第18話 似た者同士が付き合いましょう

文字数 3,177文字

 私にオクラ・ブームが到来した。

 茹でて、醤油を垂らして食べる。シンプルなご馳走だ。
 ネパールの野菜は、一概に美味(おい)しい。不揃いだが、味と新鮮さは秀逸だ。
 オクラは日本のスーパーで売られているものよりも色が薄く、横幅が広い。柔らかくて甘味がある。毎日食べても、ちっとも飽きない。

 オクラを持って、いそいそと台所に入る。そんな私の姿を頻繁に目撃したナラヤンさんは、市場に行くたびにオクラを買ってきてくれるようになった。朝、学校へ行くためにドアを開ける。外側のドア・ノブに、オクラの入ったビニール袋が。私がオクラを買ってアパートに戻ってきた時に、ナラヤンさんが買ってきてくれたオクラが重なる日もある。ちょっとしたオクラ・バブルである。

 ドア・ノブのオクラを部屋の中に入れ、ドアを施錠する。大学に向かって、出発進行だ。

 道の途中、朝市に並ぶ野菜を見ながら歩いていると、後ろからクラクションを鳴らされた。振り向くと、バイクに乗ったアショックくんが片手を挙げている。ヘルメットの奥に見える目が笑っていた。

 アショックくんは、日本語科の学生だ。学食で顔を合わすと、声を掛けてくれる。大学生なので年齢は二十歳前後だろうが、見方によれば四十代にも見える。人懐っこい布袋さんのような笑顔と恰幅(かっぷく)の良い体躯(たいく)が、中小企業の社長さんを彷彿(ほうふつ)させる。

「今から大学でしょう? 僕もです。一緒に行きましょう。後ろに乗ってください」
「じゃあ、遠慮なく」
 借りたヘルメットを被り、バイクの後ろに(またが)る。

 エンジン音を響かせて、バイクは走り出した。

 真っ直ぐ大学へ向かうと思いきや、なんだか道が違うような。見知らぬ小道に入っていく。民家の前で降ろされた。玄関ドアの上にガネーシャの彫刻のある、年季が入っているが立派な(たたず)まいの家だった。

「学校の前に、うちでお茶でも飲んでいってよ」

 授業まで時間がない。悠長(ゆうちょう)にお茶を飲む余裕はなかった。無遅刻無欠席を貫きたい私としては、困る。とはいえ、せっかくの誘いを断るのも気が引けた。

 アショックくんがヘルメットを脱いだ。辮髪(べんぱつ)だ。
 
 辮髪といっても、『キン肉マン』に登場するラーメンマンみたいな、長髪の三つ編みではない。スキンヘッドに近い坊主頭に刈込み、後頭部の髪の毛だけチョロッと残している。服は、全身が白でコーディネートされている。

 3か月前から辮髪と白い服だ。それまでは、他の青年と同じような恰好だったのに。初めて辮髪を見たときは、思い切ったイメチェンかと驚いた。

 ネワール人の男性が親を亡くすと、1年間は、辮髪と白い服で喪に服す。亡くなった人が母親の場合、その1年間は牛乳が飲めない。父親の場合は、ヨーグルトを食べたら駄目だそうだ。民族・宗教ごとに、さまざまなルールがあるものだ。

 アショックくんの場合、1年で元に戻れるから、いいけれども。《トモダチ・ゲストハウス》のオーナーのお母さんは、永遠に赤い服が着られない。

 ヒンドゥ教徒の女性は、結婚式で赤い花嫁衣装を着る。夫が亡くなると、赤い服の着用が禁じられる。結婚式だけでなく、祭などの祝い事には、女性たちは赤い服を着るが、年配者の中には赤を着ない人もいる。誰が未亡人なのか、一目瞭然である。

 どこの国でも事情は同じだが、ネパールの女性も服の購入が好きだ。衣料品店に連れ立って詰め掛ける。何時間も座り込んで、服を見ながら「あーでもない、こーでもない」と、お喋りに花を咲かせる。衣料品店の中は、棚に積まれた色とりどりのサリーで一杯だ。女性客たちは遠慮なく、「あれを見せて」、「これを見せて」と店員に指図する。床の上に、鮮やかなサリーが次々と広げられる。万華鏡を眺めるときのようなトリップ感に襲われる。

 お洒落に熱心な女性たちが、赤色の選択肢を失う。重大な事件だ。

 アショックくんは、ゆっくりとした動作で湯を沸かし、チャイを淹れた。

 出されたばかりで湯気の立つチャイに、荒い息を吹き掛ける。火傷(やけど)しそうになりながら、大急ぎで飲む。授業に間に合いますように。



 バイクで大学に着いたとき、すでに始業のチャイムは鳴った後だった。教室に駆け込む。篠田さんが椅子の上に胡坐を掻いていた。ディーパは、まだ来ていない。

 息を整えながら、澄ました顔で席に着く。篠田さんから2メートルほど離れた斜め後ろが、私の定位置だ。生徒が2人しかいないので、席は選び放題である。鞄からノートや筆記用具を取り出しながら、篠田さんに話し掛けた。

「近頃は毎日、オクラを食べていますよ。オクラと白米。植物ばっかり食べてるのに、なんで私の体形はスマートにならないんでしょうね?」

 篠田さんが振り返った。(さげす)みの眼差しが私に刺さる。
「何をわかり切ったことを。量の問題だ。あんなにデカい象だって、草と果物が餌だ」

 ブツブツと文句を(こぼ)しながら、私にコピーの束を渡す。インドで出版されたお薦めのサンスクリットの教本をコピーしてくれたのだ。

 篠田さんは頻繁に、本のコピーをくれる。たいていがインド思想関連である。私を篠田さんと同じ考えの人間に仕立て上げたいのだろうか? 真意は不明だが、篠田さんのやり方で可愛がってもらっている実感がある。物の言い方には、いちいち腹が立つけれども。

 ディーパが来るまでの間、篠田さんの日本での思い出話に傾聴する。なんでも、「古い山寺で墓掃除をしたら、墓に眠っていた僧侶の霊が現れた」そうだ。掃除に対する丁重な礼の言葉を聞いたのだ、とのこと。他の話も、いろいろ。ヨーガの修行で逆立ちをしていたら、突然、片耳が聞こえなくなった。でも2週間したら治った、などなど。

「篠田さんは、話題が豊富ですね。特に、ヨーガに詳しいから、聴いていて勉強になります。サンスクリットも自由に操れれば、ヨーガの研究に有益でしょうね」
「近々、サンスクリットの教本を出版する計画もある」

 なんでも、サンスクリットのできる知人に指導を受けながら、自分の名前で教本を執筆したいそうだ。ネパールなら、日本よりもずっと安く製本できる。

 私たちはまだ初心者なので、教本の執筆は早過ぎる気がする。チャレンジ精神は評価するが。せめて指導者と共著にしたらいいのに。

 20分遅れでディーパが着いたので、雑談をやめた。授業が始まる。

 開講当初は英語を交えながらだった授業も、最近ではサンスクリットだけを使うようになった。私たち生徒は片言なので、会話が盛り上がりはしないが。

 読解の時間には、動物寓話集『パンチャタントラ』を読む。

(かえる)(ねずみ)の話』

 昔々。池の中に蛙が()んでいました。池のそばには鼠が棲んでいます。顔を合わるうちに、蛙と鼠は友達になりました。

 鼠は、蛙のように池で泳いでみたくなりました。けれども泳ぎ方を知りません。

 蛙が提案します。
「僕たちの身体を紐でつなげばいいじゃないか」



 蛙と鼠は1本の紐を用意して、各々の身体に結び付けました。蛙が泳ぐと、紐に繋がれた鼠も引っ張られます。こうして鼠は泳ぐことができました。大喜びで水遊びを楽しみます。

 ちょうど、その時、空を(わし)が飛んでいました。池を見下ろすと、美味(おい)しそうな鼠が泳いでいます。鷲は池に近づき、鼠を捕えます。紐で繋がっていた蛙も、一緒に連れ去られました。鼠だけでなく蛙まで捕まって、鷲は大喜び。蛙と鼠の両方を食べてしまいました。

「似た者同士が友達になりましょう」との教訓である。「境遇の異なる者同士の友情は、厄災を招く。鼠と友達になって死んだ蛙のように」と。

 精神世界に強い関心を示す点では、篠田さんと私は似た者同士だ。かといって、価値観は同じではない。同じようでいて、実は根っこの部分は真逆のような。留学による私たちの出会いが、互いの厄災に繋がらないよう祈る。篠田さんと私のどちらが蛙で、どちらが鼠かは不明だけれども。
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登場人物紹介

リカルド

クラスメイト

メキシコ人

40代半ば(当時)

神話やインドの文学に興味があり、『ラーマーヤナ』(インドの代表的な文学作品。ラーマ王子の英雄譚)を原文で読みたい

きっちりした性格

ダニエル

クラスメイト

イスラエル人

30代半ば(当時)

アメリカでカメラマンをしていた際、ヨーガを学び始める。精神世界・瞑想に興味ありいずれはサンスクリットでヨーガ・スートラ(ヨーガの経典)を読みたい

大の甘党。ディスコでの夜遊びがやめられない

篠田さん

クラスメイト

日本人

65歳(当時)

ヨーガ、瞑想の(自称)エキスパート。日本の某私立大学の英語講師を25年に亘り勤め上げた。サンスクリットを学んで教本を出版したい

本人曰く、動物をも感動させる歌声を有し、森で鹿を泣かせたことがあるらしい

ディーパ

教師

ネパール人

25歳(当時)

幼少の頃から英才教育を受け、サンスクリットをマスターした才女

3児の母でもある

宏美(私)

日本人

27代半ば(当時)

大学1年生の時にインド旅行で衝撃を受け、インドの虜に

基本的にボーっとしてる

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