳ない。ここだけ、ここだけだから」

ノートンは長身を曲げて懇願する。リンは仕方なく根負けしてナギの後に続く。

幸い、小部屋はヒーターが焚かれて温かかった。ナギとリンの頭や肩の上の雪も、すぐに溶けてなくなった。

「なにこれ?」

冊子を開いてすぐにリンは声を上げた。冊子には、この国で禁止されていることがらが、事細かく箇条書きでびっしり書かれている。

それは、まるで子供向けの道徳本のような内容で、喧嘩をしてはならない、夜中に騒いではならない、人や動物を傷つけてはならない、他人の物を盗んだり、勝手に使ってはならないなどということが、細かく書かれていた。

「バッカじゃないの? こんなこといちいち書かれなくても、お子様でもわかることだわ」

誰より早く、リンは放り投げるように本を閉じた。しかし、真面目に読んでいたナギは、その先の文言に疑惑を感じた。

フロムビャーネ政府に対して反抗的な言動や行動をしてはならない、政府が秘密と決めたことを探ったりしてはならない……

「ここはおとなしく、読んで同意したことにしといてくれ」

ノートンは小声でそう言った。

ノートンに従い、三人はお触れ書きに同意の宣誓を門番にし、持ち物検査を受けた後に、ようやく入国を許可された。

「申し訳ないが、ホテルには後で案内する。まずは俺たちのアジトに来てくれ」

ノートンはそう言ってピンセルに行き先を指示する。着いたのは、小さな店が三軒並んで入居する小さなビルだった。一番右が焼き菓子の店で、真ん中がネイルサロン、左はネコの足跡があちこちに散りばめられたネコカフェになっている。ノートンはネコカフェに入ると言った。

「リョータ、怯えないかな?」

「ここにいるのはみんなおとなしいネコさ。心配なら手の中に入れてってあげなよ」

車を降りたナギはインコのリョータに手のひらを差し出す。リョータはその上にチョンと乗る。ナギは大事そうにリョータをくるんだ。


入り口は二重扉になっている。おそらく、ネコが逃げ出すのを防ぐためだろう。ノートンが内側の扉を開けると、

「にゃんにゃ~ん、いらっしゃいませえ」

真っ白いネコの着ぐるみを着た女の子の転がるような声がした。

店内は表からの予想通り、いやそれ以上に狭かった。客は5、6人くらいしか入れそうにない。小さなテーブルがランダムに置かれ、床だけでなくあちこちにつけられた棚の上に好き勝手にネコがいる。ネコ達は面食らっているナギ達に一瞥もしなかった。リョータもリョータで、たくさんのネコ達を見てもナギの手の中で暴れもしなかった。

ノートンはネコ娘に笑顔を向けただけで、さっさと奥の部屋に向かう。VIPルームと書かれたその部屋の中には毛艶のいい上品そうなネコ達がソファーでくつろいでいる。そのソファーの奥の壁に取り付けられた爪研ぎ棒をスライドさせると、壁自体が開いて空間が現れた。

ノートンに続いてリンとナギは隠し扉の奥に進む。狭い階段を降り、灯りの点る部屋に着く。大きなネコの顔が描かれた扉。ノートンはノックの代わりに、扉に顔を寄せて言った。

「天はネコの上にネコをつくらず」

「全ての道はニャンコに通ずる」

どうやらそれが合言葉だったらしく、カチリと小さな音がして扉が開いた。

中は事務所になっていた。パソコンに向かう男性と女性、奥の椅子には白い長髪の男が座っている。

「紹介しよう。俺たちのキャップのドミナスだ」

ノートンがそう言うと、腰かけていた白髪の紳士は腰を上げた。鋭い顔つきだが、それは険しい眉毛のせいで、ナギは彼の目を見て温和な優しい人だと感じた。

「ああ、あなた方が、ノートンを救ってくれた、勇敢なお嬢さん方ですか。ようこそフロムビャーネへ。私が、ここ、ベリテートのキャップ、ドミナスです」

「ベリテート? 一体ここはなんなのかしら?」

リンの問いに、ノートンが胸を張って答える。

「国民に真実を発信する、ベリテート報道局さ」

報道局さ、と言われても。顔を見合わせるリンとナギに、ノートンは解説を続ける。

「主にネット配信で、国民に隠された真の情報を発信してるのさ。政府がひた隠しにする情報をね。インスタントで悪いが、リンさんはブラックでいいかい?」

「コーヒーなら要らないわ」

「ナギさんは?」

「あ、私も、いい、です」

ノートンはマイカップにコーヒーを作ると、ドミナスの隣に腰かけて、空いていた椅子を引き寄せて二人に勧めた。

「危ない橋を渡ってるっていうわけね」

「そ。非合法組織だからね。つかまったら牢獄さ。そして、最悪、」

「ああ、一生出て来れないな」

ドミナスが自虐的に嘲笑ってすっかり冷めたコーヒーを啜った。

「アンタッチャブル。いわゆる国家機密。さっきのお触れ書きにあったろ? 政府に反対したり、国家機密を調査してはならないって。政府は、国民に知れたら都合の悪いことはなんでも国家機密にしてしまうのさ。そしてそれをアンタッチャブルと言い、俺たちみたいにそれを探ろうとする連中を悪として取り締まろうとするんだ」

ノートンが言った。彼のコーヒーの湯気はゆらゆら揺れる。

「政府にとっては、私たちは犯罪者というわけです」ドミナスが言う。

「コア・ステーションを建設しようとしてることもアンタッチャブルになってるわけね」部屋の中を見回しながら、リンが言う。

「その通り」ノートンがうなずいて見せた。

「それにしても、アナタたち、よく捕まらないわね」

「この国の政府も俺たちを捕まえようと躍起にはなってるがね。こっちも命がけだからね」

「ああ、ノートン、それなんだが、また、若い仲間達がやられたらしい。将来のある、有能な青年の命を……二人もだ」ドミナスはそう言って顔を曇らせた。

ドミナスの言葉に、ノートンは「なんてこった」と絶句する。

政府の秘密を漏らそうとした青年が二人、殺されたということか? リンが腕を組んで訊く。

「アンタッチャブルを犯した人は殺されることもあるということなのかしら?」

「いや、普通は逮捕されて投獄されるだけだけど、コア・ステーションに限っては、違うんだ」

「アナタの今までの話からすると……モンスターに襲われるとでも言うのかしら?」

「さすが、察しがいいな。まさに、そういうことさ」

ノートンは断言した。

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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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