第14話

文字数 1,798文字

 あたしは一週間ほど入院していました。その間はものすごく退屈でつまらなかったです。
 お医者さんや看護師さんが時々やってきては、いろいろと話し掛けてくれました。でも上手くしゃべれないので気まずい思いしかありませんでした。だからなるべく布団をかぶり、身をかたくして、ほとんど黙ったままでやり過ごしました。
 その入院期間に二回だけ、イカルがお見舞いにきてくれました。
 あたしは、それはもう嬉しくて、自分でもこんなにしゃべることができるんだとびっくりするくらい、ずっと話していました。その時のイカルはいつにも増して優しかったので、そのせいもあったのかもしれません。
 二回とも、イカルは女の子が一人でいる病室に入っていることを気にして、早く帰ろうとする素振りを見せていました。でも、そんなことかまっている場合ではありません。何といってもあたしは死にかけたのです。お医者さんに聞いた話では、あと一日発見が遅ければ危ない状況だったらしいです。だからあたしは、確かに自分が生きていると実感したかったんです。それにはイカルの存在が必要なのです。とても感覚的なことですが、イカルがいれば自分が生きている、生きていていい、と安心することができたのです。
 二回目のお見舞いにイカルがきてくれた時、一緒に治安部隊に入隊することが決まった、と聞かされました。とても嬉しかったです。感情があふれて思わず号泣してしまいました。でも、すぐに、あわてたイカルの顔がおかしくて笑いました。その時、あたし、生きていていいんだ、と実感したことを覚えています。

 それから僕たちは、クマゲラというヒゲの先生と、セキレイという若い先生、そしてマヒワという女医の先生によって、いろんな角度から身体的に調べられました。
 それまでの実験では、かなり希釈されたケガレを植えつけられていたらしいのですが、僕たちには、かなり濃度を増したケガレも植えつけられたようです。そのため僕はたまに体調を崩してそのまま入院したこともありました。でもツグミは特に体調を崩すことはなかったようです。だからツグミは僕が入院している間、面会時間も無視して僕の世話をしようとしました。その姿がとても嬉しそうだったことを今もよく覚えています。
 そんな様々な検査をくり返し、様々なデータを蓄積して、結果として出た結論は「特異体質」でした。けっきょく原因ははっきりとしなかったようです。数か月後、僕たちの検査は打ち切りになりました。
「我々の力不足で君たちの能力の源泉を発見することはできなかった。なんとも残念だ」クマゲラ先生が最後の検査の日にそう言いました。
「しかし我々アントとしては、これからも君たちの能力に注目していきたいと思っている。そして協力してほしいと思っている。ぜひ俺たちの活動を手伝ってもらえないか?」セキレイ先生が熱をおびた様子で語っていました。その横でマヒワ先生が、ちょっと、とたしなめていました。大丈夫、彼らなら分かってくれる、そう言いながらセキレイ先生はほがらかに笑っていました。
 たぶんツグミには何の話か分からなかったと思います。横で特に興味のなさそうな顔つきをして窓の外を眺めていましたから。でも僕にはセキレイ先生が言ったアントという団体がどんな団体なのか、おおよそ見当がついていました。おそらくアトリがかつて言っていた反社会勢力なのだろう、地上に回帰しようとしている。そんな団体と関係ができたことを、まだアトリには言っていませんでしたが、教えてやった方がいいのだろうか、と僕は思いました。
 帰り道、集中して考えてみました。アトリは今、総務委員会に成績優秀者特例で入会していました。しかし、そんな屋内で机に向かうことの多い雑務的な仕事に彼が満足しているはずもない気がしました。きっとその団体のことを話したら詳しく教えてくれとせがむだろう、そして強烈にその話に引かれていくだろう、きっとその団体に入りたいと望むことだろう、と思いました。話すのがいいのか、黙っていた方がいいのか、僕は悩みました。しかし親友が何よりも聴きたがるだろう話を黙っているのは心苦しく思えました。聴いてどうするかはアトリ次第だ、彼はきっと一番いい道を選ぶ、彼の知識に裏づけされた判断は、間違うはずがない・・・。
 僕はその夜、アトリに、アントのことを話しました。
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