#7

エピソード文字数 1,784文字

「お帰りなさい」
 玄関を開けると、久那が出迎えてくれた。
 白米が炊けた匂いが辺りに漂っている。それに混じってひときわ唾が湧く香りがする。香ばしい味噌の匂いだ。
「いいにおーい!」
 陽向が小鼻を膨らませて匂いを嗅いでいる。
「朴葉味噌です。味噌を飛騨牛に付けてご飯と一緒に食べると、本当に頬が落ちるくらいおいしいんですよ」
 久那が食堂に案内しながら説明してくれた。
 囲炉裏にごとくが置いてあって、網の上の茶色い大きな葉に載せた味噌とネギと飛騨牛を炭で炙っている。
 飛騨名物の郷土料理、朴葉味噌だ。
 先に綾子は食べ始めていて、火で炙った朴葉味噌と飛騨牛を口にしていた。
 晶良たちも囲炉裏端に座り、夕飯を食べ始める。
 あっという間に丼飯を平らげて、どんどんおかわりをする晶良に陽向以外の人間があっけにとられて見ているが、晶良は全く気にもしない。
「よく入りますね」
 久那が感心したように言った。
「体を動かすと余計におなかが空きます。これおいしいですね!」
 と言って、朴葉で炙った白菜の漬物を差した。
「こんなもので良かったらどうぞ」
 給仕をしている幸姫が微笑んだ。
 とうとう宣言したとおり一升飯を腹に収めて、さらにおかわりをしようとする晶良を、陽向が制する。
「もう、やめておいたほうがいいよ」
 多分止めないと制限なく食べると知っているからこそ出た言葉だ。
 晶良は諦めて箸を置いた。
 幸姫の入れてくれたお茶をすすりながら、晶良は一息つく。
「ところで、この家、ししゃの家と呼ばれてるって聞きましたけど」
 その一言に、陽向が思わずご飯を喉に詰まらせそうになった。
「大丈夫ですか?」
 綾子が心配そうに陽向を覗き込む。
「晶良ちゃん、いきなり聞く? ふつー」
「気になったことは直接訊ねておいたほうがいいと思います」
 久那がそれを聞いて、不機嫌そうな顔をした。
「村の人から聞いたんでしょう?」
「八重さんから聞きました」
「あの人は、人がいなくなると僕たちのことをそう言うんです」
 久那はたまりかねたように吐き捨てた。
「久那……」
 幸姫が弟の様子にオロオロと戸惑っている。
「ししゃってどういう意味なんですか?」
 久那のことなどお構いなしに晶良は言葉を継いだ。
 幸姫が困ったような顔をする。
「知りません……。昔から、うちの屋号はししゃの家なんです」
「屋号、ですか」
「ええ、江戸時代の後期くらいにはすでにそう呼ばれていたと、栄泉寺の住職さんが言ってました」
「じゃあ、ししゃの家に呼ばれるっていうのは?」
「またあの人、そう言うことを言ってたんですか」
 久那が声を荒げた。
「久那……」
 幸姫が久那をなだめて、続ける。
「人がいなくなることをそう言います。あまのじゃくに呼ばれるとか、山に呼ばれるとか、そういうのと同じ意味みたいですね。ずいぶん昔はそれで村八分みたいになってたって聞きました」
「濡れ衣ですか」
「はっきり言っていい迷惑です!」
 まだ気持ちの収まらない久那が、憤慨した声で言い放った。
「多分、あまのじゃくが逃げた山が、うちの裏手にある山だからです」
「……くなど山?」
「ええ、大昔はくなど山と言ってたようですけど、今は船戸山と呼んでます」
 晶良は考え込むように顎に指を添える。
「船戸山って、船戸神社がある場所ですね」
「ええ、そうです」
「で、子宝神社は船戸神社の分社」
「はい」
「この神社って何か曰くでもあるんですか?」
「曰くですか……。今は廃神社になってて誰もいないので……。もしかしたら、民俗学の先生なら知ってるかもしれないです」
「民俗学の先生?」
「白山小学校の教師をしている浅野先生です。平日はいつも小学校にいますよ」
 晶良はそれを聞いてニコッと微笑む。
「ありがとうございます」
「でも、それと人捜しがどう関係あるんですか?」
 幸姫が不思議そうに訊ねてきた。
「今のところわからないですけど、面白いから調べてるだけです」
 すると、ご飯を食べ終わった陽向が声を上げる。
「えー、面白いからだったの?」
「そうですよ」
「ちゃんと探そうよ、晶良ちゃん……」
「これでも探してるんですけど……」
 その様子に姉弟は苦笑いを浮かべていたが、綾子だけがうろんな目つきで見ていた。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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