chapitre43. ハイバネイターズ

文字数 2,189文字

 私は――真祖の志を継ぐものたち、地の底より来たる真の人類の代表だ。

 ラピス七都よ! ラ・ロシェル、ハイデラバード、バレンシア、スーチェン、フィラデルフィア、ヴォルシスキー、サン・パウロにて、恐れと困窮の中に眠る市民たちよ、目を覚ませ。私たちは貴方がたにより良い生活を与え、安心と満足を与えるすべを持っている。

 ――だが。
 貴方がたを助けたい、その一方で私たちは――復讐がしたい。

 私たちは地底の民、貴方がたの生活を長きに渡り支え、ひと知れず働き続けた勤勉なる存在。だが、地上における統治権力が崩れ去り、進歩の坂を転げ落ちていく貴方がたラピス市民に、今、私たちは使役する必然性を感じない。貴方がたの愛するラピスを、貴方たち自身の手で捨てることによって、私たちの復讐は成されると考える。

 私たちの元に下るがよい、ラピス七都の市民よ。その道はすでに開かれた。――道を探せ。地下世界のオアシスへ。生き残るために。

 真祖エリザの名の下に、私たちは新しいラピスを形作る。

 *

 サジェス・ヴォルシスキーは沈黙に身を沈めた。

 誰も言葉を発さなかった。地上より500メートルを隔てた部屋、包括型社会維持施設『ハイバネイト・シティ』のコアルーム残骸において、亡霊のように佇む人々は一様に沈鬱な表情をしていた。薄暗い達成感、少しの開放感、もう後戻りはできないという感情――それを後悔と呼ばないように、誰もが唇を噛んでいた。

 10月(オクトブル)、満月の夜。

 七都のひとつ、耕種を司るバレンシアで収穫祭が催される日に合わせて、作戦は決行された。目標は来春、全ての現ラピス市民を地中へ押し込み、豊かで明るい地上を自分たち“春を待つ者(ハイバネイターズ)”の手に収めること。()()()()最大限の譲歩をした上で、どうにか落としどころとして決着したのがそこだった。
 
 ――太陽を我らのものに!
 ――怠惰な地上の民に復讐を!

 怒りに任せて叫ぶ同胞の顔を思い出し、サジェスは疲労の蓄積した目元を擦った。自分は何か失敗しただろうか。もっと良い方法はなかったのか。分からない。

 顔を上げると、正面モニタに投影された図形が目に入る。

 夜空に浮かぶ星をでたらめに繋いだような点と線の集合体は、ラピスの電力網を二次元で可視化したものだ。先ほどまでは赤かった線のほぼ全てが『制圧済み』を表す水色に変わっている。

 どうやらこの施設『ハイバネイト・シティ』が作られた頃は、回線を通じて他所の情報系統に割り込み、その主導権を奪ったりデータを抜き取ったりという攻撃が日常的に行われており、そのためにありとあらゆる電子機器に外部からの干渉をプロテクトするシステムが組み込まれていたらしい。
 だがラピス創都以降、外部からの攻撃そのものが起こらなくなった。外部、と呼べるものがラピスにはそもそも存在しなかったのだから当然だろう。初めのうちは意味が分からず継承されていたプロテクトシステムも、時代が下るに従って省略されるようになり、外部からの攻撃に対して恐ろしいほど脆弱な回線系統がラピス中を覆うようになった。

 それを乗っ取ることなど、創都以前から蓄積された『ハイバネイト・シティ』の技術を利用すれば、欠伸が出るほど簡単だった。“春を待つ者(ハイバネイターズ)”の作戦は完全に遂行され、ラピス市民の八万対の目を釘付けて、真祖エリザの御姿を演出することに成功した。

 サジェスはモニタに背を向け、ヘッドマイクを装着した少年に問いかけた。

「――バレンシアの状況は?」
「予定通り、14秒前に爆破が決行されました」
「そうか。()()()()

 サジェスは“春を待つ者(ハイバネイターズ)”総代として期待されているだろう言葉を返す。彼の言葉の空虚さを理解できるのは、今この部屋にいる者たちだけだ。ここにいる数少ない、本当の同志と呼べる者たちを除いて、“春を待つ者(ハイバネイターズ)”は地上の民への制裁を望んでいる。

 殺すことではなく、許しつつ罰することで我々の寛大さを示そう。

 それが、サジェスたちが彼らに示した方針だった。今のところはまだ、彼らの誇りに問いかけることでどうにか闘争心を抑えつけているが、それでも完全な無血作戦は通せなかった。

 ――地上を攻撃し、逃亡先として地下施設を示す。

 果てしない議論の末に、それが決定された。バレンシアで浄火のやぐらを爆破したのはその先駆けであり、今後も七都で多種多様な攻撃が予定されている。その上で、どうぞこちらが安全ですよと示すのではなく、地下につながる道を彼ら自身に見つけさせる。彼らが愛した新都ラピス、地上の街を、彼ら自身の手で捨てさせる。

「――そろそろ時間だ」

 サジェスは、自分に呼びかけた男に頷き返す。
 彼に言われるまでもなく、固く閉ざされたドアの向こうから歓喜する人々の声が聞こえていた。乗っ取った地上中のカメラ越しに、彼の演説に耳を傾け、真祖エリザ像の演出を見つめていた者たちが、サジェスが演台に現れるのを今か今かと待っている。

 彼はパネルに手を当てて静脈認証式のドアを開け、歓声と拍手の鳴り響くなかに歩んでいった。
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登場人物紹介

リュンヌ・バレンシア(ルナ)……「ラピスの再生論」の主人公。統一機関の研修生。事なかれ主義で厭世的、消極的でごく少数の人間としか関わりを持とうとしないが物語の中で次第に変化していく。本を読むのが好きで、抜群の記憶力がある。長い三つ編みと月を象ったイヤリングが特徴。名前の後につく「バレンシア」は、ラピス七都のひとつであるバレンシアで幼少期を送ったことを意味する。登場時は19歳、身長160cm。chapitre1から登場。

ソレイユ・バレンシア(ソル)……統一機関の研修生。リュンヌ(ルナ)の相方で幼馴染。ルナとは対照的に社交的で、どんな相手とも親しくなることができ、人間関係を大切にする。利他的で、時折、身の危険を顧みない行動を取る。明るいオレンジの髪と太陽を象ったイヤリングが特徴。登場時は19歳、身長160cm。chapitre1から登場。

カノン・スーチェン……統一機関の研修生で軍部所属。与えられた自分の「役割」に忠実であり、向学心も高いが、人に話しかけるときの態度から誤解されがち。登場時は19歳、身長187cm。chapitre1から登場。

アルシュ・ラ・ロシェル……統一機関の研修生で政治部所属。リュンヌの友人で同室のルームメイト。気が弱く様々なことで悩みがちだが、優しい性格と芯の強さを兼ね備えている。登場時は19歳、身長164cm。chapitre3から登場。

ティア・フィラデルフィア……とある朝、突然統一機関のカフェテリアに現れた謎の少年。ラピスの名簿に記録されておらず、人々の話す言葉を理解できない。登場時は10歳前後、身長130cm程度。chapitre1から登場。

サジェス・ヴォルシスキー……かつて統一機関の幹部候補生だったが、今の立場は不明。リュンヌたちの前に現れたときはゼロという名で呼ばれていた。赤いバンダナで首元を隠している。登場時は21歳、身長172cm。chapitre11から登場。

ラム・サン・パウロ……統一機関の研修生を管理する立場。かつて幹部候補生だったが現在は研修生の指導にあたっており、厳格だが褒めるときは褒める指導者。登場時は44歳、身長167cm。chapitre3から登場。

エリザ……かつてラ・ロシェルにいた女性。素性は不明だが「役割のない世界」からやってきたという。リュンヌと話すのを好み、よく図書館で彼女と語らっていた。笑顔が印象的。登場時は32歳、身長155cm。chapitre9から登場。

カシェ・ハイデラバード……統一機関政治部所属の重役幹部。有能で敏腕と噂されるがその姿を知る者は多くない。見る者を威圧する空気をまとっている。ラムとは古い知り合い。登場時は44歳、身長169cm。chapitre12から登場。

リヤン・バレンシア……バレンシア第43宿舎の住人。宿舎の中で最年少。年上に囲まれているためか無邪気な性格。登場時は17歳、身長152cm。chapitre31から登場。

アンクル・バレンシア……バレンシア第43宿舎の宿長。道具の制作や修繕を自分の「役割」に持つ、穏やかな雰囲気の青年。宿舎の平穏な生活を愛する。登場時は21歳、身長168cm。chapitre33から登場。

サテリット・バレンシア……第43宿舎の副宿長。アンクルの相方。バレンシア公立図書館の司書をしている。とある理由により左足が不自由。あまり表に現れないが好奇心旺盛。登場時は21歳、身長155cm。chapitre33から登場。

シャルル・バレンシア……第43宿舎の住人。普段はリヤンと共に農業に従事し、宿舎では毎食の調理を主に担当する料理長。感情豊かな性格であり守るべきもののために奔走する。登場時は21歳、身長176cm。chapitre33から登場。

リゼ・バレンシア……かつて第43宿舎に住んでいた少年。登場時は16歳、身長161cm。chapitre35から登場。

フルル・スーチェン……MDP総責任者の護衛及び身の回りの世話を担当する少女。統一機関の軍部出身。気が強いが優しく、MDP総責任者に強い信頼を寄せている。登場時は17歳、身長165cm。chapitre39から登場。

リジェラ……ラ・ロシェルで発見されたハイバネイターズの一味。登場時は22歳、身長157cm。chapitre54から登場。

アックス・サン・パウロ……コラル・ルミエールの一員。温厚で怒らない性格だが、それゆえ周囲に振り回されがち。登場時は20歳、身長185cm。chapitre54から登場。

ロマン・サン・パウロ……コラル・ルミエールの一員。気難しく直情的だが、自分のことを認めてくれた相手には素直に接する。登場時は15歳、身長165cm。chapitre54から登場。

ルージュ・サン・パウロ……コラル・ルミエールの一員。本音を包み隠す性格。面白そうなことには自分から向かっていく。登場時は16歳、身長149cm。chapitre54から登場。

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