第34話

文字数 3,240文字

 翌月曜日は東京だけでなく日本中が大騒ぎとなった。各ニュース番組では福島都知事失職のニュースを大きく取り上げ、都知事選に立候補が予想される柚木クリスティーンの東京独立宣言が大見出しで報道された。柚木の独立宣言の詳細を報道した配信会社はごくわずかでほとんどの報道機関は東京が日本から独立するとの報道に終始したのである。それは多分に与党自由党の五代幹事長が仕掛けたトラップではあった。しかしこの独立報道というものが世論的にはまじめに受け止められたことは五代幹事長グループの大誤算の様であった。都民も含め国民の多くは政治に対して大いなる不信感を抱いていたのである。何もかも密室で決められて国会の場では野党議員たちの自分は頑張っていますよ、有権者の皆さんよく見てくださいねといった、あからさまな就職活動な場でしかなく、国政は何の責任も取らない官僚と産業界と密接に結びついた与党政治家との密室での談合により決められてそこに主権者である国民の意思が反映されないことに諦観していたのであるが、そのよどんだ空気を掻き消すように放った柚木クリスティーンの東京独立宣言に多くの国民は賛同の意を示したのである。あたかもひとり一人が幕末の志士となったかのように新しい国政に関して発言を始めたのであった。この波は都知事リコールだけに収まらず、公然とキャサリン青木退陣論がネットのみならず市井にて展開されるようになった。ネット内では島村瑠璃死亡により自然消滅したデモの再開が議論されるようになり、来る土曜日に国会議事堂前でキャサリン青木退陣要求デモを行うことがネット内の勇士たちにより決められたのである。このデモについては八王子での知的障害者に対しての非合法な人体実験について真相究明するように求めることも含まれていた。ここにきて世論は大きく動き出したのである。アメリカ合衆国においてもマッコイ前大統領がリードしエイミー・ディキンソン大統領に日本の医師免許を持たないアメリカ人医師による非合法な人体実験に関しての情報開示とディキンソン大統領の関与を追及するデモが各地で起きていたのであるが、日本で起きた都知事失職のニュースは、民主主義の勝利というシンボルとして扱われ全米にデモの嵐を巻き起こすことになりつつあった。アメリカ合衆国においても国論を二分する全体主義と民主主義の戦いが始まったのである。中国においては国際市場派と国益派の戦いに中国共産党が介入するといった三つ巴の内乱のさなかであったのだが、東京における福島都知事失職のニュースは国益派に大いに勇気を与えつつある状況であった。その中で全体主義に支配されつつあったEUにおいてそれぞれの国益を重視する国論が浮上し各国ともEU離脱の議論が盛んにおこなわれるようになった。EU離脱論者たちはイギリス王国に倣って日本が中心となっているTPPに参加してそれぞれの国益、文化を尊重した連邦国家を日本と共に構築していこうという論調が出始めていた。
 そのような中で東京都選管により都知事選の日程が発表された。三月十五日告示、四月の第一日曜日投票である。
 世論的に不利な状況下に置かれた国内の国際市場派であるが五代礼三幹事長を中心に着々と政権維持を確実なものにするための対応策を進めていったのである。五代にとって心強かったのは青木内閣の支持率が四十パーセント台の後半に踏みとどまっていることである。就任当初の高い支持率から比べると半減した感があることは否めないが与党自由党の三十パーセント代後半の支持率と合わせると八十パーセントを超え内閣は安泰であることが五代にとっては都知事選に対しての安心材料ではあった。彼の読みでは福島百合子と柚木クリスティーンの一騎打ちの状況になるはずでその場合三百万票を集めれば当選は確実なものにできるはずである。自由党の基礎票として二百万は確実に見込める。都連へは基礎票を確実にするように指示は出してあるのであと百万票を獲得できればいいのである。そのためというわけではなかったが電子投票の法案がこの間即日施行されたのは幸いであった。電子投票による不在者投票の動向はAIマザーに入ってくるので確認できるはずである。その結果によっては電子投票の結果の改ざんを考えなければならないと五代は考えていたのであった。彼はまさに鬼になろうとしているようだ。
 白川久男もまたユニ・グローブ社による投票結果改ざんを考えている一人であった。彼にとっては最近の世論の動向により柚木クリスティーンは大差でもって福島百合子に勝利すると確信しているのであるが不安材料はディキンソン大統領によるユニ・グローブ社を使っての都知事選への介入である。その防御策としてリコールの是非を問う投票がどのようにAIマザーに反映され、AIマザーがどのようにその結果に対応するのかをインディーズ・ウェブのホストコンピューターを通してモニターしていたのであるがAIマザーは何もしなかったようなので参考にはならなかったのである。一番の要因としてはリコールの投票が手書きであったためであろう。しかし五層の防御壁を破ってAIマザーの選挙関連の制御ブロックへ侵入できたことは幸いであった。あとは都知事選の当日にAIマザーがどのようにして電子投票端末へ投票結果の改ざんを行うかのモニターを行い、そのアクションに対してのリバース工程を仕掛ければ投票結果への改ざん指令は防御できると考えていた。

 ここに都知事選後の社会の在り方を真剣に考えている男が一人いる。大沼広樹前内閣総理大臣である。彼はいかにして権力を五代礼三から奪取するかを考えていたのであったが最近の世論の動向、特に東京都の日本国からの独立という新しい発想は彼にとっては理想的なものであった。世論はお祭り騒ぎがしたいだけで浮かれた気分で東京都独立を叫んでいるのであるが彼は一国の総理を務めた男である。その上で総理の地位で何ができて何ができないのかを痛いほど理解していた。総理と雖も国政を動かすには力が足りない職責なのである。力とは数である。通常は議員数を抑えることが国政の滑らかな運営ができるという意味でつかわれているのであるが、東京都独立に対して浮ついた気持からとはいえ多くの国民がその発想に夢を抱いている今が日本という国にとって変革を行う機会なのである。都知事選に向けて日本国中が熱くなっている今しか日本を変える機会はないともいえる。多くの民意の賛同を得られるならばそれは力となり東京独立を契機として新生日本として生まれ変われるはずである。今の日本国の最大の弱点は政官財と結びついた中で三者三様に自己保身で身動きが取れない不動のトライアングルにより斬新な政策が取れないことである。幸いにも今は行政支援システムとしてAIマザーが官僚機構以上の働きを見せている。それ故に官僚の数は最小のもので国家の運営ができるはずである。政治にしても同様である。大多数を占める世襲議員たちによって地元や業界の利権に縛られ規制改革ひとつとっても満足に成し遂げることができない。やる気のある議員がいても既得権益によりつぶされてしまうのが実態である。しかし東京都を独立させることによってその壁は打ち破れるのではないだろうか。幸いにも孫英玲京都府知事を大沼の陣営に引き入れることに成功した。東京に続いて京都を独立させれば大都市圏での独立連鎖を止めることはできなくなるであろう。その上で独立国家連合としての日本を位置づけることが出来るのであれば現在のような身動きの取れないトライアングル構造から脱却でき日本は再び世界のリーダーとして羽ばたくことができるはずである。今上天皇が国益を重視せよとおっしゃられたときのお顔が目に浮かぶようである。今、この機会を逃せば再びこの様な絶好機は大沼には訪れないであろうと思っている。今こそ行動すべき時であると大沼は強く確信したのである。
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