第81話 甲府空襲の夜
文字数 710文字
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「甲府の空襲の時は、空襲警報が鳴ってから、父が飼っていた犬の首輪を外して、すべて逃したんです。もちろん、アカも、アカニも、紅子も…」
お恥ずかしい。私は、これまで「石号」の子孫が、戦時中を生き延びたのは、山梨や長野のようないわゆる疎開地、安全な土地にいたからだと思いこんでいた。
実際、都会から疎開していた人もいたというが、まさか、空襲にあっていたとは!!
甲府の空襲は、B29が約130機以上襲来し、その爆撃で、市街地の74%以上が焼失、死者は1,100人を超えたという。
「甲府は丸焼けになりました。でも空襲が終わってアカニと紅子は、帰ってきました。アカは帰ってこなかったです。もうかなりの年だったので、逃げきれなかったのでしょう」
知らなかった。後世「柴犬の源流」と称えられるアカ号が、空襲の犠牲になっていたなんて・・。
もしも、この時アカニと紅子も帰って来なかったら、現在の柴犬は、いったいどうなっていただろうか。
犬には、空襲などわからない。よくぞ安全なところに逃げていてくれた。そして、帰ってきてくれた。
アカニよ、紅子よ、生き延びてくれてありがとう、ありがとう。
坂口さんのお話を伺って、その言葉しかなかった。
その後、終戦を迎え、数年後の昭和23年4月16日、アカニを父に、紅子を母に、伝説に残る名犬「中号」が誕生した。
「中はね、この家の押入れで生まれたんですよ」と坂口さん。どれだけ、犬たちを大切にしてくださっていたことか。
「でもね、アカニはその後、人間に食べられてしまいました」
次号に続きます。