部活動再建の道は危なく険しく果てしなく4

文字数 6,649文字

「ここまでの模擬戦の経過を振り返ってみましょう。
 背番号12番、志垣瑞希選手が先取点三点を上げ、『黄金の女王』こと背番号30番、穂積選手が二点を追加、赤チームが五点と先行しましたが、
 この後、『白銀の姫君』こと就学園のキャプテンを務める背番号1番、筧美雪選手が三点、ウイングボール連盟の星野選手が三点を加え、白チームが逆転を果たしました。
 しかし、この模擬戦は十二点先取が勝ちの条件となっています。まだまだ予断は許されません」
 放送部の部長で、『アポなし 部活動突撃レポート』のレポーターを務める碓井がまくし立てると、東和麗華学園中高等部のグランドに集まっているウイングボール部の部員、放送部の撮影クルー、野次馬の生徒や教職員の表情が引き締まった。
 周囲の高級マンションのベランダにも花火見物のごとく住民が繰り出し、校地が面した鳥居坂でも通行人が足を止め、鳥人が縦横無尽に飛び交い、迫力にあふれたウイングボールに目を奪われている。
 しかし、この緊迫した模擬戦を行わなければならなくなった原因の中等部の生徒たちは、あまりに事が大きくなりすぎ、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られている。
 模擬戦に出場させられている花之木(はなのき)仁菜(にな)の恐怖も限界に達していた。

 ○

 花之木仁菜は物心ついた頃には、既に小児ぜんそくにかかり、病院がよいの生活を続けていた。
 仁菜の家は、北品川の商店街でホームベーカリーを営む自営業であった。
 偏屈な父と祖父は、近所からは評判がよく、大きな賞をいくつも受賞している職人だったが、病弱な仁菜を見ると、
「いつもぐずぐずしやがって」
 と眉をひそめ、仁菜にはなつけなかった。
 こうした父祖を真似て、一つ年下の弟も姉を軽んじている。
 小児ぜんそくといっても、入院するまでのことはなく、週に二日通院しては診察を受け、子供にはどうにも(にが)くてたまらない処方薬を出される。
 公立小学生の中学年までは、祖母か母が付き添っていたが、仁菜も小学五年生ともなると、保険証と現金をもたされ、一人で通院していた。
 ときには、クラスメートも病院に連れて行き、待合で待たされている間に、宿題や問題集を競い合うように片づけていた。
 こうした仁菜であったから、病気持ちであっても成績はよく、近所の幼なじみで鳥人の三木(みき)華生(はなき)に勧められ、中学は公立ではなく、私立の東和麗華学園を受験しよう、ということになった。
 偏屈な父と祖父は、特に何も言わず、母と祖母に任せきっていた。たかが娘の中学受験に男があれこれ言うまでもない、と思っていたようだった。弟も中学受験というものが理解できず、口出しはなかった。
 仁菜自身も不合格になったらなったで、公立に進めば済むこと、と安心があった。
 幸いにも、仁菜と華生は合格し、揃ってA組に編入されたことから、ますます仲がよくなった。
 次は、何か部活動を始めたい、ということなり、仁菜も鳥人であることから、ウイングボール部を検討した。
小学生のときもぜんそくの発作が出ないときは、仁菜は体育の授業は参加していた。特に走り幅跳びは得意で、人間の生徒と比べれば、距離は長い。
 翼を使って羽ばたけば、飛距離が伸びるのは当然で、そもそも鳥人と人間の子供を同じ枠組みで扱う教育に問題があるのだが、子供たちは深く考えず、仁菜には一目置いていた。
 仁菜もそれなりにの自負があった。
東和麗華学園中等部に通い始めたある日の夕食の食卓で、仁菜が、
「わたし、ウイングボールやってみたい。鳥人が上下左右に飛び回って、戦うの。格好いいんだよ!」
目を輝かせていうと、小児ぜんそくを長く患い、いささか小柄に過ぎる仁菜がウイングボールなどといいだし、母と祖母は顔を見合わせた。
 ここで家族を説得できなければ、華生に合わせる顔がなくなると、仁菜は、
「わたし、最近は咳き込むこともなくなってきているし、そもそも小児ぜんそくなんだから、もうじき治っちゃうし……」
「そう……だね。仁菜も受験に成功して、病気も治り始めて……」
 祖母がいうと、母も、
「自信をつけるには、いい機会なのかも」
 仁菜の将来を考えていうと、弟は、
「バカいえ。仁菜みたいな雀か文鳥みたいな鳥人なんか相手にされるもんか。ウイングボールといえば、鷲やミミズクみたいに大きな翼をもった鳥人同士が勇ましく戦うんだ」
「鳥人っていったって、殆どが小さな翼で……華生ちゃんも一緒にやろうっていってくれているの!」
 仁菜が声を上げると、祖父は、
「部活動ぐらいで考え込んでんじゃねぇよ」
 江戸っ子気質に物をいうと、
「できるところまで、やってみればいいじゃねぇか」
 父も仁菜の背を押した。

 仁菜は華生とウイングボール部に入部するやいやな、背番号をもらった。
 仁菜は23番、華生は27番で、認められたような思いになり、嬉しかった。入学したばかりの中等部からの新入部員も多く、仁菜はなんとかやっていけそうな気がした。
 しかし、部長と副部長は姉妹で、揃って大柄だった。この二人に加えて、『黄金の女王』と呼ばれた高等部の新入部員が練習に加わると、状況は一変した。
 ソートⅠとⅡの部員は柔軟体操から基本的な動作の鍛錬と、仁菜もついて行けたが、ソートⅣやソートAの練習は異常だった。
 まるで戦闘機のような目でも追いきれない飛行を平然とこなし、急降下爆撃機のようにダンクシュートを十六メートルの高所にあるゴールに当たり前とばかりにぶち込んでいる。
 話が違う――
 仁菜の脳裏に弟が夕食の席でいった、大きな翼をもった鳥人同士の勇壮な戦い、という言葉がよぎった。
 中等部の部員たちも、仁菜と全く同じことを感じたらしい。ソートⅠやⅡなど必要ない――
 それは七月から始まる大会に向けてのレギュラー候補にもなれないばかりか、部活動に参加し、続けることの意味さえもないことを語っていた。
 辞めるのなら、早いほうがいい、早く辞めて、文芸部という読書や創作を主体にした部活動に入ればいい、創作に興味がなかったわけではない――
 仁菜は、華生とともに入部一週間か十日そこいらで退部を考えた。
 しかし、ここで問題が起きた。
 ウイングボール部の顧問は、高等部部長の聡子先生で、中等部の生徒が退部を訴えるには、敷居が高すぎた。
 ここで華生が考えたのは、退部を考える中等部の生徒が、中等部部長の紳士然とした浦野先生に話をつけてもらえばいい、という作戦だった。
 旗印に中等部部長の浦野先生を担ぎ出す、というかわいげのないやり方だったが、今後『黄金の女王』と同列に扱われ、殺されるかもしれないことを考えれば、もはや背に腹は代えられない。
 浦野先生を押し立ててて、聡子先生の執務室に大挙して押しかけると、『黄金の女王』その人も在室していて、高度な仕事をこなしていた。ますますもって、中等部の生徒の出る幕はなかった。聡子先生が目を見張り、
「何事ですか?」
 問いかけに対し、仁菜は、意を決し、
「わたしたち、ウイングボール部を辞めたいんです」
 告げると、一通り理由を問われた。
 一言、高等部の部長と話すと、肝が据わったのは、仁菜が商店街に生まれ育ち、大人たちと会話することに慣れていたからかもしれない。
 仁菜が話す中等部の生徒の言い分に対し『黄金の女王』は、
「皆、誤解をしているよ。誤解を解くのは簡単だけど、模擬戦をやって、それで納得して。最後の部活動と思えば、参加できるでしょ?」
 と一同を見渡した。
 六本木五丁目の交差点で人命救助を果たし、二つ名をもつ人の言葉を聞かぬ訳にはいかなかった。

 ○

「解説の大堂さん。先ほどから、赤チーム白チームともに選手の動きが鈍っているように感じますが?」
 碓井の言葉に、遙流香は、
「風が強くなってきたからです」
 こたえると、人間の碓井は怪訝そうに、
「風、ですか?」
「私たち鳥人は、鳥類同様に大気とその動きを利用して飛翔しています。意思に反した風が吹くと、飛べなくなり、着地して歩いたり、走ったりして生活しています」
「しかし、わたしには行動を妨げるような強風が吹き荒れているようには感じません」
 碓井が辺りを見回して問いを重ねると、遙流香は、
「例えば、雨が降っているとき、傘を風上に向けると、かなり歩きにくさを感じると思います。鳥人は翼を広げると、晴れているときでも、風を翼面全体に受け、まるで(はりつけ)にでもあっているかのような思いを味わっています」
「では、この模擬戦で一番、苦しいのは『黄金の女王』と『白銀の姫君』で、一番、有利なのは……」
 碓井がソートⅠとⅡの部員たちに目を向けると、遙流香はわずかにうなずいた。
 赤チームのゴールの真下で仁菜は、中等部一年B組の園山(そのやま)(えにし)と視線を合わせた。
ソートⅣとAが空中戦を繰り返す中で、気を呑まれ、すくみ上がったソートⅠとⅡなどいつまでも使っていないで、交替させれば済む話だった。
 この模擬戦は、もはや、東和麗華学園中高等部のウイングボール部存続の屋台骨を響かせた者への見せしめではないのか――仁菜と縁は無言で語り合った。
 模擬戦は進み、赤チーム、白チームともに十一対十一で、どちらかがツーポイントエリアからシュートを決めれば、決着となる。
「もう、嫌だ!」
 仁菜が叫んだその一瞬、仁菜の胸にボールが出現した。仁菜にはそう見えた。
「え?」
 仁菜は、何が起きたのか、解らなかった。
「花之木! 『黄金の女王』からパスされたのよ! 園山は援護!」
 恵礼那がどこかで叫んでいる。
「仁菜ちゃん、チャンス!」
「縁ちゃんもがんばって!」
 碓井が二歩、三歩とグランドに飛び出してくると、
「さあ、ここで、『黄金の女王』が23番、花之木選手にパス! 花之木選手が決着のキーマンを託されました」
 仁菜は訳が解らぬまま翼を展開すると、思いもかけず翼内面に上昇気流を感じた。そのまま翼を打ち起こし、打ち下ろすと、ボールを抱きしめ、白チームのゴールへ飛翔した。
自分は――
 仁菜は自らに言った。
 自分は、何をしようとしたのか、
 部長も副部長も『黄金の女王』だって、自分をだまそうとしたわけではない、
 ウイングボールは、先輩たちは、自分を裏切ってはいない、
でも、自分は裏切ろうとしていた、
 言い訳ばかり並べて、
 大人たちを利用して、
 数に(たの)んで、
 犬にも劣る一歩手前までいってしまった、
 仁菜の頬に涙が伝わり落ちた。
「花之木! 初列風切を開いて!」
 瑞希(みずき)の声も聞こえた。
 仁菜は言われるままに翼の先端に並ぶ大きな羽の列を全開にした。
 仁菜は更に高度と速度を得た。
「23番、花之木選手、白チームのゴールへ進みます。『白銀の姫君』、星野選手、志垣選手、強風に阻まれ飛翔できません」
 碓井のレポートに重なり、
「24番、27番、見とれてんじゃない。これを取られたら負けだぞ!」
 美雪が、寺岡(てらおか)(まり)と華生を怒鳴りつけた。
「飛翔できないのは、赤チーム1番、大堂選手、12番、志垣選手も同じです。解説の大堂さん、これが穂積選手が言っていた『誤解を解く』だったのですね!」
 碓井が、美羽が説かんとしていたものを叫ぶと、遙流香も、
「風の強さによっては、ソートⅢもⅣも何の役にも立たなくなります!」
 気づかぬうちに声を上げていた。
 仁菜が白チームのゴールを目前にしたとき、華生が進路を塞いだ。
「華生ちゃん!」
 仁菜は親友の名を叫んだ。叫ぶ必要はなかった。
 仁菜は、縁にパスを送り、華生のディフェンスをかわした。すぐに鞠が縁からボールを奪おうとしたが、縁はボールを仁菜へ戻した。
 それでも、ウイングボールのゴールは遠く、高い。
 このとき、美雪が上昇を続ける仁菜に迫り、
「あんたたちが、美羽とのティータイムを邪魔した!」
 叫んだ。
 仁菜の視界の端で、『白銀の姫君』と『黄金の女王』が、まるでCGを駆使したハリウッド映画のように攻守を競っている。
 仁菜は自分の目が、白チームのゴールと同じ高さになると、
「わあああああっ!」
 ゴールにボールを投げ込んだ。
 試合終了を知らせるブザーが鳴った。


「これでいいの? 下らない茶番は」
 模擬戦が赤チームの勝利によって終了すると、美雪は折り返していたプリーツスカートのウエストを元どおりに戻し、植樹にかけていたブレザーとマントを着ると、星野に尋ねた。
「星野さんに何よ、その言い方!」
 恵礼那が『白銀の姫君』を怒鳴りつけたが、星野は、
「ええ、ありがとう、筧さん。いい敵役だったわ」
「敵役じゃありません、本気でやってました。わたしは東和麗華のウイングボール部がどうなろうが、知ったことじゃありませんから」
 美雪が言うと、遙流香は、美雪の肩を叩き、「お前、実はいいやつなんだなぁ」
「今までなんだと思っていたの?」
 美雪が離れたところで感極まって抱き合っている中等部の部員たちを横目で見ながらこたえると、美羽に、
「さあ、美羽さん。食事に付き合ってもらうわよ。暇つぶしに付き合わせたんだから」
「あの、美雪さん、わたしと戦いたかったんじゃ? 少しは満足してくれましたか?」
「こんなの戦ったうちに入らないわ。もっとわたしを血まみれにして、退場させてくれなきゃ。ステーキ専門ファミリレストラン、『グレート』に行きましょう。お腹すいちゃった。早く着替えていらっしゃい」
 美雪はてきぱきと指示すると、恵礼那は、
「あんた、うちの部員に命令しないでよ! 大体、高校生のくせに……」
 再び美雪に迫ったが、下着のことを口にしかけ、慌てて口を噤んだ。まだ放送部が撤収する前であったから、何を()られているか解ったものではなかった。遙流香だけは、姉のいいかけたことが解ったらしく、
「下着ライバルってのも、面白いよな」
 ぼそりと言った。美雪は、きょとんとした美羽に目を向けると、胸を押さえ、
「ほら、美羽さん。早くしなさい。わたし、もうじき鯉になっちゃうんだから。あ、そのときは東京ドームに近い小石川後楽園に放して、ときどき餌を投げ込みにくるのよ」
「やっぱり、バカだ、こいつ」
 真希は、鯉と恋を本気で取り違えている美雪を見て、思わず呟いた。


 仁菜が北品川の商店街にあるホームベーカリーの店舗を兼ねた自宅の玄関ドアのノブに手をかけると、
「あら、仁菜ちゃん、お帰り。すごかったわねぇ、びっくりしちゃった」
 隣で中華料理店を営む婦人が声をかけた。仁菜は今日の模擬戦がインターネットで放送をされていたのは知っていたが、自分自身では観ていなかったから、
「あ、いえ、大したことしてなくて」
 当たり障りないことしかこたえられなかった。
 自宅に入ると、ノート型パソコンを手にした弟が駆け寄ってきて、
「すっげぇなー、姉ちゃん、すっげぇな!」
 目を輝かせて言った。今まで弟は、姉を呼ぶときは、『お前』『仁菜』と呼んでいたが、いつの間にか『姉ちゃん』になっている。
仁菜はいささか気味が悪く、
「何よ、また変なこと考えてるんでしょ」
「すっげぇなー、姉ちゃん、『白銀の姫君』にコーチを受けて、『黄金の女王』と一緒に戦ってさ。すっげぇよ!」
 実際には、模擬戦では終始、泣き叫んでいた自分と華生が一体、どう放送されたのか、内心穏やかではなかったが、動画共有サービスの視聴者は、いろいろと誤解したまま承知してくれたようで、仁菜は、  
「あ、その話。何かと思った」
 努めて、尊大にこたえた 
 この誤解は、翌日、登校しても同じで、朝のホームルームの時間に、大学出たての担任の沼田が、
「おう、花之木と三木。昨日はお疲れだったな」
 仁菜と華生をクラスメートの前で褒め上げた。当然、事情を知らない生徒が手を上げ、
「何の話ですか?」
「花之木と三木はな――」
 沼田は我がことのように喜びながら話し出した。
 ウイングボール部の中等部の部員たちは、もはや誰も退部など考えなくなっていた。
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