第1話
文字数 4,998文字
高校生の頃は、人に傷つけられたつもりで、自分の方が人を傷つけていたり、一つの面でしか物事をとらえてないことがよくあった。過去形で書いてはいるけど、年をとることで成長する訳でもなく、むしろ酷くこじれてしまうことが多い。ただ、若い頃の方が良いことにも悪いことにも純粋だった。
オレの通っていた高校は男女共学で、男は詰襟、女はセーラー服の割と歴史のある公立の高校だった。高校2年生の春、クラス替えでオレはラッキーなことに学校で一番の可愛い女の子、白樫裕美と同じクラスになれた。裕美と席が隣同士になれたら良かったが、そんなにうまくはいかなかった。
その時に隣になったのは、明るくてしゃべり好きな女子、里見涼香だった。自分から何かしら話しかけてきて、オレが相手をするとつまらないことでもよく笑ってくれた。
なぜか2年になった時、周りでは付き合い始めたカップルが出始めてきた。
「ねえ、女の子と付き合ってみたいと思わない?」
昼休み中に涼香がオレの顔をのぞき込みながら、話しかけてきた。
「勘違いしないでよ! ウチは敏也と付き合いたい訳じゃないの。だって敏也はウチの好みじゃないからね」
オレのことには全く構わず、涼香は一人で夢見るように話続ける。
「男子と女子が付き合うってどんなことかしら? いったい二人で何をするんだろう?」
「二人で何をするって、男と女ならナニに決まってんだろ?」
茶化してオレは適当な返事をした。
「ナニってなに? そんなことだから敏也はウチ以外の女子に話しかけてもらえないのよ!」
珍しく本気になって涼香は怒った。
「もっとロマンチックな、甘いものに決まっているでしょ!」
天気が良くて外へみんな出て行った教室内にオレと涼香の会話は思ったより響いたようで、奥から女の子のクスクス笑いが聞こえてきた。
笑い声の方を見ると、裕美が口元を隠しながら笑っていた。下品な話を聞かれたかと思うと恥ずかしくて、オレは裕美から目をそらした。
「涼香と成田君は本当に仲が良いのね! 羨ましいわ。私も何かを一緒にする人が見つからないかな? 成田君、私じゃダメ?」
「やめときなよ! 敏也は女子のことが全然わからないんだよ。裕美は体も弱いんだから、こんなアホに構わないで静かにしておいた方がいいよ」
チャイムの音が鳴り、外に出ていた連中が一斉に戻ってきたが、それまでの時間をオレはとても長く感じた。
その日の放課後、学校前のバス停で途方に暮れている裕美をオレは見つけた。
声をかけるか迷ったが、困っている人を見ると放っておけない損な性分のオレ、初めて裕美に直接話すかと思うとドキドキした。それを隠して自然を装い声をかけた。
「そんな顔してどうしたの、白樫さん?」
「あ、成田君… もう少しでバスに乗れなかったの…」
裕美は沈んだ表情で弱々しく声を出した。
「次のは20分しないと来ないの… 成田君にもどうしようもないよね?」
「そのバスで今から何分後にどこに行くつもりだった?」
オレの問いにも裕美はあきらめた様子だった。
「今からだと15分後に駅に着かないといけないの…」
「わかった。オレが連れてってやるよ」
「えっ、さっき涼香に今日は大事な用事があるって言ってたよね?」
「いいから早く来いって!」
本当に? って顔をした裕美の腕をオレは少し強引に引っ張った。オレは通学用のバイクを停めてあるバイクコンテナに裕美を連れて行ったのだ。
「バイクなの…」
唖然としている裕美に返事もせずにオレはキックレバーを蹴り下ろした。バイクのエンジンがかかり、マフラーから白い煙が吐き出された。奥からヘルメットを出して裕美にかぶらせる。後ろに裕美に乗ってもらい、オレはゆっくり発進した。
「安全運転で行くから安心してね」
不安そうな裕美に優しく声をかけ一人なら5~6分で行けるところを10分くらいかけて到着した。
「成田君、どうもありがとう!」
裕美が何度もお辞儀をする姿を見ている間、オレは夢を見ている気分だった。
そんなことがあっても、オレと裕美の間には何も起こらないまま1週間ほどたった。
「ちょっと敏也、聞いて欲しいことがあるんだけど…」
ニヤニヤした涼香が、帰り支度をしているオレに耳うちした。
「おい、一体なんだよ! 帰んだから早く言えよ!」
「敏也に会いたいっていう子がいるのよ。4時に小径の休憩所だって!」
突然のことにオレは目を開けたまま気絶していた。
「全くしっかりしてよ! ウチがついて行こうか?」
「わ、わかったって! 一人で行けるから大丈夫だって!」
と言ったものの、教室でオレは4時前まで涼香に一緒にいてもらい、それから待ち合わせ場所へ向かった。
休憩所に着いた時には誰もおらず、オレはベンチに座った。からかわれたに違いないと思った時、後ろから声がした。
「遅れてごめんなさい。待たせてしまった?」
驚いて振り返ると、そこには裕美がいた。
“この間のことでお礼をしてくれるのか?”
「成田君、渡したい物があるの。受け取ってください」
裕美はそう言うと手紙をオレに差し出した。
“もしかして告白の手紙?”
「実は、成田君のことが好きな人からこの手紙を渡すように頼まれたのよ。別のクラスの子で私と仲が良いから、同じクラスの成田君に渡して欲しいとお願いされたの」
“やっぱりね… まあ、裕美のわけないよな…”
「う、うん、せっかくだから読ませてもらうよ」
手紙を受け取りながら、オレはなんとか言葉を絞り出した。
「急に呼び出しちゃって、ごめんね。今日はありがとう」
丁寧にお辞儀をして去り行く裕美の後ろ姿をオレは見つめるだけだった。
体に力が入らないまま教室へ戻ると心配そうな顔をした涼香が待っていた。
「どうだった?」
涼香にオレは小径であったことを全部話したが、絶対に爆笑されると思っていた。
「誰からの手紙であっても、その子の思いは本物だから、大切にしなさい。いい加減にしたらウチが許さないから」
オレは真剣な涼香の目を見て、その迫力に押され黙ってうなずくことしかできなかった。
家に帰ってから、オレは手紙を開いてみた。ノート用紙にかわいい丸みのある文字がラメのインクで書いてあった。
“突然のことで驚かせた思います。恥ずかしいので名前はまだ秘密にさせて下さい。裕美を通じて手紙をお渡ししますが、とてもドキドキしています。学校で成田君が何ごとにも真面目に取り組むところや困っている人を助けるところを見かけて、とても素敵な人だと思っています。成田君の優しいところを見ると、私は幸せな気持ちになります。少しずつお近づきできればいいな、と思っています。またお手紙させて頂きますので、もし良かったらお読み下さい”
“好きです”とか“付き合って下さい”と書いてあると思っていたので拍子抜けしたが、人から誉めてもらうことがないオレは手紙を読んで正直うれしかった。
それから月に数回、あの子の手紙が裕美から届けられた。手紙の内容は、ショッピングに行って可愛いい物を見つけたとか、カフェでおいしいものを食べたとか、他愛のない内容ばかりだった。加えて、毎回オレのことを誉めたり良く言ってくれるので、こそばゆい感じがした。
しだいにオレは手紙の主のことが気になってきた。そして次に裕美から手紙を受け取った時に、思い切って誰なのかを聞いた。
「名前を教えていいか聞いてみないと返事ができないわ…」
少し困った風にオレから目をそらして裕美は返事をした。
「でも、オレの方だけが知られているなんてズルイと思わないか? 相手のことが知りたいんだ!」
「本当に相手のことが気になるの、成田君? 手紙の内容をどう思っているの?」
オレの相手への気持ちを裕美は確かめるようだった。
“あの子のことは気になるけど、本当は裕美のことが一番好きだし… あの子が一番とは思われちゃまずいな…”
「オレのことを誉めてくれることはとってもうれしい。ただ、手紙が取り留めないって言うか、浅い感じかな…」
裕美は少し悲しそうな表情をしてオレに問いかけた。
「だから、成田君は相手にひとつも返事を書かないの?」
「そういう訳じゃないんだけど…」
「じゃ、もしかしたら他に好きな人がいるの?」
“裕美だって言いたいけど、オレなんか無理だってわかってるし”
「… うん…」
沈黙の後、オレはやっと声を出した。
「好きな人がいるから手紙の返事も書かないのね! あの子にはそう伝えておくわ!」
突然、裕美は怒り出し背を向けて去って行った。
“本当のことを言っただけなのに、裕美を怒らせるところあったか?”
残されたオレはしばらく釈然としないままだった。
帰る時はいつも、だいたい涼香から一緒に帰ろうってオレを誘ってきた。二人で帰るところを見られたって、涼香とオレには“やましい”ところなんてないから、全然平気だった。
だが、そのころの涼香は放課後になると、忙しそうにしてサッサと一人で帰ってしまうので、オレは理由が知りたかった。
「涼香、このところ忙しそうだけど何かあったのか?」
「ウチにはウチの予定があるの! 敏也には関係ないのよ!」
涼香は一人で帰ったが、返事にもトゲがあった。急に周りから人がいなくなる気がした。
1か月程して、また裕美が手紙を渡しに来てくれた。
手紙を読んだところ、オレを誉めてくれる点は変わりなかったが、今までと違い、裕美から話を聞いたのか、オレと一緒にしたいことを伝えてくれるようになった。
その後、裕美が体調を崩して入院することになったため、手紙はいったん届かなくなったが、涼香が裕美に頼まれてオレに手紙を届けてくれるようになった。
オレに手紙が届けられる間隔が長くなってから、あの手紙が届いた。
「成田君、お元気ですか? 私の方は残念ながら体の具合がよくありません。秘密にしていた私の名前をお教えします。白樫裕美です。
誰にも分け隔てなく親切で優しい成田君のことを私は素敵だと思っていました。駅まで連れて行ってもらえた時に、成田君の優しさが、うわべだけで無いことを知ることができて、成田君のことが好きになりました。それで、手紙で気持ちを伝えようと思いましたが、明るく楽しい涼香と違う自分に自信がなく、名前を隠してしまいました。
本当はずっと成田君と一緒にしたいことがたくさんありましたが、それを伝える勇気がありませんでした。きちんと気持ちを伝えずに返事が欲しいなんて言ってごめんなさい。
たぶんこれが最後の手紙となります。初めに嘘をつかなければ、と後悔しています。こんな私の相手をしてくれてありがとう。成田君、大好きです。二人で一緒に出かけて、おしゃべりやお食事をしたかったです。いつまでもいつまでもお元気で」
手紙を読んで驚いたオレは涼香に連絡した。
「敏也には言ってなかってけど、裕美は治療が難しい病気にかかってたのよ。ウチも後で知ったけど、敏也が裕美を駅まで送った日は病院に検査の結果を聞きに行く日だったの。その時に裕美は入院して寝たまま治療するより高校生らしい生活をすることを強く望んだのよ。
敏也から聞いた手紙の件はウチも最初は裕美とは別の人だと思っていたわ。でも、あるとき裕美が敏也には好きな人がいるって言いだして、それがウチだって言うの。ウチと敏也は兄弟みたいなものよ、と言っても全然聞き入れなくて。あんな裕美を見たことなかった… それで裕美の気持ちがわかって、裕美の前で敏也と何もないように見せたの。あのときはゴメン、敏也… 」
それからオレは一生懸命に返事を書いたが、遅すぎて永遠に渡すことができなかった。裕美は自分の行いを後悔していたが、それはオレも同じだった。
オレの通っていた高校は男女共学で、男は詰襟、女はセーラー服の割と歴史のある公立の高校だった。高校2年生の春、クラス替えでオレはラッキーなことに学校で一番の可愛い女の子、白樫裕美と同じクラスになれた。裕美と席が隣同士になれたら良かったが、そんなにうまくはいかなかった。
その時に隣になったのは、明るくてしゃべり好きな女子、里見涼香だった。自分から何かしら話しかけてきて、オレが相手をするとつまらないことでもよく笑ってくれた。
なぜか2年になった時、周りでは付き合い始めたカップルが出始めてきた。
「ねえ、女の子と付き合ってみたいと思わない?」
昼休み中に涼香がオレの顔をのぞき込みながら、話しかけてきた。
「勘違いしないでよ! ウチは敏也と付き合いたい訳じゃないの。だって敏也はウチの好みじゃないからね」
オレのことには全く構わず、涼香は一人で夢見るように話続ける。
「男子と女子が付き合うってどんなことかしら? いったい二人で何をするんだろう?」
「二人で何をするって、男と女ならナニに決まってんだろ?」
茶化してオレは適当な返事をした。
「ナニってなに? そんなことだから敏也はウチ以外の女子に話しかけてもらえないのよ!」
珍しく本気になって涼香は怒った。
「もっとロマンチックな、甘いものに決まっているでしょ!」
天気が良くて外へみんな出て行った教室内にオレと涼香の会話は思ったより響いたようで、奥から女の子のクスクス笑いが聞こえてきた。
笑い声の方を見ると、裕美が口元を隠しながら笑っていた。下品な話を聞かれたかと思うと恥ずかしくて、オレは裕美から目をそらした。
「涼香と成田君は本当に仲が良いのね! 羨ましいわ。私も何かを一緒にする人が見つからないかな? 成田君、私じゃダメ?」
「やめときなよ! 敏也は女子のことが全然わからないんだよ。裕美は体も弱いんだから、こんなアホに構わないで静かにしておいた方がいいよ」
チャイムの音が鳴り、外に出ていた連中が一斉に戻ってきたが、それまでの時間をオレはとても長く感じた。
その日の放課後、学校前のバス停で途方に暮れている裕美をオレは見つけた。
声をかけるか迷ったが、困っている人を見ると放っておけない損な性分のオレ、初めて裕美に直接話すかと思うとドキドキした。それを隠して自然を装い声をかけた。
「そんな顔してどうしたの、白樫さん?」
「あ、成田君… もう少しでバスに乗れなかったの…」
裕美は沈んだ表情で弱々しく声を出した。
「次のは20分しないと来ないの… 成田君にもどうしようもないよね?」
「そのバスで今から何分後にどこに行くつもりだった?」
オレの問いにも裕美はあきらめた様子だった。
「今からだと15分後に駅に着かないといけないの…」
「わかった。オレが連れてってやるよ」
「えっ、さっき涼香に今日は大事な用事があるって言ってたよね?」
「いいから早く来いって!」
本当に? って顔をした裕美の腕をオレは少し強引に引っ張った。オレは通学用のバイクを停めてあるバイクコンテナに裕美を連れて行ったのだ。
「バイクなの…」
唖然としている裕美に返事もせずにオレはキックレバーを蹴り下ろした。バイクのエンジンがかかり、マフラーから白い煙が吐き出された。奥からヘルメットを出して裕美にかぶらせる。後ろに裕美に乗ってもらい、オレはゆっくり発進した。
「安全運転で行くから安心してね」
不安そうな裕美に優しく声をかけ一人なら5~6分で行けるところを10分くらいかけて到着した。
「成田君、どうもありがとう!」
裕美が何度もお辞儀をする姿を見ている間、オレは夢を見ている気分だった。
そんなことがあっても、オレと裕美の間には何も起こらないまま1週間ほどたった。
「ちょっと敏也、聞いて欲しいことがあるんだけど…」
ニヤニヤした涼香が、帰り支度をしているオレに耳うちした。
「おい、一体なんだよ! 帰んだから早く言えよ!」
「敏也に会いたいっていう子がいるのよ。4時に小径の休憩所だって!」
突然のことにオレは目を開けたまま気絶していた。
「全くしっかりしてよ! ウチがついて行こうか?」
「わ、わかったって! 一人で行けるから大丈夫だって!」
と言ったものの、教室でオレは4時前まで涼香に一緒にいてもらい、それから待ち合わせ場所へ向かった。
休憩所に着いた時には誰もおらず、オレはベンチに座った。からかわれたに違いないと思った時、後ろから声がした。
「遅れてごめんなさい。待たせてしまった?」
驚いて振り返ると、そこには裕美がいた。
“この間のことでお礼をしてくれるのか?”
「成田君、渡したい物があるの。受け取ってください」
裕美はそう言うと手紙をオレに差し出した。
“もしかして告白の手紙?”
「実は、成田君のことが好きな人からこの手紙を渡すように頼まれたのよ。別のクラスの子で私と仲が良いから、同じクラスの成田君に渡して欲しいとお願いされたの」
“やっぱりね… まあ、裕美のわけないよな…”
「う、うん、せっかくだから読ませてもらうよ」
手紙を受け取りながら、オレはなんとか言葉を絞り出した。
「急に呼び出しちゃって、ごめんね。今日はありがとう」
丁寧にお辞儀をして去り行く裕美の後ろ姿をオレは見つめるだけだった。
体に力が入らないまま教室へ戻ると心配そうな顔をした涼香が待っていた。
「どうだった?」
涼香にオレは小径であったことを全部話したが、絶対に爆笑されると思っていた。
「誰からの手紙であっても、その子の思いは本物だから、大切にしなさい。いい加減にしたらウチが許さないから」
オレは真剣な涼香の目を見て、その迫力に押され黙ってうなずくことしかできなかった。
家に帰ってから、オレは手紙を開いてみた。ノート用紙にかわいい丸みのある文字がラメのインクで書いてあった。
“突然のことで驚かせた思います。恥ずかしいので名前はまだ秘密にさせて下さい。裕美を通じて手紙をお渡ししますが、とてもドキドキしています。学校で成田君が何ごとにも真面目に取り組むところや困っている人を助けるところを見かけて、とても素敵な人だと思っています。成田君の優しいところを見ると、私は幸せな気持ちになります。少しずつお近づきできればいいな、と思っています。またお手紙させて頂きますので、もし良かったらお読み下さい”
“好きです”とか“付き合って下さい”と書いてあると思っていたので拍子抜けしたが、人から誉めてもらうことがないオレは手紙を読んで正直うれしかった。
それから月に数回、あの子の手紙が裕美から届けられた。手紙の内容は、ショッピングに行って可愛いい物を見つけたとか、カフェでおいしいものを食べたとか、他愛のない内容ばかりだった。加えて、毎回オレのことを誉めたり良く言ってくれるので、こそばゆい感じがした。
しだいにオレは手紙の主のことが気になってきた。そして次に裕美から手紙を受け取った時に、思い切って誰なのかを聞いた。
「名前を教えていいか聞いてみないと返事ができないわ…」
少し困った風にオレから目をそらして裕美は返事をした。
「でも、オレの方だけが知られているなんてズルイと思わないか? 相手のことが知りたいんだ!」
「本当に相手のことが気になるの、成田君? 手紙の内容をどう思っているの?」
オレの相手への気持ちを裕美は確かめるようだった。
“あの子のことは気になるけど、本当は裕美のことが一番好きだし… あの子が一番とは思われちゃまずいな…”
「オレのことを誉めてくれることはとってもうれしい。ただ、手紙が取り留めないって言うか、浅い感じかな…」
裕美は少し悲しそうな表情をしてオレに問いかけた。
「だから、成田君は相手にひとつも返事を書かないの?」
「そういう訳じゃないんだけど…」
「じゃ、もしかしたら他に好きな人がいるの?」
“裕美だって言いたいけど、オレなんか無理だってわかってるし”
「… うん…」
沈黙の後、オレはやっと声を出した。
「好きな人がいるから手紙の返事も書かないのね! あの子にはそう伝えておくわ!」
突然、裕美は怒り出し背を向けて去って行った。
“本当のことを言っただけなのに、裕美を怒らせるところあったか?”
残されたオレはしばらく釈然としないままだった。
帰る時はいつも、だいたい涼香から一緒に帰ろうってオレを誘ってきた。二人で帰るところを見られたって、涼香とオレには“やましい”ところなんてないから、全然平気だった。
だが、そのころの涼香は放課後になると、忙しそうにしてサッサと一人で帰ってしまうので、オレは理由が知りたかった。
「涼香、このところ忙しそうだけど何かあったのか?」
「ウチにはウチの予定があるの! 敏也には関係ないのよ!」
涼香は一人で帰ったが、返事にもトゲがあった。急に周りから人がいなくなる気がした。
1か月程して、また裕美が手紙を渡しに来てくれた。
手紙を読んだところ、オレを誉めてくれる点は変わりなかったが、今までと違い、裕美から話を聞いたのか、オレと一緒にしたいことを伝えてくれるようになった。
その後、裕美が体調を崩して入院することになったため、手紙はいったん届かなくなったが、涼香が裕美に頼まれてオレに手紙を届けてくれるようになった。
オレに手紙が届けられる間隔が長くなってから、あの手紙が届いた。
「成田君、お元気ですか? 私の方は残念ながら体の具合がよくありません。秘密にしていた私の名前をお教えします。白樫裕美です。
誰にも分け隔てなく親切で優しい成田君のことを私は素敵だと思っていました。駅まで連れて行ってもらえた時に、成田君の優しさが、うわべだけで無いことを知ることができて、成田君のことが好きになりました。それで、手紙で気持ちを伝えようと思いましたが、明るく楽しい涼香と違う自分に自信がなく、名前を隠してしまいました。
本当はずっと成田君と一緒にしたいことがたくさんありましたが、それを伝える勇気がありませんでした。きちんと気持ちを伝えずに返事が欲しいなんて言ってごめんなさい。
たぶんこれが最後の手紙となります。初めに嘘をつかなければ、と後悔しています。こんな私の相手をしてくれてありがとう。成田君、大好きです。二人で一緒に出かけて、おしゃべりやお食事をしたかったです。いつまでもいつまでもお元気で」
手紙を読んで驚いたオレは涼香に連絡した。
「敏也には言ってなかってけど、裕美は治療が難しい病気にかかってたのよ。ウチも後で知ったけど、敏也が裕美を駅まで送った日は病院に検査の結果を聞きに行く日だったの。その時に裕美は入院して寝たまま治療するより高校生らしい生活をすることを強く望んだのよ。
敏也から聞いた手紙の件はウチも最初は裕美とは別の人だと思っていたわ。でも、あるとき裕美が敏也には好きな人がいるって言いだして、それがウチだって言うの。ウチと敏也は兄弟みたいなものよ、と言っても全然聞き入れなくて。あんな裕美を見たことなかった… それで裕美の気持ちがわかって、裕美の前で敏也と何もないように見せたの。あのときはゴメン、敏也… 」
それからオレは一生懸命に返事を書いたが、遅すぎて永遠に渡すことができなかった。裕美は自分の行いを後悔していたが、それはオレも同じだった。