第1話
文字数 1,175文字
つ・ま・ら・な・い。
ほんとうにそう、思う。
仕事そのものは楽しんでいる。学生時代も勉強するのは、嫌ではなかった。むしろ、好きなほうだったと思う。
おかげで一流と言われる大学に合格したし、そこそこ有名な企業に就職もできた。
配属された営業部でも、常に上位の成績を残せている。
けれど『ただそれだけ』
周囲…親や担任からは「もう少し頑張ったら、もっといい学校に行けるのに」と、いわれ続けていたが、無駄な努力はしたくなかった。
そんなものは面倒くさいだけ。
仕事もそうだ。
上司は「残念だったな、大和(やまと)。あと一件でお前がトップだったのにな。来月は頑張れよ」
…知ったことかよ。
いい成績残したところで、手柄は上司のもので、俺にはせいぜい部長の『お褒めと激励のお言葉』が与えられるくらいだ。
それでも異動になるまでは、せめてもの癒しがあったから、仕事に行く楽しみもあったが。
今はただ、毎日淡々と仕事をするだけ。
他人のせいにしたくないが、異動の遠因のひとつは、名前のせいだ…いや、それでもやっぱり自分が悪いのか。
********************
「あれ?立花さん。なんか良い匂いするけど、香水つけてる?」
出社してきた安藤さんが、デスクにつくなり鼻をクンクンとさせて、私に聞いてきた。
「おはようございます。…そんなににおいますか?ひさしぶりにつけたから、つけすぎちゃったかも」
「ううん。近くに来たらふわっと感じるくらいだから大丈夫よ。爽やかないい香りね」
「ありがとうございます。旅行先で見かけて、テスター嗅いだら気に入ったので、つい買っちゃって…コロンとか、あまりつけない方なのに」
「素敵な香りよ。グリーン系でもないみたいだけど…?」
「これ、オリーブが原料らしいんですよ。以前は、甘い香りも好きだったんですけど。最近はなんか違うな~って」
「そっか。でも似合ってるよ。立花さんらしいっていうか」
好きな香りを褒めてもらえるのって嬉しい。ひさびさにつけてきてよかった。
「そういえば、話は変わるけど。いまさらだけど、立花さんの下の名前って、なんていうの?」
私は一瞬詰まって、答えた。
「かおる…です。ひらがなで」
「かおるさんっていうのね。素敵な名前じゃない」
「でも」
「でも?」
「フルネームだとちょっと…」
「どうして?『たちばな かおる』すてきよ」
「…子供のとき、端午の節句のころになると、いつもからかわれていたんです。こいのぼりの歌で」
「あ…歌詞」
「はい」
「でも可愛いからいいじゃない」
安藤さんはにっこり笑って続けた。
「私より、いいわよ」
「安藤さんはお名前、なんておしゃるんですか?」
「私は『夏美』よ。夏至の日に生まれたから…フルネームで言ってみたらわかるわ」
「安藤夏美さん…あ!」
「ね。おかげで子供のころのあだ名は、ドーナツよ」そういってけらけらと笑った。
ほんとうにそう、思う。
仕事そのものは楽しんでいる。学生時代も勉強するのは、嫌ではなかった。むしろ、好きなほうだったと思う。
おかげで一流と言われる大学に合格したし、そこそこ有名な企業に就職もできた。
配属された営業部でも、常に上位の成績を残せている。
けれど『ただそれだけ』
周囲…親や担任からは「もう少し頑張ったら、もっといい学校に行けるのに」と、いわれ続けていたが、無駄な努力はしたくなかった。
そんなものは面倒くさいだけ。
仕事もそうだ。
上司は「残念だったな、大和(やまと)。あと一件でお前がトップだったのにな。来月は頑張れよ」
…知ったことかよ。
いい成績残したところで、手柄は上司のもので、俺にはせいぜい部長の『お褒めと激励のお言葉』が与えられるくらいだ。
それでも異動になるまでは、せめてもの癒しがあったから、仕事に行く楽しみもあったが。
今はただ、毎日淡々と仕事をするだけ。
他人のせいにしたくないが、異動の遠因のひとつは、名前のせいだ…いや、それでもやっぱり自分が悪いのか。
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「あれ?立花さん。なんか良い匂いするけど、香水つけてる?」
出社してきた安藤さんが、デスクにつくなり鼻をクンクンとさせて、私に聞いてきた。
「おはようございます。…そんなににおいますか?ひさしぶりにつけたから、つけすぎちゃったかも」
「ううん。近くに来たらふわっと感じるくらいだから大丈夫よ。爽やかないい香りね」
「ありがとうございます。旅行先で見かけて、テスター嗅いだら気に入ったので、つい買っちゃって…コロンとか、あまりつけない方なのに」
「素敵な香りよ。グリーン系でもないみたいだけど…?」
「これ、オリーブが原料らしいんですよ。以前は、甘い香りも好きだったんですけど。最近はなんか違うな~って」
「そっか。でも似合ってるよ。立花さんらしいっていうか」
好きな香りを褒めてもらえるのって嬉しい。ひさびさにつけてきてよかった。
「そういえば、話は変わるけど。いまさらだけど、立花さんの下の名前って、なんていうの?」
私は一瞬詰まって、答えた。
「かおる…です。ひらがなで」
「かおるさんっていうのね。素敵な名前じゃない」
「でも」
「でも?」
「フルネームだとちょっと…」
「どうして?『たちばな かおる』すてきよ」
「…子供のとき、端午の節句のころになると、いつもからかわれていたんです。こいのぼりの歌で」
「あ…歌詞」
「はい」
「でも可愛いからいいじゃない」
安藤さんはにっこり笑って続けた。
「私より、いいわよ」
「安藤さんはお名前、なんておしゃるんですか?」
「私は『夏美』よ。夏至の日に生まれたから…フルネームで言ってみたらわかるわ」
「安藤夏美さん…あ!」
「ね。おかげで子供のころのあだ名は、ドーナツよ」そういってけらけらと笑った。