文字数 963文字

暗闇の中。まっすぐに伸びた木製の腕が、ブウンと音をあげて側面から襲いかかる。
目をこらしてその打撃を避けると、バランスを崩してマネキンはハデに倒れ込んだ。
コイツは頭が無いタイプだ。ヨロヨロ起き上がる視線はどこを見ているのだろうか。

「マルキュルセルトピール……」
何の呪文だろうか。毎回で耳にする奇妙な言葉とともに、胴体を俺のほうに向ける。
コイツらの弱点である頭が無いのは厄介だが、足がある型なのはまだ救われている。

足も頭もないタイプの、胴体だけが空中浮遊するマネキンの攻撃性能は脅威だった。
この階にたどり着くまでに、そのマネキンに身体を粉々にされた仲間達を思い出す。
命を落とした彼らのためにも、絶対にこのショッピングモールから脱出しなければ。

今さっき俺に殴りかかってきた右腕のほうを下げ、左足と左腕を前面に構えてきた。
足があるタイプは全体的に脚力のほうが強い傾向にある。奥に潜む右足に警戒する。
頭を叩き落とす事ができないため、第二の弱点である胴体の左。心臓を停止させる。

「ネフェルフェルキィィイイィィィイイイィィィィイイイイィィィィィイイイイイ」
強弱のついた耳に刺さる高い声とともに、空気を切り裂きながら右足が飛んでくる。
下の階では見た事がない異常な速度の蹴りを何とか避ける事ができたが、次の瞬間。

「キルエセルトルーシ」
蹴り上げた右足を空中に静止させたまま、胴体だけクルリと回転させこちらに向き。
木製の腕を左右から伸ばし、俺をぎゅうと抱きしめる。腕の速度も足並だったのか。

俺を抱き締めた木製の腕が、パキパキ音を立てながら凶悪な腕力で締め上げていく。
空中浮遊する型のマネキンほどの力は無いにしろ、このままでは骨が折れてしまう。
右足がまだ空中にある事を利用し、スキを突き左足に強引に足をひっかけ転ばせる。

「ンー」
弱い声を出しながら。右足を天井に向けたまま、マネキンはクタリと動きを止めた。
何とかうまくいったようだ。右手に握ったマネキニアから青い火花たちが飛び散る。

ふうと息をつくが、休んでいる時間はない。ただでさえ今回は予想外の内容なのだ。
男性のマネキンが押す力が強いのに対して、女性のほうの腕は引く力のほうが強い。
人間と同じだ。しかし、今回はその内容が反転している。次の階も油断はできない。

マネキニアの時間は、まだ始まったばかりだ。
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