第7レース(4)西からの刺客

文字数 4,762文字

「覗き未遂?」

 三人の男女の内、金髪の縦ロールで、縦ロールの部分にピンク色のメッシュが所々入った派手なヘアスタイルの女子が軽蔑の眼差しを関西弁の少年に向ける。

「ちゃう、ちゃう! 誤解や! ……いや誤解でもないか? いやいや、それにしてもワイの単独犯行みたいになっているのおかしいがな!」

 関西弁の少年は一人でまくしたてる。レオンが小声で呟く。

「朝からテンション高いな……」

「……そもそもとしてこっちの男衆四人が大凧を使って……」

「きょ、教官! 彼らは一体⁉」

 炎仁たちこそ主犯であることをほのめかし始めたので、炎仁は慌てて話を変える。

「……大凧? 意味不明なフレーズですね……」

「くくく……」

 首を傾げる海の隣で青空が笑いを押し殺す。仏坂が口を開く。

「さっきも言ったように君たちと手合わせ、つまり合同トレーニングをしたいという子たちだよ。ただ、急な話の上にこちらのスケジュールも結構ギッシリ詰まっていたからね。学校に戻る今日のこの時間ということになったんだ」

「合同トレーニングということは、つまり……」

「こいつらもドラゴンジョッキーってことすか?」

 真帆と嵐一の言葉に仏坂が頷く。

「そういうこと……時間が無いので、簡単な自己紹介をお願い出来るかな。じゃあ……やたら元気のいい君から」

 仏坂が関西弁の少年に自己紹介を促す。少年は話し始める。

「ワイは疾風轟(はやてとどろき)! 滋賀県出身の15歳や! 今回は憧れの紺碧真帆ちゃんに会いにはるばる伊豆までやってきたで!」

「あ、憧れ⁉」

「なんだこいつは……小さいと思ったら同い年か」

 轟と名乗った少年の言葉に真帆は戸惑い、炎仁は怪訝な顔をする。炎仁の言葉通り小柄な体格をしている。続いてやや長身で赤毛のポニーテールの女性が口を開く。

「ワシは火柱(ひばしら)ほむら! 大阪で生まれた17歳の女や! よろしゅうな、おどれら!」

「す、すげえ言葉遣いだな……おっさんかよ」

「せっかくの美人さんなのに勿体ない……いや、『ギャップ萌え』と考えればあり?」

 ほむらと名乗った女子の口調に嵐一とレオンが面食らう。続いて、やや紫ががった少し長い髪をなびかせた小柄な体格の少年が前に進み出てくる。

天ノ川渡(あまのがわわたる)、16歳、神奈川県出身……」

「天ノ川?」

「双子の弟だよ~」

 首を傾げる炎仁に翔が答える。青空が驚く。

「ふ、双子⁉ そう言われると雰囲気とかは似ているが……顔はそうでもねえな」

「二卵性双生児ってやつだからね。渡久しぶり~」

「……」

「あら?」

 翔の呼びかけを渡は無視する。続いて縦ロールの女子が前に進み出てくる。

「うちは撫子(なでしこ)グレイスと申します。京都出身の18歳です。よろしゅうお願いします」

「撫子……?」

「親戚ですわ」

 真帆の疑問に飛鳥が答える。海が少し驚く。

「そのような関係が……しかし、今までどの大会でも見かけた記憶が……」

「彼女は英国とのハーフです。ご両親ともジョッキーですが、イギリスや香港などを拠点に活動されているので、その影響でジパングの大会にはほぼ出ておりません」

「なるほど……」

 飛鳥の説明に海が頷く。グレイスと名乗った女性が微笑む。

「わざわざの丁寧な紹介、痛み入ります。流石は本家の方、気が利きますわ。うちにはとても真似できまへん。改めて尊敬の念を強く致しましたわあ~」

「心にもないことを……」

 グレイスに対し、飛鳥が冷たい反応をする。仏坂が慌てて口を開く。

「ご、合同トレーニングに移ろうか? とはいえ急な話だからね。何をするか……」

「ご提案、というかお願いがあるのですが……手合せと申されましたし、シンプルにレースをさせて頂けしまへんか?」

「レースか、良いかもね」

「組み合わせも指定させてもらえしまへんか?」

「組み合わせかい? う~ん、まあ良いよ」

「おおきに、ありがとうございます……では、メインレースは天ノ川兄弟のマッチレース、準メインは撫子家本家と分家のマッチレースでどうでしょう?」

「……わたくしは構いません」

「それで良いよ~」

 グレイスの提案に飛鳥と翔が頷く。

「ちょっと待て! アタシらは⁉」

「前座さんはそれぞれまとめて、ほむらはんと覗き犯がお相手してさしあげますわ」

「ぜ、前座だあ~⁉」

「のぞきはんって名前みたいに言うな! 轟や!」

 グレイスの言葉に青空と轟がそれぞれ違うベクトルで憤慨する。

「まあまあ……それじゃあ、簡単にウォームアップをしたらレースをしようか。皆ドラゴンを連れてきて」

「はい!」

 仏坂の呼び掛けに応じ、各自が準備運動をした後、ドラゴンを迎えにいく。

「ウォームアップも完了したね……じゃあ第一レースの皆、準備して」

「はい!」

 真帆と海と青空、そしてほむらがスタート地点に設置されたゲートに向かう。

「赤い竜体……『炎竜』ですね」

「良い雰囲気じゃねえか、名前は?」

「『マキシマムフレイム』や」

 青空の問いにほむらが答える。

「へえ、イカす名前だな」

「おおきに。それは置いといて紺碧真帆はん!」

「は、はい……?」

「ワレには絶対負けへんで!」

「ええっ? ワ、ワレ……? な、なぜ……?」

 真帆が戸惑い気味に首を捻る。

「ワレは竜術競技で有名やった……競技は違えど間違いなく一流や! 一流を倒してこそワシのサクセスストーリーにも箔が付くっちゅうもんや! そして……」

「は~い、ゲート入ってね~」

 仏坂の気の抜けた声にほむらがずっこけそうになる。

「いや、最後まで言わせろや……」

 ゲートインし、やや間を置いてゲートが開いてスタート。綺麗に揃ったスタートになる。海騎乗のミカヅキルナマリアが先頭、真帆騎乗のコンペキノアクアが二番手。続いてマキシマムフレイム、青空騎乗のサンシャインノヴァが最後尾の体勢。

(抑えめに行くのか――別に潰しにかかるなんてダセえことはしねえが――実質アタシらと三対一って状況でどうする気だ?)

 前方を進むほむらとマキシマムフレイムを見つめながら青空は考えを巡らす。

「……ここや!」

 最初のコーナーに入る手前で、突如ほむらが叫ぶ。海たちが驚く。

(なっ⁉ 背後にもの凄い重圧を感じる……これはプレッシャー⁉ い、いや、そんな馬鹿な、非科学的です。し、しかし、もっとペースを上げねば!)

「ふん!」

 マキシマムフレイムが早くも仕掛け、ポジションを上げていく。

(こ、ここから仕掛けるのか⁉ しまった、遅れた! ここはついていかねえとマズい気がするのに、アタシとしたことが!)

 青空が舌打ちする。マキシマムフレイムが直線手前でミカヅキルナマリアに並ぶ。

(直線で追い比べ⁉ そんな早い仕掛けで脚が持つのですか⁉ い、いや、ルナマリアの方が苦しそう⁉ 焦ってペース配分を誤ってしまった!)

 海が唇を噛む。マキシマムフレイムが直線入口で早くも先頭に立つ。

「はっ、こんなもんかいな!」

「まだです!」

「! ほう、紺碧真帆、流石やな、着いてきよったな!」

「……」

「しかし、ここまでや!」

「⁉」

 マキシマムフレイムは迫るコンペキノアクアを突き放し、悠然とゴールする。

「真帆!」

 呆然とした表情で引きあげてくる真帆に炎仁が声をかける。

「ああ、炎ちゃん……負けちゃったよ」

「ドンマイ、良いレースだったぞ」

「ありがとう、炎ちゃんも頑張って」

「ああ!」

「じゃあ、次のレースの人、スタート地点に集まって~」

 仏坂の声に応じ、炎仁とレオンと嵐一、そして轟がゲート前に集まる。

「その体色……『風竜』か、名前は?」

「『ハヤテウェントゥス』や! うちの牧場自慢のドラゴンや!」

 レオンの問いに轟が威勢よく答える。嵐一が尋ねる。

「実家が牧場なのか?」

「せや、零細牧場やけどな……そんなことより君!」

 轟が炎仁に語りかける。

「え、俺? なに?」

「さっき真帆ちゃんとなんか親し気に話しとったな、どういう関係や?」

「え? 子供の頃からの幼馴染だけど……」

「お、幼馴染やと⁉ 実在するんか⁉」

「い、いや、実在って……」

「しかもあないなカワイイ子と……君、名前は?」

「ぐ、紅蓮炎仁……」

「炎仁! 君だけには絶対負けへん!」

「お、おおっ……」

 ゲートインしてスタートする。炎仁騎乗のグレンノイグニースが大きく出遅れる。

「しまった!」

「なんやねん! 醒めるな~」

「じゃあ、俺の相手をしてくれよ!」

 嵐一騎乗のアラクレノブシがハヤテウェントゥスに激しく競り掛ける。

「おおっ、まるでぶつけんばかりやな! せやけど!」

「なっ⁉」

 ハヤテウェントゥスが素早いステップであっさりと前に出る。

「そっちの得意な土俵に付き合う義理はないで!」

「結構やるみたいだな! だが、このエクレールの逃げ足には追いつけない!」

「……確かにごっついスピードやな」

「えっ⁉」

 レオン騎乗のジョーヌエクレールのすぐ真後ろにハヤテウェントゥスがつく。

「なんで追い付けるんやと思ったか? 焦ったのか知らんがペースが単調やで!」

「しまっ……」

 一瞬の隙を突き、ハヤテウェントゥスが先頭に躍り出る。

「大したことあらへんな……ホンマに前座やん……」

「まだだ!」

「なにっ⁉」

 轟が驚く。大きく出遅れ、ずっと後方にいたはずのグレンノイグニースがすぐ後方まで迫ってきたからである。轟が鞭を入れる。炎仁が叫ぶ。

「うおおっ!」

「負けるかい! 気張れや、ウェントゥス!」

 グレンノイグニースの猛追も及ばず、ハヤテウェントゥスが先着する。

「負けた……」

「……そのドラゴンの名前は?」

「え、グレンノイグニース……」

「紅蓮炎仁とグレンノイグニースか……一応覚えとくわ」

 轟はその場からゆっくりと去る。

「ちっ、二連敗か……頼むぜ、お嬢! 天ノ川!」

「言われなくても……!」

「頑張るよ~」

 青空の言葉に飛鳥と翔が力強く答える。しかし……。

「第三レース、『ナデシコフルブルム』の勝利!」

「そ、そんな……」

「本家の質も落ちたもんどすなあ……その『ナデシコハナザカリ』は紛れもない良血竜……この負けは完全に乗り手の問題どすなあ」

「ぐっ⁉」

「そちらが島国で遊んでいる間に、こちらは世界で揉まれてきました……積み重ねてきたもんが全然違う……」

「……」

 グレイスの言葉に飛鳥は黙り込むしかなかった。

「第四レース、『ステラネーロ』の勝利!」

「ま、まさか……」

「ガッカリだぜ、兄貴……『ステラヴィオラ』もそんなもんか……」

「な、なかなか腕を上げたね、渡……」

「この半年遊んでいたのか? こうもあっさり追い抜けるとはな、拍子抜けだよ」

「!」

 渡の言葉に翔は衝撃を受ける。

「……彼らはお帰りになったよ。いやいや、皆こっぴどくやられたね~」

「教官、あいつらは誰なんですか⁉」

 炎仁が仏坂に尋ねる。仏坂が首をすくめながら答える。

「知っている子も何人かいるだろうけど……彼らは『関西競竜学校騎手課程短期コース』の受講生だよ、Aクラスの四人だ」

「⁉」

「本当はこちらのAクラスがご希望だったんだけどね、連絡を受けたのがたまたま僕だったから、君たちがAクラスだということで合同トレーニングの話を受けた……良い刺激になればと思ったんだけど、ちょっと刺激が強かったかな~?」

「……」

「あらら、気落ちしちゃったかな? リベンジの話はしなくてもいいかな?」

「えっ⁉」

 俯いていた炎仁たちが顔を上げる。

「来年の年明けに毎年恒例の『交流レース』がある。順番的に阪神レース場での開催だね。関東と関西、そして地方競竜学校の学生たちが出る」

「そこにさっきの奴らも出てくるんですね?」

「ああ、関東と関西の競竜学校短期コース受講者は基本的に全員参加だよ」

 炎仁の問いに仏坂が頷く。

「ならば、そこで勝ってみせる! なあ、皆!」

 炎仁の檄に皆、程度こそ様々だが、前向きな反応を見せる。仏坂が小声で呟く。

「さて、『崖っぷち』組の下克上がここから始まるかな……?」
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