頭狂ファナティックス

死闘のあと

エピソードの総文字数=4,526文字

 学生寮が並んでいる一帯に轟き渡った爆発音は銀太と綴の耳にまで届き、二人はすぐさまその音を紅月のコンプレックスによるものだと思い至った。仮に紅月と清美が戦闘になっているとしても、助力はしないと言った銀太だが爆発音を無視できるはずもなく、二人は学生寮の方に向かった。戦闘が行われた部屋のある寮はすぐに発見できた。爆発音を聞きつけ、様子を確認しにきた生徒がその寮に人だかりを作り、騒擾を起こしていたからだ。
 寮の住人は戦闘の早いうちから物騒な物音に気がつくと、荒事に巻き込まれまいと避難しており、別の寮から出てきた生徒たちに誰かはわからないが戦闘を始めたことをふれ回っていた。清美が窓外に投げ出され、爆破される姿を見た生徒たちは興奮と狂乱と恐慌の混じった叫び声を上げたあと、一瞬だけ見えた姿からあれは誰だったのか自分の推測を言い合い、学園が封鎖されているあいだ、次々とこのような血なまぐさい殺し合いが起きるのかと危惧したが、どの表情にもどことなく祭囃子にあてられたような浮気が見られた。
 清美の部屋の窓辺には死闘を切り抜けた安堵から虚脱した紅月が呆けた表情で群衆を見下ろしながら立ち尽くしており、銀太と紅月はその姿を窓の中に見つけると、部屋の位置を確認してから寮に入った。二人が清美の部屋に入ると右腕を止血しようともせずにだらりと垂らして、一時的に何事にも無関心になっている紅月がゆっくりと振り向き、その無惨な姿と台風を詰め込んだあとのような部屋の様子から綴は声を上げはしなかったが、一瞬、意識が遠のきよろめいたために銀太が身体を受け止めてやらなければならなかった。銀太は親友に駆け寄り大丈夫かと聞いたが、紅月が何の感情も宿っていない悪寒の走るような目で見つめてくるばかりで返事もしなかったために、怪我の具合や事情を聞き出すよりも自室で休ませる方が先決だと判断した。
 紅月と綴の部屋に戻るあいだ三人は無言で、綴はショックのあまり足に力が入らずふらついていたが、銀太は紅月に肩を貸していたために姉を支えてやることができなかった。殺し合いのおぞましい雰囲気がまだまとわりついている紅月には人を撥ねつけるところがあり、三人に話しかけるものはおらず、生徒たちは重苦しく黙り込んで道を開けた。紅月の右腕の出血は完全には止まっておらず、三人が歩いたあとには点々と血が続いていた。

 部屋に戻ると死闘のことなどつゆほども知らない秋姫が待っており、紅月の姿を見ると息を呑んだが綴のように怖気には捉えられず、怪我の治療をするためにすぐさまあちらこちらへと駆け回り、無水エタノールや大量の清潔な布を持ってきた。秋姫は紅月を藤椅子に座らせて手当てを始めた。銀太は補助役に回り、秋姫の指示するままにエタノールと水を混ぜ合わせたり、湯を沸かしたりした。綴も何か手伝うと言ったが、あまりにも動揺していたために銀太に説得されベッドに寝かされた。右腕の先に清潔な布を何重にも押さえつけて止血しているあいだ、秋姫は鎖を身体に巻きつけたときや床を転がったときにできた傷に優しく手の平を添えた。秋姫の手に触れられた傷は塞いで、出血が止まった。
私の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は小さな傷しか閉じることができません。欠損した右手は私の能力ではどうしようもないです。お役に立てなくて申し訳ありません。
 秋姫は相手に目線を合わせて慈愛を込めた声色で静かに言ったが、放心が未だに解けない紅月は先の何の感情も宿っていない目で見つめ返しはしたものの返事をしなかった。
右腕の欠損部分を消毒のために熱湯につけます。激痛を感じると思いますが、我慢してください。
 紅月の右腕の出血が止まると秋姫は熱湯を入れた洗面器を用意させた。秋姫が相手の右腕を優しく握り洗面器の中に静かにつけると、それまでされるがままだった紅月は反射的に秋姫の手を払って右腕を跳ね上げたが、激痛によって正気に戻ったようでようやく話ができるようになった。その人がもっとも安定するスペクトルがあり、紅月も戦闘が終わった今では平常時のスペクトルに戻り、『明日の神話』は使えなくなっていた。
 紅月は治療を受けながら清美が訪問してきて、そのあと戦闘になった経緯をすべて話した。
清美先輩はこの学園以外にも封鎖されている場所が複数ある可能性を示唆した。その証拠として、ラジオやテレビに電波が入らなくなっていることを挙げていた。最悪の事態を考えれば、東京一帯が封鎖の対象になっている。空白組は理事会に協力しているが、この封鎖の全体像を教えられてはいないそうだ。今回の件、俺たちが思っているよりもはるかに大事なのかもしれない。
これからどうするかが問題だな。理事会は紅月と常盤先輩に生徒会の一員として協力を断った場合、殺害する指示を出したんだろう? 清美先輩を始末した今、次の刺客が送られてくるかもしれない。それも一人で、とは限らない。次は確実に殺しに来る。紅月は負傷しているが、かと言って僕たちでは空白組に太刀打ちできない。今更、理事会の傘下に下ることも不可能だろう。
誰かに助けを求めるしかない。その適任は常盤先輩だな。あの人が理事会の傘下に下ったとも思えないからな。もっとも、常盤先輩が吾妻先輩に殺されていないことが前提だが。向こうも死刑宣告をされているだろうから、同じ境遇にいるもの同士、手を組まない理由はないだろう。
封鎖が解けない限り、この殺し合いは続くのだろうか? しかも今は空白組の内ゲバで収まっているが、日にちが経つにつれて、あちらこちらで戦闘が始まるかもしれない。
それは間違いないだろうな。あと二三日で封鎖が解けるとも思えない。だとすると、当然食料を筆頭に物資が不足し始める。そうなれば残された物資を巡って争いになる。最初は小競り合いとも言える小さなものかもしれないが、必ずどこかで大規模な戦闘が勃発する。
私ができる範囲での治療は終わりました。内臓の損傷などは本職のお医者さんに任せるしかありません。感染症を防ぐために抗生物質も貰わないといけませんしね。化膿しないように右腕の包帯はこまめに取り換えてください。私はお医者さんを探してきます。医療施設の人たちもこの学園に閉じ込められているはずです。
 秋姫は立ち上がって、部屋を出て行こうとした。その姿を見て、銀太は部屋に残るべきか秋姫についていくか迷い、二人の顔を交互に見た。銀太としては秋姫一人で封鎖された学園の中を歩き回らせたくなかった。その様子に気がついて秋姫は優しく諭すように言った。
銀太くんは紅月さんのそばにいてあげてください。怪我をしたときって、本当に心細くて、誰かにそばにいてほしくなるんですよ。それに空白組の人たちが来たら、誰が紅月さんを守るんですか?
わかりました。けれどもくれぐれもお気をつけて。こんなことがあった直後だから、どうしても不安なんです。
あんまり変な場所まで探しに行かないで下さいよ。特に実験棟には、理事会の奴らとか、空白組の奴らがいますから。俺なら大丈夫っす。医者いらずと呼ばれるほど、風邪とかひいたことないんすよ。
 秋姫は銀太と紅月に見送られて部屋を出て行った。
 正午を大きく回っても、秋姫が帰ってくる気配はなかった。厄介事に巻き込まれているのではないかと不安になって紅月が何度も探しに行こうと言い出したが、そのたびに怪我した身体で無理をしないでと返して銀太が押し留めた。医者がいるとすれば医療施設か医療機関に携わる職員の社員寮だが、秋姫の帰りが遅いことを考えると、学園の内か外かを問わず、別の場所に移動している可能性が高かった。秋姫を探しに行くとしても、あてがない状況では広い学園内を当てずっぽうに探しても見つかるはずもない。
 動揺が収まり、ようやく落ち着きを取り戻して綴がベッドで寝息を立て始めたころ、部屋のドアがノックされた。その音を聞いて、銀太と紅月は俄かに緊張した。ノックが四回されたあとは何の音も聞こえなくなった。秋姫が帰ってきたのだとしたら、名乗らない理由がわからなかった。銀太は立ち上がり、奇襲を警戒しながら静かにドアを開けた。
 そこに立っていたのは立畑照葉という女生徒だった。
 立畑は無作法にも銀太を押しのけて無言で部屋の中に入ってくると、藤椅子に座っている紅月の目の前に立った。銀太は立畑の背後に立ち、シンボルの鋏を具現化して、いつでも首を切断できるように構えた。
さっそくお出ましっすか。ここにいる二人は清美先輩の件とは無関係っす。話をするなら、この二人を追い出してからにしてください。
安心しろ。私は瀧川を殺しに来たわけではない。その逆だ。理事会は瀧川、常盤両名の殺害命令を取り消した。それを伝えに来た。背後にいるのは一年八組所属大室銀太、ベッドに寝ているのはその姉の二年十二組所属大室綴だな? 知っていると思うが自己紹介をしよう。私は特別科クラス所属兼、生徒会副会長立畑照葉だ。学年は三学年にあたる。瀧川と詳しい話をしたい。そちらの二人も部屋にいたままでいい。
 勧められてもいないのに立畑は紅月の向かい合いになる藤椅子に足を組んで座った。
 立畑は桑折の指示通りに制服を着ていて、襟足をいかり肩と平行になるように短く切り揃え、うなじを見せていた。前髪は眉毛と平行になるように念入りに整え、身勝手な性格に調和しており、その性格は顔つきにも表れていた。目は線のように鋭く睨んでいるように見え、口はいつでも不機嫌そうに一文字に結ばれていたが、頬から顎にかけての曲線は少女らしく滑らかだった。
 闖入者に危害を加えるつもりはないらしいと判断すると、銀太はしきりに立畑の方に目を向けて警戒しながらも、台所に立ち紅茶の準備を始めた。綴は張り詰めた神経が弛緩したために来客にも気がつかず深く眠ったままだった。
理事会が前言を撤回したことについては深く感謝します。先ほど、瀧川、常盤両名と言ったすよね? 常盤先輩も生きてるんすか?
常盤への勧告には吾妻を送ったのだが、予想通り常盤が生徒会から離反する発言をしたために二人は戦闘になった。その結果、吾妻が返り討ちという形で死亡した。清美と吾妻が死亡したことを受けて、理事会は殺害命令を取り消さざるを得なかった。瀧川と常盤の殺害のために、生徒会を総動員したとしても、こちら側も全員無傷とはいくまい。これ以上の欠員は避けるべきとの判断だ。二人の生徒会役員としての職務怠慢は黙認される形となる。
先輩方としてはそれでいいんすか? 一応、俺たちはクラスメートだ。仇討ちとか考えないんすか?
わざわざ仇を討ってやるほど、私たちは仲良くもなかっただろう。私たちはたまたま優秀だったから、一ヶ所に集められただけだ。むしろ実力に裏打ちされた自負を持っていた分、互いに牽制している節すらあった。何よりも、仇討ちなど割に合わないからな。
割に合わない、すか。冷めてますね。
私から伝えるべきことはこれですべてだ。せっかく紅茶を入れてくれているところだが、お暇させてもらう。
 立畑は立ち上がると、入ってきたときと同じく誰の許可も取らず不躾に出て行った。

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