第1話

文字数 1,989文字

 僕は目が見えず、顔に仮面をつけたハインリヒ7世の手を引いて、ゆっくり歩き始めた。丘の上にモンソン城が見える。ラミロ2世とペドロ2世の2人はもうモンソン城に着いているかもしれない。

「前に聞いたそなたの父上の教えについて詳しく知りたい」
「僕の父さんはユダヤ人の中でも特別な教えを受け継いでいた。それに魔術の本も手に入れて、独自に研究をしていた」
「そなたの父上は魔術師でもあったわけか?」
「でもそのことは誰にも言わないで。僕たちの生きている16世紀のスペインでは、魔術師であることが知られたら火あぶりにされてしまう。そうでなくてもユダヤ人として生きることは難しいのに・・・」
「誰にも言わないと約束する。ラミロ2世とペドロ2世にもだ」

 父さんは分厚い魔術の本を持っていたが、僕に教えてくれたのはその中の数ページだけであった。僕にとって必要な魔術の知識はそれだけだと言われた。それを教えてもらった時、僕はまだ5歳だった。

「フェリペ、亡霊をむやみに怖れてはいけない。キリスト教徒は亡霊を忌み嫌っているが、彼らが存在するのは深い意味がある」
「・・・・・」
「この前生まれ変わりの秘密については教えただろう?」
「人間の人生は1回だけでない。魂は何度も生まれ変わって少しずつ磨かれ、神に近付いていく」
「その通りだ。だが、生まれ変わりについても決してキリスト教徒の前で話してはいけない。キリスト教徒は彼らの教義以外はすべて異端にしてしまう」
「はい・・・」
「普通は順調に生まれ変わるのだが、もし何かの理由で深く傷つく体験をした魂は、そのままの形ではうまく生まれ変わることができない」
「・・・・・」
「魂はその感情を忘れて新しい人生を送るため、傷ついた魂を部分的に切り離してしまう。それが亡霊と呼ばれる存在だ」
「・・・・・」
「だが、亡霊もずっと亡霊のまま存在するわけではない。ほとんどの場合は時が過ぎればそのまま浄化され消えてしまう」
「消えてしまうの?」
「そう、それから力のある修道士、この場合の力とは武力や地位ではない、魂が磨かれて神に近い修道士がいる修道院にはたくさんの死者や亡霊が集まる。その修道士の祈りの力で浄化され、生まれ変われるからだ」
「でも、キリスト教徒は生まれ変わりとか信じてない。キリスト教徒の修道士が亡霊や死者を浄化させることができるの?」
「いい質問だ。ほとんどの修道士は無意識にそれをやっている。だが、本人にとってその方が幸せだ。全く違う価値観を受け入れることは難しく、時にはそれで気が狂ってしまう者もいる」
「気が狂う・・・」
「だが、ごく稀にキリスト教の教義でない教えを受け入れられる修道士もいる。彼らの魂は生まれ変わることはなく、人間を導く存在となる」
「・・・・」
「そのような存在と出会うことは滅多にない。だが、切り離された魂が人間と出会うことはよくある」
 
 僕は父さんから聞いた話をゆっくりハインリヒ7世に説明した。

「キリスト教徒として生きた余には受け入れがたい話だが、それでも余のような亡霊はそなたの父上が言うには切り離された魂というわけか」
「そう、そして父さんは言っていた。切り離された魂がもし生まれ変わった元の魂に出会えるならば、魔法のような奇跡が起きるって・・・」
「魔法のような奇跡とはなんだ?」
「その亡霊は生まれ変わった人間と一緒に過去の時代に戻り、亡霊となった理由をさぐることができる。そして亡霊となった理由を知り、完全に傷が癒された時、分かれていた2つの魂は1つになる」
「そうなるとその亡霊はどうなる?」
「消えてしまう」
「消えてしまう、それだけか?」
「父さんはそう言っていた」
「随分中途半端な話だな。素晴らしい奇跡が起きると言いながら、最後は消えてしまうのか?」
「よくわからない。僕は父さんから話を少し聞いただけだから。5歳の時母さんが亡くなって、7歳で修道院に入れられた」
「随分酷い話だ。ユダヤ人の教えや生まれ変わりについてちょっとだけ教え、後は全く価値観の違うキリスト教の修道院に放り込む。そなたが混乱するわけだ」
「そうだね」

 しばらくの間、僕たちは黙って歩き続けた。丘の上に着くと、モンソン城がそこにあった。人は誰もいない。茶色い修道士の服を着たラミロ2世とペドロ2世が、大声で話しながら建物の中に入ったり出たりしていた。

「どうしてテンプル騎士団の城に誰もいないのだ?」
「きっとどこかで大きな戦いがあるのでしょう。彼らは騎士ですから」
「大きなキリスト像がある。あそこで祈りを捧げよう」

 僕はキリスト教徒でないから像の前で祈りを捧げるわけにはいかない。3人がお祈りしているのを遠くから見守った。1番最初に僕のところに戻ってきたのはハインリヒ7世だった。

「もういいの?」
「余は今日でキリスト教徒であることをやめた。そなたの父上とそなたの弟子になる」
「・・・・・」






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