そわそわテレサ

エピソード文字数 1,394文字

 早朝、私は院のだれよりも早起きし、礼拝堂にひざをつき、祈りをささげていた。
 両手を握り合わせ、神に頭を垂れる。
 
 夜中に三度起きて、昨日のことを三度夢にみた。

 ――アルバートさんに、絶対に、嫌われていると思っていたのに…。

 彼の目つきがいつも悪いので、そう思いこんでいたのだ。
 そのため、治療所では彼に気を使い過ぎた。それが彼に気を持たせてしまった原因かもしれない。

 ――お返事を、しなければ、ならないわ。

 昨日の去り際、彼は「返事」については催促せず、ただ一言、
「それでは、また」
 礼儀正しくお辞儀をして、兵隊のようにキュッと踵を返し、職務にもどってしまった。

 ――私は間違った目で、人を見ていました…。
 怖い、と彼を敬遠していた自分には、人を見る目が全くなかった。恥ずかしい。
 ――なんて礼儀正しい人なのでしょう。彼は、紳士です。
 あんな人に、愛を告げられたら。
 自分が修道女でなかったらと、これほど考えたことはない。
 こんなにも「返事」に悩むことはなかっただろう。

「おぉぉぉぉ…」

 私は変な声をあげて、顔を隠し、うずくまった。
 修道女に恋愛はご法度だ。
 それなのに、胸の高鳴りが止まらない。
 この気持ちすべて背徳そのものだ。
 たった一人に「好きだ」と言われただけで、私の修道生活は大きくゆらいでしまった。
「私……本当に、どうすれば…」
 混乱して、目がうるむ。
 ――本当に、どうすれば…。
 ここに来る前、毎日のように呼んでいた本の中に、私が出すべき答えの参考になるものがないかしら、と思い出す。

 ――そういえば、もう長いこと、物語を読んでいない…。

 修道女となってからは、好んでいた詩集や恋愛小説を読むことはできなくなった。
 できなくなっただけ、また読みたい、物語の世界に浸りたいという気持ちは常にある。
 けれども神の道に身を置いている以上、昔好きだった俗世のものからはすべて、目を背けなければならない。

 修道女は、貞節を守る存在だ。
 恋にまつわる本は、この黒い服を着ている以上、読むことは叶わなかった。
 たとえそれが、どんなに純真な恋物語だとしても、だ。

 ――本当は…。
 愛し合う関係に、憧れていたが…。
 修道女の自分は、アルバートさんの想いに対し、首を横に振るべきなのだ。
 私は、神さまと結婚している。その証の、薬指にはめた指輪に目をとめる。
 アルバートさんに告白されて、揺らいでいる自分は、神さまと結婚した身でありながら、浮気をしていることに他ならない。

 ――けれども神様は、いつ私に〝愛してる〟と言ってくださったろうか。

 神さまの愛は万人に向けたもの。私個人へ向けた恋情とは違う。
 頭を抱えてうなったり、椅子にうなだれてブツブツ…ひとり言をつぶやいていた私は、「落ち着きなさい」と自分に言い聞かせ、再び石床にひざをついて、両手を組みあわせた。

 ――神さま。私はもう少し、アルバートさんのことを、知りたいです。

 アルバートさんが自分のことを嫌っていると勘違いしていた。
 だからこそ、もう一度、彼と向き合うことが、大事だと感じた。

 自分のことを「好きだ」と言う人が、人生にはじめて現れた。
 その人のことを知りたいと思うのは、いけないことなのでしょうか。
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