第19話 幼なじみたち
文字数 1,569文字
『水分とれよ』と正語 に送り出されたあと、秀一 は『みずほふれあいセンター』の中に入った。
公民館の中は薄暗く、ひんやりしていた。
エントランスで立ち止まった秀一は、恐る恐る辺りを見回した。二階への階段も下からのぞき込んだ。
誰もいない。
車の中からついてきていた『あの女』はいなかった。
一気に駆け出した。
受付の前を走り過ぎ、床に足を滑らせながらまっすぐ裏の通用口へと向かう。
重い鉄の扉を開けて外に出る。
太陽の光と共に、ラジオ体操の音楽がいっそう大きく聞こえた。
秀一は、ほっと息を吐いた。

公民館の裏は、テニスコートに併設されたクラブハウスの建物の裏側になっていた。
二つの建物は背中合わせに建ち、その間はわずか数メートルしかない。
公民館を出た秀一はすぐにクラブハウスの中に入った。
これは秀一の慣れ親しんだルートだった。
町にいた時は、学校が終わると毎日のように公民館を通り抜けて、クラブハウスで着替えてコートに向かった。
たいてい幼なじみの夏穂も一緒だった。
(……子供の時はここで幽霊なんか見なかったのに……ガンちゃんの話を聞いたらすぐに正語と東京に帰ろう)
死者と関わるなんてごめんだと、秀一は今度はクラブハウスの中を走った。
だが急に通路脇のドアが開き、中から出てきた人物とぶつかってしまった。
すぐに秀一は「すいません」と、頭を下げた。
相手は下を向いたまま微かに頭を下げて、無言で去ろうとする。
秀一は去っていこうとする相手に驚いて、声をかけた。
「コータ?」
呼ばれた相手は、のっそりと顔を向けてきた。
不思議そうな、ぼんやりした顏で秀一を見ていたが、突然パッと笑顔になった。
「秀ちゃん!」
コータは、満面の笑みで秀一の腕を掴んだ。
「秀ちゃん! 俺ね、カノジョができるんだ!」
それはよかったなと、言ってやりたいが、
「……ここ、女子更衣室だよな?」と、秀一はコータが出てきた部屋の案内板を見上げた。
「秀ちゃん、ごめんね、本当にごめん」と、コータは秀一の腕を掴む手に力を加えてきた。
「……もういいよ……走ってたオレが悪いんだし……」
秀一はコータの異様な姿に呆気に取られていた。
夏だというのにフード付きの分厚い黄色のトレーナーにジーンズのオーバーオール姿。足は素足にクロックスを履いているが泥まみれだ。髪は伸び放題で目がほとんど隠れている。どのくらい風呂に入っていないのか、ひどい臭いがした。
秀一を掴むその手も爪先まで汚れている。
「俺、一輝さんが死ぬなんて、思ってなかったんだ」
「……?」
「鍵かけたのは俺だけどさ、あんなことで一輝さんが死んじゃうなんて、わかんなかったんだ。秀ちゃん、ごめんね。でも、一輝さんも悪いんだよ、一輝さんは、ひどいことしたんだ——」
コータがそこまで言った時だった。
「よお! 秀一!」
背後で大きな声がした。秀一は反射的に振り返った。
幼なじみの武尊 が立っていた。
その隣には涼音 と夏穂 もいる。
コータは秀一から手を放した。うつむき、秀一がついさっき通った公民館へと続くドアに向かいのろのろ歩き出した。
「コータ、待って」
秀一はコータを追いかけようとしたが、武尊が止めてきた。
「放っとけよ。あいつ昔と違って、おかしくなったんだ」
そういう武尊も秀一の記憶とは違っていた。
最期に会った時の武尊は高校球児らしい坊主頭だったが、今は伸ばした髪を赤く染めていた。
秀一は武尊に手をつながれている涼音を見た。
大人しい優等生だった涼音は、どこか悪いのではないかと心配になるほど痩せていた。
涼音は気づかわし気にコータが去ったドアを見つめている。
涼音の横にいる夏穂が、陽気に手を振ってきた。
「秀ちゃん! 久しぶり!」
夏穂の変わらない笑顔を見て、秀一は故郷に戻って初めて和やかな気持ちになれた。
公民館の中は薄暗く、ひんやりしていた。
エントランスで立ち止まった秀一は、恐る恐る辺りを見回した。二階への階段も下からのぞき込んだ。
誰もいない。
車の中からついてきていた『あの女』はいなかった。
一気に駆け出した。
受付の前を走り過ぎ、床に足を滑らせながらまっすぐ裏の通用口へと向かう。
重い鉄の扉を開けて外に出る。
太陽の光と共に、ラジオ体操の音楽がいっそう大きく聞こえた。
秀一は、ほっと息を吐いた。

公民館の裏は、テニスコートに併設されたクラブハウスの建物の裏側になっていた。
二つの建物は背中合わせに建ち、その間はわずか数メートルしかない。
公民館を出た秀一はすぐにクラブハウスの中に入った。
これは秀一の慣れ親しんだルートだった。
町にいた時は、学校が終わると毎日のように公民館を通り抜けて、クラブハウスで着替えてコートに向かった。
たいてい幼なじみの夏穂も一緒だった。
(……子供の時はここで幽霊なんか見なかったのに……ガンちゃんの話を聞いたらすぐに正語と東京に帰ろう)
死者と関わるなんてごめんだと、秀一は今度はクラブハウスの中を走った。
だが急に通路脇のドアが開き、中から出てきた人物とぶつかってしまった。
すぐに秀一は「すいません」と、頭を下げた。
相手は下を向いたまま微かに頭を下げて、無言で去ろうとする。
秀一は去っていこうとする相手に驚いて、声をかけた。
「コータ?」
呼ばれた相手は、のっそりと顔を向けてきた。
不思議そうな、ぼんやりした顏で秀一を見ていたが、突然パッと笑顔になった。
「秀ちゃん!」
コータは、満面の笑みで秀一の腕を掴んだ。
「秀ちゃん! 俺ね、カノジョができるんだ!」
それはよかったなと、言ってやりたいが、
「……ここ、女子更衣室だよな?」と、秀一はコータが出てきた部屋の案内板を見上げた。
「秀ちゃん、ごめんね、本当にごめん」と、コータは秀一の腕を掴む手に力を加えてきた。
「……もういいよ……走ってたオレが悪いんだし……」
秀一はコータの異様な姿に呆気に取られていた。
夏だというのにフード付きの分厚い黄色のトレーナーにジーンズのオーバーオール姿。足は素足にクロックスを履いているが泥まみれだ。髪は伸び放題で目がほとんど隠れている。どのくらい風呂に入っていないのか、ひどい臭いがした。
秀一を掴むその手も爪先まで汚れている。
「俺、一輝さんが死ぬなんて、思ってなかったんだ」
「……?」
「鍵かけたのは俺だけどさ、あんなことで一輝さんが死んじゃうなんて、わかんなかったんだ。秀ちゃん、ごめんね。でも、一輝さんも悪いんだよ、一輝さんは、ひどいことしたんだ——」
コータがそこまで言った時だった。
「よお! 秀一!」
背後で大きな声がした。秀一は反射的に振り返った。
幼なじみの
その隣には
コータは秀一から手を放した。うつむき、秀一がついさっき通った公民館へと続くドアに向かいのろのろ歩き出した。
「コータ、待って」
秀一はコータを追いかけようとしたが、武尊が止めてきた。
「放っとけよ。あいつ昔と違って、おかしくなったんだ」
そういう武尊も秀一の記憶とは違っていた。
最期に会った時の武尊は高校球児らしい坊主頭だったが、今は伸ばした髪を赤く染めていた。
秀一は武尊に手をつながれている涼音を見た。
大人しい優等生だった涼音は、どこか悪いのではないかと心配になるほど痩せていた。
涼音は気づかわし気にコータが去ったドアを見つめている。
涼音の横にいる夏穂が、陽気に手を振ってきた。
「秀ちゃん! 久しぶり!」
夏穂の変わらない笑顔を見て、秀一は故郷に戻って初めて和やかな気持ちになれた。