詩小説『金木犀とショートヘア』3分の旅立ち。全ての若者へ。

エピソード文字数 832文字

金木犀とショートヘア

夜に降り続いた雨はアスファルトを濡らしていた。
へばりつくように、敷き詰められた金木犀の花弁。

民家の塀からはみだすように、
枝葉はこちらへと伸びている。

黄色の道を歩けば、
スニーカーに花弁はまとわりつく。

甘くも懐かしい匂いに包まれれば、
あの日の記憶が蘇る。

見上げれば陽の光が眩してくて、
僕は思わず目を細める。

髪をばっさり切ったあなたは、
生まれ変わっていた。

僕の方へと振り返ったなら、
吸い込まれてしまった。

その、透き通った瞳。
陽を浴びて流れる髪。
なにもかもが真新しくて。

炭酸が弾けるように、
僕は潤っていく。
なにもかもが澄み切って。

僕はもう一度、生まれ落ちた。
今、この気持ちが産声を上げる。

一瞬の静寂、息を飲み込む。
そして、一線を越える。

「東京?」

「うん」
そんな清々しい顔で頷くとは。

「東京かぁ」

「私、美大に行く」
零れて、零れて、零れて、零れて。

「もう、会うこともないだろうな」

「うん、どうだろう」

「元気でやれよ」

「うん」

「じゃあな」

「うん」

路地に停めた車へ乗り込む。
シガーライターの火で吹かせば、
タバコを切らす。
握りしめて、潰した紙の箱。

綺麗になったわけではない。
ずっと前から綺麗だったこと、
僕は気づいていたから。

似合ってるなんて、言わなかった。
髪の長かったあの頃の君が、
消えてなくなりそうで。

会えるのに、会えなかった。
会えない時間に募らせた。
会えなくなるのも知っていた。

鍵を捻れば、エンジン音が響き渡る。
まるで悲鳴のように。

きっとあの道を歩く度に、
あの匂いを嗅ぐ度に、
あの花を見るたびに、
一瞬にして、
ここへ舞い戻ってしまうだろう。
君の居なくなった、ここへ。

サイドミラーに映し出されたあの景色は、
曲がり角のその先に消えた。

僕に残されたのは、
袖についてきた、花弁だけだった。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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