そのよん

文字数 8,924文字

その四

その日から、簡単着物の展示即売会が始まった。まず、座敷スペースの椅子をどかしてもらい、そこへ大量に持ってきた着物を並べ、ついでに作り帯と付属品も並べ、一応すべてそろえられるように設定した。お釣りを勘定するためのそろばんも用意して、ついでにモニター募集と書かれた、A4サイズの紙もしっかりと用意する。

あとは、肝心のお客さんを待つだけなのだが、初日は、金曜日ということもあって、お客さんは現れなかった。

まあ、無理もない。翌日は土曜日だから、もしかしたら一人か二人は来るかもなんて忠男さんにも励まされて、落ち込むなと言い聞かせてその日は解散した。

翌日土曜日。今日は来るかなあと思いながら、忠男さんと店の中で一日を過ごしたが、、、。やっぱり、来なかった。

忠男さんも、こんな風に、毎日客の来ない日々を過ごしているのなら、本当につらい日々ですね。本当に、かわいそうだなと思う。これなら、インターネットでいつでも好きな時に注文が入るようにしておけばよほど楽だろうに。

帰りがけには、商売とはそんなものだと言われて笑われる。

ああ情けない。とにかく誰かお客さんが来てほしい。

忠男さんが、明日は日曜日だから、もしかしたらもの好きなお客さんが一人か二人来るかもしれないので、その人に売り込んでみたらと提案してくれた。よし、それにかけてみよう!と、意気込む聰だった。

さて、その日曜日。即ち最終日だった。とにかく、一枚でもいいから売り込むぞ!と思って、気合を入れて店にやってくる。忠男さんは、すでに材料野菜を切るなど作業をしている。

午前中、やっぱり客は来ない。もうだめかあと思っていると、ガラッと戸が開く音がする。

「はい、いらっしゃいませ。」

誰だ!と思ったら、小学校低学年くらいの男の子と、その父母だった。あーあこれではだめかあ。若い女性どころか、また中年おばさんじゃん。まあ勿論、子供がまだそのくらいの歳では、若いお母さんと言えるが、男の子のお母さんでは、サッカーとか野球に夢中になって、着物なんてものに興味を示してくれるかなあ。

急いで忠男さんが、テーブルを二つ付けて、三人掛けにしてくれた。三人では座敷席に座らなければならないが、座敷席をすべて撤去してしまったので、テーブルでなければならなかった。それに対して、三人が不満を漏らすことはないけれど、不快な印象を与えないか、聰は不安になってしまう。

とりあえず、彼らはほしいものを注文して、今日の電車の話、なんていう子供がしそうな話をし始めたが、その話を聞いていると、かなりの僻地に住んでいて、この沼津からは遠いところから来たんだということが分かった。そうなるとつまり、リピーターにもなってくれないか、、、。

「あの、赤いのママに似合いそうだな。」

はっと気が付く聰。少年がそう発言したのである。

「でも、ママはお花を習っているわけでもないし、お茶をやっているわけでもないしねえ。」

照れくさそうに、断る母。そうか、着物はお茶とかお花をやっている人でなければ着ないのか。

「ははあ、でも、意外とママに似合いそうだな。たまにはママを喜ばせてあげたいな。」

「まあ、嫌ねえ。パパったら。それじゃあ、普段の私は美人じゃないってこと?」

「はい、すみません。」

父親がそういっても、母親は冗談と思ったのだろうか、ただ笑って返事を返すだけだった。着物というものは、本当に必要でないと買おうという気にならないということか。まあ、着物でなくてもなんでもそうなんだけど。

「でも、きっとママはかわいくなりそうな気がするんだけどね。」

「ほんとだね。パパも、ママがたまにきれいになって、昔の同級生と一緒にご飯でも食べに行ってもらいたいよ。」

「まったく、パパも良ちゃんも何を言っているの。ママはそんな暇はありませんよ。」

「ママごめんなさい、、、。」

ぐすん、と涙を見せる少年。少年にしては、繊細な少年だった。もしかしたら何か特別な事情があるのではないかと、聰は直感的に感じ取った。

「ほら、そんな言い方しちゃだめじゃないか。自分のせいで大変な思いをしているっていう印象を良太にさせてはいけないよ。それが、健康な成長への妨げになるんだぞ。」

「パパもごめんなさい。」

つまり、良太君は何か障害のようなものを持っているのだろう。知的障害というわけではなさそうだが、内臓か何かがうまく機能していないとか、障害と言ってもいろいろある。でも、共通することは、親が自分のせいで苦労していると感じ取ってしまって、罪悪感というものを持ってしまうことだ。それは、ほかの大人がうまくカバーしてくれれば、何とか乗り越えられるけど、そうではなくて変な風に誘導してしまった場合、思春期に問題行動を起こしたり、時には自殺の原因にもなってしまう。

そのころ、部活帰りの女子高校生たちが、今日の練習はきつかったとか、学校の先生もこういう風にしてくれればもっと楽になれるのにとか、そういうろくでもない文句を言いながら、駅に向かって歩いていた時である。

反対方向から、この時代には見かけない、というかあり得ない格好をした人物が歩いてきた。性別は間違えなく男性であるが、身長は意外に小さくて、彼女たちとおんなじくらいか、ちょっと低い程度だった。服装はというと、彼女たちは名前を全く知らないのであるが、たとえて言えば、テレビの相撲中継で、物言いとして土俵に出てくる人たちが、いつも着用しているような格好に近かった。彼女たちにとって、そういう格好は、ちょっとあり得ないというか、憎むべき存在でもあった。でも、その顔は紙よりも白くて、げっそりと痩せていた。と、いうより窶れていたというほうがふさわしかった。その人は、何の迷いもせずに安藤米粉店の前で止まると、入り口の引き戸を開けて中に入っていった。

「こんにちは。」

不意に入り口の引き戸が開く音がして、聞き覚えのある声がする。

「あ、水穂さんじゃないですか!どうしたんです?」

まさしく水穂その人だった。

「いえ、製鉄所の用事で近くまで来たので、ついでに立ち寄りました。お昼を食べて帰ろうかと思って。それより、まだ続いていたんですか。展示即売会。」

「はい、全然売れません!」

思わず泣きそうになってそう宣言をする。

「まあ、根気よくやってくださいね。一回やって売れなかったくらいであきらめてはなりませんよ。今回がだめでも次がある、くらいの気持ちでいかないと。」

「はい!わかりました!今日は最終日なのでもうあきらめることにします!」

「でも、やけくそはダメですよ。」

「はい!」

不意に、そばでビーフンを食べていたあのお父さんが、

「なんだか不意に外が騒がしくなったな。お団体様でも来たのかな?」

と言った。確かに外で、若い女たちがしゃべっているのが聞こえてくる。

「いや、今日は団体の予約はありませんよ。」

忠男さんが説明するが、確かに中にいる人たちは、全員外で誰かがしゃべっているのを聞き取ることができた。

「僕が見てきましょうか。」

立ったままでいた水穂が、今一度入り口の引き戸を開けた。

すると、女子高校生たちが、何人かで集まって、こうしゃべっているのが聞こえてきたのである。

「どっかの、公家とかそういう偉いうちの人よ。それか、会社の重役のドラ息子とか。」

「そうじゃなくて、あれだけ綺麗な人であれば、歌舞伎役者とか、日本舞踊の先生とかそういう芸能人かもよ。」

「でもさ、そういう人が、こんなちっぽけな蕎麦屋に入ったりするかな?」

「意外に、報道陣の目を隠れてこういうところにきちゃったんじゃないの?」

「それとも、お忍びで彼女のところに会いに来たのかもよ!」

「あ、そうかもね!それも考えられる。なんか、この店の娘さんとかと許されない恋をしているとか?」

本当に、いまどきの若い人は、他人の噂話だけでできている。そして、必ずこういうくだらない恋愛話に発展する。逆を言えば、彼女たちはそれしか楽しめるものがない。ただ、大人たちに従わされて生きているだけなのである。そんな彼女たちの、辛さを解放するために、恋愛話と悪口は、必須アイテムなのである。今の高校生の事情なので、仕方ないとは思うけど、周りの大人が言えることは勉強しなさいしかないだろう。そうじゃなくて、こんなすごいものがあると、声を大にして言えるものがあるといいのにね。そして、彼女たちも、大人になるということは、何もないということを、ある程度知らされている節もある。

「あの。」

水穂は彼女たちに声を掛けてみた。と、同時にいきなりザーッと雨が降ってきた。最近の雨は、瞬く間に水害の原因となることもあるから、むやみに外を歩くのは危険なこともある。なので、素直に雨宿りをしていったほうがいい。

「よかったら、雨宿りでもしていったらどうですか。」

すると、彼女たちはうおーっと大きな声で歓声を上げて、待ってましたとばかり彼に従って、店の中に入った。

店の中に入って、彼女たちが目にしたものは、座敷スペースにある着物たちだった。通常彼女たちが目にしている着物というものに見られる古臭さのない銘仙の着物は、非常に珍しいものだった。そして、その中にでんと座って構えているブッチャーは、水穂に比べると、天と地くらいの容姿の落差があって、行ってみればイケメンなヒーローに付きまとう、間抜けな悪役にそっくりだった。彼女たちも十分にそれを感じ取って、聰を見て呵々大笑した。さすがに聰も容姿の事では文句は言えず、何も言えなくなってしまう。

「よしてくださいよ。彼は、ああいう顔つきですけど、立派な商人なんですよ。」

水穂がそう注意してくれたが、女子高校生たちは、彼が聰の主人であると思ってしまったらしい。たちまち水穂を取り囲み、次々に声を掛ける。

「お二人とも、着物屋さんだったんだね!すごいわあ、こんな綺麗な人が旦那なら、あたし喜んで買いに行っちゃうかな。」

といっても、彼女たちが何を言っているかはまるで聰には理解できず、そうするには通訳が必要だった。彼女たちの発音は、音声学的に言ったら、Eの口でAと発音するようなきたないものが多く、鼻に抜けないのど声でしゃべるので、とても日本語とは思えなかったのだ。しいて言えば、中国語を早口でしゃべっているように近かった。

「ねえ、若旦那さん、着物ってどんな人が買いにくるの?すごい偉い人?金持ちの人?」

彼女たちはものすごい早口で水穂に質問を始めた。答えを出せば必ずわあとかきゃあとか大声で驚嘆詞を叫んでさらに騒ぎを大きくする。怒鳴り声ほどではないけれど、きたない発音は不快極まりない。そして、金持ちの人はどんな生活をしているのとか、どんな恋愛をしているのとか、結婚式はきんきらきんの茶室で上げるのとか、そういうくだらない、聰にとっては本当に腹の立つ内容ばかりをまくしたてる。挙句の果てには水穂自身が好きなタイプとか好きな芸能人とかを聞かれる羽目になり、答えを出すたびに大声で笑ったり、驚いたりするので、答えを考えるのが苦しくなってしまった。

何とかしてとめなければと思うが、いくら自分一人で対抗しても、若い人の変な力には不思議に負けてしまうことがある。例えば柔道師範と言われる人が、簡単におやじ狩りにあったとか、そういうのと一緒で、若い人の殺傷能力というものは何か並外れている。窮鼠猫を噛むというようなその逆もあるけれど、そういう善の方向に行くことは少なく、大体が悪のほうへ行ってしまう。それに、日頃から不満ばかりを植え付けられている学生は、なぜか大人として注意すると、それを引き金にして強烈な憎しみを打ち出して、暴行を加えたり、挙句の果てには殺人まで発展してしまうことがある。

とにかく、水穂がどうなってしまうか、聰は心配だった。水穂自身も、何とかして彼女たちとの問答をやめさせようと話をもっていくようにしていたが、彼女たちはそれを許さなかった。というより、許す技術がないと言ったほうがただしいのだ。自分たちが楽しければ、それにどっぷりつかってしまい、周りの人がどうなるのかなんて、全く頭には浮かばないのがこういう人たちであるからだ。聰は、次第に水穂さんの顔が、とにかく疲れてきているように変貌していくのが心配だった。あまりのうるささに、あの親子三人が、形式的にビーフンを食して、勘定を払おうとしたその時である。

急に激しい咳の音がして、誰かがどしんと床の上に崩れる音がする。そして高校生たちの声が、歓声から悲鳴に変り、雨であろうと構わずにきゃああああと叫び声をあげながら、店からとびだして行ってしまった。店の中は、たたきつけるような咳の音と、溶岩流のように床に液体が広がっていく音で占拠されてしまう。これに気が付いた、少年のお父さんが慌てて大丈夫ですかと声を掛け、背を叩くのではなく、彼の体を支えて後ろにそらせ、気道を確保してやるなど、応急処置を取り始めた。このお父さんも、まだ若いお父さんのはずなのに、こういう事態が起きたときはどうしたらいいのか、一から十まで知り尽くしているようだ。どういうことなんだと聰が考えていると、答えはすぐに分かった。たぶん恐怖からだろうか、お母さんに抱っこされて泣いていた少年が、

「このお兄さんも、僕みたいになっちゃうのかな?」

とそっと聞いたからである。

これを聞いて、忠男さんは、何か運命的なものを感じてしまったし、聰も聰でもう何をやったらいいのか覚悟を決めて、お父さんの指示に従って、介抱するのを手伝ってやった。聰は、事情があって、この人は搬送することはできないので、とはっきり言った。さすがに出身地の事を口にするのはできないけれど、お父さんは、ある程度理解してくれたようだ。日頃から少数派として生きることを強いられるので、そういう弱い人の事は具体的にはわからなくても、なんとなく理解してくれたのだろう。

とりあえず、お父さんが気道を確保して、吐き出しやすい体制を作ってくれたことや、聰が、持っていた巾着からすぐに止血薬を引っ張り出し、忠男さんが水を持って来てくれたおかげで、何とか止血薬を口にすることは成功したものの、水穂本人は気を失って後はわからなくなった。誰かが、疲れちゃったんかなと言っていたのだけ、記憶していたのだが。

目を覚ますと、製鉄所の中にいて、隣で誰かがしゃべっている声がする。自身も謝りに行こうかと思っても、頭が痛くて立ち上がれない。そのあとも数時間は意識が朦朧としたままで、時間のことも、何も気が付かなかった。

数日間、水穂は誰とも口を利けなかった。あのあとどうなったか知りたい気持ちもあったけど、ものすごい罪悪感のせいで、聞くことすらできなかったのである。それを察してくれたのか、懍も恵子さんも必要がない限り自分に話しかけることはしなかった。彼は毎回規則正しく出される止血薬の成分に身を任せ、眠ってばかりいた。

「水穂ちゃん、ちょっと、起きて。明日、御殿場に行っちゃうらしいから、お別れしたいって、来てるのよ。」

ある日、恵子さんが自分を揺さぶり起こした。

「だ、だれの事ですか?」

寝ぼけ眼で思わず聞くと、

「安藤さん!」

と、返ってきたので、一気に眠気が覚めて布団の上に座った。

目の前に、安藤忠男さんその人が、正座の姿勢で座っていた。

「あ、ご、ごめんなさい。先日は本当におぞましいところを見せてしまって、本当に申し訳ありません。もし、必要なら、弁償しますから、いって下されば、、、。」

「いいえ、構いませんよ。大変なら、横になったままで結構ですから。最後に、お別れだけしたくて、来させてもらいました。」

静かに言う忠男さんは、決して馬鹿にするようなところはなかった。

「お別れ、、、。」

そういえば、既に撤退を命じられていたことを思い出す。

「じゃあ、もう、あの店もなくなってしまうと。」

そうなると、自分も撤退の原因を作ってしまったかなと思ってしまい、やるせなくなった。

「ええ、まあ、あのエリアからは撤退することにはなりましたが、幸い伊能さんのお母さんからいただいた資金と、良太君のお父さんの要望もあり、御殿場で新しく店を始めることになりました。」

「御殿場、、、ですか?」

「はい。沼津に比べたら、かなりの田舎ですし、最寄り駅も秘境駅と言われているところですから、ずいぶん不便になりますけど、でも最近はなぜか秘境駅めぐりなんていう観光形態もあるようですから、意外にこっちにいるよりは客が入るようです。」

そうかもしれない。なぜか都会の喧騒に疲れた人が、不便だ不便だと言っていた田舎駅に来訪することが多くなっている。そうなれば、自動的に食事をしたくなるだろう。

「それに、良太君も、御殿場に住んでいるそうで、頻繁に新しい店に来てくれるそうですから、少なくともそれを基軸にやっていくことはできると思います。あの時は、沼津に住んでいるおじいさまのもとを訪れにきていたそうです。」

なるほど。彼は御殿場に住んでいたのか。事情はあるのだろうが、もしかしたら比較的工業地が少なく、安全な食品が手に入りやすい御殿場のほうが、住みやすいかもしれなかった。

「本当に、きっかけを作っていただいて、ありがとうございます。おかげさまで、またもう一度、店をやっていこうかなと思う気持ちになれましたよ。これからは、形式にとらわれず、自分独自の店を構築していこうと思いますよ。」

「お礼なんて、とんでもございません。僕のほうが、本当に申し訳ないことをして、、、。あのあと、あの方々に、お礼することも何もできなくて、、、。」

「生意気な台詞かもしれませんが、何にも悪びれずに生きていくことが、一番のお礼ではないでしょかね。」

忠男さんはちょっといたずらっぽく言った。

何にも悪びれずどころか、次の文句を実行できるかどうかも、あきらめようとしていたが、、、。

「あ、それからね、新しい店の最寄り駅は、敷地内に桜が沢山植えられていて、春になるとちょっとした名所になるそうです。良太君たちが、招待したいといっていました。もし、ついでに立ち寄ってくだされば、おもてなししますから。」

「そうですか。来年は桜の花など見られるでしょうか。」

「そうですかじゃなくて、それを言うなら、ぜひ見に行きます、でしょ。」

「すみません。」

思わず涙をこぼしてしまうのであった。

一方。

「よかったなよかったな。まあ、凄惨な事件もあったけどさあ、とりあえず若い美女のモニターを獲得するのには成功したじゃないか!もう、負の要素ではなく、正の要素のほうを喜べ!」

杉三が、椅子に座って落ち込んでいる聰の背をドンとたたいた。

「そうですけど、俺、もうちょっと早く助けてやればよかったなと、、、。」

またべそをかく聰。

「まあ、後悔はしても仕方ないし、自分のできることをやればいいんだよ。ちなみに、あの店はお母さんが資金を投資して、御殿場に移転するそうだから。結果として、つぶれないで済んだんだし。それに、高校生の女の子が、着物をほしくなって買ってくれたなんて、すごいことじゃないの。」

蘭が言う通り、水穂を製鉄所に戻した後、その元凶を作った女子高校生の一人が、モニター募集用紙をもっていってくれたことが判明し、数日後、本当に電話をよこしたのである。

「で、どんな子だ?かわいい子だっただろ?」

「杉ちゃん、まさか変なこときくんじゃないだろうな?体の大きさとか聞くのは、セクハラだぞ。」

「わかってる。高校生となれば、みんな似たようなお洒落をするから、大体想像できる。そういうお洒落は、大体着物には当てはまらないことが多いから、そこをどうやって変えていくかを、指導するのは、これからのお前の仕事だ。ほら、やることは山積している。くよくよしてないで、次に何をするかを考えなくちゃ!」

確かに、高校生たちの西洋的なお洒落は、着物には合致しないことが多かった。

「中年のおばさんとは違うぞ。指導力にも工夫がいるぞ。」

「でも、水穂さんは大丈夫かなあ、、、。」

聰は、それが頭を離れないようだ。

「ええ、教授の話によれば、本人がやる気を取り戻してくれれば大丈夫だって言っていたよ。」

蘭はそういって彼を安心させた。

と、同時に炊飯器のスイッチが鳴る。

「お、できたできた。今夜は、ブッチャーの新しいモニター獲得を祝って、御馳走するから、まっていろ。」

「ごちそうって何を作ったんだよ。杉ちゃん。まさか、酒でも買ってきたのかい?」

「ちがうよ。酒なんて変な事件の原因になるし、何も意味がない。それよりもっといい、赤飯を炊いたのさ!」

といって、杉三は台所のほうへ行った。

「赤飯なんて、七五三じゃあるまいし、当の昔に味は忘れたよ。」

「そうだね。まあでも、杉ちゃんだけじゃないの。こういうことができるのは。きっと酒よりも、食べることのほうが大事なんだよ。」

「そうそう。何はともあれ、食べることが一番だ。いろんな食べ物があるのは、だれでも食べ物にありつけるようにするためだ。皆栄養剤で大丈夫になったら、それこそ日本もおしまいだよ。」

杉三が、大量の赤飯を入れた寿司桶をもって戻ってきて、それをテーブルの上に置いた。まだ、本人は、うれしそうな顔をしていなかったが、

「せっかく作ってくれたんだから、味わって食べよう。」

蘭の意見で、渋々箸をとる。

「かわいそうなブッチャーに乾杯!」

杉三が、お茶の入った湯呑みを高く上げた。
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