第12話 欲望
文字数 2,230文字
「…………………………………………………」
何も欲しくない。自信がないから。
手に入れたくないんだ。失いたくないから。
欲しいと思いたくないんだ。手に入れられないから。
力も知も金も地位も美貌も徳も、何もない。
挑戦することはしない。手に入れるまでの活力も心もないから。
この世は持たざる者からさらに取り立てる。
親も友人も平穏な日々すらも………………
死ぬまで土の中でいい。セミになろうとは思わない。
「なら私が力を貸してあげましょうか?」
……!! 誰ですか、あなたは?
「私はあなたの様な方々を、ほんの少しお手伝いするだけのしがない物貸し。とでも言いましょうか。」
物貸し?しがないというくせに人の心の中に入り込んできて………あなたは一体何者なんですか?
「そうですそうです!私はまさにその『心』に力を与える活動をしているわけですね、はい。」
……………………
「まあまあそう顔をしかめずに、ご覧くださいこの白色の球を。」
………………心の中なのに色が見えるわけがないでしょう。
「あはははは!あなた随分と痛いところを突いてきますね。確かにその通り色なんて見えません。
ですが、確かに感じられるでしょ?この『珠』の力を。」
はい。
「この『珠』はですね、要するに人の欲望を高まらせる力を持つんですよ。」
欲望を……?怪しいなあ、それに欲深いやつは陰惨な目にあって死ぬってのがお決まりのオチです。そんなものは要らないので俺の心の中から早く出ていってください。
「いえいえ、欲というのはですねそもそもあらゆる生き物には必ず備わっていまして全くの無欲なんてものは存在しない、存在し得ないのですよ。
生きている限りは食べたいですし排泄したいですし危機は避けたいと思うのが常なのです。
もちろん程度の差というものはありますが。
しかしですね、いいですか?
しかしですね、欲望というものは必ずしも人を破滅に導くものでは無いということをわかっていただきたいのです。
強欲は大罪に数えられますが、小さな欲というものは明日への活力、ひいては生きることそのものとなるのです。
『酒を飲むのを休日の楽しみにしている』。そんな方あなたの周りにいらっしゃらないですか?
生きることにおいて必要のないものに心癒される。
心を労わるのが欲の役割と言うべきではございませんか?言えるはずです。
明日に希望なく生き続ければ、やがて役割を果たさなかった欲が体を蝕むでしょう。
そしてそれはあなたにも言えることです。
あなたには欲がないわけではない。もちろんあなたは自分自身でお分かりになられているはずです。
あなたの心の内に秘められたこの莫大で極大に圧縮された欲。放っておけば明日にでも爆発するかもしれません。
しかし、私の力をお貸しすることができたならばあなたの欲は少しずつ放出され、まさに先ほど言った『小さな欲』
つまり明日への活力になるというわけです。」
………………………………………………
「はっきりと申しますとね、酷いものですよ〜あなたの心の中は。陰鬱 としていて真っっっ青です。
でももうご安心ください。
この『珠』を使えば小出しになったあなたの欲は“全て”あなたのプラスとなり、“必ずや”あなたの幸せへと繋 がるでしょう。」
………………ちょっとだけ……ちょっとだけなら試してみようかな…………
「お、早速効果が現れましたねえ。まだ『珠』は使っていませんが。
そうですよそのいきです。もっと人々は欲しがるべきなんですよ。
あなたは幸運だ……………………
この力を手に入れたあなたは自分が目的とするものを手に入れようとするでしょう。
そうなれば手に入れたも同然なのです。己を信奉するものは顔が!体が!心が!堂々としたものになり
やがて『全てが自分の下へ集い平伏する』様になるでしょう………………」
「力だ。今までに感じたことのない力が溢 れてくる……!欲しい!金も地位も女も!!手に入れてやる!奪ってやる!
くふふふふふふふっ!なんだか昨日までが嘘みたいに楽しくなってきた。
今の俺ならなんだってやれそうだ。」
(あのーひとつお願いがあるんですけれどもね。)
「ん?」
(光一郎という坊ちゃんの命をとっていただきたいのです。)
「……俺に人殺しをしろと言うのか?」
(人殺し。いけないことですかねえ。相手の体を傷つけて機能停止させる事は『悪』なのでしょうか。『魂』の所有権があなたに移るだけです。
彼ら人間は新しいボディを作ってそこに魂を入れる技術を持たないから騒いでるだけであって、魂は決して特別ではありません。
それに……………………
欲しくないですか?他人 の命。魂をくれとは言いません。
もし光一郎の命をとっていただければ彼の魂は差し上げますし、私の貸した力も返していただかなくて結構でございます。)
「ふっ。あんたには感謝している。この万能感と幸福感を手放すのも惜しい。その話にのってやろう。
命を手に入れる。ふふふ、なんてステキな言葉だ。」
男はゴミ箱と室外機だけの殺風景な路地裏から出ようと歩を進めた。
「妖魔みーっけ。」
欲に染まったその男の見た目はもはや人ではなかった。
何も欲しくない。自信がないから。
手に入れたくないんだ。失いたくないから。
欲しいと思いたくないんだ。手に入れられないから。
力も知も金も地位も美貌も徳も、何もない。
挑戦することはしない。手に入れるまでの活力も心もないから。
この世は持たざる者からさらに取り立てる。
親も友人も平穏な日々すらも………………
死ぬまで土の中でいい。セミになろうとは思わない。
「なら私が力を貸してあげましょうか?」
……!! 誰ですか、あなたは?
「私はあなたの様な方々を、ほんの少しお手伝いするだけのしがない物貸し。とでも言いましょうか。」
物貸し?しがないというくせに人の心の中に入り込んできて………あなたは一体何者なんですか?
「そうですそうです!私はまさにその『心』に力を与える活動をしているわけですね、はい。」
……………………
「まあまあそう顔をしかめずに、ご覧くださいこの白色の球を。」
………………心の中なのに色が見えるわけがないでしょう。
「あはははは!あなた随分と痛いところを突いてきますね。確かにその通り色なんて見えません。
ですが、確かに感じられるでしょ?この『珠』の力を。」
はい。
「この『珠』はですね、要するに人の欲望を高まらせる力を持つんですよ。」
欲望を……?怪しいなあ、それに欲深いやつは陰惨な目にあって死ぬってのがお決まりのオチです。そんなものは要らないので俺の心の中から早く出ていってください。
「いえいえ、欲というのはですねそもそもあらゆる生き物には必ず備わっていまして全くの無欲なんてものは存在しない、存在し得ないのですよ。
生きている限りは食べたいですし排泄したいですし危機は避けたいと思うのが常なのです。
もちろん程度の差というものはありますが。
しかしですね、いいですか?
しかしですね、欲望というものは必ずしも人を破滅に導くものでは無いということをわかっていただきたいのです。
強欲は大罪に数えられますが、小さな欲というものは明日への活力、ひいては生きることそのものとなるのです。
『酒を飲むのを休日の楽しみにしている』。そんな方あなたの周りにいらっしゃらないですか?
生きることにおいて必要のないものに心癒される。
心を労わるのが欲の役割と言うべきではございませんか?言えるはずです。
明日に希望なく生き続ければ、やがて役割を果たさなかった欲が体を蝕むでしょう。
そしてそれはあなたにも言えることです。
あなたには欲がないわけではない。もちろんあなたは自分自身でお分かりになられているはずです。
あなたの心の内に秘められたこの莫大で極大に圧縮された欲。放っておけば明日にでも爆発するかもしれません。
しかし、私の力をお貸しすることができたならばあなたの欲は少しずつ放出され、まさに先ほど言った『小さな欲』
つまり明日への活力になるというわけです。」
………………………………………………
「はっきりと申しますとね、酷いものですよ〜あなたの心の中は。
でももうご安心ください。
この『珠』を使えば小出しになったあなたの欲は“全て”あなたのプラスとなり、“必ずや”あなたの幸せへと
………………ちょっとだけ……ちょっとだけなら試してみようかな…………
「お、早速効果が現れましたねえ。まだ『珠』は使っていませんが。
そうですよそのいきです。もっと人々は欲しがるべきなんですよ。
あなたは幸運だ……………………
この力を手に入れたあなたは自分が目的とするものを手に入れようとするでしょう。
そうなれば手に入れたも同然なのです。己を信奉するものは顔が!体が!心が!堂々としたものになり
やがて『全てが自分の下へ集い平伏する』様になるでしょう………………」
「力だ。今までに感じたことのない力が
くふふふふふふふっ!なんだか昨日までが嘘みたいに楽しくなってきた。
今の俺ならなんだってやれそうだ。」
(あのーひとつお願いがあるんですけれどもね。)
「ん?」
(光一郎という坊ちゃんの命をとっていただきたいのです。)
「……俺に人殺しをしろと言うのか?」
(人殺し。いけないことですかねえ。相手の体を傷つけて機能停止させる事は『悪』なのでしょうか。『魂』の所有権があなたに移るだけです。
彼ら人間は新しいボディを作ってそこに魂を入れる技術を持たないから騒いでるだけであって、魂は決して特別ではありません。
それに……………………
欲しくないですか?
もし光一郎の命をとっていただければ彼の魂は差し上げますし、私の貸した力も返していただかなくて結構でございます。)
「ふっ。あんたには感謝している。この万能感と幸福感を手放すのも惜しい。その話にのってやろう。
命を手に入れる。ふふふ、なんてステキな言葉だ。」
男はゴミ箱と室外機だけの殺風景な路地裏から出ようと歩を進めた。
「妖魔みーっけ。」
欲に染まったその男の見た目はもはや人ではなかった。