02.不審なメール その1

文字数 4,083文字

[上人橋 たまき]

え~~……



 たまきは思わず言葉を失い、ひとまず高坂千尋に手土産を渡しました。



[上人橋 たまき]

つまらないものですが

(恐くて触れられないよ)

[千尋]

すみません、ありがとうございます…………



 たまきが特に診察をすることもなく、一見して千尋は挙動不審です。

 室内や玄関の外など視線をキョロキョロさせ聞き耳を立て、不安そうに周りを警戒している様子です。



[千尋]

と、とりあえず、な、中に入っていただいてもいいですか?



 千尋はほづみとたまきを部屋の中へと促します。



[岸川 ほづみ]

たまきさんは無理やったらここで待っとってもええですよ

[上人橋 たまき]

いえ、行きますっ

(ちょっと粉が恐いけど)

[岸川 ほづみ]

じゃあお邪魔します



 千尋は二人にスリッパを出してくれました。

 ほづみは何ら臆することなく白い粉が撒き散らされた部屋の中に入っていき、たまきはビクビクしながらその後ろについていきます。



[岸川 ほづみ]

お掃除中か何かですか?



 ほづみは粉を見ながら千尋に尋ねました。



[千尋]

掃除中というわけではないんですけど、少し…………色々とありまして



 ほづみと会話をしている間も、千尋はしきりに視線をキョロキョロとさせ、物音一つにもビクビクしている様子です。



[上人橋 たまき]

ねえこれって合法なヤツですかね?



 たまきは小さな声でほづみに話しかけます。



[岸川 ほづみ]

合法?

[上人橋 たまき]

ホラ、大学生とかこういうの流行ってたりとか

挙動不審だし何かの禁断症状とかじゃないですか?

[岸川 ほづみ]

ああ~、おクスリ的なな


まあでも、ちゃうやろうねえ

そういうのやったらうちらが来た時点で隠しとるやろうし

[上人橋 たまき]

そっかあ

[岸川 ほづみ]

学校に来られへんようになる前に何か大きいことあったりしました?

[千尋]

じ、実は



 千尋はほづみに自分のスマートフォンを差し出してきます。

 その画面を見てみると、メールが届いていました。






[岸川 ほづみ]

「茜さん」は自分のお姉さんが何かですか?

[千尋]

はい

わたしの姉の名前は高坂たかさか あかねと言います

[千尋]

じ、実は姉はついこの前亡くなったんです

[上人橋 たまき]

えええっ

[千尋]

姉が亡くなって塞ぎ込んでいるところにこのメールが来て、変なことが起き出したんです

[岸川 ほづみ]

変なこと?

詳細を聞いてもええですか?

[千尋]

信じられないかもしれませんが、実は…………「透明な何か」がわたしを追い掛けてくるんです

[岸川 ほづみ]

この部屋の中で?

[千尋]

一番最初にそれに気付いたのは夜大学から帰るときでした

何かの気配を感じて後ろを見ると少しだけ背景が違うような、そんな変な場所を見付けて…………それがわたしを追ってくることに気付いたんです

[千尋]

その日は急いで逃げたんですが、それからもわたしが一人になるとこうやって「透明な何か」がわたしを追い掛けるようになってしまったんです

[岸川 ほづみ]

それは恐いねえ

[上人橋 たまき]

家の中でもってことですか?

[千尋]

以前は家の中までは来なかったんですけど、ちょうど一週間前「透明な何か」がとうとう家の中まで追い掛けてくるようになったんです

[上人橋 たまき]

それで粉とか鈴とか用意しているわけですか

[岸川 ほづみ]

見えんもんを感知するためってことやろうね

[上人橋 たまき]

あのぉ、お姉さんの携帯電話は今どこにあるんですか? ご実家?

[千尋]

実は姉の死因が分からないということで今、警察で調べているところで

[千尋]

姉の持っていたもの、部屋にあったものはすべて警察に押収されてしまったんです

[上人橋 たまき]

携帯電話も警察にあるはずなのにメールが来たということですか?

それは不思議だね

[岸川 ほづみ]

まあ、単純に嫌がらせの可能性もあるけどね

[岸川 ほづみ]

原因が分からんっちゅうのは、えーと……傷付いたらゴメンな

お姉さんが亡くならはったのは間違いない?

ご遺体は確認されたんですか?

[千尋]

一応遺体は確認しました

でもその遺体は、えぇっと…………



 千尋は精神的に不安定で、上手く言葉にできない様子です。



[岸川 ほづみ]

ごめんな

それやったらええわ

いいですか?

それでも聞きたい場合は【精神分析】で落ち着かせてから聞き出すことはできます

[岸川 ほづみ]

たまきさん、どうします?

詳細に聞きたいですか?

[上人橋 たまき]

【精神分析】で落ち着けられるなら…………

無理矢理聞き出すわけじゃないし、聞いてみましょうか?

岸川 ほづみ【精神分析】⇒ 成功

上人橋 たまき【精神分析】⇒ 成功

[上人橋 たまき]

落ち着いて~、落ち着いて~



 ほづみとたまきが無理に聞き出そうとはせずに「ゆっくりでいいから」と宥めていると、千尋は意を決したように話し出しました。



[千尋]

姉は、全身の血を抜かれた状態で亡くなっていたんです

[岸川 ほづみ]

しんどかったら無理して答えんでもええねんけど、どっかに見当たるような傷はあったん?

[千尋]

何やら動物に噛まれたような痕が

[上人橋 たまき]

噛まれた痕はどのへんにあったんですか? 腕とか?

[千尋]

噛み痕は複数ありました

わたしも一瞬だけしか見てないので

[岸川 ほづみ]

まあ、じっとは見られへんよね

[岸川 ほづみ]

お姉さんはどこで見付かったか聞いてもええ?

[千尋]

自宅です

[岸川 ほづみ]

生前お姉さんから千尋ちゃんが経験したようなことをしたみたいな話は特に聞いてないんかな?

[千尋]

いえ、姉からはそういった話は特には聞いてないです

[岸川 ほづみ]

お部屋も同じように粉撒いたようなあとはあったりせえへん?

[千尋]

それが、わたしは部屋の中まではいれてもらえなくて

[岸川 ほづみ]

そうなんやね

変なこと聞いてゴメンな

[千尋]

いえ、このような状態ですから

[上人橋 たまき]

お姉さんが亡くなってるのは誰が見付けたの?

お母さんとか?

[千尋]

母が…………姉から返事がないので心配して見に行って

[上人橋 たまき]

お姉さんはご実家に住んでらっしゃったの?

[千尋]

いえ、姉は実家から近いところで一人暮らしをしていました

[岸川 ほづみ]

確かにそうなってくると部屋をこういう風にしたくはなるわな

[岸川 ほづみ]

でも、一人でここにおるんも恐ない?

[千尋]

外にいたらいつ来るかも分かりませんし

[岸川 ほづみ]

一週間前から家の中でも感じられるようになってしもたんやろ?

[千尋]

部屋の中でジッとしていればいつの間にか消えていくんです

[岸川 ほづみ]

ジッとしていれば…………そうなんやなあ

特に危害を加えられるようなことは今のところはないんやね?

[千尋]

はい

ですが、ソイツは一番近くに来たときは何やらクスクスと笑うような声を上げてわたしをどんどん追い詰めるんです

[上人橋 たまき]

声が聞こえるんだ


話をしたこととかはないの?

会話ができるとかではない?

[千尋]

話したことはないです

[岸川 ほづみ]

まあそらあな

話しかけるのも恐いよな

[上人橋 たまき]

向こうから何か語りかけてきたりするのかなと思って

[岸川 ほづみ]

今のところはクスクスいう声が聞こえるくらいなんやね

[上人橋 たまき]

その「透明な何か」が家の中に来たときは鈴は鳴るの?

[千尋]

はい、鳴ります

[上人橋 たまき]

恐いね恐いね~

これでも飲んで~



 たまきは資生堂パーラーのドリンクを差し出し、千尋の肩をさすります。



[岸川 ほづみ]

せやったら一週間ずっと部屋にこもっとるの?

生活は大丈夫なん?

[千尋]

今のところ買い置きしてたもので何とか

[岸川 ほづみ]

そう長く続かんよな

どうにかしたらんと

[上人橋 たまき]

もうそろそろ食料がね

[上人橋 たまき]

じゃあお姉さんがついていってあげるからコンビニ行かない?

[岸川 ほづみ]

ああ、それええね、うん

出るのが恐いんやったら代わりに買い出し行ってもええし

[上人橋 たまき]

どうする~?

[千尋]

そうですね…………

じゃあ買い物をお願いしてもいいですか?

[上人橋 たまき]

何か買ってきてあげよう

[千尋]

あ、一応これを



 千尋はほづみとたまきに小さな鈴を手渡しました。



[千尋]

もしも「透明な何か」が近付いてきたらそれを遠くに投げてください

アイツは音に反応するみたいなので

[上人橋 たまき]

へ~~、そっちのほうに行くってこと?

[千尋]

なので、こうやって鈴をいっぱい垂らしておけば鈴が鳴るほうへ近付いていくんです

[岸川 ほづみ]

だからジッとしとったら消えていくんやな

音でしか認識できんのかも分からんね

[上人橋 たまき]

じゃ、お姉さんと LINE とか交換しとく?

[千尋]

はい



 千尋はたまきと LINE ID を交換しました。



[岸川 ほづみ]

たまきさん申し訳ないけど、何かあったら千尋さんと連絡とってもらってもええですか

[上人橋 たまき]

はーい

[岸川 ほづみ]

じゃあ LINE のほうに買い物で必要なもの連絡してもらったらええかな

[上人橋 たまき]

うん、行こかー



 ほづみとたまきは部屋を出る前に室内を見回してみました。



上人橋 たまき【目星】⇒ 失敗

岸川 ほづみ【目星】⇒ 成功



 たまきは粉まみれの床に気を取られていたため、あまり集中することができませんでしたが、ほづみは私立探偵という仕事柄、部屋の隅々まで観察してみました。

 しかし今のところ室内にも何もいないようです。



[上人橋 たまき]

変なところはないですか? ほづみ先輩

[岸川 ほづみ]

そうやね、今のところは特にないみたいやけど

[岸川 ほづみ]

千尋ちゃんさあ、そのよう分からんもんが出てくる時間帯とかあったりする?

[千尋]

いえ、ソイツは特に時間は関係なく現れます

[岸川 ほづみ]

もし現れたら、勿論余裕があったらでええんやけど、LINE でスタンプ1個とかでもええからたまきちゃんに連絡してもらってええかな?

[上人橋 たまき]

わたしスグ見るから

[岸川 ほづみ]

連絡もらい次第すぐ来るから

[千尋]

よろしくお願いします

[岸川 ほづみ]

ほな買い物に行こか



 たまきは千尋に「いってくるね」と告げ、二人は部屋から出て行きました。



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登場人物紹介

池崎アレン(いけざき あれん)

ロックバンドのボーカリスト。

は、世を忍ぶ仮の姿であり、実態は財閥のお坊ちゃん。

大体のことはコネと財力で何とかしようとする。

自称コミュニケーション得意だが、人の話はあまり聞かない。

楠木 甚之介(くすき じんのすけ)

骨董店の店主。

着流しを着こなす温厚な紳士。二十代にして老成した感がある。

骨董品に関連した知り合いが多い。

岸川 ほづみ(きしかわ ほづみ)

私立探偵。元ポリス。

時たま毒舌が出るニヒルな二枚目。

巧みな話術で取り乱した人などを落ち着かせるのが得意。



▼その他の登場作品

【TRPGリプレイ:しゃりん卓】あまいのににがい

上人橋 たまき(しょうにんばし たまき)

精神科医。

イケメン大好きゆるふわ系女医。

最近ボクササイズを始めて腕力がついてきたことがちょっと自慢。

芳川 透(よしかわ とおる)

大学教授。

アレンの父と知人であり、楠木とも骨董品を介して知り合い。

高坂 千尋(たかさか ちひろ)

大学生。芳川教授の教え子。

綾里 仁(あやさと じん)

大学生。芳川教授の教え子。

しゃりんさん[キーパー]

初心者ぞろいのプレイヤーたちを真理へと導こうとする天の声。

ダイス

運命を左右する無慈悲な無機物。

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