第12話 ポポンデッタ Nゲージ 1101 アーノルドカプラーNをお求めのお客様
文字数 9,877文字
「はじまりますね」
「ああ」
ここは代々木上原・代々木地域センターで開かれる代々木商工まつりの大ホール会場。
ここに、天の川鉄道模型社が鉄道模型を出展することになったのだ。
協賛 追兎電鉄
ついにその一般客入場が始まる。
協賛 山岸技研
「ほんと、ありがとうね。高齢化進んでる商店街に君たちは助かるよ」
協力 奇車会社尼崎
商工会の会長たちが開会前に挨拶していった。
協力 北急電鉄
「すみません、深夜までみなさんで、搬入後を見張って貰っちゃって」
担当 米田淳一未来科学研究所
「いいのいいの。お互い様だから。こんなすごいの壊されたら我々も辛いよ。しかし、ホントすごいの作ったねえ、あんたたち、プロだっていうけど、すごいよ。いいもの見たよ」
原作 米田淳一
「恐縮です」
制作 レイルモデラーズ制作委員会
レイルモデラーズ
「よく眠れた?」
「おかげさまで」
「子どもたちもすごく喜ぶと思うから、今日一日、がんばってね!」
「はい!」
メイとマスターは二人になった。
「でもさ、このインサート、何だろう?」
「アバンタイトルごっこですよ。うちの著者の」
「ほんと、頭涌いてるなあ、うちの著者は。ふざけるにもほどがある」
「そうですよね……」
といいつつ、緊張がキリキリと痛い。
この出展は、『奴』の納品要求を無視しての、強行出展なのだから。
どんな妨害があるかわからないのだ。
「ほんと、鉄道模型でなんでこういう争いになっちまうのか、いまいちわかんねえんだが、でも、趣味というものの悪いところがでると、こうなるんだよな」
「いやなものですね」
「ああ。ほんとそう思うよ」
マスターとメイはそう言葉を交わした。
「しかし、間に合わないかも知れないな」
マスターが、スマホで何かを見ている。
なんだろう?
「それ、逆転の一策ですか」
「まあね」
マスターは、覚悟を決めたようだ。
「まあ、だめならだめでしかたがないか-」
「でも、諦めたら負けは決定ですよ」
メイは真剣に言う。
「そうだね。じゃあ、奇跡を待つか」
その次に来たのは。
「あ! 自転車の!」
マスターの男友達ですわ、をほほほほ、じゃなかった。今はそれどころじゃない。私ダメだ……。とメイは思う。
「これ。ハンディカムと三脚。この展示の動画撮ってYouTubeにアップしようと思って」
「ありがとうございます!」
「マスターとメイちゃんだと、忙しくてとても出展の記録撮ってられないだろうと思って。こういうのはちゃんと記録に残さないとね。オレの勤務シフトあわせられてよかったよ」
「そうですね」
「あと、これ」
彼の自転車用のザックから、古びたノートPC、というかネットブックが出てきた。
「メイちゃんが奴から預かったSDカード、これで見てみよう」
「だって、何が入っているかわかんないんですよ」
「そのためにこれなんだよ。このネットブック、うちの会社の廃棄予定でネットにもつながってないから、何かあっても大丈夫」
彼は微笑んだ。
「それに、すこしでも奴らに反撃出来る材料がないかな、と思って。もしかするとその材料か、糸口になるかも」
メイは少しためらった。
「いこう」
「ええ」
覚悟してそのネットブックのスロットにSDカードを挿した。
「これは……」
自動再生で画面に出てきたのは、圧縮フォルダだった。
「うわ、いかにもあぶなそうだなあ」
「取りあえずなかを覗いてみましょう。でなきゃどうにもならない」
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか、と」
しかし、出てきたのは。
「画像ファイルと大量のhtmlファイルとかtxtファイルだね」
「実行ファイルはなさそうだね。解凍して再生してみよう」
それは、写真だった。
鉄道模型を楽しむ人々の写真。
思い思いにカスタムされた、すばらしい力作の鉄道模型たち。
そして、にぎやかで楽しそうな宴の様子。
「ああ」
マスターは言った。
「これが、15年前の、俺たち、帝都レイルクラブの記録だ」
「コメントやメッセージもたくさん!」
「ああ。みんなで使っていたサーバの全部がまるごと入っているんだろう。今のSDカード一枚に収まっちまうが、これがあのレイルクラブのみんなの生きた証だ」
「でも……こんな楽しそうだったのに」
自転車の彼も、マスターも、メイも、うなだれた。
「そう。サーバも処分され、ここにあるSDカードの他は、公には存在しない」
「寂しいもんですね」
「過去とはそういうものだ。どんなことがあっても、過去は美しいんだよ。常に」
マスターはそう、溜息のように口にした。
「あれ、何ご覧なんですか?」
「あ、あの!」
一杯高いもの買ってた嫌みなプロモデラーの彼だ!
「あれからいろいろ、請負仕事整理しましたよ。特にひどく安い無理な仕事は人生の損だなと思って、思い切って断りました。そうしたらお金減ったけど、時間できて、そこでじっくり作ったらお客さんがすげえ喜んでさらに注文するんですよ。結果、収入はあんまり変わんないです。ほんと。『じぶん☆だんぴんぐ』しちゃダメなんですね。それをメイさんとマスターに教わりました。感謝してます。断る勇気って大事ですね」
「で、今日は」
「お手伝いに来ました。2人じゃお客さんの応対しきれないだろうと思って。うわ、でもこの展示、ものすごいですね! 正直、こういう地域イベントにしては場違いなほどのクオリティです! それに東京ジャーミイ作っちゃったんですか! これ、マスターの作品ですか?」
「いやあ、ちがうのよ」
マスターが笑う。
「ええっ、メイさんの!」
「そうです」
「すごい!」
彼は目を丸くし、恐縮するメイだった。
なんだ、模型に真摯に向き合えば、なかなかの好青年になるじゃない。
続いてあの中学生のお客もきた。
「あのマスターから買った本、すごく面白かったです!」
「でも理解出来たの?」
メイが聞く。
「はい。ちょっと難しいところは学校の先生に聞いて。そうしたら先生もわかんなかったんですが、先生が大学の先生につないでくれて。大学の先生がすごくいい説明してくれたので、内容の理解がはかどりました。鉄道模型も楽しいですが、実際の鉄道工学にも興味がとても湧いたので、今進路を決めるに当たってそれを考慮してます」
「高校はどこにするの?」
「いえ、大学の先生がすごく喜んで見込んでくれたので、高校は2年だけで大学に行こうと」
「ええっ、飛び入学!?」
「まあ、君は頭がいいものね。でも、才能や頭脳だけじゃダメだぞ。しっかり人間を見極めないと、ヒドい目に遭うよ」
マスター、それシャレにならないってば。
「そうですよね」
ひいい、この子もシャレなんないわよ! ほんと生意気なんだから! 全然変わってない! もうっ!
そして。
「あ!」
「お久しぶりです」
あ、あの離婚したお客!
「彼女連れてきました」
「え、彼女さん出来たんですか?」
「ええ。捨てる神あれば拾う神ありですね。縁を整理したらカノジョ出来ました」
しかも女の私が見てもかなりの美人!
「まあ、あんまりガチガチに考えちゃいけないってコト、わかりました。感謝してます」
マスターが笑った。
「なんか、学校の同窓会みたいだね」
「そうかもしれませんねえ」
展示はそこからも好評だった。集まったお客のみんなも、展示の案内を自主的に手伝ってくれる。
そして、事情もみんな理解してくれた。
「天の川さん潰れちゃイヤですもんね。われわれも。出来る協力はしますよ」
「でも、できることが限られてるのがなんとも。非力ですみません」
「いえいえ、ありがたいですよ。こういうのも、店やってて嬉しいことの一つです」
「メイちゃん、じつは子供のあしらいうまいね」
「それほどでもー」
「案外家庭的で良いよね。いい奥さんになりそう」
「ええっ」
「いや、言ってみただけ」
「なんですかそれ!」
みんなが笑った。
こんな素敵なみんなと一緒なら、潰れても負けてもいいのかも……って、ええっ!
私今何思っちゃったの!
ひゃあああ! これ、なにかのフラグじゃない? ひいいい!
「メイちゃん、どうしたの」
「なんでもないです!」
ひいい、神様、みんなを守ってください……。
メイは本当にそう思った。
そのとき、会場の空気がふっと変わった。
まさか!
メイが見ると、やっぱりだった。
もう一人つれて、『奴』がきた。
すぐにみんなが緊張し、戦闘モードになる。
プロモデラーの彼も、中学生も、離婚した彼とその彼女も、事情を知ってこの防御陣形に加わっている。
でたな、ラスボス!
ここで最後の勝負だ!
でも、私たちの武器は?
武器は?
あれっ?
ない。
そういえば、ぜんぜんない!
えええ、だめじゃん!!
マスター、どうするの!!
そうみるが、もうマスターの目の前に奴は来ていた。
ああ、もうダメだ!
「なんでこっちに出展しているんだ。我々への納品はやめたのか」
「まあ、見ての通りだ。納品は、やめた」
マスター、そうはいっても私たちに武器、ぜんぜんないです!
勝ち目ないですよ!
「そうか。じゃあ、完全に関係は終わりだな」
奴は冷酷に言った。
「このことの意味わかってるだろうな。君たちを、鉄道模型業界で、もう誰も相手しないぞ。模型誌も扱わないだろう」
マスターは答えない。
「まったく、もうちょっと判断力があるかと思ってたのに」
なおもマスターは黙っている。
「君には、ほんと、がっかりだ」
マスター、もうダメです!!
「模型の世界に、お前たちの居場所は、もうどこにもない」
逆転の策って、なかったの? ほんとうに。
メイは泣きたくなった。
やっぱり、お金には、勝てなかった……。
その時。
一人の紳士がハンカチ片手に早足で現れた。
「あ、アース金属の祝谷さん! あれ、品川のイベントじゃなくてなんでこっちに?」
奴が気付く。アース金属とは鉄道模型をやっている人間なら知らない者のいない、大手メーカーである(著者注:諸般の事情でここだけ仮名です。すまぬ)。
「いや、ヨーロッパ出張からここへの直行はキツかったです。駅からタクシーとばしてきました」
「そうですよね。おつかれさまです」
祝谷に奴は親しげに話しかける。
だが。
「いや、今日は君に用はなくて」
祝谷は奴をさらりと振り払った。
ええっ!
奴も驚いている。
「今日は天の川鉄道模型社さんの為に急いできたの。天の川さんのマスターは?」
「ええ、私です」
マスターが答える。
「どーも。現実では初めまして。メール拝見しました。ワタクシ、アース金属先端技術開発部実験店舗担当の祝谷と申します」
祝谷は如才なく名刺を差しだす。
「メール拝見して、急いできました」
「祝谷さん、なんで」
奴が言うが、
「君は黙ってて。君に用はないから」
祝谷は奴を露骨に邪魔扱いする。
「いや。うちの実験店舗で是非、天の川さんの3Dプリント信号機、扱ってみたいんですよ」
「えええっ」
「うちはそういうとんがった模型、面白い模型を小ロットでも良いからやらないと、鉄道模型の世界に未来と革新はない、そしてそれをやらないと市場も先細る、っていう今の社長の意向でやってまして。ちょうどそこで、こういうのを求めていたんですよ。ユーザーに過剰に媚びないものを探してまして」
「流通はどうするんですか」
なんで奴が祝谷さんに聞くの?
「ええ。実験店舗、東京クラフトセンターでまず販売を始め、あとはうちのガレージハウスブランドでの通販を考えています。生産のための3Dプリント業者もすでに候補を考えています。まあ、マニアックですから本工場でのインジェクション生産までは行かないと思いますが、ほんと、面白いじゃないですか、こういう模型。わが実験店舗扱いでいろんな鉄道模型イベントにも出展し、販売網に徐々に乗せていこうと思っています」
「でも、ユーザーの意見として、我がレイルクラブとしては」
「え、レイルクラブ? なんですかそれ」
祝谷は奴に全く容赦ない。
「ああ、あれは所詮趣味の団体ですよね。うちはそんなの、ぶっちゃけ相手にしてませんから。そんなのありふれてますし。ほっとけばどんどんできて、分裂繰り返すだけですもんね。我が社はそれより、一人一人のユーザーとモデラーを、真摯に相手して大事にしていく方針ですから。そっちのほうがビジネスとしても確実ですし、ユーザーと企業の関係として健全ですから。いちいちユーザー間のゴタゴタに付き合っていたら、キリがありません」
祝谷が言う。
「メーカーにとって、ユーザー一人一人が大事なんであって、ユーザーが集まって圧力かけてくるみたいなのは、我々にとっては正直、トラブルの元なんで、イヤなものなんですよ」
うわあ、奴の立場、これで全くなくなった!!
「まあそうですよね。趣味と産業の次元ををごっちゃにされては、たまりませんよね」
そこに現れてそういうのは!
あのロールスロイス・ゴーストでやってきていたお客の銀行グループの頭取!
周遊列車『あまつかぜ』のお披露目の式典にも出てた人!
今日はゴルフに行くようなカジュアルスタイルで登場だっ!
「オーダーフルスクラッチの周遊列車『あまつかぜ』セット持ってきましたよ。是非ここで走らせてください。これ見て子どもたちが喜ぶのを見るのが、今の私にとって、一番楽しいことですから」
そうか!
頭取の銀行グループは祝谷さんのいる大手鉄道模型メーカー・アース金属のメインバンクでもあった!
メイはつながった線の鮮やかさに呆然としてしまった。
それは奴も同じ思いのようだった。
「あ、代々木上原の再現、良いですね。勇太、小田急の代々木上原駅だぞー」
「えー。『ぱぱのでんしゃ』じゃないのー?」
「うーん、ぱぱの電車はね、もうちょっと北側を走ってるんだよー」
子連れで現れたのは、周遊列車『あまつかぜ』を運行している北急電鉄の樋田社長!
「おおー。いいですね。代々木上原の完全再現ですか。いかにも代々木上原だ」
「これはもう特撮の世界に近いですね。いや、これは楽しい。特に東京ジャーミイ再現は往年の東宝特撮みたいで萌えますね!」
「あれは最後に怪獣で壊しちゃうけど、これはいつまでも見られて良いよね。いや、飽きが来ない。いいものだ」
そこに『シン・ゴジラ』マニアの隣のイタリアンのお客、ではなく代々木署の刑事2人がきた。
「マイクロマシンでの盗聴の実行犯とその幇助犯について、うちのハイテク犯罪対策センターが一斉に摘発しましたよ。あんな高価なもの盗んでタダじゃすむわけない。窃盗で逮捕し、余罪を追及しています」
「私も協力しましたよ。まあ、警察への協力ってのはなかなか大変なんだなと思いましたが」
あの表情の暗かった暗かった大学教員の客も、今日は憑き物の取れたような爽やかな顔で現れた。
「まあ、背後にある団体がよくわかんなくてね。レイルクラブってことになってるけど、実態は我々で調べますよ。まあ、無責任な趣味団体でやっていい事ではないからねえ。関係する各省庁も、こういう関係が請負業法的にどうなのか、興味を示している」
奴は、顔を引きつらせている。
「ああ、君か。例の。あんまり変なことすると、天網恢々疎にして漏らさずだからね」
刑事のドスの利いた声は、奴のドスの声とは桁違いだ。
なにしろ、刑事たちはその道のプロで、税金でそれを鍛えているのだから。
すると、奴の連れてきた男の様子がおかしくなった。
「あっ!」
メイがその手が不用意を装って模型に近づくのを見た。
やっぱり!
もうだめだ! やられる!
「うぬ!」
だが、それを止めるその女性の力強い手!
「はて、この手はなんであろうか」
姫騎士さんだ!!
「勝負はほぼ決まったと余は見ただが、そもそもこういう趣味に本当の勝負などなかろう。たとえ競っても、互いのフェアな努力をリスペクトし、たたえ合うものではないのか?」
姫騎士さん、でもここに甲冑コスプレしてくることないじゃん……。
いや、でもそれ、今涙でそうなほどメチャメチャカッコいい……。
そして、姫騎士から刑事2人が奴の子分を制すのをうけついだ。
「まあ、天の川さん、これからも末永くよろしくです!」
祝谷さんはそういうと、頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ」
マスターが答える。
「じゃ、あとで場を改めて詳細詰めましょう。今日はまずご挨拶で」
「こちらこそ。ご足労いただいちゃってすみません」
「いいんですよ。東京クラフトセンターに行く途中ですし」
祝谷はそう笑うと、去って行った。
マスターの強烈な『召喚魔法』が恐ろしいほどの威力で決まったのだった。
ひいい、メーカーとそのメインバンクと刑事を一気に召喚しちゃうなんて!
なんて苛烈な魔法攻撃!!
マスター、ほんとうにすごいっ。これが逆転の一策だったのね!
そしてさらに、みんなでフォーメーションを組んで、奴と対峙することとなった。
メイたちに直接武器はなくても、すでに明らかな『オーバーキル』の状況だった。
これにたまらず、奴が頭を下げた。
「すまなかった」
「え?」
「15年前も、このことも」
奴は、脂汗をかいている。圧倒された屈辱に震えているのだろうか。
マスターはすこし、黙っている。
でも、奴は震えている。
まさに、奴のHPは、ゼロ……ッ!
マスター、ここで止めを! 止め刺しましょう!
メイはそう声をかけそうになった。
しかし。
「いや、特に気にしてないよ。今も昔も」
なんとマスターは、それなのに、こんなふうに拍子抜けするほど軽く言った。
「所詮趣味でしょ。されど趣味だけど」
奴は、頷いた。
「つまんないこと、いつまでも気にしてんなよ。ほんと」
マスターがあっさりそう言うと、彼は頭を下げ、逃げるように去って行った。
「いいんですか?」
メイが聞く。
「わざわざご丁寧に止め刺してやることでもないでしょ。所詮趣味の話だし。それ超えた分は警察とか専門のプロが、プロのワザできっちりやってくれるよ。正直、それほどの奴でもないし」
「そうですか? あんだけヒドい目に遭ったのに」
「まあ、そういうもんだ。それに世の中には、ちまちまいちいち難詰することよりも、すっきり許してやることで、完全に人間として上回れることの方が、ずっと多いんだぜ」
マスターは微笑んだ。
「許す方が難しいからね。そして、難しいことの方が、結果いい事が多い。常に『地獄への道は広く、天国への道は狭い』んだよ」
メイは、その言葉をかみしめていた。
「それより、さあ、さらに忙しくなるぞ。午後からもっと子どもたちがくる。しっかり説明案内しないと。彼らは、俺たちの鉄道模型も、世の中すらも未来に継いで、発展させていってくれる、希望なんだ」
メイとみんなは、それに深くうなずいた。
「ほんとそうですね!」
「じゃ、その希望のために、みんな、残りの時間、がんばろう」
「はい!」
そして、このセンターでの展示は大好評のうちに終わった。
さいごにお客さんたちとみんなで撤収して、掃除をした後、商工会から特別にまた挨拶された。
メイは、嬉しくてまた涙しそうになっていた。
とくに東京ジャーミイの関係者から、深く感謝されたのも感動だった。
ニートだったメイにとって、こんな素敵な日は、人生でまだなかったのだ。
*
そして、その数日後。代々木上原・天の川鉄道模型社。
そうか、マスターって召喚魔法使えたのか…...いや、それはネトゲの話!
でも、この話、姫騎士も出てきたし、異世界も出てきたし、小型不明生物もでてきたもんなあ。
考えればひどい話だったよなあ、とメイは思っていた。
そしてマスターはいつものように、また小上がりの工作机で模型に集中し、また完全排気つきのスプレーブースに向けて、エアスプレーで注文品の塗装作業をしている。
「でも企業ってすごいですねえ。あっという間に量産体制作っちゃいましたもんね」
「それがお金の力さ。でも、そのお金持ってる人の心に訴えかけるのも、また技量だ」
「そうですね」
「そう。いつだって才能はお金には勝てない。でも、才能に勇気が加われば、お金を動かせる奇跡も起こせる、のかもな」
そうなのだった。
天の川鉄道模型社に、また平和な日常が戻っていた。
メイもいつものメイド服まがいのコスチュームだが、今はメイのための工作机でマスターへの注文品の手伝いをしている。
「私、今、ここの役に立ってますよね」
「え、なんで」
マスターの言葉に、メイはふっと不安になった。
「当たり前じゃん。もう、メイは俺の片腕だよ」
「そうですよね!!」
メイはその言葉がとても嬉しかった。
必要とされるって、こんなに嬉しいものなんだな……。
そのとき。
「あ、そうだ。俺も」
「え、何です?」
「俺、プライベートで作ってる車両のカプラー、切らしちゃってて。だから、社割でここで買うよ」
「ええっ、マスターも社割!?」
「公私の区別はしっかりしないと。取引先なにげに増えたから、さらにしっかりしなくちゃね。レジ操作してくれる?」
「わかりました!」
「あ、社割の仕分けはこことここ押して。あれ、だめだなあ」
「レジ苦手で」
「いい加減覚えなよ。片腕なのに頼りないなあ」
「そうですね……」
そのとき、またコック帽の彼女が顔をのぞかせた。
「こんにちはー。あれ、なんかまずいとこ見ちゃった?」
「そんなことないです!」
メイは真っ赤になった。
隣のイタリアンのお店のシェフだ。
「お昼ご飯もってきましたよ。この前地域センターの展示見て。すごかったわねー。素敵でした。なので、成功のお祝い、私から」
「わ。ピザだ!」
「熱々のうちに食べてくださいねー」
「はい!」
また食卓を用意する。
「タバスコあったっけ。俺、ピザにタバスコ好きなんだよ」
「ありますよー」
マスターが笑った。
「でも、メイちゃん。だいぶ覚えたね。レジ以外は」
「レジは嫌いです!」
メイも笑った。
「嫌ってると覚えが良くないよ。じゃあ、いただきます」
マスターがそう言いながら、ピザを食べる。
「おいしかったですね」
「ああ。ちょっと食べ過ぎた。眠くなりそう」
「コーヒー入れましょうか」
「そうだね。注文品もあるし」
そのとき、店の外で声がした。
「うむ、ここが噂の素敵鉄道模型店であるのか。なかなか店構え、風情が垢抜けて洒落ていて良いのう。そして著者よ、ここへの差し入れの『くりいむわらび』は忘れてはおらぬな? せっかく連れてきたのだ。感謝せい!」
ピチピチした女子高校生たちの声だ。
「もう、総裁の著者パシリ扱い、あいかわらずヒドいッ」
「ほんとうにツバメさんの言うとおりですわ。ここまでこのお話をわずか2週間で書いた著者さん、ほんとうにご苦労様なのです」
「ああああ、そういう詩音ちゃん、相変わらずの癒やし系だよー!」
「御波くんも詩音君の胸で充電しすぎであろう」
「はいはい、みんなー、また話がぜんぜん進んでませんよー」
「そうカオルちゃんがそう言ってくれるお陰でまたなんとか話が進むよー。でなきゃうちの著者の話、ほとんどダメ話だもんなー」
「うむ。華子の言うとおりである。わが著者に感謝など必要ないのだ。必要なのは鉄研制裁のみである!」
「ひいい、ヒドいッ」
「お客さんだ」
メイがいう。
「また随分楽しそうなお客さんがきたね。じゃ、迎えに行くか」
「そうですね」
マスターが小上がりを立って、正面ドアまで行った。
そして、二人並んで、ドアを開けて、声を揃えた。
「いらっしゃいませ! 天の川鉄道模型社へようこそ!」
〈おわり〉
「ああ」
ここは代々木上原・代々木地域センターで開かれる代々木商工まつりの大ホール会場。
ここに、天の川鉄道模型社が鉄道模型を出展することになったのだ。
協賛 追兎電鉄
ついにその一般客入場が始まる。
協賛 山岸技研
「ほんと、ありがとうね。高齢化進んでる商店街に君たちは助かるよ」
協力 奇車会社尼崎
商工会の会長たちが開会前に挨拶していった。
協力 北急電鉄
「すみません、深夜までみなさんで、搬入後を見張って貰っちゃって」
担当 米田淳一未来科学研究所
「いいのいいの。お互い様だから。こんなすごいの壊されたら我々も辛いよ。しかし、ホントすごいの作ったねえ、あんたたち、プロだっていうけど、すごいよ。いいもの見たよ」
原作 米田淳一
「恐縮です」
制作 レイルモデラーズ制作委員会
レイルモデラーズ
「よく眠れた?」
「おかげさまで」
「子どもたちもすごく喜ぶと思うから、今日一日、がんばってね!」
「はい!」
メイとマスターは二人になった。
「でもさ、このインサート、何だろう?」
「アバンタイトルごっこですよ。うちの著者の」
「ほんと、頭涌いてるなあ、うちの著者は。ふざけるにもほどがある」
「そうですよね……」
といいつつ、緊張がキリキリと痛い。
この出展は、『奴』の納品要求を無視しての、強行出展なのだから。
どんな妨害があるかわからないのだ。
「ほんと、鉄道模型でなんでこういう争いになっちまうのか、いまいちわかんねえんだが、でも、趣味というものの悪いところがでると、こうなるんだよな」
「いやなものですね」
「ああ。ほんとそう思うよ」
マスターとメイはそう言葉を交わした。
「しかし、間に合わないかも知れないな」
マスターが、スマホで何かを見ている。
なんだろう?
「それ、逆転の一策ですか」
「まあね」
マスターは、覚悟を決めたようだ。
「まあ、だめならだめでしかたがないか-」
「でも、諦めたら負けは決定ですよ」
メイは真剣に言う。
「そうだね。じゃあ、奇跡を待つか」
その次に来たのは。
「あ! 自転車の!」
マスターの男友達ですわ、をほほほほ、じゃなかった。今はそれどころじゃない。私ダメだ……。とメイは思う。
「これ。ハンディカムと三脚。この展示の動画撮ってYouTubeにアップしようと思って」
「ありがとうございます!」
「マスターとメイちゃんだと、忙しくてとても出展の記録撮ってられないだろうと思って。こういうのはちゃんと記録に残さないとね。オレの勤務シフトあわせられてよかったよ」
「そうですね」
「あと、これ」
彼の自転車用のザックから、古びたノートPC、というかネットブックが出てきた。
「メイちゃんが奴から預かったSDカード、これで見てみよう」
「だって、何が入っているかわかんないんですよ」
「そのためにこれなんだよ。このネットブック、うちの会社の廃棄予定でネットにもつながってないから、何かあっても大丈夫」
彼は微笑んだ。
「それに、すこしでも奴らに反撃出来る材料がないかな、と思って。もしかするとその材料か、糸口になるかも」
メイは少しためらった。
「いこう」
「ええ」
覚悟してそのネットブックのスロットにSDカードを挿した。
「これは……」
自動再生で画面に出てきたのは、圧縮フォルダだった。
「うわ、いかにもあぶなそうだなあ」
「取りあえずなかを覗いてみましょう。でなきゃどうにもならない」
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか、と」
しかし、出てきたのは。
「画像ファイルと大量のhtmlファイルとかtxtファイルだね」
「実行ファイルはなさそうだね。解凍して再生してみよう」
それは、写真だった。
鉄道模型を楽しむ人々の写真。
思い思いにカスタムされた、すばらしい力作の鉄道模型たち。
そして、にぎやかで楽しそうな宴の様子。
「ああ」
マスターは言った。
「これが、15年前の、俺たち、帝都レイルクラブの記録だ」
「コメントやメッセージもたくさん!」
「ああ。みんなで使っていたサーバの全部がまるごと入っているんだろう。今のSDカード一枚に収まっちまうが、これがあのレイルクラブのみんなの生きた証だ」
「でも……こんな楽しそうだったのに」
自転車の彼も、マスターも、メイも、うなだれた。
「そう。サーバも処分され、ここにあるSDカードの他は、公には存在しない」
「寂しいもんですね」
「過去とはそういうものだ。どんなことがあっても、過去は美しいんだよ。常に」
マスターはそう、溜息のように口にした。
「あれ、何ご覧なんですか?」
「あ、あの!」
一杯高いもの買ってた嫌みなプロモデラーの彼だ!
「あれからいろいろ、請負仕事整理しましたよ。特にひどく安い無理な仕事は人生の損だなと思って、思い切って断りました。そうしたらお金減ったけど、時間できて、そこでじっくり作ったらお客さんがすげえ喜んでさらに注文するんですよ。結果、収入はあんまり変わんないです。ほんと。『じぶん☆だんぴんぐ』しちゃダメなんですね。それをメイさんとマスターに教わりました。感謝してます。断る勇気って大事ですね」
「で、今日は」
「お手伝いに来ました。2人じゃお客さんの応対しきれないだろうと思って。うわ、でもこの展示、ものすごいですね! 正直、こういう地域イベントにしては場違いなほどのクオリティです! それに東京ジャーミイ作っちゃったんですか! これ、マスターの作品ですか?」
「いやあ、ちがうのよ」
マスターが笑う。
「ええっ、メイさんの!」
「そうです」
「すごい!」
彼は目を丸くし、恐縮するメイだった。
なんだ、模型に真摯に向き合えば、なかなかの好青年になるじゃない。
続いてあの中学生のお客もきた。
「あのマスターから買った本、すごく面白かったです!」
「でも理解出来たの?」
メイが聞く。
「はい。ちょっと難しいところは学校の先生に聞いて。そうしたら先生もわかんなかったんですが、先生が大学の先生につないでくれて。大学の先生がすごくいい説明してくれたので、内容の理解がはかどりました。鉄道模型も楽しいですが、実際の鉄道工学にも興味がとても湧いたので、今進路を決めるに当たってそれを考慮してます」
「高校はどこにするの?」
「いえ、大学の先生がすごく喜んで見込んでくれたので、高校は2年だけで大学に行こうと」
「ええっ、飛び入学!?」
「まあ、君は頭がいいものね。でも、才能や頭脳だけじゃダメだぞ。しっかり人間を見極めないと、ヒドい目に遭うよ」
マスター、それシャレにならないってば。
「そうですよね」
ひいい、この子もシャレなんないわよ! ほんと生意気なんだから! 全然変わってない! もうっ!
そして。
「あ!」
「お久しぶりです」
あ、あの離婚したお客!
「彼女連れてきました」
「え、彼女さん出来たんですか?」
「ええ。捨てる神あれば拾う神ありですね。縁を整理したらカノジョ出来ました」
しかも女の私が見てもかなりの美人!
「まあ、あんまりガチガチに考えちゃいけないってコト、わかりました。感謝してます」
マスターが笑った。
「なんか、学校の同窓会みたいだね」
「そうかもしれませんねえ」
展示はそこからも好評だった。集まったお客のみんなも、展示の案内を自主的に手伝ってくれる。
そして、事情もみんな理解してくれた。
「天の川さん潰れちゃイヤですもんね。われわれも。出来る協力はしますよ」
「でも、できることが限られてるのがなんとも。非力ですみません」
「いえいえ、ありがたいですよ。こういうのも、店やってて嬉しいことの一つです」
「メイちゃん、じつは子供のあしらいうまいね」
「それほどでもー」
「案外家庭的で良いよね。いい奥さんになりそう」
「ええっ」
「いや、言ってみただけ」
「なんですかそれ!」
みんなが笑った。
こんな素敵なみんなと一緒なら、潰れても負けてもいいのかも……って、ええっ!
私今何思っちゃったの!
ひゃあああ! これ、なにかのフラグじゃない? ひいいい!
「メイちゃん、どうしたの」
「なんでもないです!」
ひいい、神様、みんなを守ってください……。
メイは本当にそう思った。
そのとき、会場の空気がふっと変わった。
まさか!
メイが見ると、やっぱりだった。
もう一人つれて、『奴』がきた。
すぐにみんなが緊張し、戦闘モードになる。
プロモデラーの彼も、中学生も、離婚した彼とその彼女も、事情を知ってこの防御陣形に加わっている。
でたな、ラスボス!
ここで最後の勝負だ!
でも、私たちの武器は?
武器は?
あれっ?
ない。
そういえば、ぜんぜんない!
えええ、だめじゃん!!
マスター、どうするの!!
そうみるが、もうマスターの目の前に奴は来ていた。
ああ、もうダメだ!
「なんでこっちに出展しているんだ。我々への納品はやめたのか」
「まあ、見ての通りだ。納品は、やめた」
マスター、そうはいっても私たちに武器、ぜんぜんないです!
勝ち目ないですよ!
「そうか。じゃあ、完全に関係は終わりだな」
奴は冷酷に言った。
「このことの意味わかってるだろうな。君たちを、鉄道模型業界で、もう誰も相手しないぞ。模型誌も扱わないだろう」
マスターは答えない。
「まったく、もうちょっと判断力があるかと思ってたのに」
なおもマスターは黙っている。
「君には、ほんと、がっかりだ」
マスター、もうダメです!!
「模型の世界に、お前たちの居場所は、もうどこにもない」
逆転の策って、なかったの? ほんとうに。
メイは泣きたくなった。
やっぱり、お金には、勝てなかった……。
その時。
一人の紳士がハンカチ片手に早足で現れた。
「あ、アース金属の祝谷さん! あれ、品川のイベントじゃなくてなんでこっちに?」
奴が気付く。アース金属とは鉄道模型をやっている人間なら知らない者のいない、大手メーカーである(著者注:諸般の事情でここだけ仮名です。すまぬ)。
「いや、ヨーロッパ出張からここへの直行はキツかったです。駅からタクシーとばしてきました」
「そうですよね。おつかれさまです」
祝谷に奴は親しげに話しかける。
だが。
「いや、今日は君に用はなくて」
祝谷は奴をさらりと振り払った。
ええっ!
奴も驚いている。
「今日は天の川鉄道模型社さんの為に急いできたの。天の川さんのマスターは?」
「ええ、私です」
マスターが答える。
「どーも。現実では初めまして。メール拝見しました。ワタクシ、アース金属先端技術開発部実験店舗担当の祝谷と申します」
祝谷は如才なく名刺を差しだす。
「メール拝見して、急いできました」
「祝谷さん、なんで」
奴が言うが、
「君は黙ってて。君に用はないから」
祝谷は奴を露骨に邪魔扱いする。
「いや。うちの実験店舗で是非、天の川さんの3Dプリント信号機、扱ってみたいんですよ」
「えええっ」
「うちはそういうとんがった模型、面白い模型を小ロットでも良いからやらないと、鉄道模型の世界に未来と革新はない、そしてそれをやらないと市場も先細る、っていう今の社長の意向でやってまして。ちょうどそこで、こういうのを求めていたんですよ。ユーザーに過剰に媚びないものを探してまして」
「流通はどうするんですか」
なんで奴が祝谷さんに聞くの?
「ええ。実験店舗、東京クラフトセンターでまず販売を始め、あとはうちのガレージハウスブランドでの通販を考えています。生産のための3Dプリント業者もすでに候補を考えています。まあ、マニアックですから本工場でのインジェクション生産までは行かないと思いますが、ほんと、面白いじゃないですか、こういう模型。わが実験店舗扱いでいろんな鉄道模型イベントにも出展し、販売網に徐々に乗せていこうと思っています」
「でも、ユーザーの意見として、我がレイルクラブとしては」
「え、レイルクラブ? なんですかそれ」
祝谷は奴に全く容赦ない。
「ああ、あれは所詮趣味の団体ですよね。うちはそんなの、ぶっちゃけ相手にしてませんから。そんなのありふれてますし。ほっとけばどんどんできて、分裂繰り返すだけですもんね。我が社はそれより、一人一人のユーザーとモデラーを、真摯に相手して大事にしていく方針ですから。そっちのほうがビジネスとしても確実ですし、ユーザーと企業の関係として健全ですから。いちいちユーザー間のゴタゴタに付き合っていたら、キリがありません」
祝谷が言う。
「メーカーにとって、ユーザー一人一人が大事なんであって、ユーザーが集まって圧力かけてくるみたいなのは、我々にとっては正直、トラブルの元なんで、イヤなものなんですよ」
うわあ、奴の立場、これで全くなくなった!!
「まあそうですよね。趣味と産業の次元ををごっちゃにされては、たまりませんよね」
そこに現れてそういうのは!
あのロールスロイス・ゴーストでやってきていたお客の銀行グループの頭取!
周遊列車『あまつかぜ』のお披露目の式典にも出てた人!
今日はゴルフに行くようなカジュアルスタイルで登場だっ!
「オーダーフルスクラッチの周遊列車『あまつかぜ』セット持ってきましたよ。是非ここで走らせてください。これ見て子どもたちが喜ぶのを見るのが、今の私にとって、一番楽しいことですから」
そうか!
頭取の銀行グループは祝谷さんのいる大手鉄道模型メーカー・アース金属のメインバンクでもあった!
メイはつながった線の鮮やかさに呆然としてしまった。
それは奴も同じ思いのようだった。
「あ、代々木上原の再現、良いですね。勇太、小田急の代々木上原駅だぞー」
「えー。『ぱぱのでんしゃ』じゃないのー?」
「うーん、ぱぱの電車はね、もうちょっと北側を走ってるんだよー」
子連れで現れたのは、周遊列車『あまつかぜ』を運行している北急電鉄の樋田社長!
「おおー。いいですね。代々木上原の完全再現ですか。いかにも代々木上原だ」
「これはもう特撮の世界に近いですね。いや、これは楽しい。特に東京ジャーミイ再現は往年の東宝特撮みたいで萌えますね!」
「あれは最後に怪獣で壊しちゃうけど、これはいつまでも見られて良いよね。いや、飽きが来ない。いいものだ」
そこに『シン・ゴジラ』マニアの隣のイタリアンのお客、ではなく代々木署の刑事2人がきた。
「マイクロマシンでの盗聴の実行犯とその幇助犯について、うちのハイテク犯罪対策センターが一斉に摘発しましたよ。あんな高価なもの盗んでタダじゃすむわけない。窃盗で逮捕し、余罪を追及しています」
「私も協力しましたよ。まあ、警察への協力ってのはなかなか大変なんだなと思いましたが」
あの表情の暗かった暗かった大学教員の客も、今日は憑き物の取れたような爽やかな顔で現れた。
「まあ、背後にある団体がよくわかんなくてね。レイルクラブってことになってるけど、実態は我々で調べますよ。まあ、無責任な趣味団体でやっていい事ではないからねえ。関係する各省庁も、こういう関係が請負業法的にどうなのか、興味を示している」
奴は、顔を引きつらせている。
「ああ、君か。例の。あんまり変なことすると、天網恢々疎にして漏らさずだからね」
刑事のドスの利いた声は、奴のドスの声とは桁違いだ。
なにしろ、刑事たちはその道のプロで、税金でそれを鍛えているのだから。
すると、奴の連れてきた男の様子がおかしくなった。
「あっ!」
メイがその手が不用意を装って模型に近づくのを見た。
やっぱり!
もうだめだ! やられる!
「うぬ!」
だが、それを止めるその女性の力強い手!
「はて、この手はなんであろうか」
姫騎士さんだ!!
「勝負はほぼ決まったと余は見ただが、そもそもこういう趣味に本当の勝負などなかろう。たとえ競っても、互いのフェアな努力をリスペクトし、たたえ合うものではないのか?」
姫騎士さん、でもここに甲冑コスプレしてくることないじゃん……。
いや、でもそれ、今涙でそうなほどメチャメチャカッコいい……。
そして、姫騎士から刑事2人が奴の子分を制すのをうけついだ。
「まあ、天の川さん、これからも末永くよろしくです!」
祝谷さんはそういうと、頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ」
マスターが答える。
「じゃ、あとで場を改めて詳細詰めましょう。今日はまずご挨拶で」
「こちらこそ。ご足労いただいちゃってすみません」
「いいんですよ。東京クラフトセンターに行く途中ですし」
祝谷はそう笑うと、去って行った。
マスターの強烈な『召喚魔法』が恐ろしいほどの威力で決まったのだった。
ひいい、メーカーとそのメインバンクと刑事を一気に召喚しちゃうなんて!
なんて苛烈な魔法攻撃!!
マスター、ほんとうにすごいっ。これが逆転の一策だったのね!
そしてさらに、みんなでフォーメーションを組んで、奴と対峙することとなった。
メイたちに直接武器はなくても、すでに明らかな『オーバーキル』の状況だった。
これにたまらず、奴が頭を下げた。
「すまなかった」
「え?」
「15年前も、このことも」
奴は、脂汗をかいている。圧倒された屈辱に震えているのだろうか。
マスターはすこし、黙っている。
でも、奴は震えている。
まさに、奴のHPは、ゼロ……ッ!
マスター、ここで止めを! 止め刺しましょう!
メイはそう声をかけそうになった。
しかし。
「いや、特に気にしてないよ。今も昔も」
なんとマスターは、それなのに、こんなふうに拍子抜けするほど軽く言った。
「所詮趣味でしょ。されど趣味だけど」
奴は、頷いた。
「つまんないこと、いつまでも気にしてんなよ。ほんと」
マスターがあっさりそう言うと、彼は頭を下げ、逃げるように去って行った。
「いいんですか?」
メイが聞く。
「わざわざご丁寧に止め刺してやることでもないでしょ。所詮趣味の話だし。それ超えた分は警察とか専門のプロが、プロのワザできっちりやってくれるよ。正直、それほどの奴でもないし」
「そうですか? あんだけヒドい目に遭ったのに」
「まあ、そういうもんだ。それに世の中には、ちまちまいちいち難詰することよりも、すっきり許してやることで、完全に人間として上回れることの方が、ずっと多いんだぜ」
マスターは微笑んだ。
「許す方が難しいからね。そして、難しいことの方が、結果いい事が多い。常に『地獄への道は広く、天国への道は狭い』んだよ」
メイは、その言葉をかみしめていた。
「それより、さあ、さらに忙しくなるぞ。午後からもっと子どもたちがくる。しっかり説明案内しないと。彼らは、俺たちの鉄道模型も、世の中すらも未来に継いで、発展させていってくれる、希望なんだ」
メイとみんなは、それに深くうなずいた。
「ほんとそうですね!」
「じゃ、その希望のために、みんな、残りの時間、がんばろう」
「はい!」
そして、このセンターでの展示は大好評のうちに終わった。
さいごにお客さんたちとみんなで撤収して、掃除をした後、商工会から特別にまた挨拶された。
メイは、嬉しくてまた涙しそうになっていた。
とくに東京ジャーミイの関係者から、深く感謝されたのも感動だった。
ニートだったメイにとって、こんな素敵な日は、人生でまだなかったのだ。
*
そして、その数日後。代々木上原・天の川鉄道模型社。
そうか、マスターって召喚魔法使えたのか…...いや、それはネトゲの話!
でも、この話、姫騎士も出てきたし、異世界も出てきたし、小型不明生物もでてきたもんなあ。
考えればひどい話だったよなあ、とメイは思っていた。
そしてマスターはいつものように、また小上がりの工作机で模型に集中し、また完全排気つきのスプレーブースに向けて、エアスプレーで注文品の塗装作業をしている。
「でも企業ってすごいですねえ。あっという間に量産体制作っちゃいましたもんね」
「それがお金の力さ。でも、そのお金持ってる人の心に訴えかけるのも、また技量だ」
「そうですね」
「そう。いつだって才能はお金には勝てない。でも、才能に勇気が加われば、お金を動かせる奇跡も起こせる、のかもな」
そうなのだった。
天の川鉄道模型社に、また平和な日常が戻っていた。
メイもいつものメイド服まがいのコスチュームだが、今はメイのための工作机でマスターへの注文品の手伝いをしている。
「私、今、ここの役に立ってますよね」
「え、なんで」
マスターの言葉に、メイはふっと不安になった。
「当たり前じゃん。もう、メイは俺の片腕だよ」
「そうですよね!!」
メイはその言葉がとても嬉しかった。
必要とされるって、こんなに嬉しいものなんだな……。
そのとき。
「あ、そうだ。俺も」
「え、何です?」
「俺、プライベートで作ってる車両のカプラー、切らしちゃってて。だから、社割でここで買うよ」
「ええっ、マスターも社割!?」
「公私の区別はしっかりしないと。取引先なにげに増えたから、さらにしっかりしなくちゃね。レジ操作してくれる?」
「わかりました!」
「あ、社割の仕分けはこことここ押して。あれ、だめだなあ」
「レジ苦手で」
「いい加減覚えなよ。片腕なのに頼りないなあ」
「そうですね……」
そのとき、またコック帽の彼女が顔をのぞかせた。
「こんにちはー。あれ、なんかまずいとこ見ちゃった?」
「そんなことないです!」
メイは真っ赤になった。
隣のイタリアンのお店のシェフだ。
「お昼ご飯もってきましたよ。この前地域センターの展示見て。すごかったわねー。素敵でした。なので、成功のお祝い、私から」
「わ。ピザだ!」
「熱々のうちに食べてくださいねー」
「はい!」
また食卓を用意する。
「タバスコあったっけ。俺、ピザにタバスコ好きなんだよ」
「ありますよー」
マスターが笑った。
「でも、メイちゃん。だいぶ覚えたね。レジ以外は」
「レジは嫌いです!」
メイも笑った。
「嫌ってると覚えが良くないよ。じゃあ、いただきます」
マスターがそう言いながら、ピザを食べる。
「おいしかったですね」
「ああ。ちょっと食べ過ぎた。眠くなりそう」
「コーヒー入れましょうか」
「そうだね。注文品もあるし」
そのとき、店の外で声がした。
「うむ、ここが噂の素敵鉄道模型店であるのか。なかなか店構え、風情が垢抜けて洒落ていて良いのう。そして著者よ、ここへの差し入れの『くりいむわらび』は忘れてはおらぬな? せっかく連れてきたのだ。感謝せい!」
ピチピチした女子高校生たちの声だ。
「もう、総裁の著者パシリ扱い、あいかわらずヒドいッ」
「ほんとうにツバメさんの言うとおりですわ。ここまでこのお話をわずか2週間で書いた著者さん、ほんとうにご苦労様なのです」
「ああああ、そういう詩音ちゃん、相変わらずの癒やし系だよー!」
「御波くんも詩音君の胸で充電しすぎであろう」
「はいはい、みんなー、また話がぜんぜん進んでませんよー」
「そうカオルちゃんがそう言ってくれるお陰でまたなんとか話が進むよー。でなきゃうちの著者の話、ほとんどダメ話だもんなー」
「うむ。華子の言うとおりである。わが著者に感謝など必要ないのだ。必要なのは鉄研制裁のみである!」
「ひいい、ヒドいッ」
「お客さんだ」
メイがいう。
「また随分楽しそうなお客さんがきたね。じゃ、迎えに行くか」
「そうですね」
マスターが小上がりを立って、正面ドアまで行った。
そして、二人並んで、ドアを開けて、声を揃えた。
「いらっしゃいませ! 天の川鉄道模型社へようこそ!」
〈おわり〉