Harem Time!

文字数 22,142文字

 姉貴の様子が変だ。いや、厳密に言うと、存在そのもの自体がもとからおかしいのだが。
実の弟である俺が肉親にそんな言い方をするのには訳がある。簡単に言うと、姉貴は超大天才なのだ。
 十二歳でアメリカの大学を飛び級で卒業。分野はロボット工学とか、俺にはよくわからないものだけど。十七になった今は、大手自動車メーカーと薬品メーカーの顧問を務めている。うちの家系は全くもって普通の家庭だったのに、なぜか姉貴だけが突出していたのである。
 そんな超大天才の姉貴が、ここ半年顧問を務めている会社の研究室に泊まりこみでいるのだ。前にもそういうことは少しあったのだが、ちゃんと家族に日程を告げてから出かけていた。なのに、今回だけはそれがない。会社の人から聞いた話だと、今は重大な研究の山場という訳でもないらしい。そこで俺が今日、差し入れとともに研究室までお邪魔することになったのだ。
 外は曇り。今にも雨が降りそうだ。さっさと姉貴に会って、家でのんびりしたい。そんな本音を胸に隠し、俺は姉貴の会社の最寄り駅へ降り立った。
 会社の人、多分重役だと思われる人間に案内してもらい、会社の入り口から地下の研究室の近くまで行く。そこで中にいる姉貴に備え付けの電話で連絡を取った。
「姉貴、俺。翔平だけど、入ってもいい?」
「よく来たわね。入って」
 受話器越しの姉貴の声は、不気味なほど陽気だった。電話を切ると、会社の人は「私はこれで」とそそくさと行ってしまった。
 俺は姉貴が中から重厚な扉を開けてくれるのを待った。しばらくすると、ズシンと大きな音がして、扉が開いた。
「あ、姉貴……でいいんだよね?」
 思わず確認した。扉を開けてくれた人物は、わかめのような髪の毛が背中のあたりまで伸びて、不思議なゴーグルをかけていた。背中には大きなボンベをしょっている。灰色に汚れた白衣から、ほのかにガソリンのようなにおいがした。
「翔平、久しぶり」
 ゴーグルと一緒に前髪を上げると、肌はボロボロだったが、姉貴である真実の顔が出てきた。
 姉貴は研究室の中にある、テーブルに俺を案内した。全体的に研究室は誇りっぽくて喉がイガイガする。姉貴がティーバッグの紅茶を入れてくれたが、すでに何十回も抽出されているようで、お湯の色が変わる気配はなかった。
 仕方なくそれを飲んで、喉のイガイガを紛らわせようとしていると、研究室の奥の方に、棺桶のようなものが五つ並んでいるのが目に入った。まるでここは病院の霊安室のようだ。地下だから肌寒いし、蛍光灯がついていて明るいけれど、なんだか周囲は灰色に見えた。
気味が悪い。さっさと出てしまおう。姉貴は元気だった。親にはちゃんと報告できる。
「俺、帰るわ。様子見に来ただけだし」
 そう言って腰を浮かすと、姉貴が俺の肩をグッと掴み、イスに押し付けた。
「なに言ってるの! ちょうどすごいものができたばっかりなんだから、見ていきなさいよ!」
「……すごいもの?」
 俺は嫌な予感がした。姉貴は天才だ。「超」がつくほどの。だが、人として何か大きなものがかけている類の天才だ。とんでもない兵器なんか造り出してないだろうな。不安を感じる俺をよそに、姉貴は語り出した。

「私はね、モテたいのよ!」

「……は?」
 突然の一言に、俺は次の言葉を失った。
「生まれて十七年。齢十二でアメリカの大学を卒業してから今まで、同い年の男子との接近があまりにもなさすぎる! 天才なのに、いや、天才だからこそ男子と遭遇できない! と、いうわけで、『男子がいないなら造ればいいじゃない』……そういう結論に至ったわけよ」
 あぁ……。ときに天才は時代がその考えについていけずに異端視されるものであるが、姉貴の
場合、時代は一生ついてこないだろうな。単なる残念な人になってしまったのか。
 そういうことなら、「姉貴の造ったすごいもの」の想像は簡単につく。どうせアンドロイドで
も造って、擬似ハーレム状態でも楽しむつもりなんだろう。この人は膨大な予算と知識を無駄
遣いして、何をしてるんだろう。言いようもない脱力感でいっぱいになった。
「……とりあえず、母さん達が心配してたから、電話ぐらいかけなよ。俺、帰るから」」
 再びイスを立とうとしたら、今度はチョップを思いっきり喰らった。
「バカ野郎! 偉大なるお姉様の発明を見ていこうという気持ちにならないのか! これだからケツの穴の小さい弟は!」
 痛ぇ……。チョップより、ダメ人間な姉貴の暴言で、心が痛ぇ。
「まぁまぁ、ともかくすごいアンドロイドを造ったんだから、見ていきなさいよ。自分で言うのもなんだけど、天才であることを再確認させられたものなのよ?」
 確かに、「アンドロイド」なんて簡単に言うけど、なかなか見る機会ってないよな。アニメと
かだったら、そういうものが日常的にいるかもしれないけれど。俺は三次元にいる普通の中学
二年生だ。実際そういうものは二足歩行ロボットぐらいしか見た事がない。しかも、テレビで
だ。そう考えると、ちょっと好奇心が沸いてきた。
「仕方ないな、ちょっとだけだぞ」
姉貴は俺の返事を聞かずして、すでに機械の起動に取り掛かっていた。

「だいたいこれで大まかな起動は完了。あとは個別に主電源をオンにしていけばOKね」
「え、一体じゃないのか?」
「そんなこと一言もいってないわよ」
 どれだけ男に飢えてるんだ、この人は。恐るべき肉食系女子。だけど、そのベクトルが通常の人間に向いていないところはちょっと問題アリなのだろうけど。
 姉貴はさっき見た棺桶の方へ移動した。俺もそれについていく。棺桶はよく見ると、表面に「BDC―1 桜」と番号と名前らしきものがガムテープに書かれてある。姉貴がゆっくりとフタをあけると、黒づくめの服に身を包んだ、眠っている美青年がいた。年齢は十七、八ぐらいだろうか。前髪が左目にかかっているのがミステリアスな感じ。ちょっとV系っぽいのは姉貴の趣味だろう。
「これ、人……だよね?」
「眠ってるみたいでしょ? これ、生物じゃないのよ。バイオチームから色々と技術をこっそり提供してもらって、人間とほとんど同じように造ったの。感情までコントロールは完璧よ。中身は機械だけど」
 俺はニヤリと笑っている姉貴を見て、ゾッとした。マッドサイエンティストって、姉貴のた
めにある言葉だと確信した。
「さ、起動させるわよ」
 そういうと腕をまくり、いきなり「桜」の両目を指で刺した。
「な、何目潰ししてんだよ!」
 俺がつっこみを入れている間に、「桜」の横たわっている棺桶の周りは光だした。起動のサインだ。目が起動ボタンになっていたらしい。このアンドロイドを設計した人間の悪趣味さがよくわかるようになっている。
 しばらくブーンという低音が響き、それが鳴り止むと、ゆっくりと桜は目を開けた。
「やだ! ちょっと、イケメンと目が合った!」
 姉貴は異様なテンションで俺の腕を掴んだ。イケメンって、そう造ったのはあんただろうが。
 桜はそのままゆっくりと体を起こすと、姉貴をじっと見た。
「……飯」
 一言残すと、そのままの体勢で起動停止した。
「あれ? 起動はちゃんとしたのに……って、満タンだったエネルギーが0になってる!」
 いつの間にか俺の腕から離れた姉貴は、桜の脇腹にあるエネルギーゲージを確認した。
「なんかこのアンドロイド、すごい燃費悪いんじゃない? 電気代やらガソリン代がバカにならないだろ?」
「何言ってるのよ、時代はエコよ? ガソリンなんか使わないわ。ソーラーシステムを使ってるんだから」
 そういいつつ、新しい太陽電池を補充する姉貴。再び桜に目潰しを食らわすと、再起動を始
めた。そして、またゆっくりと目を開ける。
「今度はうまく行ったみたいだな」
 俺が桜をまじまじと眺めていると、姉貴はまた俺の背後に隠れてしまった。
「姉貴……さっきからなんなの? 自分で作ったんでしょ? 会話してみなよ」
 姉貴を促すと、俺の背から出てきて桜に開口一番こう言い放った。

「桜、あんたは私の下僕一号よ!」

「ちょっ、何言ってんの! 姉貴は普通の男子にもそういう口を聞くんデスカ?」
 アンドロイドとはいえ、感情を持ってるらしいモノにそういう言い草はないだろう。姉貴の
男子に対する感情って、一体……。俺はともかく、もっと普通に人間に接するように話しかける
よう、姉貴を説得した。
「桜くん? 目覚めた気分はどう?」
 気持ち悪いぐらい引きつった顔で桜に声をかける姉貴。ごめん、いくら姉貴でもさすがにそ
の表情は恐怖を感じる。これが同年代の異性と会話が乏しい人間の精一杯の笑顔か。それでも
桜は平然としている。感情機能がおかしくなっているのだろうか? 
「腹減った」
 無表情で一言。再び姉貴が脇腹を確認すると、またエネルギーゲージは0に近くなっていた。
「おい、本当にこいつ燃費悪いぞ!」
「もう、しょうがないな。コードにつなげておくか」
 ヤケクソになった姉貴は、太いコードを持って桜を後ろ向きにさせ、ズボンを下ろした。
ちょっと待て、すごく男として嫌な予感が満載なんだが。その予感は当たった。姉貴は勢いよく、コードの先を桜の尻の穴に刺した。
「あああ!」
「何よ、うっさいわね」
「なんで姉貴はそういうところにコードを刺したりするかなぁ? 電源が目とかもありえないでしょ?」
姉貴はうるさそうに俺の顔を睨んだ。
「じゃあ電源は乳首で、コードは鼻の穴に刺したら問題なかったっての? 鼻からコード伸ばしてるアンドロイドってどうなのよ? それこそドン引きよ!」
「そういう話じゃなくて、人としてどうかって問題でしょ? 姉貴は普通の人間にも目潰ししたりする訳なの?」
「うるさい」
 誰かが俺らの言い争いをさえぎった。桜だった。ズボンを直し、立ち上がって、俺らの間に
割り込んだ。
「ケンカよくない」
 自分はいままでわりと常識的な人間だと思っていた。それなのに、アンドロイドに諭される
日が来るとは。俺はちょっと自己嫌悪に陥った。
「すいません……」
 気がつけば、姉弟揃ってアンドロイドに謝っていた。なんだろう、この光景。


「さて、桜の機械的な問題点は燃費が悪いことぐらいね」
 姉貴は研究ノートに走り書きをした。
「『機械的』以外の問題点ってなにさ」
 俺と桜は、姉貴がデータをまとめている間、ババ抜きをしていた。桜は無口だが、素直でい
いやつだ。ババ抜きもルールを教えるとすぐに覚えたし、人間と全く変わらないといってもい
いと思う。
「あとは性格ね。従順性といったところかしら。やっぱりハーレムを作るためには私が優先順位第一位にこないと」
 それ以前に、姉貴の男子免疫力をつけた方がいいんじゃないか? 桜と目が合っただけで大
騒動だったのに、それがあと四体あるわけなんだから。そう言いたいのをガマンして、俺は紅
茶と言われるお湯を飲んだ。姉貴は早速実験を開始するようだ。
「桜くん、一番美しいのはだあれ?」
「……自分」
 ガラスで反射した自分の姿を確認した桜が、そう答えた。
「あら、頭部が故障しているのかしら?」
 いや、今の姉貴の格好と桜を比べると、断然桜の方が美形だと思う。俺はともかくとして。
姉貴は頭部をいじくりまわしているが、やはり異常はなかったようだ。
「もうこいつはナルシストな訳? ま、いいわ。次のアンドロイドを起動させましょう。桜、手伝って」
 自分を優先順位一位にしない桜に対して、「ただの機械」と判断したらしい。さっきまでどぎまぎしていたくせに、姉貴は躊躇なく命令した。桜は姉貴に言われる通り、「BDC―2 桃」と書かれた棺桶を開けた。今度はショタキャラか。姉貴の趣味がよくわかる。はねた茶髪で、
ラグラン、膝丈のチェックのパンツを身につけている俺と同い年かちょっと年下くらいの少年だ。
「よし、行くわよ!」
 勢いよく目潰し。躊躇しないのだろうか、この女は。
 しばらくすると、「桃」はパチッと目を開いた。
「痛ぇじゃねぇか! クソババア!」
「な、なんですって?」
桃は桜と違って、燃費がよいらしく、ひょいっと棺桶から抜け出すと、姉貴の白衣を掴んだ。
「アンタのことだよ! こんな汚い白衣着ちゃってさ。誰だよ、ブス!」
「博士だよ」
 桜が無表情で答える。ブスと言われてショックを受けている姉貴の白衣を掴み、睨みをきかせていたが、ゆっくりと手を離した。
「おかしいな。僕のデータでは、『一番美しい人が博士』ってあるんだけど。この中で一番美しいのって……」
 俺たち三人をじっと見つめる桃。そして最終的にその視線は桜に注がれた。
「そこの黒い兄ちゃんが一番美形だな! あれが博士だ!」
「えっ! ちょ、ちょっと!」
 姉貴が焦っている。桜はというと、相変わらずの無表情で何を考えているのかわからない。
「桃……博士はアレだ。認めたくなくてもアレなんだ」
 とうとう自分が造ったアンドロイドたちから『アレ』扱いされてしまった。さすがにここまでくると姉貴にはちょっと同情する。
「仕方ないな。兄ちゃんがそう言うなら僕、信じるよ」
 あれ。異様に桜には懐くんだな。やっぱりアンドロイド同士だと気心が通じるところがあるのだろうか。桃にもかわいいところがあるじゃないか。そう思った瞬間、ボソッと低い声が聞こえた。
「まぁ、一番上にこびてるフリしとけば問題ねぇだろ」
 俺がその声に振り向くと、そこには桃がいた。桃は目覚めたときよりも悪い顔で俺を睨んだ。こいつ、性格に難有りだ。


 今まで二体のアンドロイドを起動させたが、もう俺は精神的にいっぱいいっぱいだった。桜はナルシストらしくちょくちょくガラスに映った自分を見てポーズを取っているけど、それ以外はわりと普通だ。だけど、桃の方は腹黒い。この研究所を出たら、アンドロイド系アイドルとして芸能界デビューしたいとかほざいている。姉貴はそのための資金源にされるそうだ。ハーレムどころじゃないぞ、これは。
「あー、もうろくなのがいないわね」
 姉貴が愚痴った。けれど、造った本人がそれを言うか? つっこむ暇なく、三体目の起動に取りかかった。
 三体目は「BDC―3 椿」。二十代半ばくらいだろうか。ホストっぽい感じで、夜の街を一緒に歩くのに適していそうだ。ゆるめのこげ茶の髪に高級そうなスーツで決めている。
「ん?」
 目潰ししてもなかなか起動しない。
「えい、えい!」
「ちょっと、もうやめてぇ!」
 俺はつい叫んでしまった。何回も目玉をグリグリされているのを見ると、こっちの方が痛くなってくる。桜はそれでも無表情だし、桃はそんな俺の様子を鼻で笑った。
 しばらくすると、ゆっくりとまぶたが開いてきた。が、半目の状態で止まったままだ。
「あら? おかしいわね。起動してはいるみたいなんだけど」
 確かにこの状態はおかしい。マッドサイエンティストの姉に造られた、ナルシストと腹黒アンドロイドに囲まれ、半目のホスト系アンドロイドの目覚めを待つ。……俺、本当に何してるんだろう。ここは現代の日本だよな? 異世界じゃないよな? 今眼前に広がっている光景は、普通の中学生が見るものじゃない、絶対。だけど、それに適応している自分にも驚く。まぁ、姉貴が天才に生まれてきたこと自体がおかしかったんだ。そうに違いない。
 そんなことを考えていたら、突然半目だった椿が身を起こした。
「おお、神よ!」
「な、何?」
 一番椿の近くにいた姉貴が、驚きで飛びはねた。いきなりの椿の叫びに、場が静まり返る。
「髪? 抜け毛か?」
 桃が椿の後頭部を触る。しばらく髪をいじっていたが、特に何の発見もなかったらしく、つまらなさそうにその場を離れた。すると、また椿が突然叫んだ。
「神のお告げがきた!」
「これ、ホスト系?」
「そうプログラミングしたんだけど」
 ホスト系というより、バリバリの電波系じゃないか。皆が椿の一挙手一投足に注目した。なんかよくわからない迫力というか、恐さがある。桜はそれでも無表情だからある意味すごいと思う。桃はというと、虚勢ははっているが、若干びびったようだ。
 椿は両手をあげて神のお告げとやらを始めた。
「僕らの着ている服は……大手量販店で買われたものだと神が告げている!」
 あ、電波系って言っても、その程度のことなのか。そんなことを予言する程、神様も暇じゃないだろう。それ以前に、アンドロイドが電波系ってどういうことだよ。つっこみたいことが山ほど出てきた。でも、これだけは確実に言える。このアンドロイドもめんどくさいヤツだ。
「ちょっと博士とやら! 本当に僕らの服は量販店のなの?」
 桃はどうでもいいことで姉貴に飛びついている。姉貴は遠い目をして椿のデータをノートにメモしていた。
「僕は何故この世に生まれてきたのだろうか……。こんな窮屈な器に入れられて……! 嗚呼、神はなんで僕をお捨てになられたのか!」
 錯乱している椿に、今まで無反応だった桜が近づいていって、諭した。
「……椿は、少し落ち着いたほうがいいと思う」
 こんなカオス状態の中だと、アンドロイドだということを忘れて、一番桜がまともな人間に
見えるからすごい。しかし、そんな桜の言葉を椿は跳ね除けた。
「黙れ、悪魔の手先めが!」
 一瞬、桜の表情が曇った。それも無理はない。同じアンドロイドに拒絶されたのだから。そ
もそも桜たち三体のアンドロイドは、起動したばかりなのだ。いくら見かけは普通の男だとし
ても、心は生まれて間もない赤ん坊と同じだといえる。だからこんなカオス状態になっている
のだろう。だが、このままだと桜が少し不憫だ。ここは軽くフォローしてあげよう。椿は恐い
けど。
「椿、桜は悪魔なんかじゃないぞ。お前と一緒のアンドロイドだ」
「黙れ! こんなカラスのような黒衣をまとうなど、悪魔の証拠! ええい、地獄へ送り返す魔法陣を書いてやる!」
 桜はまた最初と同じ無表情に戻った。なんだ。服のことだったのか。要するに椿は服にこだ
わり有り、と。


「もう帰っていい?」
 三体でこんなに疲れるとは思わなかった。姉貴の造ったアンドロイドで、結局まともなのは
桜だけだ。その桜も椿の出現で、ガラスの前から動かなくなったわけですが。
 黒い服に文句を言われたせいで、買い置きされていたアンドロイド用の服を全部ひっぱりだ
してきて、一人ファッションショーをしている。相変わらず、尻にコードは刺さったままだ。
もう嫌だ、こんな空間。
 最初は電源を落としてしまえばいいんじゃないか、と思ったのだが、どうやらコードをつけ
ている桜以外は自立式になってしまっているため、エネルギーが切れるまでそのままらしい。
しかも、その稼動年数は五十年という異常な数値だ。そんな年数待っていたら、こっちの方が
先にポックリ逝ってしまいそうだ。
 こっそりと出口に向おうとした瞬間、 姉貴が俺の腕を引っ張った。その姿はまさに幽霊だ。
「あと二体だけなんだから、最後まで我慢してよ!」
 もう我慢って言ってる時点で、自分ひとりじゃ制御できないと感づいているのか。しょうが
ない。このままこのアンドロイドたちが暴走して、研究室から脱走されたらめんどうなことに
なる。ここまできたら、最後まで付き合うしかない。
「次の『BDC―4 蓮』って、どんなやつなの?」
 桃が姉貴に聞いた。
「スポーツマンタイプよ。爽やか好青年……のはず」
 すでに自信喪失か。それも無理はない。
一人ファッションショーから戻ってきた桜が、蓮の棺桶を開ける。そこには桜と同い年くら
いで、Tシャツ、ジーパンで短髪の、少し日焼けした青年が横たわっていた。
「おお、またも人間の作り出した哀れな傀儡が!」
「ちょっとお前は黙っとけ」
 うるさい椿の口をふさぎ、蓮を起動させる。今度は一発で起動に成功したようだ。またしば
らく蓮が目を開けるのを待つ。
「あー、よく寝たっ!」
 蓮は勢いよく飛び起きた。今回のアンドロイドはどうやらまともなようだ。
「やった! まともな爽やか好青年!」
 姉貴も喜んでいる。
 しかし蓮は棺桶から出ると、いきなり腕立て伏せを始めた。
「蓮、何してるの?」
 俺が聞くと、蓮はシュッシュッと息を吐きながら、答えた。
「その箱に入ってたから、体の機能がよく動いていないんじゃないかと思ってね。チェックもかねた準備運動さっ!」
 なんだかちょっと古い世代の好青年な気がする上に、妙に暑苦しい感じがするのは俺だけじ
ゃないようだ。姉貴はすでに廃人のようになっているし、他の三体のアンドロイドもちょっと
引いている。
「そこの少年! オレの上に乗るといいよっ!」
「え! 僕?」
 いきなり指名された桃が驚いて蓮を見つめる。腕立て伏せしている蓮の上に乗れって、どれ
だけ鍛える気だ。
 桃は蓮の強い眼力に負け、俺たちに何か言いたそうな顔をしながら渋々とその上に乗った。
 小一時間、蓮は腕立て伏せを続けた。その間、全員黙って見ないようにしていた。体を鍛え
ること自体は悪いことじゃないんだけど、蓮の場合、異様な迫力がある。巻き込まれた桃だけ
が、「お前ら、覚えとけよ!」と叫びながら、むなしく助けを待っていた。
「うらぁぁぁ!」
 やっと腕立て伏せが終わったと思ったら、椿はいきなりTシャツを破った。そして、一人
ファッションショーをしていた桜の横に立って、自分の細マッチョな肉体をうっとり見始めた
のである。突然ガラスに映った蓮に桜は驚いたらしく、少し後ろへ引いた。
「あ、姉貴、あれは一番ひどいんじゃない? 椿も恐いけど、蓮も相当恐いよ?」
「そうね、正直私も恐いわ。あれはハーレムには絶対いらない要素よ」
 真剣な顔でつぶやく姉貴。だったらこういうのを最初っから造らないでくれと言いたい。桃はさっきから俺の背後にいる。蓮に小一時間も腕立て伏せに付き合わされて、へとへとのようだ。
「あれはきっと呪いだ! 人間が僕らを造るという行為が、神の怒りをかったんだ!」
 椿の電波話も本当じゃないかと思えてしまうからすごい。
「もう、これじゃハーレムにならないわね。優秀な指導者が必要だわ」
 廃人と化した姉貴が最後のパンドラの箱を開けるときがきた。


「BDC―5 檜」は、三十代のチョイ悪オヤジをイメージして造ったらしい。このアンドロイドたちの中で、一番大人だというところがポイントだ。1号機である桜はいまいちリーダーシップに欠ける。かといって、今のところ設定年齢が一番上の椿は問題外。桃は腹黒いし、蓮は暑苦しい。
「その点檜は大人の色気ムンムンで、物腰柔らか。リーダーとして向いていると思うの」
「でもそれは単なる『設定』でしょ? どうせ中には違うものが入ってるんでしょ?」
 研究室は現在、四体のアンドロイドが自由に好きなことをやっている。言うなれば、アンドロイドのサファリパークだ。桜は自分の服が決まらないらしく、尻から出ているコードを引きずりながらまだガラスの前をうろうろしているし、桃はアイドルになる練習とかいって、どっから出てきたのかカラオケマシーンを使って歌いだした。椿が変な魔法陣を引き始めている横で、蓮はシュッシュッと呼吸をしながら腹筋をしている。これはハーレムというより、ただの変人集会でしかない。ここで新たな変人アンドロイドが出てくるのか。そう思うと気が重い。
「とりあえず手伝いなさい。文句はあとで聞くわ」
 俺と姉貴は、一緒に最後の棺桶を開けた。黒いジャケットにお洒落な帽子。無精ひげを生やした檜がいる。見た感じでは、普通のカッコいい大人だ。姉貴が目を突くと、すんなりと起動した。
「君が私の製作者かい?」
 しばらくして、渋く甘いボイスが俺と姉貴の耳に響いた。他のアンドロイドも最後の仲間の目覚めに気がついたらしく、そばに寄ってきた。
「これは……成功よね? ね?」
「ああ……多分」
姉貴はとうとう涙目になって、檜の手を取った。
「私があなたの製作者、真実よ。宜しくね」
 そう言った瞬間だった。

「ママ~! 暗くて恐かったよぉ~!」
 
渋くてダンディな三十代が、わかめ頭の十代の女マッドサイエンティストにすがりついて泣いている。俺はショックで気を失いそうになった。この光景を見た他のアンドロイドも反応を示し始めた。
「このおっさん、博士のことママとかいってやんの! 僕より年上の癖に!」
「桃……そういうのはよくない」
 桃がはやしたてると桜が抑える。それはいい。問題は他の二体だ。
「やはりこれは神が僕らに与えた罰! おお、この残忍な人間を地獄へ落としたまえ!」
「ママ、なんて言ってるのは、精神鍛錬が足りないんだよ! さあ、オレと一緒にトレーニングしようぜ!」
 姉貴、正直俺はもう帰りたい。現実世界へ。こんなSFチックなアンドロイドなんていない場所へ。そもそも姉貴はこんなやつらを五体も造って何がしたかったんだっけ。当初の計画すらグダグダなのに、この状況をどうするつもりなんだ? 俺は姉貴の目に訴えようとしたが、
すでに白目をむいていた。


 檜から姉貴をどうにか引き離し、研究室のベッドへ運んで横にした。こうなったら俺が何とかするしかない。大手会社の顧問である姉貴の不祥事は、ほっとけば俺の将来に暗い影を落とす。そうなる前に、こいつらを制御する方法を見つけなければ。
「お前ら、全員集合!」
 号令をかけてみるが、桜以外の四体は相変わらず好き勝手に行動している。桜はわりと協力的だったので桃をどうにか連れてきてくれたし、檜は泣いているだけなのでとりあえず引きずってきた。問題は残り二体だ。どうしようか。
 しばらく研究室の天井を見ていたが、突然ひらめきがおとずれた。よし、この手を使ってみよう。
「おい、蓮」
「なんだ、もやしっ子」
 蓮の中で俺の評価は「もやしっ子」なのか。確かにお前よりは運動してないよ。そんな怒りはこらえて、俺はひとつ助言をした。
「お前さ、スポーツマンだったら、ちゃんと集合かけたときに来ないといけないんじゃないか? こういうことって体育会系の基本だと思うんだが」
 俺の言葉に、蓮はハッと何かに気がついたような顔をした。
「もやしっ子、その通りだな! オレとしたことがそんな基本ができてないなんて、スポーツマン失格だ。教えてくれて、サンキューなっ!」
 グッと親指を立ててウインクする。やっぱり古臭い。が、予想通り。蓮は「体育会系のルー
ル」に忠実だ。これはうまく扱えるかもしれない。あとは椿だ。
 俺は魔法陣を書いて、なにやら変な儀式を開こうとしている椿の横に立った。
「椿、その魔法陣って、黒魔術? 俺よくわからないんだけど」
「そうだ。お前たち悪魔姉弟を地獄に落とすため、僕が呪いをこめて書いたものだ」
 話している最中も、黙々とサインペンで床に謎の記号を書いている。そこでこの一言を投下
してみた。
「でもさ、『人を呪わば穴二つ』っていうよね。自分も呪われちゃうんじゃないの?」
 俺のこの言葉に、椿の手は止まった。まだ止まっただけだ。ここでたたみかける。
「椿って、神様信じてるんでしょ? 人を呪うような穢れた魂って、よくないんじゃないかなぁと思う訳よ。ま、素人判断だけどね」
 椿はペンを落とした。
「ぼ、僕は……なんという愚かな行為を! これを神はお許しくださるのだろうか!」
 今度は俺のパンツの裾を引っ張ってくる。こうなりゃこっちのもんだ。
「そうだな、今まで呪った人間に優しくしてみたらどうだ? 俺が自分で言うことじゃないけどさ」
 さすがにこれは無理がありすぎたか? しかし椿はしばらく考えた後、静かに頷いた。
「善処してみよう」
 俺は溜息をひとつついた。これで何とか全員がまとまるきっかけができた。
 全員が揃ったところで、改めて根本的な質問をしてみた。
「お前らさ、自分を造った人間……主人が誰か分かってるよな?」
「そこに寝ている人間だ」
 桜は模範解答。桃も一応はそれで納得している。椿はゆっくりと姉貴を指さした。呪うくら
いだからその認識はあったのだろう。檜にいたっては『ママ』と呼んでいたくらいだから分か
っているはずだ。
「……皆がそう言っているから、その人間なんだろう」
 蓮は歯切れの悪い言い方をした。もしかして、こいつは自分が「造られた」とか、細かいこ
とは考えていなかったのでは? そんな思考が頭を過ぎった。
 まぁ、姉貴が主人だということが認識されているのならよい。次のステップだ。
 次の課題は「主人の命令を聞く」。これは骨が折れそうだ。だけど、姉貴の命令なんて、本
当に聞くだろうか。
「姉貴は今ぶっ倒れているから、俺が主人代理ってことで。それで一応命令を聞いて欲しいんだが」
 五体のアンドロイドは黙ったままだ。これは了承ということでいいのだろうか? 分からな
いが、進むしかない。
 俺は姉貴のしそうな命令とやらを考えてみた。擬似ハーレム化させるのが当初の目的だと思われるのだから、まず、主人に好意を示すことが大事だ。
「よし、とりあえずお前ら、主人へ愛の言葉を囁いてみろ」
「お前はソドムの民かぁぁっ!」
 最初に椿が声をあげた。
「うっわ、翔平ってそういう趣味なんだ……」
 桃が桜の後ろから、俺に冷たい視線を向ける。前に立つ桜も表情に変わりはないが、俺と目をあわそうとしない。
「君みたいなもやしのどこに魅力を感じろと言うんだい? ははっ!」
 蓮は……なんか無意味にむかつくし、檜は顔を真っ青にして、地面にへたりこんでいる。
「誤解すんな! 『俺に』じゃなくて『姉貴』にだ! 俺はただの主人代理。そこんところ忘れんなよ。まぁ、愛の言葉じゃなくてもいいよ。とりあえず主人への敬意と愛情を表現してみろ」
「博士への愛情表現? それって要するに欲求不満を解消させりゃいいんでしょ? なら下の……」
 桃がそこまで言いかけた瞬間に、桜が口を両手で塞いだ。桃は本当に俺と同い年くらいのア
ンドロイドなのか? 腹黒いというか、発想が不健全すぎるぞ。
「ともかくやれ!」
 俺の命令の後、五体のアンドロイドは少し考え、渋々といった感じで自分たちの思う『愛
情表現』を一人ずつ始めた。
 まずは椿だ。なにやらわら人形のようなものを作りはじめた。ただ黙々と作業している。こ
ちらに対するアクションは何もない。
「椿、何してんの?」
 仕方なく聞くと、椿はやれやれといった風に説明を始めた。
「わからないのか? 主人と見立てたブードゥー人形を作っているのだ」
 それを作って何になる。むしろ呪いの道具になるだけじゃないだろうか。人形を作り続ける椿を放置して、次は蓮だ。不自然に縄を持っているのが気になるが、どうするつもりだ。
「オレと一緒に気持ちよくなろうぜ?」
 普通に言われると気持ち悪いだけだが、こういう強引な台詞は意外と女ウケするんじゃないか? 俺は蓮の行動に期待した。やつは今までの行動が異常だったので、ここで巻き返しを図ってもらいたい。人、というかアンドロイドとしての好感度の。そうじゃないと、ただの変人だ。
 蓮は持っている縄を両手に持ち、跳んだ。また縄は蓮の前に戻ってくる。跳ぶ。この繰り返しだ。これは単なる……。
「縄跳びか?」
「いや違う、もやしっ子も入るんだ! 一緒に健康になることっ! それがオレの愛情表現さっ!」
 俺は当然、その縄の中には入らなかった。何が楽しくて二人跳びしなきゃならないのだ。俺
が無視してもかまわず後ろで縄跳びをしている蓮は、変なテンションになってきている。心底
恐い。だんだんただの前跳びじゃなくて、二十跳び、ハヤブサに変化しているけど、気にする
もんか。百歩譲って「主人の健康を気にする」という点だけは評価してやるが。うちの姉貴は
全く運動しないからな。
 蓮の縄跳びのせいで、細かい塵が当たって泣きそうになっている檜が横にいた。こいつは何
をする気だろう。
「ママの代わりなの?」
 これでいいのか、三十代。そういいたいところだが、相手はアンドロイド。つっこみ不可だ。
「ああ、そうだ。檜は何をしてくれるのか?」
 そう訊ねると、檜はゆっくり立ち上がった。今までとは別人のように、しゃきっと背筋を伸
ばし、パンツについた塵を叩いている。
「私はね……」
 そういうと近くにあった紙を一枚、指に挟んだ。相変わらず甘いボイスにだけはうっとりし
てしまう。じっと見ていると、それの両端を中心に折り曲げて更に中心を折った。
「紙飛行機を作るのが得意なんだ!」
「ああ……」
 ぶーん、と紙飛行機を持って遊んでいる檜を見た。これが桃ぐらいの外見だったら『萌え』
の対象になったかもしれないが、いかんせんやっているのは渋いオヤジ。よく言って、現実逃
避している大人にしか見えない。もはや心の病気だ。
 桃と言えば、次に待っているのがやつだ。さて、この腹黒は何をしてくる気だろう。
「翔平」
 いきなり名前を呼ばれたので桃の方へ向きなおると、全裸のやつがいた。俺はむせた。
「お前、何してんの!」
「え、だから愛情表現でしょ? 博士には僕のパトロンになってもらう訳だし、このぐらいのサービスはしてもいいかなと」
「そんな不健全な考えはドブに捨てろ!」
 俺は急いで脱ぎ捨ててあった服を拾い集め、桃に押しつけた。
 まったく、どいつもこいつも結局ダメアンドロイドじゃないか。これは最後の比較的まともな桜に全権委任するしかない。こいつさえ姉貴に尽くしてくれれば、ハーレムなんかなくても桜一筋でやってくれるだろう。それ自体が問題であることはさておき。
 その桜は今、目の前にいる。俺と目が合う。じっと見つめあう。一分くらいだろうか。オレたちは見つめあっていた。なんだか我慢比べのような気がして目がそらせなかったけど、とうとう自分から目をそらせた。桜は確かに美形だ。美形なせいで、見つめあうとなんだか取り返しのつかないことになりそうな気がしたのだ。恐ろしいアンドロイドだ。
 ちょっと横の壁を見た後、再び桜に視線を戻す。するとまた桜はじっと見つめてくる。なんなんだ、これは。
「あの、桜」
「なんだ」
「これのどこら辺が愛情表現?」
 俺は率直に聞いた。どう考えても愛情表現ではない。見つめてくるだけだ。ただし、変な気持ちにはなってしまうけど。それとも、『愛情を込めた視線でうっとり見つめる』ということが愛情表現なのだろか。でも、愛情のこもった視線ではなく、ただ単に見ているといった風だったが。
 桜は首をかしげた。
「わからないのか? 自分みたいな美形を鑑賞させる。これが愛情表現だったのだが」
 肩が落ちた。まともだと思っていた桜も、致命的にナルシストだったとは。
 俺にはこの五体のアンドロイドを制御することは無理だ。姉貴が起きるのを待つしかないのか。しかし、またさっきのようなアンドロイド・サファリパーク状態になっているところに身を置いているのはさすがにきつい。精神的に。姉貴には悪いが、あとは一人で勝手にやってくれ。それが創造主の義務だ。俺は巻き込まれたただの中学生。さぁ、こんな穴倉から抜け出して、現実世界へ帰ってしまおう。
 姉貴の荷物を適当に置いて、カバンを持って研究室を出ようとすると、檜が擦り寄ってきた。
「お兄ちゃん、帰るの?」
「ああ、俺はこんなSFチックな場所に、もう一秒と居たくないんでね」
 檜は泣きそうな顔になった。
「それって、私たちが悪い子だから?」
 他の四体も俺をじっと見ている。気のせいか、少し寂しそうな表情で。いたたまれなくなった。こんなやつら、もう見たくない。俺は研究室のドアを開けた。
 研究室の外側の、さっき姉貴が開けてくれた重厚な扉の前へさしかかる。姉貴が起きればなんとかなるだろう。どんなに変なアンドロイドたちでも、一応イケメン揃いなんだし、当初の目的であるハーレム化は成功するさ。なんてったって姉貴は超大天才。普通の俺が付き合えるのはここまでだ。
 研究室のガラス窓から全員が見える。全員が俺を見ている。気にするもんか。俺には関係ない。視界にベッドが入った。姉貴はまだ気絶しているようだ。しばらくすれば、またいつも通りマッドサイエンティストっぷりを発揮するだろう。
 これで本当におさらばだ。
 俺は目の前の扉に手をかけた。さすがに研究室の入り口だけあって重い。でも、さっき姉貴は簡単に開けていた。俺が開けられないはずがない。
 しばらく唸って扉と格闘していたが、どうも開かない。なんでだ。冷静になって周りをよく見てみると、壁にブレーカーみたいなものがいくつも並んでいた。それに何かを差し込む穴もいくつかある。その中のひとつにコードがささっていて、研究室の中と繋がっている。横には乱暴にさし抜かれたコードがだらんとぶら下がっていた。見ると、どうやら扉を開け閉めするための電源が抜けていたようだ。大企業の研究室のわりにはずさんな作りだ。
 俺は、もう見ないと決めていた研究室の中を再び見るか迷った。このコードを抜けば、きっと研究室に何か起こる。……桜か。確か、ヤツの原動力は電気で、尻にコードがささっていた。あいつの動きが止まるのか。俺は研究室を見た。桜はじっと、俺がプラグを抜くのを待っていた。自分の棺桶の中で。
 くそっ、覚悟が鈍るじゃないか。まるでこれは人殺しだ。しかも当の本人は俺に殺されるのを待っている。
「ただのアンドロイドだ。これは殺しじゃない」
「そうだよ、別に少しの間止まるだけだし」
 気がつけば横に桃がいた。反射的に口元を押さえた。
「翔平は家に帰りなよ。僕らの家はここなんだから、気にすることなんかない。桜を止めて扉を開けた後に、僕がコードをまた差し込むからさ」
 俺は安堵の溜息をついた。そうだよな、俺が出た後、誰かが再びプラグを差し込めばいい。
それだけのことじゃないか。永遠の別れってわけでもない。俺は今のことで、こんなやつらで
もちょっと情がわいてしまったことに気づいてしまった。変人集団に囲まれたくなったら、ま
たこの研究室にくればいいんだ。
「そうか。桃、悪いな。そうしてくれ」
 俺は桜に手を振って合図をした後、静かにコードを抜いた。桜も無表情で手を振りかえして
いたが、しばらくしてその動きは完全に静止した。その様子を見ると、今度は扉のコードを穴
に差し込んだ。扉をグッと力を込めて押すと、今度は簡単に開いた。
「じゃ、桃。姉貴とあとのことは頼むぞ」
「はいはい、じゃあね~」
 俺が外に出ると、桃は分厚い扉を閉めた。
 濃い一日だった。アンドロイド自体見るのが初めてだったが、あいつらは俺の想像をはるか
に超えるものだった。あんな個性的なやつら、人間でも出会えるのは難しいぞ。しかもそれが
集団でいるんだもんな。これってある意味奇跡的な出来事だったのかもしれない。その分相当
疲れもしたけど、帰り道の俺は上機嫌だった。何だかんだ言っても、楽しいやつらだった。ま
た現実に飽きたら、あの異常な空間に行ってみるのもいいかもしれない。その時は姉貴に連絡
しないとな。


 そんな想像は一日も持たずして崩れ去った。姉貴が終電で帰宅したのである。わかめ頭なのはさっきとちっとも変わらないが、顔は真っ青だった。
 姉貴は家族の誰とも口を聞かず、そのまま自分の部屋に閉じこもった。母さんたちがあまりにも騒ぐものだから、俺がまた様子を見に行くことになった。
「姉貴」
 無言。更に二回ノックして、呼びかける。応答なし。
 今日の騒動のこともあり、俺は心配になった。あの後研究所で何かあったのだろうか。
 姉貴には悪いが、部屋のドアを一気に開けた。部屋は真っ暗なのに、デスクの上の蛍光灯だけこうこうと光っていた。姉貴はそこで何をするでもなく、頬杖をついてぼーっとしていた。
「母さんたちに挨拶くらいしろよ。心配してたぞ」
 しばらくの沈黙の後、姉貴はそのままの体勢で口を開いた。
「桜以外のアンドロイドが逃げ出したのよ」
 その一言は、俺の頭を鈍器で殴るよりも強く響いた。
「ど……、どういうこと?」
 姉貴の話は単純だった。気がついたら、研究室の扉は開放されていて、棺桶で寝ていた桜以外の四体がいなくなっていたらしい。
「桃か!」
 すぐ俺は気づいた。あの腹黒いショタ型アンドロイドは、俺を罠にはめたってことか。
「でも、外になんて簡単に出られないでしょ? 警備員さんだっていたのに」
「それがどうやら研究室と同じ階で火災騒ぎがあったらしくて……」
 騒ぎに便乗して逃げたのか。やり方まで汚い。
「あいつら……私を置いて、どうして逃げたのかしら。桃たちならともかく、あの檜まで」
 悔しそうな姉貴の言葉も気になったが、俺はそれよりもっと大事なことを聞いた。
「そういえば、桜は? また動かせるの?」
「コードをさせば動くわよ。ただ、今回相当な電力を使っちゃってね。会社からクレームが来たのよ。だからしばらく改良するまでは起動させないわ。ま、すぐできると思うけどね」
「動く」と聞いて、俺は安心した。だけど、桜が起きたら現状をどう思うだろう。他の仲間
は自分をおいていなくなってしまった。俺だったら悔しいとか、裏切られたと思う。だけど、
あの無表情なアンドロイドはどう思うだろう。
「全く、警察にも相談できないし……。あいつらが勝手に戻ってくることを祈るしかないわね」


 結局それから一ヶ月経った。僕は毎日行方不明のアンドロイドたちを探した。行きそうな場所、といっても検討がつかなかったので、普通の人間が行くような、漫画喫茶やビジネスホテルなんかを重点的に回った。が、手がかりなし。あいつらはどんな手段で姿を消してしまったのだろう。
 姉貴はというと桜をすぐに改良し、前と同じように動けるようにした。今度はもちろんコードなしだ。桃や蓮のように、俊敏な動きも取れるらしい。
 仲間が全員いなくなったことを告げたとき、最初は少し悲しそうな顔をした。でも、俺が「あいつらのことだから平気だよ」と声をかけてやると、若干安堵の表情を見せた。相変わらず無表情なので、顔の変化にいつも「少し」とか「若干」が付くのはしょうがない。それに最近は研究室を離れて家にまで来るようになった。姉貴の計らいだ。
「どうも研究室に一人で置いておくとかわいそうでね」
 照れ笑いをしながら連れてきた時、母さんはとうとう姉貴に彼氏ができたと思い込んで赤飯を炊いた。アンドロイドだと知ったとき、驚きよりも落胆の色が濃かったことは内緒だ。
 桜を連れて歩くようになってから、姉貴も変わった。どうやら道行く人たちが、姉貴と桜を見て笑うらしい。桜が美形なのに、姉貴がどうも見ても不釣合いだからだろう。それに気がついてから、わかめだった髪をさっぱりと切り、少し化粧もするようになった。だんだんと普通の十代女性に近づいていく気がした。
 三人で捜索は続けた。けれども、警察を頼るわけにも行かないし、猫や犬のように張り紙をばらまくわけにもいかない。なんといってもやつらはアンドロイド。SF世界の住人なんだから。
 壊れてることも一瞬頭を過ぎったが、考えないことにした。あんな腐った根性してるやつらが、そう簡単に壊れるわけない。姉貴も同じ意見だった。専門的なことはよくわからないが、耐熱・耐寒・防水・その他、よっぽどのことがない限り動力は停止しないらしい。その動力も五十年という話だし、安心してもいいだろう。だけど、絶望して、精神的に追いつめられていたら……。そう考えると恐ろしい。青ざめていると、桜が「大丈夫」と言ってくれた。

 
 そんなある日のことだ。本日の捜索が終わり、三人で研究室へ向う途中、警備員のおじさんに呼び止められた。
「あ、博士。手紙を預かっているんですが」
「誰から?」
「さぁ……三十代くらいの、無精ひげが生えた人でしたね。結構な色男でしたよ」
 三十代+無精ひげ=。三人同時にその答えが出た。
「檜!」
 姉貴が急いで手紙の封を破ると、その中からきれいな二つ折りのカードが出てきた。
広げると、それは招待状だった。
「『八月二十七日十時 喫茶店ハーレム開店』」
「きっさてん」
 桜が復唱した。
「ちょっと待て、アンドロイドが経営なんかできるのか? そもそも資金とかって……」
 俺は軽くパニックを起こして矢継ぎ早に誰にも答えることのできない質問を繰り出した。
姉貴はそんな俺の肩を軽く叩き、意外とあっさりとした感じで言い放った。
「すべては明日になれば分かるってことよ。行ってみようじゃないの、ハーレムとやらへ」


 繁華街から少し離れた地価が高そうな場所に「喫茶店ハーレム」は存在した。
 俺たち三人は開店十五分前に到着したのだが、すでに店の前には女性の列。しかもおばさんから女子中・高生まで。親子連れもいる。一体何が起こったんだ。
 ぽかんと口を開けて店の前に立っていた俺たちに、どういうわけか白衣を着た男が声をかけてきた。
「真実様、翔平様、桜様でよろしいでしょうか。マスターからご案内するよう託っております。どうぞ、こちらへ」
 俺たちは、その男に言われるまま、裏手から店へ入った。
 その瞬間。
「ようこそ! 僕たちの店へ!」
 耳元でクラッカーがパンッと勢いよく鳴った。中には桃、檜、椿、蓮の他に、白衣姿の男が数人いた。
「ちょ、ちょっと待って!」
 姉貴が大声を上げた。
「あんたたち、一体何やってるのよ! 毎日毎日どれだけ探したと思ってんの?」
 怒る姉貴に、四体のアンドロイドと周りの白衣集団たちは目をぱちくりした。椿が白衣たち
を別室へ移動させてから、桃はことの経緯を話し始めた。
「あ、あの人たちはバイトで雇ったんだ。ただの人間だよ。だから僕らがアンドロイドだってことも知らない」
 姉貴は黙って腕を組んだ。珍しく履いたスカートから、脚がちらっと見えた。
「ママ……何も言わずにいなくなってしまってごめん。私たちは考えたんだ。どうしたらママのために働けるか。ママの役に立てるか」
 檜が哀願するような眼差しで俺たちを見る。その間から蓮がしゃしゃり出てきた。
「桜には申し訳なかったけど、オレらがいない間、博士のお世話をしてもらいたかったのさっ!」
 相変わらずな蓮に、桜はやっぱり無表情だ。戻ってきた椿が、最後の言葉を告げた。
「そこで思いついたのが『喫茶店』って訳なのだよ」
 姉貴の役に立つ=喫茶店? 俺にはどうも理解できない。姉貴の顔にも大きなクエッショ
ン・マークが浮かんでいた。
「役に立つも何も、逃げ出したらどうしようもないと思う」
 言葉が出なかった俺たちの代わりに、桜が話してくれた。それと同時に、桃が俺を指さした。
「翔平」
 突然のことで、ただ桃を見つめることしかできないのに、本人は構わず続けた。
「『博士への愛情表現』。この店が僕らの答えだ」
 俺はもう一度店内を見回した。よく見たら、ただの喫茶店じゃない。ウェイターは白衣姿。
コップの代わりにビーカーがあるし、メニューには『コーヒー』とかの横になにやら頭が痛く
なりそうな科学式が書かれている。
「これはいわゆる理系喫茶?」
「うん、そうだよ。私たちも給仕するのだ」
 檜はそう言って、新品の白衣を取り出した。蓮がそれを奪い、我先にと着込む。
「翔平の言った『愛情』っていうのを表現する機能が、オレたちには欠けてたんだ! でもそれは与えられるものじゃない! 自分たちで学ばなきゃいけないって、分かったんだ!」
 会話しながら着替えているので、白衣のボタンがうまくとまらないらしい。その光景に、初
めて桜が「ぷっ」と小さな笑い声をあげた。
「でも! 資金はどうやって?」
 俺が質問しようとしたら、桃がにやりと悪い微笑みを返した。
「檜と椿はホスト、蓮はスポーツクラブの受付。みんな最初は苦労してたけど、慣れたら固定ファンがついてね。今店の前にいるのがそう」
「お前は?」
「言えない」
 即答だった。野暮な詮索はよそう。どうせろくなことはしていない。
 でも、たった一ヶ月しか経ってないのに、こいつらは成長したんだな。ふと姉貴を見てみる
と、その目にはうっすらと涙のようなものが見えた。再会できたことへの喜びか、自分への愛情表現に感極まったのかわからないが、これだけは言える。姉貴は嬉しそうだった。
 壁のデジタル時計が十時に変わった。
「さ、博士。見ててよ、僕らの愛情表現を」

 開店と同時に沢山の女性客たちが入ってきて、店内はお祭り状態になった。俺らは店の一番奥のテーブルに座って、その様子を見ていた。
 四体のアンドロイドたちはドアの横で女性たちに挨拶して、その後アルバイトの人間がテーブルに案内していた。十分経たないうちに、テーブルは満席。大盛況だ。俺たちのテーブルには、ビーカーに入れられたコーヒーとパフェが運ばれてきた。
「私の造ったイケメンたちが、こんなにウケてるなんて……」
 姉貴はうっとりしたように四体の働く姿を見つめていた。桜はそんな姉貴を見て、ちょっと寂しそうな顔をした。
「桜も頑張ってるよ。いつも姉貴のそばにいてくれてるし」
「分かってる」
 桜は無表情で席を立った。
「ちょ、どうしたの?」
 姉貴が慌てると、桜は言った。
「手伝ってくる」
 そのまま、四体のいるところまで行ってしまった。
 桜は四体がいない間よく頑張ってくれたと思う。でも、やっぱり仲間と離れていたのはつらかったのだろう。俺は連れ戻そうとする姉貴を制止し、首を振った。
「好きにさせてやろうよ」
 姉貴は静かに頷いた。

 お客にオーダーしたものが一通りいきわたると、突然ドラムロールが響いた。
「『これから当喫茶店名物のショータイムが始まります!』」
「ショー?」
 なんだか嫌な予感がした。店内が突然暗転した。お客はキャーキャー騒いでいる。しばらくすると、店内の四隅にスポットライトがあたった。俺たちのテーブル右手前に檜、左手前に椿、
右後ろに桃、左後ろに蓮が立っていた。
「これから各自、芸をしまーす。お目当ての人のところに移動してくださーい!」
 桃が大声で叫ぶと、お客は一斉に立ち上がり、各々の場所へと移動した。協調性は相変わらず皆無のようだ。
「な、何が始まるの?」
「俺たちも移動してみるか」
 席を立とうとしたとき、店内に大音量のカラオケが流れた。
「……桃のところは行かなくてもいいや。分かるから」
 桃は流行りの曲を大声で歌っている。周りにいるのは中・高生が多く、ノリノリだ。楽しそうでなにより。
 一番近くの檜から見に行くことにした。こいつのファン層はおばさんばかりだ。それもそのはず。やってることは「あやとり」だ。一列に並んで、一人ずつ順番に遊んでいる。檜も楽しそうだ。
 次に椿のところをのぞいた。こいつも予想通りというか。テーブルを出してきて、タロット占いをしている。ここに集まっている女性が一番多い。占い師に見てもらえる理系喫茶店……。矛盾している気がしないでもないけど。
 最後は蓮。女性をお姫様抱っこしてポラロイドを撮っている。撮影のあとも、女性を上げ下げして筋トレみたいにしているのは見なかったことにしよう。
「桜は?」
「そういやいないね。裏方で仕事してるのか?」
 姉貴と顔を見合わせていると、正面にライトがポッとついた。次の瞬間、俺たちは固まった。
 すぐに我に戻って、スポットライトの中を堂々と歩く桜を静止しようとした。が、すでに時遅し。四ヶ所バラバラに集まっていた女性客が、キャーキャー騒いで一斉に桜の周りへ集まった。
「ちょ、誰か、こいつを止めろ!」
「こ、これはまずいって!」
 姉貴も困り果てている。バイトは何が起こっているのかわからないらしく、うろうろしている。
 それもそのはずだ。あの桜が、半裸でクネクネと店内をうろつき出すなんて、誰も想像つかなかった。あいつらを除けば。
 バイトが桜を力尽で止めているのを確認して、俺と姉貴は桃に詰め寄った。
「おい、桃! 何が『愛情表現』だ! これじゃただの変態パーティーじゃないか!」
 歌の最中に割り込まれても、驚いた表情ひとつしない。こうなることも予想済みだったった訳だ。
「翔平」
 マイクを通して声が響く。ハウリングした後、マイクのスイッチが切れる音がした。
「なんか勘違いしてない? 僕らの『愛情表現』ってものをさ」
「自分たちでお金を稼いで独立したところを見せる。しかも私の好きそうな理系喫茶で……ってことじゃなかったの?」
 姉貴が桃を問い詰める。その質問に頭を左右に振って溜息をついた。
「お金? 独立? そんなんじゃない。僕らが好きなことを堂々として生きる。それが博士に対しての愛情表現だと思うけど?」
「でも、迷惑をかけたらダメだろ」
 俺がキツい口調でつっこむと、少しバツの悪そうな顔をした。
「ま、それはもちろんその通り。でも、僕らは博士に迷惑はかけない。自分たちが好きなことをして失敗した尻拭いなんかさせないよ。僕だけじゃない。他のやつらも同じさ」
 桃は視線を、バイトを押しのけながらモデル歩きしつづける桜に移した。桜は壊れたように
スポットライトの動く通りの道を進んでいた。
 そうか。桜も姉貴の手を離れるときがきたのか。他のやつらも気にせず、好きなことを堂々とやっている。俺と姉貴は、桃に桜のことを任せ、店を出た。


 姉貴の様子が変だ。存在自体がおかしいことはもうすでに承知のことだとは思う。しかし、今度は見違えるようにきれいになったのだ。桜を連れていた頃から化粧を始めてはいたが、それでもどこか垢抜けない感じがあった。それが今はどうだ。大通りを歩けばナンパされ、モデルのスカウトまでされるほどの変貌振り。何があったのか聞いてみると、「女は落ち込むだけ落ち込むと、あとはどんどん登っていくものなのよ」と意味不明な言葉を返された。俺にはわからない。
 今日も念入りにメイクをして、雑誌に載っていた服を見事に着こなすと、出かける準備をしていた。
「どっか行くの?」
「ハーレムまで」
 短く答えると、鼻歌交じりに家を出て行った。
あれから五体すべてのアンドロイドは、姉貴の手を離れ、例の怪しい喫茶店で働いている。姉貴は月に一度ペースでメンテナンスに通っているのだ。
 窓から歩く姉貴の姿を見た。もうアンドロイドでハーレムを作りたいなんて言い出さない。あいつらは騒がしいし、自分勝手なやつらだったけど、姉貴を変えてくれた。桃は逃げ出し
たけど、本当の愛情表現を教えてくれた。椿の言ったとおり、姉貴がアンドロイドを造ったことは、罪だったのかもしれない。蓮は「主人の健康を考える」と言っていたが、四体が行方不明の時は嫌というほど歩いて運動になった。檜は姉貴の母性の表れだったのかもしれない。桜はナルシストだったけど、姉貴の本来持っている美しさを外に出すきっかけを作ってくれた。
 そう考えると、五体のアンドロイドは、姉貴の心の奥にある気持ち、そのものだったんじゃないだろうか。姉貴は、やつらを通して自分の心と向き合ったんだと思う。
 ハーレムなんて結局、心のどこかに眠っているもんなんだ。

 さぁて、俺のハーレムはどこにある?

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