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文字数 1,893文字
壁際のライトをひとつだけ点ける。真黒な画面の隅にワタシがぼんやり映り込んでいる。面倒だなと思いながらそそくさとお風呂を済まして、窓を全開にする。昼間の空気が夜の空気に入れ換わっていく。夜気に当たりながらソファに沈み、フーッと溜息をつく。なんか疲れちゃったな。そのままボテッと横になる。髪、ショートにして正解だったな。
ぼんやりと部屋の中を眺める。ここ、どこだっけ。部屋に馴染めないのか、夜に馴染めないのか、どっちだろ。今夜は両方かな。窓には星空が広がっている。静かだなぁ。うらやましいくらいきれいだよ。ワタシ、きれいなものを見てると、つらくなることがあるよ。ガラス色の星々がキラキラしてる。世界中の窓という窓がカーテンを閉め切っていたとしても、星は瞬いていているのかな。ただのひとりも見ていないっていうのに、瞬いているのかな。
宇宙の遠いとこから、だれかがワタシの部屋を覗いているかもしれない。アナタはだれなの?だれだかわからないけど、小さくただいまを言ってみる。
「ただいま。ただいま」
ねぇ、アナタも星を見たりする?もしかしたら、むこうとこっちで同じを星を見て、同じことを思うかもしれないね。だとしたら、ちょっとステキね。
ねぇ、そっちから見る夜空も、きれい?星の匂いで胸がいっぱいになる。
今度、窓辺に花でも飾ってみようかな。アナタはどんな花が好き?ワタシはチョコレートコスモスがお気に入り。でも安心してね。飾るとしたら、遠くからでもわかるような明るい色のを選ぶからね。しおれる前に見つけてくれたら、なにか合図を送ってね。
喉が乾いてる。冷たい水が飲みたい。でも立ち上がるのが億劫だ。お風呂の前に飲んでおけばよかったよ。冷蔵庫までが遠いなぁ。
ねぇ、アナタはどんな声をしてるの?
当たり前だけどさ、誰でもよかったワケじゃないんだよ。そんなことあるワケないじゃん。でもさ、セロトニンでも試してみればって、どういうことよ。
ウザイんだよ、どよーんとさせんな。バーカ。薄々は感じてたけど、気持ちの無さは本気みたいね。こっからこっちには入ってくんなよ。そんな線を引かれたような気分だ。うるせぇ、オマエなんかいなくたって、へっちゃらなんだよ。でも、そりゃ、やっぱりさみしいさ。せめて、心よ、ささくれ立て。
ちあきなおみの夜。素面じゃ聴けないから、バーボンとか少し強いお酒を飲んで、誰かが何かを諦めるときの切実さに浸る。たっぷり浸る。普段聴いている音楽はネットを通してやって来るけど、彼女の歌はこちらから聴きに行かなきゃ会えない。
ちあきなおみはいい。断然、いい。だって、弱っちくていいんだよ、と歌ってくれるんだ。重いよね。でも、大切なのは長さじゃない、その重さなんだよと歌ってくれるんだ。彼女の痛切さは、歌にできないとこから聴こえてくるようだ。
だれかと背中合わせのまま眠りたい。安心して別々の夢を見たい。
ねぇ、あんた。メールで済ます男にさ、本気になる女はいないって、そう言うよ。
今夜も遅くなった。鍵を差して右に回すとエントランスのドアがスーッと開き、一人の時間が流れ始める。エレベーターに乗り込み、閉ボタンを押す。少し遅れ気味にドアが閉まる。扉側右上の監視カメラは、無音の空間とワタシを映し続けているのだろう。
ねぇ、ワタシのこと知ってる?毎晩、見てるんでしょ?カメラに目を遣りながら、箱を出る。
ワタシの部屋のドアはきっとどんな鍵でも開く。鍵を差す瞬間、なぜなのかな、いつもそう思う。
ねぇ、どうして夜は時間がスキップで進むんだろうね。気がつくと、いつももう寝なきゃな時間を過ぎてる。ヨシッと立ち上がる。冷蔵庫のドアが重い。コップ一杯の水を飲む。胸の内側がひんやりして落ち着く。
わずかに後ろ髪を引かれながら、カーテンをゆっくり閉める。
柔らかな枕が好き。顔の半分くらい埋まるのが好き。明日は枕の下にある。そうだそうだ。そう思って顔を埋める。今夜も宙ぶらりんのまま、寝落ちる時を待つのか。もの音ひとつしないこの静けさには、もう慣れた。うそ、慣れない。今夜も静けさがざわついている。慣れるわけない。
ふと、優しいセックスが好きだな、なんて思う。シャツをしわくちゃにしちゃうようなのは、好きじゃない。だれかに髪をなでてほしい、首筋にふれてほしい。夜の舟に揺られる。そこにたゆたう時間と感覚が好き。
え、もう、やだな。涙があふれてきた。何だよ、あいさつも無しかよ。からだを丸める。なにセンチになってるのよ。ワタシってさみしいのかな。
明日は枕の下にある。鼻水をすすりながら口に出してみる。
ぼんやりと部屋の中を眺める。ここ、どこだっけ。部屋に馴染めないのか、夜に馴染めないのか、どっちだろ。今夜は両方かな。窓には星空が広がっている。静かだなぁ。うらやましいくらいきれいだよ。ワタシ、きれいなものを見てると、つらくなることがあるよ。ガラス色の星々がキラキラしてる。世界中の窓という窓がカーテンを閉め切っていたとしても、星は瞬いていているのかな。ただのひとりも見ていないっていうのに、瞬いているのかな。
宇宙の遠いとこから、だれかがワタシの部屋を覗いているかもしれない。アナタはだれなの?だれだかわからないけど、小さくただいまを言ってみる。
「ただいま。ただいま」
ねぇ、アナタも星を見たりする?もしかしたら、むこうとこっちで同じを星を見て、同じことを思うかもしれないね。だとしたら、ちょっとステキね。
ねぇ、そっちから見る夜空も、きれい?星の匂いで胸がいっぱいになる。
今度、窓辺に花でも飾ってみようかな。アナタはどんな花が好き?ワタシはチョコレートコスモスがお気に入り。でも安心してね。飾るとしたら、遠くからでもわかるような明るい色のを選ぶからね。しおれる前に見つけてくれたら、なにか合図を送ってね。
喉が乾いてる。冷たい水が飲みたい。でも立ち上がるのが億劫だ。お風呂の前に飲んでおけばよかったよ。冷蔵庫までが遠いなぁ。
ねぇ、アナタはどんな声をしてるの?
当たり前だけどさ、誰でもよかったワケじゃないんだよ。そんなことあるワケないじゃん。でもさ、セロトニンでも試してみればって、どういうことよ。
ウザイんだよ、どよーんとさせんな。バーカ。薄々は感じてたけど、気持ちの無さは本気みたいね。こっからこっちには入ってくんなよ。そんな線を引かれたような気分だ。うるせぇ、オマエなんかいなくたって、へっちゃらなんだよ。でも、そりゃ、やっぱりさみしいさ。せめて、心よ、ささくれ立て。
ちあきなおみの夜。素面じゃ聴けないから、バーボンとか少し強いお酒を飲んで、誰かが何かを諦めるときの切実さに浸る。たっぷり浸る。普段聴いている音楽はネットを通してやって来るけど、彼女の歌はこちらから聴きに行かなきゃ会えない。
ちあきなおみはいい。断然、いい。だって、弱っちくていいんだよ、と歌ってくれるんだ。重いよね。でも、大切なのは長さじゃない、その重さなんだよと歌ってくれるんだ。彼女の痛切さは、歌にできないとこから聴こえてくるようだ。
だれかと背中合わせのまま眠りたい。安心して別々の夢を見たい。
ねぇ、あんた。メールで済ます男にさ、本気になる女はいないって、そう言うよ。
今夜も遅くなった。鍵を差して右に回すとエントランスのドアがスーッと開き、一人の時間が流れ始める。エレベーターに乗り込み、閉ボタンを押す。少し遅れ気味にドアが閉まる。扉側右上の監視カメラは、無音の空間とワタシを映し続けているのだろう。
ねぇ、ワタシのこと知ってる?毎晩、見てるんでしょ?カメラに目を遣りながら、箱を出る。
ワタシの部屋のドアはきっとどんな鍵でも開く。鍵を差す瞬間、なぜなのかな、いつもそう思う。
ねぇ、どうして夜は時間がスキップで進むんだろうね。気がつくと、いつももう寝なきゃな時間を過ぎてる。ヨシッと立ち上がる。冷蔵庫のドアが重い。コップ一杯の水を飲む。胸の内側がひんやりして落ち着く。
わずかに後ろ髪を引かれながら、カーテンをゆっくり閉める。
柔らかな枕が好き。顔の半分くらい埋まるのが好き。明日は枕の下にある。そうだそうだ。そう思って顔を埋める。今夜も宙ぶらりんのまま、寝落ちる時を待つのか。もの音ひとつしないこの静けさには、もう慣れた。うそ、慣れない。今夜も静けさがざわついている。慣れるわけない。
ふと、優しいセックスが好きだな、なんて思う。シャツをしわくちゃにしちゃうようなのは、好きじゃない。だれかに髪をなでてほしい、首筋にふれてほしい。夜の舟に揺られる。そこにたゆたう時間と感覚が好き。
え、もう、やだな。涙があふれてきた。何だよ、あいさつも無しかよ。からだを丸める。なにセンチになってるのよ。ワタシってさみしいのかな。
明日は枕の下にある。鼻水をすすりながら口に出してみる。