ユウタ
文字数 1,956文字
夏が終わろうとしていた。街行く人も心なしか残暑の疲れが見えた。
ユウタは、待ち合わせの場所に少し早く行った。仕事がら相手より先に着くのが癖になっていた。裏通りの小さな喫茶店は、昼を過ぎると空いて落ち着けた。初老に近いマスターが、若いバイトを使っていた。昔ながらの店の雰囲気が気に入っていたからだろう。近くで仕事がある時は、必ず立ち寄った。顔なじみになっていたが、挨拶を交わす程度だった。ユウタは、香り高い珈琲を飲みながら斜め向かいの貸画廊を眺めた。絵に興味はなかったが、出入りする人を観察するのが楽しかった。
「相変わらず、時間に正確ね。」
店にあらわれたナオは、笑顔で挨拶した。高校で知り合った一学年上の遊び仲間だった。秋に二十七歳を迎えるが、その日のナオはスーツ姿のためか年齢よりも大人に見えた。ユウタから見ても不思議な印象の女性だった。会うたびに雰囲気が違った。化粧の仕方や髪型、服装の選び方で感じを変えているのだろうか。性格自体が入れ替わっているようにも思えた。
「春、以来かな。元気してたの。」
年度初めに、ナオと食事をしていた。後輩のユウタは、卒業後も敬語だった。
「急に呼び出して迷惑でしたか。」
「息抜きしたいと思っていたから。」
ナオは、煙草を取り出した。
「吸えるなんて嬉しい。近頃、どこもダメでしょう。」
「そうですね。俺、止めましたけど。」
「どうしたの。」
「長生きしたいので。」
「バカっね。」
ナオは、笑った。
コーラと煙草の組み合わせは、昔からだった。
ユウタは、盆休みに高校時代の仲間と飲み会をして、その流れで昔肝試しに出掛けたダム湖を訪れた顛末を語った。
「いい歳した大人が、ちよっと、無茶をしました。」
「大変なお盆だったのね。」
ナオは、記憶を手繰るように確かめた。
「霊感、強かった彼でしょう。もしかして、占い師とかになってるの。」
「フツーの勤め人です。」
「そう‥‥。」
ナオは、思いだしたのか煙草をくゆらせて遠い目をした。ユウタは、女子の名前を出した。
「憶えていますか。」
「‥‥勿論よ。」
そう言ってナオは、相手の表情を探った。ユウタの躊躇う姿が珍しかったのだろう。ナオは、優しく尋ねた。
「もしかして、あの娘のことを訊きに来たの。」
「実は、彼奴が錯乱してトンネルの中を彼女の名前を叫んで走ったのです。」
「‥‥なによ、それ。」
今度はナオが、沈黙してしまった。重苦しい空気の中でユウタが言葉を選んだ。
「ナオさんが、彼女と親しかったので。」
「連絡が付かないの。」
大学の一年の夏から音沙汰がない話をナオはした。
「休学して外国に行ったとか、色々な噂があったけど。誰も知らないと思うよ。」
「彼奴って、彼女と何かあったのかな。」
ユウタは、釈然としない思いが重なった。
「二人は、幼馴染だったって聞いたことありますか。」
「らしいわね。」
同じクラブだった先輩のナオは、彼女の近況を知らなかった。
「彼奴って、高校の時に誰と付き合っていたのか。知りませんか。」
「レナじゃなかったの。」
ナオは、確信なさそうだった。ナオは、レナとも直接会っていないようだった。
「でも、レナ頑張っているわね。シングルマザーで娘を育てるなんて。‥‥わたしは、無理ね。」
「もしかして、彼女じゃなかったかと思いまして。」
「まさか。でも、彼って隠しごと多そうだったわね。」
ナオは、足を組み替えた。
「それで、彼、元気になったの。」
「仕事に戻ってます。」
「そぅ。ユウタは、高校の頃から一番の親友だったものね。心配なのは分かるよ。」
ナオは、続けた。
「でもね。大丈夫じゃないかな。彼って、君らの中でも一番安心して見ていられたから。」
「そうでしたか。俺が、一番だと思っていました。」
ユウタは、笑いを誘った。ナオが受けた。
「バカね。でも、そういうところユウタらしくていいよ。」
「どうも。」
ナオは、二本目の煙草をもみ消すとバッグからスマホを取り出した。
「彼女のこと、何か分かってからでいいかな。必ず連絡するから。」
「助かります。皆には、内緒にしてもらえますか。」
ユウタは、伝票を掴むと囁いた。
「経費で落とします。」
別れ際にユウタは、お酒を渡した。
「得意先からの貰い物ですが。」
「嬉しい。」
「飲み過ぎないで下さいよ。」
「介抱してくれる男もいないからね。最近は、心得ているのよ。」
ナオは、優しい笑みを浮かべた。
「今度、飲みに誘ってよ。」
「いいですよ。口説かしてくれますか。」
「上手くできるならね。」
ユウタは、待ち合わせの場所に少し早く行った。仕事がら相手より先に着くのが癖になっていた。裏通りの小さな喫茶店は、昼を過ぎると空いて落ち着けた。初老に近いマスターが、若いバイトを使っていた。昔ながらの店の雰囲気が気に入っていたからだろう。近くで仕事がある時は、必ず立ち寄った。顔なじみになっていたが、挨拶を交わす程度だった。ユウタは、香り高い珈琲を飲みながら斜め向かいの貸画廊を眺めた。絵に興味はなかったが、出入りする人を観察するのが楽しかった。
「相変わらず、時間に正確ね。」
店にあらわれたナオは、笑顔で挨拶した。高校で知り合った一学年上の遊び仲間だった。秋に二十七歳を迎えるが、その日のナオはスーツ姿のためか年齢よりも大人に見えた。ユウタから見ても不思議な印象の女性だった。会うたびに雰囲気が違った。化粧の仕方や髪型、服装の選び方で感じを変えているのだろうか。性格自体が入れ替わっているようにも思えた。
「春、以来かな。元気してたの。」
年度初めに、ナオと食事をしていた。後輩のユウタは、卒業後も敬語だった。
「急に呼び出して迷惑でしたか。」
「息抜きしたいと思っていたから。」
ナオは、煙草を取り出した。
「吸えるなんて嬉しい。近頃、どこもダメでしょう。」
「そうですね。俺、止めましたけど。」
「どうしたの。」
「長生きしたいので。」
「バカっね。」
ナオは、笑った。
コーラと煙草の組み合わせは、昔からだった。
ユウタは、盆休みに高校時代の仲間と飲み会をして、その流れで昔肝試しに出掛けたダム湖を訪れた顛末を語った。
「いい歳した大人が、ちよっと、無茶をしました。」
「大変なお盆だったのね。」
ナオは、記憶を手繰るように確かめた。
「霊感、強かった彼でしょう。もしかして、占い師とかになってるの。」
「フツーの勤め人です。」
「そう‥‥。」
ナオは、思いだしたのか煙草をくゆらせて遠い目をした。ユウタは、女子の名前を出した。
「憶えていますか。」
「‥‥勿論よ。」
そう言ってナオは、相手の表情を探った。ユウタの躊躇う姿が珍しかったのだろう。ナオは、優しく尋ねた。
「もしかして、あの娘のことを訊きに来たの。」
「実は、彼奴が錯乱してトンネルの中を彼女の名前を叫んで走ったのです。」
「‥‥なによ、それ。」
今度はナオが、沈黙してしまった。重苦しい空気の中でユウタが言葉を選んだ。
「ナオさんが、彼女と親しかったので。」
「連絡が付かないの。」
大学の一年の夏から音沙汰がない話をナオはした。
「休学して外国に行ったとか、色々な噂があったけど。誰も知らないと思うよ。」
「彼奴って、彼女と何かあったのかな。」
ユウタは、釈然としない思いが重なった。
「二人は、幼馴染だったって聞いたことありますか。」
「らしいわね。」
同じクラブだった先輩のナオは、彼女の近況を知らなかった。
「彼奴って、高校の時に誰と付き合っていたのか。知りませんか。」
「レナじゃなかったの。」
ナオは、確信なさそうだった。ナオは、レナとも直接会っていないようだった。
「でも、レナ頑張っているわね。シングルマザーで娘を育てるなんて。‥‥わたしは、無理ね。」
「もしかして、彼女じゃなかったかと思いまして。」
「まさか。でも、彼って隠しごと多そうだったわね。」
ナオは、足を組み替えた。
「それで、彼、元気になったの。」
「仕事に戻ってます。」
「そぅ。ユウタは、高校の頃から一番の親友だったものね。心配なのは分かるよ。」
ナオは、続けた。
「でもね。大丈夫じゃないかな。彼って、君らの中でも一番安心して見ていられたから。」
「そうでしたか。俺が、一番だと思っていました。」
ユウタは、笑いを誘った。ナオが受けた。
「バカね。でも、そういうところユウタらしくていいよ。」
「どうも。」
ナオは、二本目の煙草をもみ消すとバッグからスマホを取り出した。
「彼女のこと、何か分かってからでいいかな。必ず連絡するから。」
「助かります。皆には、内緒にしてもらえますか。」
ユウタは、伝票を掴むと囁いた。
「経費で落とします。」
別れ際にユウタは、お酒を渡した。
「得意先からの貰い物ですが。」
「嬉しい。」
「飲み過ぎないで下さいよ。」
「介抱してくれる男もいないからね。最近は、心得ているのよ。」
ナオは、優しい笑みを浮かべた。
「今度、飲みに誘ってよ。」
「いいですよ。口説かしてくれますか。」
「上手くできるならね。」