第3話 いきなりピンチ
文字数 1,357文字
神田明神下の交差点にその入口を見つけて、
大きな交差点の角にある路面店。
入口には、ハートを模したピンクのロゴマークが装飾されてあった。
そのハートの中には、ミニスカートの太ももとハイソックス――いわゆる『絶対領域』――がクローズアップされて描かれている。
入口の自動ドアはガラス製なので、店内の様子がのぞき見える。
明るく、ポップな雰囲気の店内だ。
秋葉原初心者の……というより、『ひとりでおでかけ』するのが初めての蘭子にも、安心な立地と外観である。
それもそのはず。
これらの条件がそろっているからこそ、しずかはこの店『社会見学』の場に選んだのだから。
ドアの前で、蘭子が胸を張る。
へんじがない。
ただの自動ドアのようだ。
…………解説しよう。
蘭子はとびきりのお嬢さまだ。
彼女にとっては、飲食店での『お迎え』は常識である。
メイドによるおもてなしを売りとするメイド喫茶ならばなおさら、彼女の到着に合わせて、盛大なセレモニーなどが準備されているだろう、それが当然だろう、と思い込んでいたのだ。
それはこっちのセリフである。
蘭子は予約もしていないのだ。
出迎えろというのが無理な話だった。
そもそも彼女は、『予約』というシステム自体をよく理解していない。普段、彼女が訪れる場所はすべて、しずかやカケルなどの使用人があらかじめ予約を入れているのだ。
細い肩を怒らせて、彼女が店内へ乗り込もうとしたとき、
蘭子が近づくより前に、自動ドアが開いた。
で。
女性の声。
そして退店してくる、男性。
その背の高い男性は、振り返りざま、あやうく蘭子とぶつかりそうになって立ち止まる。
蘭子は一歩、あとじさり、男性を見あげて……固まる。
驚いた様子の蘭子を前に、男性はそう言って謝った。
またまた解説しよう。
蘭子お嬢さまは、『大人の男の人』が苦手である。
家族や、よく見知った使用人――たとえばカケル――以外の男性とは、基本的に接点がないこともあって、どう接していいか分からないのだ。
学校の先生とまともに話せるようになるにも時間がかかったし、父に連れられていく社交界のパーティーなどでも、大人の男性を前にすると、もじもじしてうつむいてしまう。
男性客のほうも困惑してしまう。
なんたって、これは
小さな女の子に声をかけ、涙ぐませてしまう成人男性……
たとえ優しさからの言葉であっても、場合によってはすごく大変なことになってしまうかもしれない。
本当に、世知辛い世の中である。
テンパるお嬢さま。
けっこう、どちらもピンチであった。