第12話

文字数 1,812文字


 少年は洞窟を出て、深い溜息を吐いた。
 今週に入って、もう三度目の出撃だった。
 最初、自分がこの役割に定められたときは、耳を疑った。
 何故自分なのか、と。
 やって来た黒スーツの男は、彼に向かってこう言った。
 巫女様の預言によるものだ、と。
 曰く、この国には昔から神に仕えている一族が居て、その巫女から得られた預言である、と。
 預言ということは、つまり、神から言葉を預かっている、ということだ。
 曰く、これから起きる大災厄からこの国を守るのが勇者の役目である、と。
 勇者。そう、勇者だ。
 RPGで良く見られる、勇者だ。
 おお、死んでしまうとは仕方がない、などと王様に苦言を呈されてしまう、アレだ。
 スマートフォンが振動し、彼は我に返った。
 画面を見ると着信だった。相手はつい数時間前にかけてきた『仕事相手』だった。

「……もしもし」
『電話は直ぐに出てくれないと困りますよう』

 子供じみた、舌っ足らずな感じの声だった。

「すいません。ちょっと手間取っていたもので」
『手間取って? いったい何があったんですか』
「……特にありませんよ。そういう『てい』ってあるじゃないですか」
『てい? ていって何ですか?』
「今耳に当てているそれで調べてください」
『これ? これって……黒電話で調べられるんですか?』
「黒電話って、最早遺産レベルだぞそれ……」

 というか、黒電話って未だまともに動くんですかね?
 言いたかったが、すんでの所で噤んだ。

『……ところで、これで三件ですね。随分あちら側はハイペースでダンジョンを作成……いや、育成しているようですね』
「……その言い回しだと、敵がどのようにダンジョンを作り上げているのか、ご存知のようにも聞こえますが?」
『何のことですか? 良いから、報告をしなさい。経験値は貰えましたか?』

 経験値。
 これまた、ゲームでは良くあるステータスの一つだ。
 経験値というのが、正直どのようなパラメータであるのかは、当の本人ですらも分かっていない節があったが、しかしながら、『あちら』側から言わせれば、それは単なるステータスに過ぎないらしい。
 数値はスマートフォンのアプリを通して見ることが出来るだけでなく、仕事相手の連中はそれを可視化することが出来るらしい。だったらそれを自分にも行って欲しいものだ――とはいえ、実際報告は毎回しなければならないから、それについてはあまり気にすることもないのかもしれないが。

「経験値……ああ、確かに。何体かモンスターを倒したから、経験値は貰えたはずですけれど」
『レベルは上がりましたか?』
「レベル、ですか……。いや、全然。上がるんですかね、これぐらいで。前はもっと何か……簡単に上がったような気がするんですけれど、レベル」

 レベルが上がったとき、それに経験値を得られたときは、それを数値として見ることは、彼には出来ない。
 しかしながら、それを体感することは出来る。経験値を得た時はどこか強くなったような感覚があるし、レベルが上がったときはそれをもっと感じることが出来る。
 実際の所、それが彼の唯一の確認手段でもあった訳だった。

『まあ……良いでしょう。あなたに一度お会いしておきたかったところです。少し会えませんか? 場所は……そうですね、こちらで』

 そう言って、女性が示した場所は彼の家からほど近いバーだった。

「そんなところに行くような人間には見えないが」
『隠れた話をするにはうってつけの場所なのですよ。少しはこちらの世界について知ってくれたかと思っていましたが……まだまだのようですね。もう少し勉強してください、あなたもこの世界を救おうとしているならば』

 それはあなた達が勝手に命じただけだろう、などとは言わなかった。
 そこは彼も大人だ。少しぐらい言わなくて良いことぐらいの判別はつく。
 通話を切り、もう一度溜息を吐くと、彼は背伸びをした。

「それじゃ……向かうとするかね」

 入口に止めておいたバイク、その背中部分に置いてあったギターケースに剣を入れる。
 そして、ヘルメットを被り、彼は洞窟を後にした。
 彼の名前は、篠木祐介。ある組織から『勇者』と呼ばれ――そして、この世界を救うために日々ダンジョンを探索しレベルを上げ、来たるべき時に向けて鍛えている青年だ。
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