その13の1 演劇小説に必要なのは女優と演出家と、そして

文字数 1,621文字

 いつか、演劇の舞台裏を題材にした小説を書いてみたいと思っている。いわゆるバックステージものだ。笑いあり涙あり、苦労話てんこ盛り。
 私なんぞは自腹を切ってやったごく小さな自主公演しか経験はないが、じつは演劇の場合、かなりの老舗劇団であっても内実はそんなに変わらない。ぶっちゃけ、みんな同じくらいぴーぴーなんである(言っちゃったよ)。
 あんがい興味を持ってくれる読者に出会えそうな気がしている。

 と言うのも、あんがい、「演劇小説」って少ないのかなと思うからだ。
 マンガの分野では金字塔『ガラスの仮面』を筆頭にいろいろある。と思う。
 が、小説の分野でヒットしたものって、私が不勉強なせいか(たぶんそう)、次の二つくらいしか思い浮かばない。

 恩田陸『チョコレートコスモス』(2004~2005年)
 有川浩『シアター!』(2009年)『シアター!2』(2011年)

 惜しいことにどちらも、三部作のはずだったのに、二巻までしか書かれていない。
 恩田先生にいたっては第二巻『ダンデライオン』が雑誌連載の途中で止まって、単行本化もされていない。残念。

 で、どちらも読んで驚いたのは、登場人物として、俳優と演出家(と脚本家)しか出てこないことだった。
「スポットライトが当たる」
 当たるのではない。スポットライトはお日さまやお月さまやお星さまではない。

のだ。
 その人たちがキャラクターとして登場することは、ない。
『ガラスの仮面』もそうだ。

 考えたら当然のことだった。だって恩田先生や有川先生がお書きになりたく、そしておそらくたいていの読者が読みたいのは、
 役者と役者が火花を散らしあう、熾烈な闘いの物語、
 なのだから。

 いまこの文章を読んでくださっている貴方をがっかりさせて本当に申し訳ないが、正直言って、それってほぼほぼ異世界転生レベルのファンタジーに私には思える。
 少なくとも、脚本・演出・主宰をいくばくかやってみた私のとぼしい経験から言うと、
 演出家の最大のミッションは、
 


 なのだ。
 俳優だけではない。スタッフにも火花を散らさせてはいけない。
 いつもバケツに水張って持ってる気分だ。なだめ役だ。調整役だ。気に入らないやつに灰皿を投げつけるなんてどこの銀河系の演出家だよという話だ。

 だってそうでしょう。
 みんな同じ宇宙船地球号の、ちがった、同じ座組(ざぐみ)という名の船の乗組員なんですよ。一致団結と行かないまでも、協力して船を進めなきゃいけないんである。火花なんか散らしててどうするよ。
 演劇には上演日というものがある。上演時刻というものがある。
 そのときに各自が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、皆で持っていかなくてはならない。
 チームなのだ。

 もちろん、あまりべたべたと仲がいいのも私は苦手だ。さっぱりしているほうがいい。とくに一部の人たちだけが他より仲がいいと、ろくなことにならない。
「ゴミ出しして、戸締りして行きますから」
なんて言いつくろって、残った者どうしで誰かの、というか私の悪口を言いあうなんて最悪だ。みょうに具体的だなと思われるでしょう。じっさいにやられたんですよ。
 なぜそれを私が知っているかというと、二人のうち一人がうっかり、相手に送るはずの悪口メールを間違って私当てに送信してしまったからだ。
 天網恢恢(てんもうかいかい)、疎にして漏らさずってやつですね。

 私がどうしたかというと、本人に、
「どうする?」
と訊いて、彼女が辞めますと言うから、そう、いままでありがとうと言って引きとめなかった。
 怒っているひまはない。そんな無駄づかいするエネルギーがあったらすべて、残ってくれている信頼できるキャストとスタッフに注がなくてはならない。
 こんなのは序の口。
 こういう苦労にくらべたら、どういう演技や演出にするかという苦心なんてほんと屁のような、いや! 失礼。シャボン玉みたいなものだ。

 次ページへ続く。
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