文字数 2,221文字

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 ちゃらららちゃっちゃっちゃ。
ちゃらららちゃっちゃっちゃ。
ちゃらららららららららったった。
たららったった、たららったった。
たららったったったたらららら。
ちゃらららららららららったった。
たららったった、たららったった。
たららったったったたらららら。
た、た、たっ、たーん。



 お昼のクッキングのような音が大音量で響く。

 明るく光る星々の下、民家の瓦屋根の上で〈幻獣〉がカレーを煮ている。
 その横でうずくまって絶叫している魔法少女。

「なるほど。カレーか……」

 カレーに間違いはなかった。


 カレーのにおいがあたりに漂っている。

 ボクにはこの〈幻獣〉が〈見える〉。
 魔法少女にとって、いや、ボクにとって、他人の〈見えない魔物〉は〈見える魔物〉であって、その意味ではただの〈幻獣〉でしか、ない。
 誰かの生み出した『まぼろしのけもの』。
 幻獣と戦っている魔法少女はすでにパニックに陥っている。


「やめて、やめて、やめて! お母さん! カレーなんてこれ以上食べられないわ! お父さんと喧嘩するのはやめて! お父さんがお兄ちゃんよりわたしのほうがお気に入りだからって、別にわたしがお母さんからお父さんを奪うわけじゃない! あのことはきっとなにかの間違いなの! わかって、お母さん!」


 屋根の上でうずくまって泣きわめく魔法少女。
 魔法の銃は彼女の足元に落ちている。

「だから、カレーで! 食べ物で! 食べ過ぎにして! お父さんが太ったひとが嫌いだからってっ……! わたしをこれ以上太らせるのはやめて! 太りたくない! お父さんとは、あれは違うの、お母さん! ああ! 太りたくない太りたく太りたく太りたくない太りたく太りたく太りたくない太りたく太りたく太りたくない太りたく太りたく太りたくない太りたく太りたく太りたくない太りたく太りたくないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないナイナイナイナイナイナイナイナイ」

 戦意を喪失している?

「お父さんはお母さんが好きなの。だからあのことは間違いなの! わたしはお母さんからお父さんを奪ったりしない!」

 魔法少女はがたがた震えている。

「あのことは、なにかの間違いなの! あやまちなのよ!」

 カレーを煮る幻獣は毛むくじゃらのゴリラで、うほうほ吠えながらアルミ鍋でカレーを煮ている。苦しむ姿に喜んでいる。


 ボクはいつも思う。
 なにかトラウマになるような出来事は、他人にとっては理解しがたいものであることが往々にしてあって、だけれどもそれを自分でどうにかできるかというと、それが本人にはどうにもできないものであり、じゃあ、理解ができないと思っている他人が解決できるかというと、それも違うということになる。
当事者問題の難しさはそこにある。


 ボクは、カレーを煮るゴリラに銃口を向ける。
 ゴリラは魔法少女をいたぶるのが心底楽しそうで、ボクには目もくれない。
 たぶん、今うずくまっているこの少女は、今いる幻獣をボクが撃ち殺しても、これからたくさんの『自分だけの地獄』をめぐっていくことになるだろう。
 それが、魔法少女というものだからだ。
 ある意味、その都度魔法少女が殺していくのは、自分自身の記憶で、そこから逃れるには殺されて、もしくは押しつぶされて死ぬか、特有の症状によって廃人になっていくまで戦っていくしか、ない。
 〈カルマ〉と言えば、そうなのかもしれない。
 ボクは、それで済ます気はないけれども。
 魔法少女は幻獣ばかりが敵というわけではないし、少女以外の魔法使いだって存在しているだろう。
でも、そんなことより。

 目の前だ。
 目の前で、少女が苦しんでいる。

 ボクと同じく、戦うことを選択して、その日の朝に、目が覚めたら魔法少女になっていたような、そんな女の子のひとりが今、ここで苦しんでいる。
 ボクは目を閉じる。

「止めて! 辞めて! 病めて! これ以上は太らせないで! お母さん! これ以上は太らせないで! お母さん! これ以上は太らせないで! お母さん!」

 少女は叫ぶ。


 ボクは目を開け、ゆっくりと狙いを定めて、銃の引き金を引く。

 ゴリラの眉間に銃弾が命中した。

 それは一瞬のことで、さも当然であるかのように、命中する。


 飛び散る脳漿と血液と、頭蓋の破片と肉。
 月の光を浴びながら、半分吹き飛んだ頭から血が噴き出て、ゴリラの身体は倒れる。


「止めて! 辞めて! 病めて! これ以上は太らせないで! お母さん! これ以上は太らせないで! お母さん! これ以上は太らせないで! お母さん!」

 ボクはため息をつく。

「まだ言ってる……」

 銃を太もものホルスターにしまう。
 銃はスカートに隠れて、見えなくなる。

 ボクは言う。
「お母さん、いい加減、あなたの顔は忘れてしまいました……」

 この言葉はなにかの詩の一節だっただろうか。思い出せない。


 少女はまだうずくまっている。


「あやまち。あやまち。あれはなにかの間違い……だったの…………」


 ボクはなにも言わず、その場から去ることにした。
 恩なんて売ってもどうしようもないのだ。
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