第17話

文字数 4,291文字

 永田町にあるホテルのレストランのVIP専用の個室である。ここはVIP専用の駐車場からエレベーターで直通なので人目を気にせずに会食できるようになっている場所だ。中華の円卓には孫英玲京都府知事、福島百合子東京都知事そして五代礼三自由党幹事長が着席していた。五代は北京ダックをライスペーパーで包みながら話した。
「孫さん、坊主連中が大騒ぎしている中、支持率六十パーセントとは恐れ入ったな。その秘訣を大沼総理にも教えて欲しいもんだね」
「幹事長、その節は大変お世話になっております。特に各界の著名人の支援には感謝しきれません」
「僕は何もやっとらんよ。皆さん、京都の坊主どもの行いに憤ってのことじゃあないのかね」
「幹事長、東方電視台のニュースは事実なのでしょうか」
「僕は知らんよ。捕まったのは事実のようだから向こうですでに絵は描けているんじゃないのかな。とにかく、マッコイはもう終わりだろうし、大沼君も不正献金が有ろうと無かろうとマッコイと共に退場だろう。そうなればエイミー・ディキンソンと相性の良い青木君が次期総理だろうね」
「キャサリン青木ですか。若すぎやしませんか」
 福島百合子が訪ねる。
「福島君、男も女も老いも若きもましてや人種もない時代だよ。実力があれば女性で若くても適任じゃないかね」
「実力ですか」
「そう実力。この世界誰に付くかも実力のうちだろう」
「そうですね」
「僕はあと十年は今のポジションにいるつもりだ。そうすれば青木の次は誰でその次はどうか、楽しみなことだな。はっはっは」
「今日この席に呼んでいただきまして光栄です。幹事長」
「僕もだよ。将来の総理候補二人にそれも美女に囲まれて中華を食べるなんて至極の極みだな」
 孫英玲が五代に尋ねた。
「幹事長、それにしても久富さんのあの発言は問題ではないでしょうか。京都府民の反感を買いかねません。私は台湾からの帰化人ですが、この国の文化は好きですし国民を尊重しています。あの久富の発言は府民どころか国民の反発を招きかねません」
「確かに久富の奴は口が軽すぎるな。彼はもういい年だから引退してもらうのが一番かもしれないね。フェイクニュースを流したことを謝罪したうえで引退してもらおう。ただし百万人の移民計画は粛々と進めてもらわんと困るよ。そのための支持率六十パーセントだろう。各界の著名人があれだけ京都の坊主の蛮行を非難したからおそらく明日の世論調査では七十近くまで行くかもしれない。君たちに言っとくが我が国は十年以内にあと二千万人の人口増加が必要なんだよ」
「二千万ですか」
「そうTPP内で強いリーダーシップを維持するためには少なくとも一億人以上の市場を確保していなければならないのだ」
「無理じゃないでしょうか」
「無理してでもだ」
「なぜそこまで無理して人口増加しなければならないのですか」
「GDPを増やすためだよ。いくら無人工場で生産しても消費市場が小さくてはGDPすなわち国力が伸びないからだよ」
{TPP域内での市場拡大では足りないのですか}
「そうだ」
「ど、どうしてでしょうか」
「ここだけの話だがね、孫君、近々NCCの稲垣会長と浪花自動車の名和社長が君の所へ面談に行くはずだ。舞鶴での新規工場建設の議題でね」
「はい、アポは受けております」
「関西繊維で今後、カーボン・ナノチューブの生産が始まるだろう。浪花自動車では軌道エレベーターの貨車を新工場で作る予定になっている。NCCではその全体の制御を行う装置などの製造だ」
「軌道エレベーターですか」
「そうだ。五葉重工のロケットと合わせて軌道エレベーターの実用化を十年後目指してやる計画なんだよ」
「大きな計画ですね。アメリカはこの計画に入っているのですか」
「アメリカの協力は考えていない」
「政治的な了解がなければ実現は難しいのではないでしょうか」
「だから大きな市場確保が現在の最大の課題なんだよ。まあ、現実的なことを言えばアメリカのビッグテックとは相互に協力していくことになるだろう」
「国際金融との協業ということですか」
「想像に任せるがね。ただし計画はその先がある。火星への移住だ。そのための軌道エレベーターの設置であって、その先の火星へのシャトル計画を五葉グループが担うことになる」
「あまりに大きな話でついていくのが難しいです」
「はっはっは。今夜のところはそのようなほら話を真剣に考えているということを心に留めておけばいいだろう」
「わかりました。微力ながらも力にならせてください」
「孫さん、あんたの日本愛はよくわかった。ただ心を鬼にしてでも百万人の移民計画は実効してもらわなければいけませんな」
「鬼にですか」
「そうだ、僕はこの国のためならいくらでも鬼に魂を売ることは厭わないつもりだ」
「わかりました。尽力いたします」
「それでこそ将来の総理大臣だ。誠に頼もしい。はっはっは。そうそう、せっかくのおいしい中華が覚めてしまう。話はこれくらいで美味を堪能してくれたまえ」
 五代は物事がとりあえず彼の描いたシナリオに沿って進んでいる様なのでいつになく饒舌である。二人の女性知事はここまでの話を五代から聞かされてもう後戻りができないことを悟ったのであった。後戻りは直ちにその政治生命どころか自身の生命の終わりと感じ取った。あまりにも壮大な計画に心は重く押しつぶされそうになり中華の味をもはや楽しむ余裕は露ほども無かったのである。

 首相官邸ではアメリカ大統領クリストファー・マッコイから緊急で電話会談の要請が入ってきた。大沼は即座に別室に向かい通訳も付けずに一人で対応することにした。
「ヒーロー!随分ご無沙汰だけど元気か?」
「元気なわけないだろクリス。明日からどう対処していこうか今考えているところだ。そっちはどうだい?大統領選に相当影響しそうだが」
「そうだな。タイミングが悪すぎる。選挙まで二週間余りしかないタイミングで国民への影響は大きいだろうし、それをひっくり返すには時間が限られすぎているので全く不利な状況だ」
「この件は国際金融側が一挙に日本、アメリカとEUを支配下に置こうという謀略だろう。用意周到に計画が練られてきたようだ。中国の内乱を上手いこと利用している」
「ヒーロー、この電話の後、呉亮とも話す予定になっているがヒーローも付き合ってくれるか」
「ああ、了解した。こちらも確認したいことが山ほどあるのでね」
「それにしてもありもしない不正献金を事件化しようとは、敵は準備万端で宣戦布告してきたようだ。こちら側では大口の献金先と海南電子からの迂回献金がないか大至急調べているけれども、今のところその可能性はないようだ。小口献金であればもはやお手上げとしか言いようがない」
「クリス、こちらの状況も同じだ。トミー電子の古賀会長の方で海南電子関連の取引を確認しているところだ。古賀の話では会計上は問題ないということだが国際金融の工作員が入り込んで架空取引を巧妙に隠している可能性はあるかもしれないということだ。どちらにせよ身の潔白のためにというよりは、お互いの国益のために国際金融の謀略を表にさらけ出す段階にきているのかもしれんね」
「ああ、そうならないことを祈るばかりだ。こっちはてっきり息子のハニトラ・スキャンダルで打ち止めと思っていたのだが考えが足りなかったと反省しているよ。敵はなりふり構わずに攻勢をかけてきているようだな。仮に大統領選で負けても国民レベルの運動でエイミー・ディキンソンを退任に追い込まなければならないと考えている。彼女の政策の目玉である仮想通貨グローバルポケットの五十パーセントの普及は絶対に阻止しないと国の存在がなくなることにつながり兼ねない。敵の狙いはそこにあるのだろうな」
「クリス、まったく同感だ。こちらも最悪の事態を考えて市民レベルの運動は考えている」
「あのブッディスト・マンクのデモか」
「ああ、そうだ。あれは私が計画したものではないのだが今、秘かに支援をしている。仮想通貨の件を大々的にぶち上げる東京での大掛かりなデモの計画は考えているところだ」
「五代の様子はどうなんだ?」
「相変わらずだ。キャサリン青木を総理にするために党内で蠢いている。五葉重工を通して財界は一本化しつつあるらしい。クリス、よくわからないのだが五代と五葉重工が東京の山奥でユニ・グローブと組んでやっている知的障害者への人体実験のことだが、あの目的は何か知っているか?」
「こちらの解析ではどうも遺伝子情報の書換えによって人畜無害の人間を作り出したいらしい」
「その目的は?」
「おそらく火星移住だろうとこちらのシンク・タンクは読んでいる。彼らエスタブリッシュメントがテラフォーミング後の火星に移住するための試験移住としての人材を遺伝子情報書換えにより作り出して送り出すことではないかとね」
「テラフォーミングはそんなに早く実現できるのか?」
「ああ、十年後には移住環境が整うらしい」
「考えていたよりも早いな」
「我々は貴族と奴隷が住む火星は断じて許容できない。今、彼らを弱体化させないと手遅れになりそうだ」
「わかった。そのためにお互いこの難局に対処しないといけないな」
「ああ、そうだ。丁度呉亮から連絡が来ている。ヒーロー、OKか?」
「クリス、こちらはOKだ」
 中国の国家主席呉亮が会話に入ってきた。
「ニーハオ、クリスとヒーローさん、ウー・リャンだ。今日は中国の不満分子による魏偉の逮捕があったがこちらで処理しているところだ。そちらへ問題が広がることはないだろう」
「もうすでにフィラデルフィア・デイリーが速報を流し始めている。問題は大ありだ。どのような処置を行ったんだ?」
「長安電気汽車の李平を国家反逆罪で逮捕した。これで国際金融はこれ以上動けないはずだ」
「リャンさん、ヒーローだ。李平を十分に保護下に置かないと、重慶警察へはドラゴン・クローのスパイが多数入り込んでいると聞いている。偽装自殺を防ぐよう全力を尽くしてくれ」
「ヒーローさん、無問題。こちらは万全を尽くしている」
「何とか李平とエイミー・ディキンソンの癒着を立証してくれ。たとえ大統領選に間に合わなくとも選挙人選挙前までに彼女が国益を無視した大統領不適格者と立証できればそのバックにいる奴らの陰謀を阻止できる」
「クリス、分かった。全力を尽くす」
「リャンさん、国内の内乱状況はどうなっている」
「ヒーローさん、無問題。すべてこちらの管理下で処理されている」
「リャン、早く収束することを願っているよ」
「謝謝。クリスとヒーローさん、再見」
「グッドナイト」
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