千代紙を折る少女

文字数 1,356文字

 


 未歩の母親が行方不明になって一年以上が経つ。

 そんな母親が唯一、未歩に教えたのは折り紙だった。

 だから、未歩は一人で遊ぶのが上手だった。

「や~っこさ~んだよ~」

 未歩は自分で作った歌を口ずさんで、いかにも楽しそうだ。

「……お母さん、見て、やっこさん。オレンジ色のやっこさんだよ。じょうずでしょ?」

 並んで撮った、笑顔の母親に語りかけるのだった。

 その写真立ての周りには、色とりどりの千代紙と一緒に、未歩が折った、白い鶴、青い飛行機、桃色の犬、金色の熊などが置いてあった。



「ね、おじいちゃん、お母さんはどこにいるの?」

 祖父の孝治郎が作った晩飯を食べながら、未歩が聞いた。

「……分からん」

 孝治郎はコップ酒をあおりながら、魚の腐ったような目を向けた。

「……」

 未歩は孝治郎を上目でチラッと見て、すぐにその目を逸らすと、唇をきつく結んだ。

 酒が入ると人が変わってしまう孝治郎を何度か見ていたからだ。未歩は、そんな時の孝治郎が嫌いだった。



「イヤーーーッ!」

 重圧で目を覚ました未歩が大きな声を出した。

 目の前にあったのは、次の間の明かりに映し出された、孝治郎の据わった眼光だった。

「フフフ。お前も、お前の母ちゃんと一緒だ。ただのメスだ」

 臭い息が未歩の鼻を突いた。

 途端、その口が近づいてきた。

「おかーさーーーんっ!」

 未歩は孝治郎を力一杯押し退けると、思い切り声を張り上げた。



 翌朝、全身血みどろの孝治郎の刺殺体が、自分の寝室から発見された。

 発見したのは、嫁いで家を出ていた、孝治郎の娘、泰代だった。

「――はい。たまに顔を出してました。惣菜を持って行ったり、掃除や洗濯をしてやったり――」

 警察の取り調べに、泰代は淡々と答えていた。

 孝治郎の死亡推定時刻である、昨夜の21時~22時の泰代のアリバイは、泰代の夫と同居している夫の母親の証言に由って、証明された。
 かと言って、いくら孝治郎が泥酔していたとは言え、“寝ていたので、何も気づかなかった”と供述した11歳の少女に、大の大人を刺殺するだけの腕力も握力も無い。
 それに、先端の尖った凶器に由る刺し傷だけでは無く、遺体には獣の歯形や爪痕もあったのだ。

 警察は最初、屋根裏に住み着いている家鼠の仕業だとしたが、鼠には切歯はあっても、犬歯は無い。
 犬歯のある小動物を特定できぬままに、発見されていない凶器は、犯人が持ち帰ったものと判断し、事件は迷宮入りとなった。

 未歩の父親は、仕事の事故で既に他界しており、母親も行方不明だったため、未歩は結局、泰代夫婦に預けられる事になった。



 間も無くして、取り壊される事になった孝治郎の家の床下から、白骨遺体が発見された。
 DNA鑑定の結果、未歩の母親である事が判明した。
 そして、遺体の手に握られていた釦から、孝治郎が着用していたシャツの釦と一致し、孝治郎が犯人と断定された。



 未歩はその夜も、あの時の鶴や飛行機、犬や熊に礼を言った。

「……ありがとう、みんな。私を助けてくれて。そして、お母さんを見つけてくれて」





 赤一色に染まった折り紙たちに――
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