【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第19話「帰還」

エピソードの総文字数=5,506文字

 もえに抱きしめられながら、ヘンリエッタは最後の呼吸を吐き出し、満足気に心臓の鼓動を止めた。
ヘン……リエッタ……さん……
 嗚咽を漏らしながら更に強く彼女を抱きしめるもえの体の上に、突然大きな光の十字架が立ち上った。
ぐ……ううううっ! いたた……
 ヘンリエッタが苦痛に呻き、体を起こす。
……え?
……え?

 もえは自分の体の上に座っているヘンリエッタを呆然と見つめた。

 その視線に気づき、後頭部を抑えていた手を離し、ヘンリエッタがもえを見返す。


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を見合わせ、2人は何が起こったのか理解できずに居た。

 しばらく無言で見つめ合っていたが、最初の衝撃から回復したヘンリエッタが、起き上がれずにいるもえにフライングボディプレスのように覆いかぶさり、力いっぱい抱きしめた。

生きてたー! 生きてたよーもえちゃーん! なんでだか知らないけど、5個目のロザリオがあったみたいー!
いたいいたい! 痛いですヘンリエッタさん! 私が死んじゃいます

 体の下で窒息しかかっているもえを「ごめーん」と抱き起こしたヘンリエッタは、祭壇の上に腰掛けて、もえを膝枕に寝かせる。

 改めて2人は微笑み合い、止める気もなく涙を流し続けた。

ヘンリエッタさんが生きててくれて嬉しいです
私もー。もえちゃんが生きててくれて幸せー
逆に私のほうが死にかけてますけどね

 課金アイテム[復活のロザリオ]の力で、復活と同時に70%程度までHPが回復したヘンリエッタと違って、もえのHPは10%を切っている。

 もうすでに二人共手持ちのポーション切れていて、もえにはこれ以上の戦闘は無理な状況だった。

よ……いしょっと

 何とか体を起こし、もえはヘンリエッタの横に座る。

 ところどころ破れたステンドグラスから色とりどりの光が2人の上に差し込み、癒やされるような暖かさで2人をつつんだ。


 太陽の光の暖かさを背中で楽しんでいた2人だったが、もえが決心したように話しだす。

……せっかく助けていただきましたけど、私はもう戦えません。いざとなったら、一人でスイッチを持ち帰ってください
スイッチ? あー、スイッチねー。わかったー

 ヘンリエッタはそんなものの存在などすっかり忘れていた。

 ごそごそと腰のポーチから[アーティファクト・ボスガキタ]を取り出し、無くしていなかったことにほっと胸をなで、祭壇の上に置く。

これねー。うん、いざとなったら私が一人で持って帰るからー……
 満面の笑みでもえを見つめる。
その前にもえちゃん、このスイッチ押してログアウトしてねー
え? ……あ!

 それは、もえには全く考えが及ばない答えだった。

 確かに弾薬も切れ、足手まといにしかならない現状ではそれが一番論理的な方法だろうと思われた。

 友達をダンジョンに残して一人現実世界に帰ると言う倫理的な枷と、仲間全員で一緒に帰るんだという強い思いが、もえの頭の中からその可能性を消していたのかもしれない。

 コロンブスの卵とは正にこの事だった。

それよりもー、ポーション本当に無かったかなー

 ごそごそとポーチの中身をかき回していたヘンリエッタが、突然「んー……あれー? 無い? えー! 無いっ!」と中身を祭壇にぶちまける。

 ジェム、ハンカチ、双子の水晶、蒸気急行の切符、予備の弾倉、髪留め……様々なものが転がり出した。

もえちゃんに貰ったお守りがないよー!
 泣きそうな顔でポケットや懐も探し続ける。
お守り……?
(そんなもんあげたっけ?)
そうだよー! お守りー。私が死にかけ……あー現実で死んじゃった時にー、もえちゃんがくれたんだよー。大事にしてたのにー! あーん、無いよー

 最後にはポーチをひっくり返し、それでも諦めきれない様子で、ヘンリエッタは片目を(つむ)って中を覗き込む。

 彼女の言葉を頭のなかで繰り返し、頬に手を当て首を傾げながら考え込んでいたもえは、何かに思い当たり、吹き出した。

……ぷっ! そっか! あははっ!
もー! 笑わないでよー! 本当に大事にしてたんだからねー
 頬をふくらませて怒るヘンリエッタを片手で制し、もえはお腹を抱えて笑い続けた。
あはっ! ごめ……あははっ! ごめんなさい。でもね、お守り、効果あったんですよ! あれ[復活のロザリオ]ですから!
――「気休めかもしれないけど……」


 そう言って、意識を失ったヘンリエッタの首にかけた[復活のロザリオ]が、2人の命を救った。

 5つ目のロザリオは、友を思うもえの気持ちと、その気持を大切にしてくれたヘンリエッタの気持ちが起こした奇跡だった。

 説明を聞いて、ヘンリエッタはポーチを下ろし、満足げにため息をつく。

そっかー。やっぱりもえちゃんが守ってくれたんだねー。……ありがとう
 笑い、泣き、抱きしめ合い、最後にもえにお礼を言うと、ヘンリエッタは立ち上がった。
じゃあそろそろー、帰ろっかー?
 もえに手を差し伸べ、ヘンリエッタはもえを先導して屋上への階段を登り始める。
ヘンリエッタさん?
いいからいいから、足元気をつけてねー

 訝しがるもえに向かって笑顔を崩さずに、ヘンリエッタは階段を登り続けた。

 薄暗い階段を抜け屋上に出ると、涼しい風が2人の髪と服をなびかせる。

んー、いい風ー

 ヘンリエッタは伸びをすると、ポーチから[カストルの水晶]を取り出した。

 手の上で重さを確かめるようにポンポンと何度か転がす。

もえちゃん、野球やったことあるー?

 もえは本当は男なので野球くらいは遊びでやったことはあるが、一応首を横に振った。

 目の端にチラリと教会に集まってくる鎧を着たトカゲたちの姿が見える。

 ボスクラスのモンスターが消えたため、縄張りを確かめに来たのだろう。

 武器すら無いもえたちが勝てるような数ではなかった。

ヘンリエッタさん、リザードウォーリアが集まってきてます。何とか逃げないと……
私ねーリトルリーグじゃピッチャーだったんだー。中高と女子野球部が無かったからやめちゃったんだけどねー

 ヘンリエッタは話を聴いていないように野球の話を続け、ちょっと真剣な顔になって空を見上げる。

 左手に持った[カストルの水晶]にフッと息を吹きかけると、170cm近い長身から繰り出す豪快なワインドアップで、空に向かって水晶を投げ捨てた。

 ブンッと言う空気を切り裂く音とともに、水晶は20m以上もある壁を軽々と超えて、外の森に吸い込まれていく。

 何羽かの小鳥が驚いて飛び立つ羽音とさえずりが聞こえた。

遠投記録は72mなんだよー。すごいでしょー?
 ヘンリエッタは満足気にポンポンと手を叩き、荷物から[ポルックスの水晶]を取り出す。
さ、帰ろー
あ!

 ここまで来て、もえもやっと気がついた。

 [双子の水晶]は対になった[ポルックスの水晶]を割ることで、予めセットされている[カストルの水晶]の位置まで瞬間移動する魔法のアイテムだ。

 今、[カストルの水晶]は遺跡エリアの外周の森のなかにあり、ヘンリエッタの手には[ポルックスの水晶]がある。

ヘンリエッタさんすごい!

 もえは勢い良くヘンリエッタに抱きついた。

 抱きつかれたヘンリエッタは、相変わらずの笑顔で「えへへー」と照れながら[ポルックスの水晶]を割る。

 美しい藍色の魔法陣が展開されると、教会の屋上から2人の姿はかき消された。


  ◇  ◇  ◇


 予定していた蒸気急行列車には乗れなかっが、それでも8時前の列車にギリギリで乗り込み、25分後にはウェストエンドの街に到着できる予定だった。

 疲れていたのかダメージの所為か、もえは列車に乗り込むのとほぼ同時に、夢も見ないような深い眠りに落ちる。

 その眠りは、ヘンリエッタに起こされるまで続いた。

もえちゃん、もう駅に着くよ……大丈夫?
……うん……
 心配そうに覗きこむヘンリエッタをボーっと見つめながら、もえは小さな声でそれだけ応える。
(だれだっけ……? 綺麗な人だな……。あれ? 今『もえちゃん』って言ったか……?)
 椅子に座り直すと、もえは挙動不審にならないように気をつけながら、周りを確認した。
(どこだ……? 山手線……じゃない……あ、そうかGFOだ)

 ポーションもないので体中傷だらけだったが、思ったより痛みはない。

 もえは手のひらを何度か握り、身体がまだちゃんと動くことを確かめた。

……すみません、もう大丈夫です。急ぎましょう

 列車が減速を始めると、停止するまでの時間も惜しんでまだ動いている列車からホームへ飛び降りる。

 駅の時計は8時20分。

 2人は急いであつもりの部屋へ向かった。


 通りがかった[もえと不愉快な仲間たち]のギルドホール前はライヴ会場のような人混みだった。

もえ! 無事だったクマか!
 その人混みの中、他の人達より頭一つ分背の高いクマの着ぐるみが、もえの姿を見つけて駆け寄ってくる。
……ボクはもう元気になったクマ。そう、ヘンリエッタと同じように……だクマ

 あつもりは愕然とするもえを抱きかかえると、耳元でそっと囁く。

 聴きたくなかった現実を認識し、もえの目から涙が溢れ出た。

……クマちゃん……ごめんなさい……間に合わなくて……ごめんなさい……
心配するなクマ。ヘンリエッタだって前日に治療を始めたのに間に合わなかったクマ。ボクは昨日の時点で覚悟はしてたクマ
 あつもりは、もえの背中をやさしく撫でる。
こんなに傷だらけになって……、ボクのためにもえがしてくれたことは忘れないクマ。それに……もえの勇気は無駄にもならないクマ

 どこからか取り出したタオル地のハンカチでもえの血と涙を拭くと、あつもりは群衆に向かって胸を張った。

 すぅ……っと、大きく息を吸い込み、声を上げる。

みんな! よく聴くクマ! 今、勇者がハードウェアログアウトスイッチ[アーティファクト・ボスガキタ]を手に帰ってきたクマ! これで全員即座にログアウトできるクマ!

――ザワッ


 一瞬のざわめきの後、周囲が静寂に包まれる。

GFO接続者数万名の生命は、すべからく、この[もえ]が救ったクマ!

 静寂の中、あつもりが勇者の名を告げる。

 地鳴りのように湧き上がる歓声に包まれながら、もえは仲間たちのもとへと帰還を果たした。


  ◇  ◇  ◇


 それから後は一気に事が進んだ。


 シェルニーが取り仕切り、まず意識を失う症状が出ている人たちが優先でスイッチに並んだ。

 もえたちの前に置かれたスイッチを笑顔の人々が「ありがとう」「助かったよ」と押して目の前から消えてゆく。

 次に症状が出ていない人たちが並び、彼らが全て帰還を果たすのに、夕方までかかった。


 その間、差し入れられたポーションでもえは回復し、何度か部屋にもどって休息をとっている。

 何度も死を経験したもえは、時々気を失うような眠りに落ちていた。


 カグツチに運営からメールも届いた。

 GFO昏睡者が次々と目覚めている事を告げられ、それを聞いた人々からまた歓声が上がる。

 運営のメールに対して、カグツチはもえの活躍を50%増しで返信し、口頭で伝えられたその内容にもえは困ったような笑顔を返すことしかできなかった。

 もちろん、ただもえの活躍を報告しただけではない。あつもり他数人の安否確認もこの時行われていた。


  ◇  ◇  ◇


 7日目の夕日に街中のパイプや歯車が反射してキラキラと煌く頃、ギルドホールの前には、自ら望んで最後まで残ることにした数人の[もえと不愉快な仲間たち]のメンバーと、症状が出た後に「元気になった」人たち30人ほどだけが残っていた。


 もえとシェルニーを中心に、あつもり、ヘンリエッタ、ケンタ、カグツチ、コロスケ伯爵、プルフラス、黄飛虎が並び、そこに対峙する形で「元気になった」人たちが並ぶ。


 何度か言いよどんだ後、やっとシェルニーが口を開いた。

あー、言いにくいことだが、ここに居るあんたらは皆、現実世界では既に亡くなっている。ウチのこのクマとこっちのお嬢さんもそうだ

 思っていたより冷静にシェルニーの言葉は受け入れられている。

 やはりヘンリエッタやあつもりと同じように、自分で感じる何かがあったのだろう。

一応午前中から全員の安否確認を運営に頼んだが、3人……あー2人か? 残念ながら2人を除いて全員が亡くなっている事が確認された

 急にカグツチが空中を手で押さえるような仕草を始め、シェルニーに耳打ちをする。

 シェルニーは頷くと話を続けた。

たった今、全員の死亡が確認された。望むのなら、ここでログアウトを試みて貰っても構わない。しかし我々に他に出来る事はない。……すまない

 シェルニーに(なら)って頭を下げるギルドのメンバーに、それでも御礼の言葉を述べて数人がボタンを押した。

 彼らの姿は、現実世界へと戻った人々と同じように、その場から消える。

 ありえないことだとは分かっていても、もえは、彼らの精神が肉体に戻れることを強く祈った。


 残りの人たちはサーバーが無くなるまでここで暮らすと決め、握手を交わし、御礼の言葉すら告げて去って行く。

 その姿にただ頭を下げていたもえは耐え切れずに顔を上げ、去りゆく人々の背中に向かって叫んだ。

ごめんなさい! ……私『ありがとう』なんて言ってもらえるような事何もしてない! だから……! だから……ごめんなさい! ごめんなさい!

 何度も叫ぶもえに、皆振り向いて手を振ってくれた。

 その顔には困ったような笑顔が浮かんでいたのだが、涙で視界がぼやけているもえがそれを見ることは叶わなかった。

 やがて、彼女に向けられたその笑顔も、街にあふれる太陽の光に飲み込まれて行く。


 そして、もえの見る世界には、光だけが残った。

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